17話・ギルドへようこそ③
入学試験について各々思う所はあるが最大限の努力をするという事で話が落ち着いた。
「では話を進めよう。その前にラヴィニア以外は全員この場から出て行ってもらう。ここからは女二人の大切なお話だからね」
「ルーク」と名前だけ呼び扉を開けるよう促す。
渋々といった様子で出ていくカイデン一向とは裏腹に、私を置いて出て行くことに不安があるのか、三人は黙ったまま動こうとしない。
アウロラは私たちの未来についての話ともう一つ、私についての話をすると言っていた。
何を話すのかまだわからないけど、きっと私に必要な事を話し合うのだと思う。
三人には「大丈夫だから」と先にギルド見学をするよう勧め、半ば強引に背中を押して部屋の外へ出した。
「もし何かあった時は直ぐに大声を出してくださいね。秒で、いえ、コンマで駆けつけます!……というか私も歴とした女なんですけどね。参加資格あると思うですけどね!?」
「シェリーにはあの二人をしっかり監視していて欲しいの。きっとまた何かやらかすと思うし」
まだ納得出来ないといった様子だったけれど、コクリと頷いて「信頼を裏切るわけにはいかないですよね」と渋々身を引いてくれた。
「いざという時は、この剣で生きている事に絶望するくらい切りつけて、痛めつけて──」
「あははー、大丈夫大丈夫。なんとかなるって。……だから剣は一旦しまおうか」
笑顔で剣の鞘に手を添えとんでもないことを口走るユーリに真顔で仕舞うように誘導する。
ユーリの忠誠心は本物だ。それはものすっごーく理解している。
だからこそ分かる。
殺る。私に何かあればユーリは絶対に殺る。
「ラヴィニア、あんまり無理はするなよ。俺はお前の師匠で兄貴みたいなもんだからな」
「ノア……、自分で言っておいて照れないでよ」
「て、照れてないっ」
真っ赤になった顔を乙女みたく両手で覆い隠すノア。
その顔で言われても説得力は皆無だ。
実際頭もキレるしやる時にはやるんだけど、やっぱりどこか子供で照れ屋さんなのは、実に八歳の男の子らしい。
三人が安心できるようにもう一度笑顔で「大丈夫」と言って階段を下りるその背中を見送った。
バタンッ
扉が閉まるのを確認し、身を翻し席に戻る。
向かい合う席には一連の様子を観察し、組んだ手の上に顎を乗せて懐かしそうに微笑むアウロラがいた。
「お前は多くのものに愛されているな、ラヴィニア。その赤い目立つ容姿といい活発な性格といい、アザレアによく似ている。父親の方に似なくてよかったよかった。あの白髪じじいに似たら母親が泣かなくてもあたしが泣くよ」
赤い瞳の奥をじっと見つめて語り出す。
知らないところでここまで言われるとは……父、無念。
もしも私が父の茶髪ストレートを受け継いでいたら、と想像してみた。うーん、案外ありかもしれない。
アウロラが言っていたアザレアという女性は私の母だ。
母は若くして私を産み病死した。
だから母のことは城でアルから聞いたものが全てだった。その時の話だけでも母が愛されていたことはよく伝わった。
まさかアウロラが母の知り合いとは思わなかったけど、生前は顔が広い人だったのかな。
自問自答して自分の世界に入り込みそうになった私をアウロラは引き戻すように話し出す。
「懐かしさに浸るのもいいが時間は有限だ。本題に入ろう」
アウロラの纏う空気が先程とは異なり重く真剣なものへと変わった。
その変化に私は産毛が逆立つような変な感覚に見舞われ緊張を高める。
「お前は森であのムカつく上位精霊から、その血についてどこまで聞いた」
「えっと、血って……私がオリジンから聞いたのは王家と精霊の密接な関係についてと、それには王家の血が関わっているってことだけよ」
「もうそこまで辿り着いたのか。……ったく、エルヴィスの奴、一体何をしているんだ」
「アウロラ?」
「いや、なんでもない」
小さくて上手く聞き取れなかった言葉を私に言及させないよう、首を軽く左右に振った。
「今まで不自然に魔力が暴走したことはあるか?」
「うん、何度か」
「それもおそらくその血による影響だろうな。ま、あたしは王家ではなくあくまで部外者だから詳しいことはエルヴィスにしかわからない。しかしそれが上手く使いこなせなければ後々厄介な代物になることは間違いないだろう」
「………。」
自分の手首にある太く青い血管の中に流れる血液を見つめる。
暴走してもギリギリのところで最悪の事態は免れているけど、今後どうなるかもわからない。
(もうどうすればいいのかわかんないよ……)
眺めていた両手を強く握る。
どうしようもなくて何故かその場から走って逃げ出したい気持ちになった。
アウロラは一瞬、苦しそうな顔をして机に片手を着いて立ち上がり、綺麗な所作で私に歩み寄った。
すぐ目の前で立ち止まり私を見つめるので、ついポカンとした間抜け顔のまま上を向きアウロラの目を見た。
すると歩く度に小さく揺れるその豊満な胸に顔を沈められた。
「──っ!」
「いいから、大人しくしてな」
驚きと恥ずかしさで真っ赤になる私をお構い無しに更に強く抱きしめられ、頭を撫でられる。
初めは抵抗していたけどそれは全くの無駄だということに気づき諦めた。
なにより頭を撫でられるという行為が非常に私には居心地が良かった。
「ふふ、アウロラはお母様みたい」
「お母様と呼んでくれても構わない──
「それは遠慮します」
キッパリハッキリ断ると本心なのか演技なのか、アウロラは若干落ち込んだようにも見えた。
いつの間にか、私も無意識にアウロラの背に腕を回していた。
母の温もりも父の優しさも、私は何も知らない。だけど今感じているこの気持ちは、きっと私の知らないその温もりに近いものだと思う。
(感じたことも無いのに、懐かしいと思うなんて。私はどうかしているわ)
「お前はまだ幼い子供だ。もっとゆっくり成長していけばいい。焦らなくても直に運命の分岐点は来てしまう。今はその時に備えてなるべく多くの選択肢を増やせ。それが後にお前を助けるだろう」
「………。」
コクリと一度頷き体を離す。
運命の分岐点とか選択肢とか、よくわからない。アウロラ自身も詳しいことはわかっていないと思う。
けどそれは確実に私の未来で起こるものだということはわかった。
その後もアウロラとは他愛のない話をした。
ノアやユーリ、シェリーについての話というか相談というか。邸の生活について、モンスターと戦ったことについて、街での小さな冒険について。
時々興奮のし過ぎで手を上下に振って、身振り手振りでその時の状況を伝えたり。
時にはアウロラがギルドのメンバーについて話してくれたり。主に愚痴だけど……
私は今までの母との空白を埋めるように笑って、怒って、拗ねて、多くの感情を吐き出した。
けれどアウロラは私の本当の母親ではない。お互いわかっている。これは偽物だと、まやかしなんだと。
それでも今だけは何も言わずに、ただこの空間にもう少しだけ浸かっていたかった。
ずっと話しっぱなしで話題も少なくなってきた時、ゆっくりと口を開きポツポツと自分の事を話し始めた。
「あたしにはね、随分と昔、大好きな旦那と愛する娘がいたんだ。でもね、旦那も娘もあたしをおいて先に逝ってしまった。こんなピッチピチな体してるけど、もう中身はだいぶ老いたんだって最近は自分でもそう思うようになった。まっ、誰かに老いぼれとかババアとか言われたら、そいつを地の果てまでぶん殴って飛ばしてやるけどね」
アウロラは腕を曲げて「フンッ」と力こぶを作ってみせた。
どんなに長生きしたって、どんなに若く見せたって、大切な人が自分をおいてどんどん先に進んでしまう。誰もいなくなってしまう。
それがどれだけ怖いことなのか、私は生きたくても生きられなかった側の人間だから、理解することは難しい。
でも、アウロラがどれだけの悲しみを乗り越えて今ここにいるのか、わかりたいと思った。
「っ……、ははっ、なんでお前が泣くのかね。……でも、ありがとう。私の涙はとうの昔に枯れてしまったから。代わりに泣いてくれる人があんたで良かったよ」
頭を撫でるその顔は満足そうに笑っていた。
「私もありがとう。───お母さん」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
話し合い、もとい雑談を終え下のメンバーたちの様子を見に行くことになった。
ギシギシと鈍い音で軋む階段を下りあの悲惨な状況だった酒場へ足を運ぶ。
「「ウェェェエエエイ!!」」「「フゥゥゥウウ!!!!」」
階を下るにつれて聞こえてくる賑やかな声。
アウロラにもハッキリと聞こえ、顔を見合わせて首を傾げる。
酒場へ繋がる扉を開けると、
「!?……こ、これ」
まず私の目に飛び込んだもの、それは……
大量の樽と床に溜まった酒の水溜まり。
荒れるに荒れた木製の机と椅子。
「行けぇぇぇぇ!!ノアの坊主!本気で行け!!ぶっ潰せ!!」
「手加減はなしだぜ。ヒック……来いよカイデン。あの時の借り、きっちり返してやる。ヒック」
「おいおいそれは俺のセリフだって。それにしてもいい感じに酔ってるね~……うっ、やっば吐きそう……ちょ、タンマっ!タンマプリーズ!!?」
「はっ、喧嘩に情けは無用だっ!!」
「えぇぇええええ!?酷いよっ!ノアく──ッぶっ!」
「「クリイイイィィイインヒットオオオオ!!」」
「ったりめーだ」
「一匹退治した程度で調子に乗るなよこの単細胞バカが」
「生憎頭の出来は皇帝公認なもんでね」
酔って暴れるギルドメンバー。それに混じって暴れまくるノア、ユーリの二人。
シェリーなんかはとっくに酔い潰れている。
シェリーの歓迎パーティーの悲劇が思い出されるこの現場。
あの三人が自らお酒を飲むことはない。未成年だしね。
つまりメンバー一同に飲まされたのだろう。
「………。アウロラ。ここのギルドは一体どういう教育をしているの」
「ん?至って普通のギルドじゃないか。酒に酔いしれる団員、暴れて破壊される備品!更に酒に酔って深められる絆!!若いっていいね~っ!あたしもちょっと混ざってくるか」
「………。」
自ら無法地帯へと飛び入り参戦しに行ったアウロラに私はただただ遠い目をして呆然とたっていた。
今この場でまともなのは私だけだ。
けれど浮いているのもまた事実。
眺めていても仕方ないので、重いため息をつきまだ無事なカウンター席へと移動すると、ひたすらカクテルを作っては棚に並べるバーテンダーのおじいちゃんがいた。
取り敢えずその場のノリで「マスター、カクテル」と注文すると、ほんの数秒でカクテルではなく、オレンジジュースがコトっと置かれた。
「こんなにオレンジジュースが身にしみる日がもう来ない事を祈るわ」
荒れ果てるメンバー達に背を向けてワイングラスに手をかける。
中に入っているオレンジ色の液体を傾けて物思いにふけった。
ジュースももう五杯目に突入しようとする頃には騒動はある程度落ち着きを取り戻していた。
見るも無惨にめちゃくちゃになったギルド。
壊された物を避け、器用に隙間を利用して眠りについている人達が数名。
シェリーは初めから酔って爆睡していたからか、目が開いたり開かなかったりと夢現な状態。
ユーリとノアはただいま爆睡中だけど、夢の中でも喧嘩をしてる。
互いの頬を殴り蹴りを寝ながらやるのだから、よくやるなと思わず感心してしまった。
酔い潰れた人の山から一人欠伸しながら腕を天井に向けて「んっ~!」と気持ちよさそうに伸びをする人物が現れた。
「ルーク!」
「んぁ?あーラヴィニアのお嬢ちゃんか。嬢ちゃんは酒飲まなかったんだな。……それに対してこいつらはまた派手に飲んだくれたみたいだな。ふわぁ~あ」
二度目の欠伸をしながら近くに転がっている酔っ払いを足でコロコロ端へと転がしていく。
実質蹴られているのと同じだから、いいのかな?とも思ったりしたけど、みんな蹴られても気持ちよさそうな顔で寝てるし、大丈夫だよね。
「そこのチビ三人もまた仲良くできあがってやがるな。てかガキのくせにこんな酒飲ませて大丈夫かこいつら」
「男子組はお酒飲むの二度目だから多分平気。まあこの泥酔状態からして二日酔いはまぬがれないだろうけど」
「こっちのお嬢ちゃんの方は俺が見てた限り酒一杯飲んだらすぐ爆睡したから、もうすぐ目ぇ覚ますだろ。ったく、後始末すんの毎回俺なんだからな。さっさと起きろこの酔っ払い共」
机にうつ伏せて寝るシェリーを横抱き(所謂お姫様抱っこ)にして持ち上げ、転がっている酔っ払いメンバーズを容赦なく踏んずけ入口の扉へと向かう。
踏まれる度に「ぐえっ」とか「ヴっ」とか聞こえたけど、直ぐに皆夢の世界へ戻ってしまうからもう気にしない事にした。
「何ボケっとしてんだ。馬車まで送ってやるからついてこい」
「え、でも今日はノアの転移魔法でここまで来ているから馬車は無いはずだけど」
「大丈夫だ。こうなると思って予め帰りの馬車の手配はしてある。うちのメンバーが迷惑かけたな。年中酒に酔ってるような奴ばっかりだけど、一応依頼もしっかりこなして社会に貢献してるから、今回は大目に見てやってくれ」
「別に気にしてないよ。こういうのは慣れてるし。それに肝心のマスターがアレだからしょうがないと思う」
「返す言葉もないな」
寝ているユーリとノアもついでに回収。
シェリーを右腕で干された布団のように抱え、左腕で二人をセットで抱える。
一般男性よりやや細めな見た目の割にかなり力持ちで思わず「おぉ」と感嘆の声をもらしてしまった。
人の波を乗り越えて入口付近まで来ると扉の壁にもたれかかって爆睡中のアウロラが「酒……ふふ、美味し……」と寝言でも酒に酔いしれていた。
私はハイライトの無い瞳でアウロラを見下ろす。ルークもよくこんなマスターの秘書ポジションにいられるな、と。
「全く、こんな所にいたのかよ。マスター。そんな格好で床寝そべってたら風邪ひくっての」
一旦抱えているシェリー達を地面に下ろし、「めんどくせぇ」と連呼しながらもアウロラを丁寧に壁まで運び、自分の着ていた黒い上着を肩に掛ける。
てっきり他のメンバーと同じように蹴ってどかすのかと思っていた。まあギルドマスターを蹴るのもどうかとは思うけど。
ルークのアウロラを見つめる表情はやっぱりどこか優しくて他とは違うものを感じる。
「ねえルーク」
「ん?どうかしたのか」
「……やっぱりなんでもない」
「そうか」
返ってきたのは素っ気ない返事だった。
十代後半くらいの若者なのに「どっこいしょ」とおじさんくさく立ち上がる。
再び両腕に三人を抱えて馬車へと進むルークの斜め後ろから私もついて行く。
『あたしにはね、随分と昔、大好きな旦那と愛する娘がいたんだ』
唐突に思い出したアウロラの言葉。
今も昔もアウロラの心の中心には旦那さんと娘さんがいる。
馬車に到着しシェリー達を横並びに座らせた後に私は馬車の中へ入った。
四角い窓からは腰に右手をあてたルークが見える。
ここで言わなきゃ、もう言える機会は無いかもしれない。
そんな考えが頭を過り、気がつけば言葉に出ていた。
「ルーク、アウロラの心にはまだ旦那さ──」
「わかってる」
「っ……!」
「マスターにとって俺はそれこそ生まれた時から一緒にいて育っていくのを見てきた赤ん坊だ。でもいつかマスターの旦那さんにも娘さんにも認めてもらえるような立派な男になったら、ちゃんと伝える」
「……そっか」
「ラヴィニアにはまだ大人の恋は早かったか?」
「もう!からかわないでよ!」
「ははっ、悪い悪い。いつかお前にもこの気持ちがわかる日が来るよ、きっとな」
そう言って視線を向けた先は先程ルークに運ばれて爆睡しているあの三人だった。
いつもいがみ合っているのに、寝ている時は仲良く肩を寄せあっている様子は見ていて微笑ましい。
馬の鳴き声と共に車輪が前へ進み始めルークの姿は段々と遠のいて行く。
(いつか私にもルークの気持ちがわかる日が来るのかな)
遠ざかって小さくなるギルドを窓から見つめる。
ルークに言われた最後の言葉は私の胸の中に妙に響く。
前の席で眠る三人は私にとって家族も同然の大切な人達だ。
だからこの関係が崩れないように、壊さないように、大切にしたい。
子供三人座っても余裕のある座席。
一人分空いたスペースに無性に入りたくなってシェリーの隣に座り頭をその肩に預けて眠りについた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
あれから数日後。
アウロラはラヴィニアとの約束を果たすべくエルヴィス皇帝の元へ押し掛けていた。
何度手紙を送ろうとも返事は一切返って来ない為、しびれを切らして押し掛けたのだ。
正面から入ろうものなら即刻捕まるだろうから、<転移魔法>で直接城内に侵入してやろうと計画を立てたのがつい昨日の話。
いざ決行したはいいものの、あっさり掴まってしまった。
幸いにも掴まって直ぐにエルヴィスは激怒しながらもアウロラを解放し、そのまま自室へと連れられた。
用意された椅子に腰掛け目の前の高級感漂う椅子で足を組んで座るエルヴィスを見る。
目は笑っていなかった。元々笑わない性格だからか身に纏う黒いオーラが更にその強さと威厳を強調していた。
エルヴィスの灰色の髪はそのオーラによって逆だっているようにも見えた。
「余計な仕事を増やして、一体何をしに来た」
「落ち着きなよ。眉間に皺を寄せ過ぎると良くないよ?あんたはただでさえ人相怖いんだからね」
「城から追い出されたいなら素直にそういえばいいだろう」
「久しぶりの再会だっていうのに相も変わらずお堅い頭だね。ラヴィニアがあんなにもいい子に育ったのはあんたと離れて暮らしているからってのも一つの要因かもしれないね」
「………何が言いたい」
ラヴィニアの名前を出した途端、エルヴィスから先程とは段違いの威圧がかかる。
ラヴィニアと同じ血の色をした真っ赤な瞳。
けれどどこまでも冷たく氷のような眼光は皇帝の威厳だけではなく、ひどい孤独を感じさせた。
「俺はお前に構っている程暇ではない。早く用件を言え」
「──ラヴィニアが精霊と王家の繋がりに辿り着いた」
「………。」
「そこまで詳しくは知らないようだけどね。魔力暴走も数回起こしている。一度目はノアとの魔法訓練の時、初めて魔法を使用した際に暴走。二度目はシェリーを密売人から助けた時、感情の昂りから起こった暴走だ」
机に肘をつき口の前で手を組んだ体制で重々しく話す。
現時点で把握している情報はあらかた話しエルヴィスの反応を伺う。
ピリピリと肌を刺激するような威圧感は残っているけれど、それと同時に不安や焦りといった感情が瞳に映る。
表情は終始崩れることは無く何の感情も感じさせない。その代わりに瞳が感情で揺らぐ。
「その件についてはこちらも粗方把握している。魔力暴走はコントロール次第で制御できるはずだ。だからこそノアを側へやった」
「やっぱりあの坊やはその為の防波堤だったってわけだ。一度目の暴走、あれはあんたが仕組んだものか」
「あくまで予想していた程度だが、今のところ想定の範囲内だ。イレギュラーもいるがな」
「シェリー・ウィンストンか」
アウロラの言葉にただ黙って肯定を示す視線を送る。
「その娘についてはある程度調べた。判明したのはシェリー・ウィンストンという人間はこの街どころか、この国には存在していないということだ」
「存在していない?」
「戸籍も住民票も帝国中の領主に確認させた。それとシェリー・ウィンストンが虐待を受けていたという両親も存在しない」
「ははっ、どこに住んでいるとかそういう事以前に、そもそも存在しないとはね」
「わかっているだろうが、この件は特にラヴィニアには伝わる事がないようにしろ」
椅子の背もたれに体重をかけギシッと鈍い音が鳴る。
見るからに疲れていると主張するその顔は自分の娘のために奔走した父親のそれだった。
本人にいえば頑なに否定するだろう。
長い付き合いの私にも理由は分からないが、エルヴィスはラヴィニアとの接触を今まで極力減らし、存在を否定するような事をやり続けてきた。
それが今更になってエルヴィスが変わり始めている。
ラヴィニアはラヴィニアで父からの愛を諦めている様子だった。
「ふっ、これからどうなる事やら」
「何か言ったか」
「いいや、なんでもないよ」
「……そうか」
何となく重い空気が漂う中、エルヴィスは相変わらずの無表情で「アウロラ」ときりだす。
「学院のことは伝えたんだろうな」
「もちろん。一緒に来ていた他の三人にもしっかり伝えた」
「入学許可の資料は既に用意してある。その三人の分もだ」
「さすが一代で国を倍以上に拡大し歴代で最も優れた軍師と名高い皇帝は話が早いね」
報告と許可が用件だったというアウロラは用が済んだからとその場に魔法陣を発動させ瞬く間にその場から消え失せた。
エルヴィスは特別驚くことも無く、ただただアウロラのいた場所を感情の無い瞳で見つめていた。
次回は19日です