12話・大喧嘩祭りは波乱の予感③
今回内容は長めで若干シリアスです!
でもご安心ください。
しっかり愛と萌は詰めました。
──目の前が、暗い。音も、聞こえない。
死んでしまったあの時のように真っ暗で寂しくて一人ぼっち。
誰か助けて。
一人は嫌。
ノア、ユーリ、この際お父様でもいいわ。
誰か……っ!
『今度こそ、守るから』
……え、誰?この声は、誰だろう。
『もう二度と不幸にはさせない
いつか迎えに行くから
その時まで───』
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「──っ!」
意識が朦朧とする中で私は必死に自分の脳を回転させて現実へ戻ろうとした。
今のが夢なのかそれとも現実なのか、それすらまだはっきりできずにいるけれど。
しかし目の前の光景が私にこれは現実だと突きつける。
あたり一体破壊されており、もとより壊れかけていた骨組みが地面へと突き刺さっている想像を絶する悲惨さだった。
不幸中の幸いか、降り注いだ鉄骨はその場にた全員を見事に回避して落下していたのだ。
二人組の男の弟分はあまりの恐怖に泡を吹いて気絶している。
兄の方はどうやら意識を保っているようだが、精神的に満身創痍な目が合うと「化け物っ……!」と叫びビクついてしまう。
この二人を見るにこれは私の暴走が引き起こした結果なのだろう。
「あ、あの……っ、ありがとうございます!」
「え?」
怯えてはいるけれど、深々と頭を下げて丁寧にお礼を言う姿はそこら辺の貴族よりも丁寧だった。
だが私の内心は少し違う。これだけの被害に遭わせてしまったのだ、お礼を言われるより、むしろ謝りたい。
「こちらこそ、ごめんなさい!私が魔力を制御しきれなかったせいで、あなたを助けるはずがこんな危ない目に……本当にごめんなさいっ!」
私も同じくらい深く頭を下げたので彼女が今どんな顔をしているかわからない。
おそるおそる顔を上げると、面食らったような彼女と目が合った。
しかしどちらも何も言わない時間が続き気まずさのあまり私が口を開いた。
「えーと、これからどうしましょうか」
「どうしましょう。私貴族の方に売られる予定でしたから」
「……それってこの国の?」
「はい。話を聞く限りでは」
この国の法律では人身売買は禁止のはずなんだけど、国の裏で悪さする貴族がいるってこと?
それってかなり大変な事なのでは?
顔が真っ青になる。まさか自分の国でそんなことが行われているなんて。
しかし同時に安心もした。国内での案件ならばその貴族を炙り出して今回の件、こちらに有利な方向へ持って行けるからだ。
残された問題はこの廃工場とそこで伸びてる二人。
「この二人、一体どうしたものか──
「ラヴィニア!!」「姫様!!」
ナイスタイミングで現れる美少年二人を見て私は閃いた。
なぜかものすごい汗をかいている上に息切れまでして完全にお疲れモードのようだが、そこを敢えて主人の特権ということで手伝ってもらおう。
さすがにこの状況でこの二人運ぶの手伝ってとは言えないので、一旦休憩。
「ところで、姫様のその頬の傷はそこで寝ている者達に付けられたのですか」
「そうね」
「では先程姫様が魔力を暴走させて危険な目にあったのもこの者たちのせいですか」
「ま、まあそうね」
「……姫様に傷を付けるなんて、万死に値する」
「同感だ。ただ死ぬなんて生温い方法じゃ許さねー。たっぷり痛ぶって生きていることに絶望させてから殺す」
「まあまあまあまあ、落ち着きたまえ諸君」
ここで宥めなければ本当に殺る。確実に。
目がガチなのだこいつらは。
せめてどこの貴族と密売していたのか、それを聞き出すまでは全力で阻止しなければ!
私の活躍によってどうにか収まった二人の怒り。いや収まってはいなさそうだけど、とりあえず落ち着いたからよしとしよう。
私はその後どういう経緯でこんな事態になったのか、ざっくりまとめて話した。
二人はその間黙って聞いてくれてたけど、なぜか悔しそうな顔して「ごめん」って時々謝っていた。
「──とまあ、こういう事があって今に至るわけなんだけど」
「大体の話はわかった。けどなんでお前一人でこんな危険なことをした。人助けはもちろん正しいことだ。だが、こういう危ない事は俺たちにもしっかり相談しろ」
「……ごめんなさい」
「今回ばかりは私もすごく心配しました。姫様はもっと私たちに頼っていいんです」
こんなにも勝手な事をしてしまって、今回はどうにかなったけれどもしかしたらの話もあったかもしれない。でも頼っていいって、ちゃんと相談しろって言ってくれる二人は私に何よりも勇気をくれる。
思わず泣きそうになってしまう八歳児の涙腺は弱かった。
そしてもう一つ問題を思い出す。
隣で棒立ちになっている女の子。
名前すら聞いていなかったけれど、彼女は帰る家が無い。何せ親が密売人にこの子を売ったのだから。
家に帰ったところでまた新しい所に売られてしまうだろう。今度は国外かもしれない。
「そういえばあなた名前は?」
「……シェリー・ウィンストン、です」
「私はラヴィニア。良ければの話なんだけれど、私の家に来ない?」
「え?」
「「!?」」
シェリーが驚くのはわかる。
だが君たち、どちらも同じ居候だろう。なぜ驚くんだ。
今更一人増えようが二人増えようが変わらないだろう。
うちのメイドも女の子の友達を作れって昔言ってたし。
兎にも角にもまずはシェリーの返事次第なのだ。
「行くあてがあるのならいいの。でも、もし無いのなら、私の家はもちろん大歓迎だしあなたが来てくれれば女の子の友達が増えるから嬉しいわ!」
「行くあては、ありません。でも、本当にいいのですか?」
「もちろん!家主の私が言うんだもの!」
「……私はラヴィニア様といたい、です。ずっと一緒に。だから、よろしくお願いします!」
「「!?」」
「ええ、よろしくねシェリー」
「「!!」」
女の子の友達も出来て更に一緒にいられるなんて凄く嬉しい。
私とシェリーの周りにはほのぼのとした幸せの溢れる空間が出来ていた。
でも気になるのはノアとユーリが私たちの発言一つ一つに首をこっちに向けたりあっちに向けたりと忙しく反応していることだ。
これだけ元気に騒げれば体力も回復しただろう。
それでは、後始末を始めましょうか。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「「ご協力誠にありがとうございました!」」
お礼言ってくれたのはこの街の民間騎士の方。こういった事件や事故を取り扱う組織だ。
私達(主にノアとユーリ)が誘拐犯たちを背負って街まで連れてきてくれたおかげで民間騎士の捜査が始まった。
私も事情を話すと、廃工場での事が不慮の事故ということで済むように話をつけてくれることになった。
シェリーについてはおそらく裁判などで話し合いをする可能性があるらしい。主にシェリーの今後についてだろうけど、それに関してはシェリーの意思が尊重されるから私にはどうしようも出来ないけれど、しっかり身元引受け人として立候補するつもりではいる。
ノアとユーリは「また敵が……」「斬る、斬れない、斬る…」と若干情緒不安定ぎみ。
君たちの将来が心配だよ私は。
しかしまだ子供の私が正式に身元引受け人になれるとは思っていない。
そこはもうお父様を頼ろう。なにせそういう時のお父様ですから。
だけど未来というのはどうなるか分からないもの。もしかしたらシェリーの親戚筋の方が身元引受け人になってしまうかもしれない。
「我が家へ迎えると言っても本当に一時的なものになってしまうかもしれない。それでも私の家へ来てくれる?」
「はい!もちろんです!私は生涯ラヴィニア様のために生きていくと誓いましたので」
返事は即答だったが独特な返しだった。
ユーリとの初対面での出来事を思い出させるフレーズについ苦笑してしまう。
シェリー(女友達)に言われるとなんだか照れくさいな。へへへ。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
家に帰るとリディやロゼット、屋敷の皆が私を見てそれはもう驚いていた。
朝家を出た時はお肌にハリがあったし服も綺麗に整えられていた。
それが帰ってきたら肌はボロボロついでに服もボロボロとなったらそれはみんな驚くよね。
だからこそとびきりの笑顔で、
「ただいま、皆」
「「おかえりなさいませ。姫様!ユーリ様!」」
「あれ、俺は?」
「うわっ!リディ!?」
号泣して一番初めに抱きついてきたのはリディだった。それに続くように皆「何があったんですか!」と肩を前後に揺すったり後ろから抱きついてきたりと疲れているからだを更に疲弊させてくる。皆、主人を労わろうよ……私は疲れてもうボロボロなんだよ。
そんなことを考えつつもやっぱり家族って暖かいなって思ってしまうから私も甘いのかな。
「みんなに紹介したい子がいんだけどね」
「し、シェリーです」
「「姫様に女の子の友達が!!」」
「しばらく邸で引き取ることになったの」
「あの、よろしくお願いします」
「こちらこそ、姫様とお友達になって下さった方なら大歓迎です。
そうと決まれば今日は──」
「「宴会だあああああ!!」」
「え、ここの主人、私……」
「「いぇぇぇぇぇええい!!!」」
ふっ、どうやらここのメイドたちは誰が主人かわかっていないようね。私の主人としての立場はもはや消えたも同然よ。
まあ、シェリーの歓迎会についてはもちろん賛成なので、張り切って私もお手伝いさせてもらいます!
でもその前にやらなくてはいけないのは、
「ロゼット。シェリーをお風呂に入れてあげて。しばらく入れていないと思うの。服は私のを貸してあげて」
「かしこまりました」
ロゼットに耳打すると、微笑みを浮かべてシェリーの元へ歩み寄っていく。
後のことは彼女に任せれば大丈夫だろう。
かくいう私もボロボロなので滅多に使わない自室のお風呂を使用することにした。
お風呂から出たあと、家での宴会のためそれほど派手でない服を選び試着をするのだが、あれでもないこれでもないと思い悩んだ。
支度も終えてしまいすることが無くなったので、私はお父様に今回の件について手紙を書く事にした。
当然嫌である。だけど書かなければまた犠牲者が出てしまう。
と、天秤にかけたところ、私はいつの間にか紙とペンを握りしめて手紙を書こうとしています。
話を聞く限りシェリーは売られる前もそれなりの仕打ちをされていたらしい。毎日のように続く虐待。
それが最近無くなってようやく解放されたのかと思ったら密売人に売られてしまった。彼女にかけられた価値はおよそ百万。
人一人にこれだけのお金を出せるのは貴族の中でもかなり高位の伯爵いや侯爵くらいだろう。
一度徹底して今の貴族全体を見直した方がいいかもしれない。
そして気になる事がもう一つ。
──王家の血。
私の魔力暴走時に密売人の言った一言。全く身に覚えのない単語だけれど、王家に関わりがある時点で私の知らない何かにもう巻き込まれている気がする。
父とはもう極力関わらない方向で行こうって決めていた。
でも今後もし同じように魔力が暴走して誰かを怪我させるくらいなら。
二度目の人生で私はお父様以外の大切なものをいくつも見つけた。今度の人生はそれを守るために生きていきたい。
「姫様。パーティーの準備が整いましたのでお呼びしました」
「今行くわ」
リディの声が部屋の扉越しに聞こえるので、書き終えた手紙に私の名前を記し父へ送るよう伝える。
ラヴィニアからと言っても父は後回しにする気がするので、「緊急です!」って手紙の一番上に記しておいた。
たった一日街へ行っただけなのに思いもよらない出来事の連発で報告書は何枚にも渡る長文となってしまい、それを頑張って書いた私の腕や肩はだいぶこっていたらしい。「んん~っ!」と天井目掛けて伸びをするとすごく気持ちいいのだ。
広いリビングの方へ向かうと既に歓迎パーティーの準備は整っていてすっかり宴会気分で盛り上がっていた。
でも私の事はしっかり待っていてくれたようで食べ物は何も手をつけられていないし、誰もお酒を飲んだりもしていない。
そりゃ二番目の主役みたいなものだからね、待っていてくれて当然だと思いたい。
「それでは、シェリーの歓迎を祝って~」
「「パーティーの始まりだあああああ!!」」
軽くパーティー会場と化す我が家のリビングルーム。その両脇と真ん中に設置された長机の上に大量に並べられる料理。その隣にはフライパン片手に自慢げに腕を組むシェフ、ジャスティンの姿があった。
美味しそうな高級料理は邸で働く男組とその傍らにノアの姿が見え、気がつけばほとんど消えていた。
ドヤ顔でガッツポーズを決めているノアにスポットライトが当たっているところを見るにこの食べ物早取り選手権で勝ったのだろう。……でもこのスポットライトどこから出てきたんだろ。
ユーリはジャックおじいちゃんと何やら隅の方でお話中。珍しい組み合わせだなと思いつつお邪魔してはなんだか悪いのでその場をあとにした。
先程からこのパーティーの主役であるシェリーの姿を探しているのだが一向に見当たらない。念の為机の下も見てみたりするけどやっぱり居ない。
すると急に肩を指でつつかれびっくりして後ろを振り向くと、そこにはお風呂に入ってメイドたちに磨かれた桃色の髪の女の子がいたのだ。
「え、え?ええええ!?シェリーなのね、うっそ、すっごく可愛い……」
「あ、ありがとうございます。ラヴィニア様にそんな褒めていただいて、とても嬉しいです」
顔を赤くして恋する女の子のように照れるシェリーはより一層可愛く見える。
うーん、シェリーが恋したら落ちない男はいないんじゃないのか?と内心親心のようなものが芽生えた瞬間である。
「でも、ラヴィニア様の方がとても可愛らしくて、その、素敵です!」
「あはは、ありがとう。お世辞でもシェリーに言われると嬉しいな~」
「お世辞ではありません!」
「そうレすよっ!姫様はすっごく可愛いいんレすから~……ヒック」
いつの間にやらすぐ後ろから頭をニョキっと覗かせるユーリ。
その様子はいつもとは違っていて、なぜかお酒臭い。それに顔も赤く呂律が回っていない、典型的な酔っ払い症状が出ているのだ。
「ユーリもしかして酔っ払ってる?」
「酔っ払ってなんていませんよ~ヒック」
確信犯ですねこれは。酔っ払っている人は皆そういうんです。というか君まだ八歳なったばっかりだよね。その右手に持っているグラスの中身、もしかしなくてもお酒だよね。
こんなに酔っ払って顔を赤くしているユーリは初めて見るので驚き半分呆れ半分といった顔をする私。
しかしハプニングというのはこれだけでは終わらない。
「おい居候……てめぇあんまふざけた真似してっとこの天才魔導士ノア様が消し炭にすっぞ、コノヤロ~ヒック」
酔っ払い少年二人目の乱入です。
ゆらりと体を揺らして安定しない様子で立つノアの右手にもお酒が入っていたであろう空のワイングラスがあった。
いつも喧嘩をしてぶつかり合っている二人が酔っ払って顔を見合わせたらどうなるか、そんなのわかり切っている。
この場にいる全員がわかり切っているはずだげど、人間は常に刺激を求める生き物。
いつも頼りになる大人たちも程よくお酒が回っているのか、あろう事かあの二人の喧嘩を煽り始めたのである。
「やっちまえユーリ様!いつもの仕返したっぷりやってやれ~!」
「ノア様~!負けるな~!やっぱり負けろ~!」
「ああ!?誰だ今負けろっつったやつ!後で消し炭に──」
「黙れ、この外道が!いつもいつも姫様に馴れ馴れしくしやがって……私だって、私だって本当は……死ねぇぇえええええ!」
もはやこの大惨事を止める人はおらず、ただ見つめるだけの私とシェリー。
パーティーの荒れようは想像を絶する程酷く、ユーリに関してはキャラ崩壊もいい所である。
そして最悪なのはここにいる全員、酒癖が悪すぎる。今日のパーティーは日頃の感謝も込めて色々とお酒も用意したのだけど、こんなにも裏目に出てしまうとは。
「え?姫様?ラヴィニア様って、姫様?」
「ラヴィニア・フローシス様。この皇国の第一皇女様です」
「えぇぇえええええ!?」
とまあこんな感じになんだかんだでハプニングも初めて知ることもあったりと色々あったけれど、新たな家族を迎え、楽しいパーティーになりました。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
その日の夜中、娘から送られた一通の便箋、の中に入っている大量の手紙を仕事の隙間に読む陛下の姿があった。
「緊急です!」と表示されていたためなるべく早く目を通すと、この国にで暗躍する密売人に関する情報とそれに関わる貴族の情報が記されていた。
民間騎士からの報告書にも似たようなことが書かれているため本物だと判断し、至急貴族の裏を探し出す手配をした。
手紙の最後の方には密売人が王家の血について話していた事が書かれていた。
「たかが密売人がなぜ王家とそれに近しい者しか知らないこの情報を持っているのでしょうか」
付き人であるアルディートのもらす疑問に眉根を寄せる。
だが皇帝を悩ませるものはそれだけでは無い。
ただの平民だと記されている少女に百万もの値がつくだろうか。それが今、自分の娘とともに住んでいる。
「……シェリー・ウィンストンという平民の娘について調べろ」
「かしこまりました、陛下」
そう言い残しその場を去るアルディートに背を向け壁に飾られている一枚の肖像画に手を添える。
タイトルのないその絵は、今は亡き妻と自分が並んで描かれ世界にたたった一つのもの。
「アザレア──」
その言葉は静寂の中に消え、二度と現れることは無かった。
読んで頂きありがとうございました!