11話・大喧嘩祭りは波乱の予感②
「あんた、それなりの冒険者だよな。闘いなれしているし」
「そういう君もまだ少年とは思えないほどの実力だね。予選を勝ち抜いたのはまぐれじゃないって事だ」
闘いながら言葉を交わせるのはまだお互い本気で闘おうとしていないからだ。
もしカイデンが本気で俺をやるつもりで来るならこっちも手加減無しの真剣勝負となるだろう。
(ま、それでも負ける気はしないがな)
「少し本気で行かせてもらう」
「いいね、そう来なくっちゃ」
無詠唱で魔法を使う時、荒業だが魔法陣を顕現させずに効果を発揮することができる。
通常の魔法で詠唱と魔法陣を必要とするのはその魔法を使用する際、魔力を安定させるためというのが主な理由だ。
もちろんそれには弱点が伴う。時間もかかる上、詠唱中は無防備な状態。冒険者などのパーティーならばその間仲間が防御に当たり詠唱を可能にする。
しかし、ノアのような単独で動く場合、詠唱する時間すら与えられる事はないため必然的に無詠唱を必要とする場面が多い。
その点に関して、生まれた時から魔法の才能を魅入られたノアは完璧に近い完成度を持っていた。
だからこそ幼いながらに皇城で働く許可を得ることができ、それこそが彼が天才魔道士と呼ばれる所以なのである。
「悪いが待たせてるやつがいるんでな、ここで終わらさせてもらう」
直後ノアの体は淡い光に包まれ、消えた──
「ちょっ──」
消えたのではない。高速で移動したのだ。
ノアのいた場所は地面が抉れていた。
その瞬間、誰一人として声を出すことなど叶わなかった。それ程までに早く、異質な闘いだったのだ。
土煙が消え、カイデンのいたであろう場所にはノアの姿が見える。しかしカイデンの姿はリングのどこにも見当たらない。
突然、多くの人混みの後ろで開かれるで店から驚きの声が上がった。
「うわっ!ちょっとあんた大丈夫かい!?」
「え、ええ。大丈夫ですよ……はは、やられたな~」
『じ、場外……、カイデン選手場外です!!よって第一試合勝者はノア選手!一体何が起きたのでしょうか!?我々の目では追いきれない早業です!』
スピードを出しすぎたせいで外れてしまったフードを被り直し堂々とした佇まいでリングを後にする。
視線の先には真っ直ぐこちらへ歩いてくるユーリがいた。
「私と当たるまで負けるなよ」
「その前にお前が負けそうだけどな」
「貴様のその減らず口二度と叩けないようにしてやろうか!」
「その挑戦、いつでも受け付けてやる」
『お二人さーん!いがみ合うのはリング上だけにしてくれ~!』
「「「あはははっ!」」」
ふんっとお互いそっぽを向きその場を後にしようとしたノアにリングへ向かうユーリはすれ違いざまにある事を言い残す。
ノアにしか聞こえない程の声量で話される内容は彼がを酷く動揺させた。
ユーリからの言伝を聞き終える。
一見平静を装いつつもフードの下のその瞳は笑っていなかった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
『白熱した第一試合!お次はどんなチャレンジャーがやってくるのか~~っ!?それでは選手の紹介をします!
先程に続いてまたも少年!その腰にある玩具の剣で一体何を見せつけてくれるのか!?ユーリ選手!
それに対するのは~~っ!
どんな物でも切り刻む!冒険者の二刀流切り裂きジャックとは俺の事!ジャック選手!
今回はなんと剣を得意とする選手が出揃いました!一体最強の剣士は誰なのか~~!』
「ふっ、そんなの決まっている」
薄ら笑いを浮かべ(玩具の)剣を自身の顔の前へゆっくりと引き抜く。
その瞳は普段ラヴィニアに向けるような優しいものでもノアに向けるような敵意でもない。
ただただ凍りつくような不気味さを帯びた冷たい青の瞳だった。
「ガキのくせに少しはやるようだな。たっぷり可愛がってやるよ」
「そうですか。こちらにも事情ができましたので、優しくいたぶって差し上げますね」
悪魔が天使の微笑みを浮かべている。
多くの観衆の中でノアだけがそれを思いドン引きして見ていた。
『両者共に準備はよろしいでしょうか!……それでは第二試合、スタート!!』
はじまりの合図が轟いたその瞬間。
互いの持つ剣での斬り合いが始まったのを確認し、ユーリから言い残された事の真偽を確かめるべく軽く目を閉じる。
(──魔力感知!)
心の中で唱えると、真っ暗な視界には点々と様々な色の灯火がともり始めた。
一人一人微妙に違う色、違う形で、絶対に同じではない大量の魔力が行き交う中、ノアはたった一人を探す。
『……姫様の行方が分からなくなった』
『っ……!』
『もしかしたら、貴様の言っていた裏の人間たちとなにか関わりがあるかもしれない。私が時間を稼ぐ、その間に姫様を探せ』
思い出されるユーリとの会話に苛立ちながらも集中して探す。
(……たくあのバカ姫っ、どこ行きやがったんだよ)
しかし何度探してもこの観衆の中にラヴィニアの魔力は感じられない。
つまりここから離れたどこかにいるという事だ。
この街は基本整備されていて本来ならば安全な街だが、こういう祭りなどの行事が行われる際は路地裏や一般の人に紛れて誘拐犯が続出する。
もう既に捕まっていたら、捕まっているだけならまだいい、もし彼女に何かあったら……
考えるだけで怒りが湧いてくる。
出会って間もないただの少女に何故こうも気持ちが掻き乱されるのか、自分でも知らないうちに興味を引いていたのだ。
絶対に助ける。
そう口にしないのは自分に自信が無いからではない。
それが自分にとって当然で絶対の事であるからだ。
(無事でいろよ、ラヴィニア───)
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「──ノア?」
なぜだかノアの声が聞こえた気がして、一瞬その場に留まり会場の方へ振り返る。
しかしこんな遠い所までノアの声が聞こえるはずがない。そう言い聞かせて首を横に振り再び<浮遊魔法>で攫われそうになっている子供の元へ向かう。
(──いた)
見つけた場所は広場とだいぶかけ離れた廃工場で男二人がその子供を追い込んでいる所だった。この程度の人数ならおそらく助けられるだろう。
しかし万が一相手が魔法を使えたり、武器を持っていたら勝ち目はない。
一旦近くの骨組みの屋根へ着地し様子を伺う。あの子が何らかの商品ならばきっと手荒な真似はできないはず。
片方の男が子供一人易々と入れる程の袋を取り出しその子へと迫る。
もう時間がない。
隙を探そうにもなかなか出してくれないためこちらで作るしかない。
まずは小さく<浮遊魔法>を展開しいつでも飛べる準備を整える。
そして近くにある錆びた鉄の破片を男たちの後ろへ投げつけた。
カンッ
鉄が地面へぶつかる音が鳴り響き、男たちは慌てて後ろを振り向く。
その隙に私は屋根から飛び降りた。
「君!私の手に捕まって!」
「っ……!」
その子の手と私の手が重なりギュッと掴むのを確認し直ぐに空高くへと引っ張りあげた。
「なんだお前!」
「兄貴!あの石もあいつの仕業ですよ!」
「なに~~っ!?クソが!なめやがって!」
兄貴と呼ばれた男は素早く懐に忍ばせていた拳銃を私たちに構える。
「大人しく下りてくれば発砲はしないでやるよ」
「でも下りたら怖いことするんでしょ?」
「チッ、ガキは黙って大人の言うこと聞いていればいいんだよ!」
「きゃっ──」
銃口から鉛玉が飛んでくる。
すんでのところで弾は外れたがそのままバランスを崩し、地面へと落下した。
銃弾は私の左頬を掠めその勢いで被っていたフードが脱げる。
私の赤髪もそして赤い瞳も男たちの前で露になり、太陽の光を受けて長く真っ直ぐな赤髪はなお輝きを増す。
「ほお。赤髪に赤い瞳とは珍しいものを見た。おまけに魔法が使えるとはな……いい商品になるぞきっと」
「生憎あなた達の商品になる気はさらさらないわ」
「お前はな。だがそいつはどうだ?親に売られ既に買手も決まっている。その責任をどうとるつもりだ?」
再び向けられる銃口。今度は絶対に外さないように額へとあてられる。
男はしゃがんで顔を覗き込むような体勢で銃を突きつける。
悔しいけど、今の私じゃ何もできない。
お金はおそらく用意できると思うけど、今この場でと言われたらそれまでだ。
この至近距離で撃たれたらいくら防御魔法を使ったって私の盾では壊れてしまう。運良く壊れなくてもその衝撃で私は気絶してしまうだろう。
(せめてこの子だけでも逃げせられれば……)
私の意志を感じ取ったのか、ずっと黙っていたその子は私の手を解き立ち上がる。
「私は、大丈夫ですから。ありがとうございました。助けようとしてくれて本当に嬉しかったんです。だから、私は大丈夫」
フードの下からにっこりと微笑み初めてその子の顔が見える。
埃まみれで汚れてはいたけれど、桃色の髪をした可愛らしい女の子だった。
こんな優しい子を、あんな奴らに渡すなんて……
それこそ私の良心が許さなかった。
地面についた両手を爪がくい込むくらい握り締め、情けなくも涙を流す。
「世話かけさせやがってクソガキが」
「兄貴、あの赤髪の小娘は放置していいんスか?」
「今回のターゲットはこのガキだけだろ。あいつは放っておけ」
「りょーかいっス」
誘拐犯どもの会話が途中からぼやけて聞こえる。視界も曖昧になり諦めようとした時、ノアとユーリ、二人の顔が思い浮かんだ。
もしも私が同じように誘拐されそうになったら、きっと二人は諦めないで最後まで助けようとしてくれる。
(今、私が諦めたら、この子の未来は消えてしまう)
処刑され他者に未来を奪われた私のように……
(守れるのが私しかいないのなら、たとえ無茶だと言われようと絶対に助ける!)
涙を拭いて立ち上がり、唇を噛んだ痛みで恐怖を消し去る。
「汝、主たる我に力を注ぎ給え」
詠唱を開始すると足元には風を象徴する魔法陣が現れる。
「ああ?今更どう足掻いたって……」
「ヒイッ、兄貴!あのガキの目!赤く光って……っ!」
「な、赤く光る目。まさか……王家の、血──
赤く変化する魔法陣に応じて沸騰するような血が体の中を巡っているのを感じる。
全力の思いを込めた詠唱に反応たのか私の魔力が一気に増幅し、手のひらを上空へ向ける。
天と自身の手のひらとの間には三段階の巨大な魔法陣が浮かび上がった。
膨大な魔力。
人間が本来有している魔力の量をはるかに超えて顕現している魔法陣は彼女と同じ赤い色をしていた。
「汝の全てを持って我が敵を、蹴散らせっ──!」
ゴオォォォオオオオオオ!!!
巨大な爆風が起き、その場にいた全員はそれに巻き込まれた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ゴオォォォオオオオオオ!!!
同時刻、突然巨大な爆風が巻き起こり司会者も観客も慌て始めた。
『な、何が起こったのでしょうか……ものすごい風が我々に襲い掛かる。これは……』
「おい居候っ!ラヴィニアを見つけた!!」
「チッ、遅い!もっと早く見つけられなかったのか」
「文句は後で聞く。今はあいつを救いに行くぞ」
ノアの示すラヴィニア位置。それは未だ浮かび続けている赤く巨大な三重の魔法陣の下であった。
さすがのユーリも言葉を失う程の衝撃だった。
あの天才魔道士のノアですらこれが現実かどうか受け止められないといった様子だったのだから当然だ。
あの魔力は異常な密度を示していた。同時に確かにそれはラヴィニアのものであったのだ。
「降参します」
「は?」
『へ?』
「「「はあああああ!?」」」
未だに続く闘い降参宣言をし直ぐにでもリングを降りようとするユーリ。
彼にとって最も優先すべきは主であるラヴィニアだ。
彼女に何かあったと聞けばこのような大会などどうでもいい程小さく思える。
当然のように巻き起こるブーイングに諸共せずユーリは階段をかけおりる。
『──って、え!?ノア君!?試合は……
「悪いけど、俺達の優先順位は同じでね。俺も大会を辞退します」
『え、ぇぇえええええ!?まさかのルーキー二人、同時辞退……』
小悪魔な笑みを浮かべてユーリの後を追うノア。会場はもちろん騒然としている。
どんなに批判されようと喧嘩祭りなんぞよりもラヴィニアを選んだことに微塵も後悔などしない。
その気持ちに自然と顔が綻び、彼女の元へ向かう足取りが速くなった。