14話・薬物採集は魔物と共に②
私の目はおかしくなってしまったのでしょうか。
「ユーリ、お見舞いに来たよ。この熱々のお粥私が作ったんだ」
目の前にメイド服を着たラヴィニアが両手にお粥がよそわれたお椀とスプーンが置かれたトレーを持っている。
その姿があまりにも可愛らしく思わずじっと見つめていると、
「あ、あんまり見られると恥ずかしいんだけど……ユーリ、どうかなこの服、似合うかな」
顔を赤らめ少し照れながら質問するその素振りはまさに天使そのもの。これが夢なのではないかと疑ってしまうほど尊いものだった。
しかしこの幸福も長くは続かず、ラヴィニアの手によってお粥が口元まで運ばれたかと思ったら勢いよく扉が開き、見たくもない二人がニヤけた笑顔で現れた。
「ラヴィニア~そんなヤツ放っておいて俺らと遊ぼうぜ~」
「ユーリさんといるよりも私といた方がずっと楽しいですよ~」
「あ~れ~」
「ひ、姫様!待ってください姫様っ!そんなもの達といる方が何百倍も危険です!」
ラヴィニアを連れていかせまいとその細い手首を掴もうとするが、掴むどころか触れることすら敵わずに扉の向こうへと消え去ってしまった。
「姫様!姫様っ!待ってください……
──姫様っ!!」
手を伸ばした先は何も無いただの天井。
周りに誰もいない部屋を見回して今まで見ていたものが夢だと理解した。
それにしてもなんて目覚めの悪い夢なんだ。ラヴィニアが人間の皮を被ったモンスターどもに連れ去られる夢を見るなんて。
汗で自分の金の髪が頬へ張り付く。
特に油断出来ない人物、それはこの間ラヴィニアが魔力を暴走させてまでして助けた平民の少女、シェリーだ。
そしてまた彼女もラヴィニアに異様な程の愛情を注ぎ、自分だけの物にしようとしている。
以前はノアと一騎打ちの状態だったというのに、彼女が来てからは女の子同士ということもありラヴィニアに最も近いポジションに居座ろうとしている最大の敵となった。
(こんな風邪ごときで姫様のそばを離れるなど騎士としてまだまだ未熟な証拠だ)
どんなに体に喝を入れても接着剤でくっついているんじゃないか、というくらいベッドから離れようとしない私の体。
だんだんと目眩がしてきて席も止まらなくなってしまう。
(姫様、どうかご無事で……)
主の無事を祈りながら再び意識を手放す専属騎士であった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
『初めましてだね。僕の名前はオリジン。君たち人間には始まりの精霊と呼ばれているんだ。よろしくねラヴィニア』
突然、青白く光る魔法陣の中から姿を現す中性的な精霊。
私の顔よりも小さい体には二つの羽が生えていて黄金の鱗粉の様なものを撒き散らしながら宙で一回転したかと思えば私の肩の上に座り足をばたつかせる。
オリジンが精霊なのは間違いないけれど一体なぜ具現化してまで私たちの前に現れたのだろう。
人喰い花のモンスターは仲間が異様な死に方をしたのを目の当たりにし錯乱状態にあるものの最も攻撃のしやすい位置にいる私めがけて毒の付着した棘を放つ。
しかし棘は私の目の前にいつの間にか張られていた丈夫な盾によって弾けるように地面に落ちその効力を失っていた。
『うるさいヤツらだなー。ラヴィニアと話すのはこっちを片付けてからにしようか』
片手を人喰い花たちの前へかざすと一瞬で萎れていき私たちに近い位置にいるものから順に消滅していく。
どんどん減っていき今まで見えなかった道が見えるくらいにまで数を減らすと残りの人喰い花は本能で危険を感じ逃げて行った。攻撃しようとはしないモンスターを無闇に殺すことはせず逃げ去るものにはケラケラと笑って見ている。
この状況にいち早く理解し私の元へ駆け寄ったのはシェリーだった。
ドミニクさんの生成した盾は敵が消えたことにより消滅しそのおかげでシェリーはすぐに私の元へ来ることが出来たのだ。
「ラヴィニア様、お怪我は大丈夫ですか!?今頬の傷も治療致します。──汝、我が主の傷を癒し給え」
「ありがとうシェリー。私はぜんぜん大丈夫よ」
「大丈夫なわけあるか、このバカっ!」
「いったいっ!またノアがデコピンした!」
「痛くて当たり前だ。全く俺達がどれだけ心配したと思っている。……それで、こいつは一体なんなんだ。見たところ精霊なのは間違いなさそうだな」
『その通り、僕はオリジン。ラヴィニアに呼ばれてやってきた上位精霊だよ』
「なっ……!上位精霊だと?上位精霊のオリジン……まさか始まりの精霊オリジンか!?なぜそんな高位な存在をラヴィニアが呼べたんだ」
どうやらノアにはオリジンについてなにか心当たりがあるらしい。
それにしても私が呼んだってそんな覚え全くないんだけど、いつ呼んだんだろう。
ノアの反応だと上位精霊を呼ぶことは凄いことらしいし、なんで私を助けてくれたんだ?
考えれば考えるほど謎は深まっていく。
先程から会話の外で私たちを眺めていたカイデンがふと口を開いた。
「君たち。さっきから一体何と話しているんだい」
「え?何ってオリジンと」
「オリジン?その人がそこにいるのか?僕には何も見えないけど」
カイデンにはオリジンの姿が見えていない。不思議に思い肩へ視線を流すとそれに気がついたオリジンが空中へ飛び立ちカイデンやメグミの周りをグルグルと回る。
カイデンだけでなくメグミにも、そしてドミニクさんにもオリジンの姿は見えておらず、私とノアとシェリーだけがオリジンを目に映すことが出来るらしい。
『彼らに僕の姿が見えないのは僕を見るまでに魔力が達していないからだよ。まあ僕が調節をすれば彼らにも見えるようになるけど』
オリジンの体が淡く光だし魔力量の調節が始まった。
上位精霊の魔力をカイデンたちに合わせるためには擬似人格を作る作業をカイデンたちが見えるようになるまで続け魔力でできた着ぐるみを被るような状態になる必要がある。
力もだいぶ抑えられるらしくオリジン自身は気が向かないと言っていたが、カイデンたちに見えないと説明とか色々と面倒なので無理を言ってお願いした。
『今回は他でもないラヴィニアの頼みだから仕方なくやってあげる』
「いちいち恩着せがましいなこの上位精霊は」
「それでもやってくれているのだから文句言わないの」
私が人差し指をノアの顔の前へ突き出し「めっ」て怒るとなぜか頬を急激に赤く染めてそっぽを向いてしまった。
なぜノアがこんな態度をとるのかわからず首を傾げる私。
シェリーは転移魔法でも使ったのかと思うくらいのスピードでスライドしてノアの背後へまわり、何やらボソボソと呟いたようだけど、「抜け駆け」とか「フライング」とか一部しか聞こえなかったため内容はよくわからなかった。
二人とも怖い顔して何話してたんだろ。
そんなやり取りをしている間にオリジンは擬似人格の作成を終えカイデンたちにも姿が見えるようになっていた。
「へえ、これが上位精霊のオリジンさんか。初めまして俺はカイデン。こっちのフリフリした方がメグミで坊主のおっさんがドミニクだ」
『ふーん、あっそ。僕あんまり馴れ馴れしい人間って好きじゃないんだよね』
ピシャァァァァンッ
この瞬間雷のようなものが二人の間にはしり不穏な空気が漂ってしまった。
カイデンのチャラさはどうやらオリジンには好印象を与えなかったらしい。腕を組みそっぽを向いて私の後ろへ隠れてしまうオリジン。
早くも二人の関係に亀裂が入った気がした。
「そういえばオリジンってどうして私たちの前に出てきてくれたの?私の読んだ本には妖精は人間と必要以上の関わりを持とうとしないって書いてあったけど」
『うん、僕も初めは出てこないつもりだったんだけど、ラヴィニアがいたから出てきたんだ。早くしないとほかの精霊にラヴィニアをとられちゃう所だったしね。気づいていないと思うけどラヴィニアの血は僕達精霊にとっては大変貴重で珍しいものなんだ』
背後から出て来て顔の前に飛んでくる。
オリジンの言う「ラヴィニアの血」には聞き覚えがあった。
この前密売人が私の赤く光る瞳を見て同じようなことを言っていた。
重く口を開きその単語を発する。
「……王家の血」
『ピンポーンっ!フローシス王家と僕ら上位精霊は遥か昔から密接な関係があったんだよ』
王家と精霊が遥か昔から繋がりを持っていた。
まさか私の魔力が暴走したのも王家と精霊の関係に何か関わりがあるのかもしれない。
父は今ままで何も言っていなかった。でもあの父が知らないはずがない。なにか理由があって隠していた?
そんな疑問を浮かべ考えをめぐらせる中、カイデンが声を上げて驚いた。
「ち、ちょっと待ってくれ!フローシス王家って、ラヴィニアちゃんってもしかして……」
「あれ、自己紹介ってまだでしたっけ。えっと、ラヴィニア・フローシスです。一応ですけどこの国の皇女をしています」
「「「ええぇぇええええ!!?」」」
三人は声を揃えて驚いた。
その後も軽い錯乱状態となりあっちへ行ったりこっちへ行ったり、しかし全員目の焦点が定まっていなかった……
そのうち慣れることを信じこの人たちを無視してオリジンへ向き直る。
『ラヴィニアはね生まれた時から特別な力を持っていてそれは本人の意思とは関係なく精霊を引き付けてしまう。全ての上位精霊はラヴィニアを愛し守ろうとする』
「それだとラヴィニアを守るためならどんな犠牲も厭わないと思う精霊たちが暴走して周りに被害が及ぶんじゃないのか」
「っ、それはダメ!精霊たちが私のことを大切に思ってくれるのは凄く嬉しいけど、そのせいで他の人が傷つくなんて絶対にダメ!」
『って言うと思って僕が契約しに来たんだよ』
ニヤリと笑って私の頭に軽く手を置いて撫でるような仕草をする。全てお見通しだと言わんばかりの顔つきだ。
その時ハッと我に戻ったカイデンは同じく錯乱状態にあるメグミとドミニクさんの頭を小突く。「いい加減目を覚ませ」と。
「一人の精霊と契約することでとラヴィニアのために他の精霊が誰かを怪我させることは無くなる。だからオリジンはラヴィニアのために契約をしたいと言うことであってるか?」
『ま、大体そんな感じ。一人の人間につき契約できる精霊は一人だからね』
「じゃあラヴィニア様と契約することでオリジンにも何かしらのメリットがあるってことですか?無条件契約なんて聞いたことないですけど」
『うーん、普通は何かしらの条件をつけるんだけど、ラヴィニアと契約すればどんな時でもラヴィニアと一緒に入れるからね。言ったろ、全ての精霊はラヴィニアを愛し守るって。僕たち精霊はラヴィニアを守ることが使命のようなものなんだ』
「はは、ほとんど無条件契約って、ラヴィニアちゃん一体何者なんだい……」
それ私も知りたいです。はい。
処刑されて八歳になってモンスターに襲われて誘拐犯捕まえて、こんな子供が他にいたらむしろ紹介して欲しいよ。
乾いた笑いと共に漏れる一言に私は心の底から同感する。
オリジンは私を守る為だけに契約をしてくれるといった。
精霊との契約はそれ自体貴重なケースで、普段使っている魔法は精霊たちから流れ出る魔力を勝手に利用して使っているに過ぎない。だから契約することによって今までの何倍もの力を引き出すことができ、その精霊にしか備わっていない能力も使えてしまう。
そんな力を本当に私が持ってしまっていいのだろうか。
「俺はラヴィニアのしたいようにしたらいいと思う。契約を受けて万が一何かあっても必ず俺がお前を守る」
「そんなのっ!私だってラヴィニア様のことを守ります!絶対にどんなことになったって傷一つ付けさせません!!」
「こんな勇敢なナイトが二人もいるなんて、ラヴィニアちゃんは幸せ者だね」
「はい。私こんなに幸せでいいのかなってくらい幸せです。でも二人じゃありません。三人です!」
この森へ入ったのは精霊と契約するためでも、ましてモンスターに襲われるためでもない。
邸で苦しんでいるユーリを救うため私に出来ることをしよう。
『決まったようだね』
「ええ。本当に私で良いのなら、契約させて欲しい。でもその前に約束して欲しいことがあるの」
『もちろんいいよ。始原の精霊に不可能はないからね』
「ありがとう、じゃあ───」
私たちの間に強い風が吹き付けた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
再び目が覚めると今朝と同じ天井があった。
ずっと眠っていたせいか体調は楽になったものの体が重く感じる。
額には冷たいガーゼが乗っていているのでメイドがぬるくなったガーゼを変えに度々部屋に入ったらしい。
そういえば、と邸の静けさに気づく。いつもよりも静かな邸は自分の実家、つまりロンド家を思い出させる。
あそこは退屈で何も無かったから死んでいるのか生きているのか自分でも時々わからなくなってしまう。
今は主君とともに同じ屋根の下で暮らせているので大変満足している。
窓の方へ顔を向け空を眺める退屈な時間。
ラヴィニアと共にいる時はどんな時も至福の時間だと言うのに。
「ダメですよ!ラヴィニア様をこんな格好で行かせるなんて、私が許しません!」
「そうだぞラヴィニア。だったらシェリーに着させればいいだろ。お前がやるなんて、そんな、そんな……っ!」
急に外が騒がしくなった。
何が起きているのか、扉は閉まっているのでその先を見ることは出来ない。
重い体を懸命に声のする方へ傾けると会いたいと思ったその人の声がした。
「ユーリは寝てるんだから騒ぐなら別の場所でやってよ。それにこの服、私が着るとユーリが喜ぶってリディ言ってたんだし、私が着なくちゃ意味ないでしょ」
「それはそうだが、あんな居候のためにお前がわざわざそんな格好しなくてもいいだろ」
「……許せません。私も風邪ひいてこの天使なラヴィニア様とイチャイチャしたいです!」
「おい。醜い欲望が全部漏れ出ているぞ」
その騒がしさを維持したまま扉の開く音がする。
視界がぼやけていて見えずらいけどノアとシェリーに続いて姫様が部屋へ入ったところが見えた。
ノアとシェリーが邪魔で姫様が見えない……
立ち去れ!と念を掛けてみても全く無意味に終わる。
「ん?なんだ、この居候起きてるのか。目ぱっちり開いてるし」
「永遠に寝ていてくれても構いませんでしたけど」
「お前だんだん毒舌キャラになってきたな」
「ラヴィニア様の前では頼れるお姉さんキャラで通しているので」
「二人とも、ユーリは無事だった?あ、起きてる!おはようユーリ、お粥作ってきたよ。食欲無いかもしれないけど、よく効く薬草も入ってるから、一口でも食べられると良いんだけど」
「てん、し……?」
目の前には夢で見たメイド服姿の姫様がベッドの隣の椅子に腰掛けて私に微笑んでくれている。
私のためにお粥を作ってくれて姫様が運んでくださるなんて。
そうか、きっとこれは夢だ。
また同じ夢を見ているのか。
邪魔者もセットでついてきているけど、もう一度寝たら消えるかな。
再び瞼を閉じようとした時。
「何また寝ようとしてんだ。さっさと……起きろっ!」
「~~~っ!」
頭にゲンコツが直撃した。
それもノアのゲンコツだ。痛いに決まっている。
反射的にゲンコツが直撃した場所を両手で覆い布団の中で右へ左へと悶え苦しむ。
「ちょっとノア!ユーリはまだ体調良くないんだよ!安静にさせてあげなきゃダメでしょ!」
「大丈夫だ。この程度でくたばってたら騎士失格だからな」
「もう、またそういう意地悪言う!」
「えっとこれ、夢、じゃないのですか……?」
私の一言にキョトンと首を傾け不思議そうな顔をするラヴィニア。
すぐに「ぷっ」と吹き出し笑顔を見せる彼女は窓から射す太陽の光で輝いて見えて可愛らしかった。
細いその手を自分の額と私の額へ当てて熱の度合いを確認を始める。
その様子を苦虫を噛み潰したような表情で見守るノアとシェリー。姫様には申し訳ないけれど風邪をひいてよかったと思ってしまった。
「熱もだいぶ下がってきたし、お粥食べさせてあげるね」
「え、あ、はい。お願いします」
「「!?」」
ラヴィニアに見惚れて「ぼー」としていたため自分が何を言ったのか記憶にないけれど、後ろの二人の反応と彼女がお粥を掬って口元まで運ぶその行動で何となく予想がついた。
もう言ってしまったのだから今更撤回する気もないので私はスプーンが入るくらい口を開き姫様のお粥が口へ入るのを待ち構える。
「フンッ!」
「んぐっ!?」
スプーンが喉の奥の方まで入ってきて驚き半分熱さ半分でむせてしまう。
いつの間にかラヴィニアが持っていたスプーンはノアが持っていた。おそらく今のように乱暴に喉の奥へ突っ込んだのも彼の仕業だろう。
お粥は思った以上に熱く喉が焼けかけ必死の思いで水を求めた。
「水ならここにあるわ!ちょっと待ってて今飲ませてあげるから」
「のま……え?自分で、飲めま──」
「遠慮しなくていいのよ」
そう言ってラヴィニアは私の背に手を回し空いた手でティーカップを口元へ持ってきてくれる。
そうか、ここは天国か。
熱で天国が見えているんだな。
これを飲んでしまえばまたあのうるさい野獣共の世界へ戻ってしまうということか。
ならばできるだけこの時間が長く続くように……。
そんなことを考えていたら鼻からポタリと赤い液体が流れてきた。
「ユーリ鼻血!鼻血出てる!!え、ユーリ?ユーリ!?誰か医者を、医者を呼んでくださーーーいっ!!」
そこにはラヴィニアの腕の中で幸せそうに意識を手放すユーリ・ロンドの姿があった。
追伸。
その後ユーリはラヴィニアの取ってきた薬草のおかげで無事病を克服したそうです。
いつも読んで頂きありがとうございます!
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