19話・冬の季節になりました②
三人が必死にラヴィニアを探していた頃、当の本人は未だ女性店員に捕まり、店内にあるほぼ全ての服を試着させられていた。
シャッとカーテンを開け着替え終わった姿を店員に見せると必ずベタ褒めし始めるのがお決まりになっていた。
「さすがお客様!とてもお似合いですよ。赤髪にもよく映えていて、うっとりしてしまいます! ご試着していただいた中で最も手頃な価格で街の女性たちにも人気のデザインなんですよ!」
目を輝かせて心の底から褒められているのが伝わるから、断りずらい上に着替える度に照れて俯いてしまう。
今着替えた服はふわふわ天使をイメージした白いワンピースにレースの生地をあしらったロリータファッション。
アクセントのレース生地の小物に頭にはリボンのカチューシャがセットされている。
店員は私が何を着ても褒めてくれるけど、これは絶対似合ってない。この服はシェリーみたいなおっとりした雰囲気の可愛らしい子が着るべきだ、と鏡を見る度しみじみ思う。
(……ん?だったらこれを買えばきっとシェリーに似合うだろうし、私からのプレゼントって事で喜んで貰えるのでは?)
そこまで考えてもう一度大きな姿見に映る自分の姿を見つめる。
私が着るのは慣れていないから恥ずかしいけど、シェリーだったらきっちり着こなすだろうし、店員も親身に考えに考え抜いてくれた一着なのだ。今更無下には出来ない。
腹を括り「じゃあこれで」と一言伝える。
店員は「はい!かしこまりました」と元気いっぱいに了承し、レジの方へ私を誘導する。
初めこそ大人しくついて行こうとしたが、店のあらゆる場所に設置されている姿見に映し出された格好を見て自分がどんな姿をしているのか再び思い出した。
ボンッと頭が爆発し、レジへと進む店員を慌てて引き止める。
「私この服、着たままなんですけど……」
「はい、そうですね……?このまま着ていただいて構いませんよ? というか、むしろ、それを着て街を歩いてみてくださいっ!きっと皆お客様に釘付けですよ!!」
「え、えぇ……」
鼻息を荒くし顔を近づけ、それはもう興奮しまくって力説を始める店員。
か、顔が近いっ!
両手を顔の前で平行に並べ店員の顔を押し返す。
こうなっては手のつけようが無いので、文句も言わず黙って言うことを聞く方が懸命だと学んだ皇女であった。
──チリンチリン。
「ありがとうございました~」
フードを被り直し店を出る。
店員は店へ入った時とおなじ万遍の笑みで見送ってくれた。
結局そのまま来て帰ることになったけれど、服を買った目的はあくまでシェリーへのプレゼントだから私が着ていたらプレゼントになるのだろうか、という疑問は未だ健在である。
(そうだ、この服はいつかリディが結婚した時に生まれた子供にあげよう)
我ながら名案だと思った。
リディが婚活成功すればの話なんだけど、リディがいなくなったら私は生きて行けないかもしれない。
日頃なんだかんだ言って朝起こしてくれるのも、支度を手伝ってくれるのも、何かあれば味方になってくれるのも、思い返せば全てリディだった。
リディが邸を笑顔で去っていく未来を想像してつい目尻に涙が浮かびかける。
これからはもっとちゃんとリディを労わってあげよう。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
帰り道は今まで通ってきた道を逆に辿って行くだけだから迷うことも無く、真っ直ぐ着くだろうと思っていた。
それが今では全力疾走で街中走り回っている始末である。
背後から「いたぞっ」「追いかけろっ」と私を捕まえようとする多くの人の声が聞こえた。
自分自身に<浮遊魔法>をかけて怪しまれない程度に地面から体を数センチ浮かして必死に逃げるもんだから、魔法の使えない街の人達は息絶え絶えに「待ってくれ~」と声を出す。
全身から汗が溢れ出して死んでしまうのでは?と思うほど疲れているのに、それでも追いかけてこようとするなんて、その根性は凄いけど私何かやったかな?
正直めちゃくちゃ怖い。
しかもすごく既視感を感じる。
以前モンスターに襲われた時と似た状況だけど一つ違うのは相手がモンスターじゃなくて街の人ってこと。
モンスターだったら攻撃をして動きをとめたり出来るけど、街の人相手だとヘタに攻撃も出来ないし、もし当たってしまったら、と思うと顔から血の気が引いた。
「おいおいおいっ、こんなに嬢ちゃんの足が速いなんて聞いてないぞ!?」
「というか若干浮いてないか?」
「なぁにィ!?」
(バレた~~~~~っ!……バレたものは仕方ない。あそこの角を曲がったら屋根の上まで飛んで逃げよう)
数メートル先の煉瓦でできた家と家の間に人一人入れるくらいの隙間がある。
無我夢中でひたすら前へ前へと走り続ける。
必死に走っていたからか、曲がり角から出てきた人にドンッと派手にぶつかった。
「うわっ」「きゃっ」
同時に発した小さな悲鳴。
目の前で尻もちをついているのはローブの男。
「ごめんなさい!」
「いえいえ~、全然大丈夫ですよ~。それよりお嬢さん、お怪我はありますか?」
「あ、いえ、私は全く……それより手!擦りむいてる!……すみません、私のせいで」
男は「あはは~」とへらへらした笑い方でまた大丈夫だと言った。
傷は確かにかすり傷だけど、放っておくといずれ化膿したりして手が使えなくなってしまうことだってあるかもしれない。
私は買ったばかりのスカートに手を掛け引き裂いて包帯代わりに使おうとした。
「ダメですよ。女の子がそんな簡単にスカートを破ろうとしちゃ」
そんなふうに言われてはこちらもスカートから手を離さずを得ない。
後ろからまだ人が追ってくるのでローブの男を立ち上がらせるために片手を差し出す。
「怪我をさせてしまったのに何も出来なくて、すみません」
「ふふ、ありがとう。その気持ちだけで十分ですよ」
差し出した手を男が握った瞬間、バチッと何かが弾けるような音がしたけど、男を見る限り特に変わったことも無いしキョトンと首を傾げている。
気のせい、なのだろうか。
「それでは。優しいお嬢さん、どうもありがとう」
そう言って男はすぐどこかへ消えてしまった。
しかし追っ手は消えてくれない。私は未だ追いかけられていた。
男が出てきた曲がり角を曲がり、そこへ体をねじ込み「汝──」と詠唱を始めた。
足元には魔法陣が顕現し薄暗い空間だと下から照らし出される形で体が光り、<浮遊魔法>が発動する。
どこからか吹く風が生き物のように私の頬を撫で空高くへと持ち上げる。
「……ふう、屋根の上に逃げればまず追いかけては来ないよね。ん~~っ、疲れた~~~っっ!」
空から顔を出す太陽に向かって大きく伸びをして後ろに倒れる。
屋根の上は瓦が何枚も斜めに重ねられていて、一歩踏み間違えれば落ちて死んでしまう危ない位置に私はいる。
けれど魔法もあるし、体を安定させれば寝転がることだってお手の物なのだ。
太陽があんなに眩しく街を照らしているというのに雪は振り続けている。
誰かが魔法で降らしているのかもしれないな、などと平和なことを考えていられるくらいの余裕はできた。
「うそ、まだ探してる。私本当に何かしたのかな。全く覚えがないんだけど……、私になりすましてタダ食いを働いた奴がいるとか? それすごくタチ悪いな」
目立つ赤髪もしているし特徴さえ抑えればむしろなりすましやすいと自分でも思っていた。しかし実際被害に合うとやはりいい気はしない。
まだなりすましとも決まってないけども。
屋根のてっぺんで仰向けになった体に照らされる太陽の光が眩しくて手のひらを広げて太陽へ伸ばす。
ザザ……ザ……ザザ……
「なにっ!? 頭の中にノイズが……い、痛いっ!」
突然頭に電流が流れるような痛みが走り視界が霞む。
ノイズはまだ脳内に鳴り響いてる。
強く強く目を瞑って真っ暗な世界へと飛び込む。
ザ……守…る、…ザザ……ぜ…たい……ザザザ
ノイズまじりに声が聞こえ閉じていた目を開けた。
目の前には口元だけ見えるくらいに黒いフードとマントを被った背の高い人物がこちらへ手を差し出して何か言っている。
ノイズが酷くてよく聞きとれないけど、屋根の上で周りに誰もいないこともあり、間違いなく私に向かって言っているのだとわかった。
この人は私のことを知っているようだけど、私は知らない。
知らないはずなのに目尻から涙が滲む。
ザザ……真実の、未…来…辿りつ……ザザ…後、少…し……ザザ
「何言ってるの?聞こえない、わかんない!教えてよ、ねえ、待って!置いていかないで!!もう一人にしないでっ!!!」
気がつけば涙が頬を伝い、フードの人物に手を伸ばしていた。
『ダメだよ!そいつに触れちゃダメだラヴィニア!!』
「っ、オリジン!?」
私たちの間に割って入る形で小さな魔法陣から飛び出したオリジン。
柄にもなく切羽詰った様子で真剣に焦って伸ばした手を引き止めようとする。
「ダメってどういうこと。この人は誰なの? 誰かわからないのに、わからないはずなのに、なんでこんなに会いたかったって思う自分がいるの?怖い、怖いよ……っ!」
『落ち着いてラヴィニア!僕にも誰なのかわからない。正確には不特定多数の魔力を感じるから誰とは言えないんだ。でも残留思念に近いものだと思う。少しでも触れればラヴィニアがどうなるのか僕にもわからない。最悪の場合記憶の混乱が起きて二度と目を覚まさなくなるかもしれない』
「残留思念?それってどういう──」
そこまで言って私は体と魂が分裂するような浮遊感に襲われ視界が回転した。
オリジンに問いかけようとした瞬間にバランスを崩し足元をすくわれ屋根の上から落下したのだ。
屋根から地面までの距離の短さもあり、咄嗟のことで詠唱する時間は無い。
オリジンは一瞬体を硬直させ焦った顔で私の元へ飛んでこようとしてくれる。
その後ろには先程までいたフードの人物の姿はなかった。オリジンは残留思念と言っていた。だから消えてしまっても不思議てはないのかもしれない。
「おい!屋根の上見ろ!女の子が落ちてくるぞ!!」
「きゃあああああ!!誰かっ!」
「ダメだ間に合わないっ!」
少し離れたところから色んな人の悲鳴や焦った叫び声がゴオオオっという体に風が当たる音と共に耳に届く。
間に合わない。その言葉は特に鮮明に聞こえて私も死を覚悟せざるを得ないと思った。
すると間一髪のところで落下する体はピタリと止まる。
『ま、間に合った~』
重いため息をついてふよふよと覇気のない飛び方をして降りてくるオリジン。
私が無事だったことに安堵したのか干された布団のような体勢でやってきた。
私は地面に手をつき尻もちをつく。
そこでようやく自分が無事だと、生きているという実感が湧いてきた。
「っ、ラヴィニア!!」
人混みを掻き分けてすぐ側へ片膝をつき、怪我をしていないかの確認をされた後いつもよりも強く抱きしめられた。
それに続いてユーリ、シェリーの順でノアに追いつきシェリーはその場に崩れるように座り込んだ。
ユーリは私と目が合う前に俯いてしまったから顔は見れなかったけど、拳を強く握って何かに耐えるようにその場から走り去った。
「待って、ユーリ!」
すぐに追いかけようと思ったけど腰が抜けて立ち上がれない。
それとノアが力一杯私を抱きしめているから立てたとしても走れないだろう。
ユーリは人混みに紛れてもうどこに居るのかもわからなくなってしまった。
私も色々なことが起こりすぎて脳の状況処理能力が著しく低下しているのを感じた。
屋根の上にはやっぱりもうあの人はいない。
その事に何故かホッとしている自分がいた。
「……ところで私、この人たちに追いかけられていたのよね。どういう事か知っているなら説明を求めたいのだけど」
「あ、えっと、それはですね──」
かくかくしかじか。
シェリーから話の一部始終を聞かされ大人ぶって聞いてるように見せて内心呆気に取られてしまった。
ユーリが私のためにそんなに必死になってくれていたなんて。
それなのにどうして私に背を向けて走り去ってしまったんだろう。
疑問は残るけれど、それよりも今は街の人に対する申し訳なさが勝った。
一生懸命体力を振り絞って探してくれていたのにも関わらず、私は容赦なく魔法を使ってまでして全力疾走したのだ。
思い返すと益々申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
「本っっっ当にごめんなさい!!」
「いやいやお嬢ちゃんが謝る必要は無いって」
「俺達が事情も話さずに追いかけたんだからそりゃあ驚いて逃げても当然ってもんよ」
「そうだぞ。無事に見つかって良かった良かった」
「皆さん……ありがとうございます」
深くお辞儀をして心から感謝の言葉を述べる。
照れくさそうに鼻下を人差し指で擦る人やニッコリ笑って私の頭を撫でてくれる人、ノアの背中をバシバシ叩いて大喜びする人、他にも色んなやり方でそれぞれ私の無事を喜んでくれる人がいた。
こういう時に恵まれた人生に変わったなって思える。
その中一人、喧嘩祭りの時に会ったガタイのいいおじさんが「そんなことより」と続けた。
「早くあの金髪の坊主、追いかけてやんな」
親指でユーリが去っていった方向を指す。
脳裏にユーリのあの暗く曇った表情がちらつく。
コクリと頷きおじさんの指し示す方へと走り出す。
「お前は追いかけなくていいのか」
「ああ。今日はあの居候に助けられたからな。あとデリックのおっさんも助かった。感謝する」
「ふっ、まだまだガキのくせして大人ぶってんじゃねーよ」
「……うっせー」
デリックはノアの頭にポンと手を置き「はっはっはっ」と豪快に笑ってみせた。
次回は25日投稿です




