15話・ギルドへようこそ①
『いいよ~その調子! ゆっくり僕の力に合わせるように……』
「っ、できた!」
「ほお、なかなかの出来だな」
「えっ、本当!?」
「ま、オリジンがいればの話だがな」
「……素直じゃない」
「何か言ったか」
「いいえなんでも!!」
今朝もノアに盾の生成を手伝って貰っていた。
この間精霊契約したオリジンが何かと力を貸してくれるのでだいぶ丈夫な盾が作れるようになったのだ。
相変わらずのスパルタ教育だけど。
その間ユーリとシェリーはテラスで見学している。
見ているだけで暇だから部屋でゆっくりしていたらって言ったこともあったのだけど。
以前、修行で私が怪我をしたことがあり、回復魔法が使えるシェリーが修行に同伴しないのなら付き合わないとノアが言い出した。
シェリーも全力でそれに賛同し、ユーリは私が怪我をしないよう見張る係になるとかならないとか。
そういうことがありまして、修行には二人が必ずテラスに座って見守っているという状況が生まれました。
「ラヴィニア。自分の魔力だけで盾作ってみろ」
「??」
首をかしげつつも言われたとおり自分の魔力だけで盾を作る。
「はい、出来たよ。どうするの?」
「やっぱりな。 もう少し魔力をこの一点に込めろ。でなきゃ……」
パリンッ!音を立てて崩れ去った盾に親指を向けて、
「ほらな、簡単に壊れてしまう」
「あ、あああ……! 私の盾百二号が……」
「割れた盾の数を数えるくらいならもっと丈夫なものを作れ。なんで浮遊魔法やほかの魔法は使えるのに、盾の生成だけこんなに下手くそなんだ。オリジンが居なきゃ何もできませんだと、今後いざと言う時に困るだろうが」
「私才能がないのかも」
「今更かよ」
「地味に傷つくっ……!」
いつも通りのやり取りをしている間にリディが紅茶を入れてテラスまで運んでくれたので、修行は一旦休憩タイムに入る。
シェリーが見学に来るようになってからは毎回手作りお菓子が登場し、私のひそかな楽しみとなっている。
前回は七色のマカロンだったけど、今回は一体何なのか、期待をふくらませてバスケットの上に被さっているハンカチが回収されるのを待つ。
「わあ!今日は人形クッキーね!可愛い~!食べるのが勿体ないくらい!」
「そんなこと言ってもクッキーは残さず食べるんだろ」
「もちろん!クッキーは可愛くても食べてこそのクッキーよ」
「さすが姫様。クッキーを幸せそうに食べている姫様もお美しい」
「ラヴィニア様のことを思い一生懸命に作らさせて頂きました。お口に合うようで良かったです」
クッキーを食べる私を微笑ましく見守っている三人だけど、やはりお互いに牽制しあっているような変な空気が流れている気がする。
クッキー丸々一つだと大きすぎるのでそれを半分に割って肩に座っているオリジンへと手渡す。
(それにしても美味しいわね。
今度商業ギルドと話し合って、お店を開いてもらおうかしら。名前、考えとこ)
ほとんど一人で平らげてしまったというのにやたらニコニコとしているから、シェリーには悪いけれど時々毒でも入っているのではと思ってしまいそうだ。
「失礼します姫様。姫様のお知り合いだと言っているお客様が来賓室でお待ちしております」
「ん?」
メイドの子が言うお客様って一体誰だろう。
私の知り合いなんて、ここにいる人たち以外、全くと言っていいほど思いつかないんだけど。
なにせ交友関係が狭いもので。
「何やら冒険者の方のようでしたが」
あげられた特徴にあからさまに顔を歪めて反応する。
「え、それって、まさか……」
「あー……、おそらくあいつらだろうな」
「ええ。面倒事しか持ってこないあの三人組ですね……」
ユーリだけ一人頭に?を浮かべているけれど、私たちはその「冒険者」に非常に心当たりがあった。
なんにせよ、待たせているのは事実なので一旦休憩をやめてその冒険者達の元へ向かうことにした。
部屋に近づくほどに賑やかな声がより大きく聞こえてくる。
ワハハアハハとそれはもう深夜テンションの如く賑やかなもので。
目の前に来る頃にはオリジンはどこかへ姿を消し完全にいなくなっていた。
扉を二回ノックして返事を待たずにドアノブに手をかける。
中から姿を現したのは、予想通りの人物。
「やっぱり、なんでここにいるんですか」
「やあ!また会ったね可愛いレディーたち」
「また会うも何も、ここ私の屋敷ですからね」
ノアとシェリーは咄嗟に私の前に出て庇う体勢になる。
しかしカイデンは二人のガードを抜けて跪き、私の片手を取ってその手の甲に軽い挨拶程度のキスをする。
ついでにウィンクまで付けて。
この無駄にキザな挨拶をする冒険者こそ、薬草採取の時、モンスターを増やし、余計なことをたくさんしでかしてくれやがった冒険者カイデンとその仲間、メグミとドミニクだ。
主に面倒事を持ってきたのはカイデンだけど……
そのカイデンの行動にユーリの何かが「プツッ」と切れたみたい。
ブラック全開な笑顔に、いつもより低い声音で、
「姫様に一体何をしているのですか……二度とそんな真似が出来ないように粉々に切り刻んで差し上げます」
「同感だ」
「ラヴィニア様はこれが片付くまで、あちらで一緒にお話でもしましょうか」
「え、ちょっ、怖っ!怖いよこの子達!!助けてラヴィニアちゃん!」
「きゃ~っ!ラヴィニアちゃんを巡る四角関係!?なにそれ萌える~っ!」
やはりこうなってしまったか。
何となく予想はしていたよ。
でもこうも的中してしまうと、もうどうにでもなれって感じだ。
毎回この騒ぎを収める私の身にもなってくれ……
場を収めるのも面倒になり、そのまましばらく放置していると、だんだん騒ぎは小規模になっていく。
カイデンが体をロープでぐるぐる巻きにされ天井から吊されることでこの件は終わったらしい。
「で、一体何しに来やがったんですか。カイデンさん」
「えー、ラヴィニアちゃんもなんか冷たい~……(ゴホン)実は、先日の薬草採取の件で君たちと別れた後、回収したギルドメンバーから君たちについて聞かれてね。色々と話したら他のギルドメンバーやマスターにまで話が広まっちゃって。連れて来いって言われちゃったんだ~」
「連れて来いって、俺たちは喧嘩を売られているのか?」
「売られた喧嘩は買いますよ」
「ラヴィニア様が危なく無い程度には相手をしますが」
「なんでこの子達こんなに好戦的なのさっ!ただ見てみたいって言われただけだよ!」
未だ吊るされているカイデンは涙を逆さまに流しながら、体を左右に振って、必死に反論する。
とは言え、ギルドからの公式のお誘いってことなら行くしかないのだけど。
そうでなくてもギルドには少し興味があった。平民になるよりも自分で自由に稼げるし、依頼はこの国の外からも来るから色んな世界を目にできる。
(行けるのなら、一回見学しに行ってもいいかもしれないわね)
「では、そちらの都合が会う日にギルドへ見学しに行ってもいいでしょうか?」
「もちろん! マスターも皆も大歓迎だよ」
「ところで聞き忘れていたんだが、あんたらのギルドってどこなんだ」
「私たちのギルドは王立ギルド<グランセシル>だよ」
「グランセシル、ってあの実力者ばかり集めたエリート中のエリートギルドか!そこにカイデンとメグミが? ドミニクはわかるけど……グランセシルもいよいよ堕ちたな」
「ノア君酷いっ、でもそこがまた良い……っ」
「……メグミさんは偏った属性をお持ちの方なのですね」
「ラヴィニアの嬢ちゃん、言いたいことはわかるが、その目はやめてやってくれ……」
顔に手を当てため息をつくドミニクさん。
きっといつもの事なんだろうけど。可哀想に、同情します。
お互い醸し出している雰囲気が何となく似ているのは、周りの人間がアレだからだろう。
騒がしい会話が混雑するこの狭い部屋の中で「あっ」と突然思い出したように声を出すカイデン。
ノアたちの罵倒に似た騒音すら聞こえないと言った様子で何も無い場所を真剣な表情で見つめる。かと思ったら、顔を苦々しくしかめたり、時々怒ったりと表情をころころ変えるから、何してんだこいつ、と。
「ラヴィニアちゃん今日って暇?」
「? はい、まあ暇といえば暇ですけど」
「じゃあギルド体験、今日行こう」
「はい?」
「今、うちのマスターと<精神感応魔法>で話し合っていたんだけど、暇だから今すぐ連れて来いって言われてさ。あの人、暇人でストーカー気質だから多分このやり取りもどっかで見てると思う」
カイデンはげっそりとした表情で肩をすくめた。
普段は振り回す側のカイデンもさすがにマスターには頭が上がらないようだ。と言うより、マスターの方がかなりマイペースらしい。
それにしても、先程から誰かに見られている気がする。
カイデンの言う通りあちらのマスターがどこからか見ているのかもしれない。
つまり、今更暇じゃないですなどと言えるはずがないという事だ。
ため息をつきつつも、もとよりこの三人が来た時点で何かを察していたためすぐに諦めがついた。
「わかりました。そちらがいいと言うなら今からギルドへ体験に行かせてもらいます」
「ラヴィニアが行くなら俺も」
「私も姫様について行きます」
「私だってラヴィニア様と一緒に!」
「君たち仲いいね~」
「「「仲良くないっ!!」」」
相変わらず仲がいいのか悪いのか。ぴったり声を重ねている様子は微笑ましくも笑えないといった顔をする三人。
そんな三人に小さく笑いながらギルドへ向かうための支度を進めた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
──王立ギルド。
それは皇帝自ら国にとって必要だと公に認められたギルドを表す。
カイデンたちが所属しているグランセシルはこの国の中でも特に巨大で、実力者揃いのエリートギルドとしても有名だ。
邸からは馬車で二時間ほどと、遠いような近いような微妙な距離。
そこで我らがノア君に頼み込み、<転移魔法>でパパッとギルドの目の前まで連れてきてもらったのだ。
「大きくて立派なギルドね。さすがグランセシル」
「本物のお姫さまにお褒めに預かるとは、光栄だな」
ギルドの上から下までじっくり観察する私を、腰に手を当て「ははっ」と軽快に笑うカイデン。
有名ギルドと言うだけあってかなりの規模だとしみじみ思う。
古くからあるギルドなのに建物自体はとても綺麗だから、何度も改装しているのだろう。
ノアは見慣れた様子で微妙な反応をしているが、シェリーやユーリは初めて見るからか、目がキラキラ輝いて見える。
かく言う私も、中身は成人していい歳だけど、見た目の年相応に、未知のものへの好奇心が溢れている。
「嬢ちゃんたち。中でマスターが待ってるから、取り敢えず会ってやってくれ」
ドミニクが親指をギルドへ向けて中へ入るよう合図する。
コクリと頷いてアヒルの親子のように後ろをついてまわる。
もしも、将来ギルドに入るなら、このギルド見学は非常に大切で貴重なものとなるだろう。
他のギルドと比べるにしても、一番初めに見るギルドは印象に残るはずだ。
ゴクリと生唾を飲み込み、巨大な扉の前に立つ。
ギギギギギ……
扉と床が擦れる音と共に中の様子が目に入る。
「だーかーらっ!今回の依頼は俺らのチームが行くっつってんだろうがっ!」
「あんたらが行ったら街一つ破壊するに決まってる。大人しく私らにその依頼書寄越しなっ!」
「ちょっとー煩いんですけどー。せっかくいいお酒飲んでるのに、これじゃ雰囲気台無しよ」
「昼間っから何飲んでんだよ」
「酒」
「見りゃわかるっつーの!そういうこと聞いてんじゃねーんだよ!!」
ギャーギャー、ワーワー、それはもう、うちの邸とは比べ物にならないくらいの騒がしさだ。
当然、いつも邸を色んな意味で賑わせているこの三人も、あまりの騒がしさに呆れて言葉も出ない。というか最早、無関心そのものである。
初めてのギルド見学。
本当にここで大丈夫だろうか。
非常に不安です。
ギルドの騒がしさは収まるどころか更に激しく増していた。
誰かが何かを言えばそれに対してまた別の誰かが何かを言って収取のつかない状態となっている。
私からしてみれば、いつもの光景に近しいものだけど、当の本人であるノア、ユーリ、シェリーはやれやれといった何とも呆れた顔を向けている。
これ、いつもの君たちなんですけどね?
私のこの気持ちが彼らに伝わることは無かった。無念。
隣に立つカイデンたちは特別不思議そうな顔もせず、いつも通り。ということは、これは日常茶飯事ということだろう。
どうりで邸の騒がしさについてこれるわけだ。
収まりがつくまで待とうと、そのまま黙って騒ぎを見つめることにした。
ようやく私たちの存在に気がついたのか、奥のカウンター席に座っていた一人の青年が、飛び交う椅子や机、更には酒ビンといった全ての物を華麗に避けつつ私たちのすぐ目の前にやってくる。
ここのギルドにいると、この回避スキルは自然と身につくものなのかしら。
「おかえりカイデン。今朝畑荒らしの依頼に出掛けたばっかりなのに、お早いお帰りだな」
「あの程度のクエストならメグミ一人でも余裕だって。それと、このお嬢さん達が以前話した未来の天才たち。マスターが呼べってしつこいから来て貰ったんだ」
「ああ、この子達があの。じゃあマスター呼んだ方がいいか。どうせ上で寝て暇してるだろうからな。ちょっと待ってろ、今呼んでくるから」
「話が早くて助かるよ、ルーク」
笑顔で手を振り見送るカイデン。
ルークと呼ばれた茶髪の男は頭のキレる人らしい。それにこの騒ぎの中でも冷静でいられる猛者のようだ。
来た時と同じように華麗に飛び交う物を避け上の階へと繋がる階段へ向かう。
私もずっとここにいたらあんなふうに慣れるのかな、なんて思ってしまった。
一先ず私たちは騒ぎの小さい隅っこの席に移動して事の成り行きを見守ることにした。
周りが騒がしいせいか特に誰も話そうとはせずにドミニクとメグミが持ってきてくれたお客様用のジュースをストローで飲む。
ノアは私の隣で死んだような瞳をして重々しく口を開いた。
「俺、城でここのギルドはエリートの集まりだって聞いたけど、やっぱあれデマか」
「それは違うわノア君っ! 確かにここはエリートの集まりよ。だがしかーし! エリートとは時に変わり者扱いされるものなのよ……」
それは自分を変人と認めるということなのか、と心の中で思ったけど、口には出さずあくまで心の中で留めておいた。
メグミの無駄に熱のこもった言い訳を、私たちはどう受け取ればいいのだろう。
ドヤ顔で語るメグミの背後から後光がさしてように見える。
「私、このギルド入ろうかなとか思ってたんだけど。考え直した方がいいかもしれないわね」
「おい、俺それ初耳だぞ」
「たとえギルドに入ろうとも、私は姫様のお傍に居られれば構いませんよ」
「そもそもこんなギルドにラヴィニアは入らせないからな」
「他ならいいの?」
「は? ほかも却下だアホ。お前は仮にもこの国の皇女だろ。自分からわざわざ危ない所へ突っ込んでいこうとするなバカ」
「あいたっ!ノアがまたデコピンしたー。癖なの?ねえ、それ癖なの?結構痛いんですけど」
「ノアさん、先程からラヴィニア様にバカやアホと暴言ばかり。更には額に触れるなど……さっさとどこかでの垂れ時ねばいいのに」
万遍の笑みでとんでもない事を言ってのけるシェリー。
こ、怖いよこの子。生粋のサイコパスだよ!
笑顔の裏に見える黒いオーラはユーリに近しいものを感じる。
(おでこ、痛い。地味に痛い)
ノアから受けたデコピンでヒリヒリ痛む額に手を当て怒っていますと頬を膨らまして表現する。
しかし結果的に何故か逆効果であった。
「かっ、かわいっ……!ラヴィニア様天使っ……!」
『シェリーが天へ旅立ちました。』
「姫様……そんな頬を膨らまして……先に昇天させて頂きます」
『ユーリが天へ旅立ちました。』
「……。」
「ちょっとノア!そんな真顔で頭くしゃくしゃにしないでよ!ちょっ、もう!皆なんなの!?私怒ってるんだけど!!」
「ラヴィニアちゃんのおこ顔……尊いっ」
『メグミが天へ旅立ちました。』
それぞれの胸下辺りに変な表示が現れバタバタとその場に倒れていく。
皆の魂が笑顔で天へ旅立っていくのが見えた。
それはいつもの事なので軽くスルーし、くしゃくしゃにされた髪を整える。
ドゴオォォォォオオオン!!
「っ!?」
突然の爆発音とともに大量のホコリが舞う。
その場にいたほぼ全員がむせて咳ごんでいる状態だ。
舞っているホコリによって涙の浮かんだ目を開けるとそこには一人の女性のシルエットが見えた。
その女性は片手を前に突き出し、
「鎮まれぇぇええええ!」
と、一喝。
このギルド、一体何がどうなっているんだ。
常識の通じない世界に戸惑いを隠せなかった。
今回も読んでくださりありがとうございます!
次回は13日です