10話・大喧嘩祭りは波乱の予感①
リング上の選手と観客席は思った以上の熱気に包まれていた。
『おおお~~~っと!ここで登場したのはまだ最年少の少年たちだああああああああぁぁぁ!!』
「「「ウォォォォォオオオオオオオ!!!!」」」
異様な歓声を全身に浴びながらリングへ赴くその姿は決して子供の手本にしてはいけない、そう思わずにはいられないものだった──
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エントリーの受付を終えると同時に正式なルール説明が行われた。
闘う会場は何処から出したんだって聞きたくなるほどの大きな四角いリングで、街の地面よりも一、二メートル高い仕様になっていた。
毎年戦い方の形式は違うらしく、今年はトーナメント制で行われるそうだ。
昨年の優勝者がエントリーする場合はシードとして二回戦からの出場となる。
その他の参加者や初めての参加者は人数を削るため<予選>を行うらしいのだが、そのルールがまた負傷者のでそうな危ないもので……
『さあ始まりました!秋の大喧嘩祭り!!それでは早速予選のルールを説明致します!こちらに用意されたこの巨大リング!これこそ今回皆さんの戦場となる場所です!ここで戦闘不能になるか場外へ出てしまった人は予選敗退となります!一時間経過するか、それよりも早く残り十二人になれば予選試合は終了とします!
それでは観客の皆さん!カウントダウンいきますよ~~っ!』
「「「スリー!」」」
『トゥー!!』
『「「ワンッ!!!」」』
カンカンカンッ!!
鳴り響くゴングの音で予選試合が始まった。
この喧嘩祭りには予想以上の参加者が募りざっと数えて百五十人程いると思う。ほとんどが男の人で何人か女の人も見たけど一般人ではなくおそらく冒険者だと思う。
この街の外はしばらく草原と森が拡がっていて魔物が多く出るらしい。
その噂を聞き付けてやってきた冒険者がたまたま祭りと被って参加したってところだろう。
というか冒険者も参加可能な喧嘩祭りって一般人の人勝ち目ないのでは?と思ったりもしたのだが、なんと去年の優勝者は意外にも女性だった。さすがに一般人って訳ではなく、冒険者かなにかだろうけど。
こんな闘いのプロの集まりに自分から飛び込んで行くなんて、そりゃため息だってもれるよ。
『おっと~?早くも脱落者が続出しているぞ~』
司会者のお姉さんの言葉に二人の顔が思い浮かぶ。
リングを見ようにも周りは多くの人で埋め尽くされていて私の今の身長では到底見ることなどできない。
だがしかし、さすが司会者。珍しいもの、観客の興味を引くものの話題は直ぐに取り扱ってくれる。
『こ、これは……なんということでしょう。少年二人が大人の男たち相手にものともせず、むしろなぎ倒していくぅううう!?しかも何やら言い争っているぞ~~っ!注目の二人の会話を聞いてみましょう!』
ザザッ……ザッ…
若干のノイズ音が流れたあと、二人の会話がマイク越しに聞こえ始めた。
「──この程度で俺に勝とうなんて百万年はやいんだよ」
「……高々数人倒したくらいで図に乗るな」
「いちいち喧嘩ふっかけてくるとは暇なやつだな」
「チッ、貴様から先に負かせてやろうか」
「やれるものならやってみろ」
どこにいても彼らは彼らでした。
つい先程まで煩わしくも呆れつつあった言い争いがこんなにも安心感をくれる日がくるなんて。
数分後、次々に場外や戦闘不能の判断が下され、あんなに居た参加者が残り三十人程度まで減ったというアナウンスが流れる。
相変わらず二人は残っているようだけど、人数が少なくなっていき更に盛り上がりを見せる喧嘩祭りは始まった当初よりも観客が増え、私はぎゅうぎゅうに押しつぶされそうになっていた。
「うっ……くる、し…」
酸欠状態になりかけ限界を迎えそうになった時、自分の足元で魔法陣が展開されていることに気づく。
すると急に呼吸が楽になり、圧迫感も消えた。
こんな器用な芸当が出来る人物を私は一人しか知らない。これはおそらくノアの魔法だろう。
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「おい。姫様は無事か」
「とりあえず<空気循環>と<空間開放>の魔法を使ったからさっきよりは楽になってるはずだ」
ラヴィニアが見守るリング上では背中を合わせて残る敵を警戒しながら会話をするノアとユーリの姿があった。
闘いながら彼女を探していたからこそ、直ぐに見つけて助けることができた。彼女の無事に二人揃ってほっとする。
本来魔道士は後ろで魔法援助するのが主な仕事となるため前線向きではない。
そして目立つことがあまり得意ではないノアはフードをいつもより深く被り顔を隠して戦っているため視界も悪い。
最悪のハンデとも言える中、闘えているのは自身に予め掛けておいた筋力アップの魔法の効果である。
(魔法の使用が禁止なんて一言も書いてはいなかったからルール違反では無い)
屁理屈とも言えるが、上手くルールの隙をついたということにしておこう。
一方のユーリは使用許可の下りているスポンジ生地の柔らかい玩具の剣を握り締め、なんとも締まらない格好をして戦っている。
しかし、その実力はさすが騎士の家系の長男と言うに相応しく、玩具とは思えぬ程の鋭さと威力に、相対する者は真剣と見間違える程の実力であった。
だが残念なのはその頭である。
今ではほとんどの考えを主の為に使ってしまう。しかしそれが吉と出る場合もあるのだという。
そんなこんなで闘っているうちに気が付けば終了のゴングが鳴った。
カンカンカンカンッ!!!!
『終~了~ですっ!およそ四十分ほどの闘いを生き残ったのはこちらの十二人名!!なんとあの少年たちが二人とも生き残っています!』
「ま、当然だな」
「図に乗るなよ」
「だーかーらー、いちいち突っかかってくるなって言ってんだよ」
『また言い争いを始めてしまったようだ~~っ!もしかしなくとも仲が悪いのか~この二人!?』
司会者の言葉にどっと笑いが起きる観客たち。
ノアとユーリからしてみればいつもの事なので、その盛り上がりように少しビビってしまう。
「私たちは見世物では無い」
「いや大喧嘩祭りに出てる時点で実質見世物だけどな俺たち」
「……黙れクズ。斬り殺すぞ」
「あああ!めんどくせぇ!」
フード越しに頭を抱えるノアと剣の柄を握り締め今にもバトルが始まりそうな雰囲気が更に観客を盛り上げることになろうとは思いもしなかった二人であった。
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二人の喧嘩腰な会話が会場を盛り上げているの聞いていたラヴィニア。
(よかった~。予選は無事に通過したんだ)
一安心一安心とほっと胸を撫で下ろすもつかぬ間ノアおユーリの言い争いが再び司会のマイク越しに聞こえてくる。
ピンピンしているのはいいけどもう少し大人しくしようよ二人とも……
最早諦めの境地である。
『それでは早速本戦へ参りましょう!!』
(もう!?選手の人絶対疲れてるよねこれ)
ノアのおかげで楽にはなったけれど、身長が足りないのでどちらにせよリングは見えない。
なので選手たちの顔も名前も一切わからないのだ。
頑張って背伸びしたりジャンプしたりしてみたけど、全然見えません!
(成長の魔法が使えれば身長伸ばすのに。ん?魔法?……あ!その手があった!)
私の現在地は左右前後を多くの人に挟まれているため、人だかりの真ん中あたりだと思われる。そこから後ろへ後ろへと抜けていき、ポンッとようやく人混みから開放される。
魔法を使える子供は裏の人間たちに大変狙われやすい。だからなるべく隠れて魔法を使うため、一時的に家の陰に隠れて詠唱を唱える。
「──汝、主たる我に空を謳歌する羽をさずけたまえ」
淡い緑の魔法陣が地面に現れ柔らかい風を巻き起こす。
ふわりと宙に浮き始めゆっくりと上へと上っていき、リングがよく見える家の屋根に着地する。
魔法陣を消すと足元のバランスが悪くなり、危うく屋根から落ちかけそうになるが、踏ん張った。
『いよいよトーナメント戦の組み合わせが発表されます!!』
「「「ウォォォォォオオオオオオオ」」」
トーナメントの組み合わせの書かれた表はここからでは遠すぎて見ることが出来ないので、一先ずリングにいる二人の姿を探す。
『第一試合はこの二人~!
チャラチャラしているが実力は本物、カイデン!
対戦相手は~……な、なななんとっ!
予選を見事生き抜いた少年、ノア!
それでは初戦ということで、お二人に意気込みを聞いてみましょう!』
どうぞ!と渡されるマイクを軽やかに受け取るカイデンは紹介にもあった通りチャラチャラしたナンパのノリで語り始めた。
「見ているかいかわい子ちゃんたち♡この少年には悪いけど、今回の大会の優勝は貰ったよ」
「「キャアアアアアアア!!!!」」
こ、固定ファンがついているのかこの男。
マイクなしでもよく響く黄色い歓声は何百、いや何千はいるのでは無いかと思わせる。
意気込みを言い終えるとカイデンはノアへマイクを投げる。
宙でクルクルと回るマイクを見事片手でキャッチし、そのまま喋り出す。
「あ、あー。ゴホン。誰もお前なんか眼中にねーよ。以上」
「「「キャアアアアアアア!!!!」」」
(なぜ!?)
なぜか聞こえる黄色い歓声。
しかも先程よりも多い気がするのは果たしてきのせいだろうか?
意気込みを発表し終えると、カイデンとノアがリングの中心へと移動し、向き合うような体勢になる。
カイデンという男、見た目は至って普通の人間だけど、かなり鍛えられている。何よりノアが少し警戒しているのならそれなりの冒険者なのだろう。
それにしてもリングとの距離が遠い!
もっと近くで見れないかと、穴場スポットを探すものの、見つからない……
その時目を疑う光景を目の当たりにする。
少し離れた路地裏に埃まみれのフードのついたマントを纏った小さな子供が大人たちに追いかけ回されていた。
その様子が目に入りノアの言葉を思い出す。
『赤髪は裏商売で高値で売られているから危ない』
(裏商売……祭りの騒ぎに隠れて誘拐が行われているってこと?)
「「「オオオオォォォォオオオ」」」
歓声の方へ目をやると試合はどうやら既に始まっていたようで激しい肉弾戦が行われている。
どちらも序盤ということで相手の実力を見るために敢えて戯れるように戦っている。
(ノアの試合も気になるけど、あっちはもっと放っておけない!)
覚悟を決めもう一度<浮遊魔法>の詠唱を唱える。
先程よりも強く唱えたせいか飛んでいくスピードが上がる。その分安定感は無くなるんだけど。
上がったスピードを維持して急いでその子の元へ向かう。
私が戻るまでノアとユーリが負けないことを祈りながら。
次回投稿は10月31日になります
遅れてしまってすいません!