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悪役皇女は二度目だけど溺愛ENDに突入中  作者: 人参栽培農園
プロローグ
1/37

処刑からの過去戻り

 



 多くの観衆に見守られ始められたのは……私の罪状発表だった。


「皇女ラヴィニア様。あなたは第一皇女シェリア・フローシス様殺人未遂の罪、皇女幽閉の罪、隣国の王太子に対しての数々の無礼に加え帝国転覆未遂の罪。そして──」


 次々と身に覚えのない罪状が連ねられていく。


 父と義姉は遥か高みで私の惨めな姿を見物している。

 義姉の感情は読み取れない。

 父の目からは嫌悪や憎悪といったけっしていい感情とは言えないものが感じ取れてしまう。

 昔はゾッとしていたあの冷ややかな目も今ではあまり恐ろしく感じないのは感覚が麻痺しているからだろうか。


 いつしか挙げられる罪状が頭に入らなくなり、ぼーと空を見上げる。

 処刑されるというのに清々しい朝だ。

 この十九年間、私が生まれたのと同時期に病死した母の代わりに父に愛情を貰おうとひたすら尽くした。


 その結果がこれだ。

 なんの為に生まれ、生きていたのか。

 私はただ愛されたかっただけなのに……


「───以上が皇女ラヴィニアの罪状にございます。それでは姫。最後に言い残すことはありますか」


 まだ諦めたくない。まだ生きたい。こんな人生でも、最後まで生きたい。


 私は最後の最後で残る全ての体力を使い自らの父へと言葉を投げつける。


「私は、私は何もしていません! お父様っ──!!」



「殺れ」



 その一言で私の首は切られてしまった。

 一切の容赦もない私の短い人生。

 深く深く暗い何もない空間を真っ逆さまに落ちるように命が尽きていく。

 誰一人としてまともに話を聞いてくれる人はいなかった。

 たとえ生まれ変わったとしても二度と父の顔は見たくはない。

 そう強く思った。



『今度こそ、護るから───』



 最後に聞こえたその声が誰のもなのか、考えるよりも先に意識が消えた。





 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇






 幼い私には親子の形がわからなかった。


 だから生まれた瞬間、父に邸へ一人送られたことに何一つ疑問を抱くことなく幼少期をすごした。



 「リディ。今日もお父様は来ないの?」


 「姫様……はい。皇帝陛下は国民全てに平等に在られるのです。ですが、姫様は陛下の唯一の娘。陛下にとってたった一人の愛娘なのです」


 「私は愛されているの?」


 「ええ、もちろんです」


 幼い私は生まれて数年、一度たりとも邸へ足を運ぶこと無かった父に愛されていると疑わなかった。


(お父様が私と会いたくないのは、きっと私が子供で何も出来ない無能な子供だと思われているからよ。お父様の娘として恥ずかしくない教育をすればきっとお父様は私に会ってくれる)


 だからやれることは全てやった。


 食事や服装、日々の生活週間も、歩き方のマナーも、学問も、社交界での必要なことを全て学んだ。


 初めてパーティーというものに参加したのは12歳の頃。

 私の社交界デビューのパーティーだった。



 「姫様!本日のパーティー、陛下もご参加なさるようです!」


 「っ!嬉しい……すごく嬉しいわ。リディ、お父様に見られても恥ずかしくないドレスを用意してちょうだい」



 生まれて初めて父の顔が見れる。

 その喜びで舞い上がり、自分は父に愛されていると益々信じ込むようになった。


 しかし、パーティーに父の姿は無かった。


 ワイングラスを片手に会場を歩き父の姿を探したけれど、見つけることは出来なかった。


 夜風にあたりに行こうと会場を一旦後にし、初めてやってきた宮殿を好奇心の赴くままに歩き回った。


 そこで出会ったのだ。


 護衛も付けずにたった一人、私の屋敷と同じように隠された場所にあるような小さなテラスに座り満月を眺めるその人に。

 髪の色も背格好も全然違う。同じなのはその瞳の色だけ。

 けれど確かにわかった。


 この人が自分の父なのだと。



 「お父、さ──」


 「誰だ」


 「ラヴィニア、です……お父様」


 「聞かぬ名だな。俺はお前のような小娘は知らない。どこの小娘かは知らないが、早く消えろ。目障りだ」



 父との初めての会話はとても会話とは呼べないものだった。


 それでも努力を続けた。

 私がダメだったのだと。努力が足りないのだと。

 そうして時は流れ十五歳。国を騒がせる一大事件が起きた。



 「お父様が養子を迎えた?」


 「は、はい。名前はシェリア様。孤児だったシェリア様が教会に保護されていたところ、聖女のお告げがあったようで……陛下が自ら引き取ると」


 「そう」



 モヤモヤした感情が私の中を駆け巡った。

 大丈夫、大丈夫と自身の心に言い聞かせ、親子の愛というものを信じ縋った。


 それが一瞬で壊された時のことは鮮明に覚えている。



 城に呼ばれ父と初めてまともに会話をする機会が設けられ、すぐさま支度を済ませ私は養子のことなど忘れ父に会いに行った。


 そこにはつまらなそうに椅子に座る父と、その横でニコニコと紅茶を啜る桃色のクセのある髪をした可愛らしい少女がいた。

 歳は同じくらいだろう。

 その少女が誰なのか、そんなものは考えなくとも直感で理解した。


 「お父様。お久しぶりです」


 「………」


 「あ、あの、初めましてラヴィニア。お父様のご好意のおかげであなたの姉になったシェリア・フローシスです」


 目の前の少女が名乗った名前に私はビクリと体を揺らす。

 血も繋がっていないような赤の他人がどうして父の隣にいるのか、どうしてその名を軽々しく口にしているのか、聞いているだけで腹が立った。


 少しの間があり父のため息で面会の終了の合図がなされた。


 「帰るぞシェリア」


 「は、はいっ、お父様!」


 そう言って私を置いてまるで本物の親子のようにその場を去る父と少女は、私の憧れていたものに一番近くて、一番辛いものだった。



 シェリアは愛された。

 では私は?

 愛されないの?

 聖女ではないから?


 そんなはずがない。あの人のたった一人の娘は私。

 愛されてしかるべきなのはあの子じゃない。



 どんなにそう思っても私を待っていたものはどんな拷問よりも辛いものだった。


 父とシェリアは城で共にすごし、私は邸でたった一人。

 パーティーは全てシェリアが主役。

 私の誕生パーティーもシェリアに乗っ取られるような形で終わった。そうなるよう父が仕向けていたという話はあとから知った。


 当然シェリアを憎んだ。

 憎んで憎んで、それでも父に愛されたいがために私はいつもすんでのところで堪えた。



 私にも味方はいた。味方と呼べるのかどうかもわからないほど曖昧なものだけど、少なくともシェリアより私を好いてくれる人達はいた。

 社交界に出れば、元はただの孤児であったシェリアより何年も何年も多くを学んできた私の方が顔も広く、マナーも正しく、評判もいい。

 貴族の間では突然現れたシェリアを女王とすることに意義を唱えるものも現れた。


 邸で日常を過ごす私には気付かぬ間に多くの貴族からの支持が集まり、第一皇女であるシェリアを精神的に追い詰めていた。


 それを知ったのは父の一言だった。


 「お前がいるせいでシェリアは傷つかなければならない。シェリアは特別な子だ。価値がある。お前に価値はあるのか」


 「価値……?」


 「お前の価値はなんだ。あの邸でゆうゆうとすごしているお前に王になる資格は無い。シェリアのように人民を支えることの出来る力をお前は持っていない」


 「で、ですが、私には知恵があります!礼儀もも貴族からの支持も、皇女として必要なものを全て学んできました!!」


 「そんなもの簡単に手に入るだろう。シェリアは特別だ。お前のような小娘とは違う」


 今まで積み重ねてきた全てを根元から崩され音を出して崩壊していくのを感じた。


 どんなに努力を重ねたところで、そんなものは父にとって些細なこと。


『価値のあるものではない』


 そう判断されて簡単に捨てられてしまうような小さなものだったのだ。




 私を壊した最後のきっかけは私が処刑台に立つ数日前の出来事だった。


 「お父様。あの手紙は一体なんですか? リディは?屋敷の皆は今どこにいるのですか!?」


 父から送られてきた手紙にはリディと邸で働くほぼ全ての人間の名前が記され、その最後の文に『火刑と処す』とだけ書かれていた。

 私は手紙をくしゃりと握りしめ目頭からは大量の涙が頬を伝った。

 握りしめた手紙と同じようにくしゃくしゃになった泣き顔で、私は情けなくもこうべを垂れて父に精一杯の言葉を告げる。


 「お願いしますお父様……皆を、私の大切な人たちを私に返してくださいっ……」


 「誰にものを言っている」


 「今後一切、お父様にも、もちろんシェリア様にも関わりません。お望みならば国を出ます。ですから……お願いします……お父様」


 地面に手を付きしゃくりあげながら必死に言葉を紡ぐ。

 しばらくの沈黙の後、父は一言端的に言い放つ。


 「いいだろう。会わせてやる」


 そう言われて連れられたのは城を下った先にある帝都─セントラル─の街の中央広場。

 そこには多くの人が中央を囲うように集まり騒ぎ立てていた。


 皇帝の登場に騒いでいた人達は動揺の色を見せ、脇へ避けて道を開ける。

 人の壁でつくられた一直線の道に視線を向け地面から段々と上に移していく。


 「ッ───!!?」


 目の前の事実を受け入れられず、その場に崩れるようにへたり込み、私は完全に色を失った。


 「お父、様……リディは?皆は?」


 「いるだろう。お前の目の前に」


 飄々と答えた父に恐怖した。

 目の前に見えるのは燃え盛る炎。そして十字架の木に縄で括り付けられた何十人もの()()()()ものたち。

 肉の焦げた匂いが鼻を刺し、口いっぱいに胃液が満ちるのを無理やり手で押え堪える。


 「うっ、……うぅ……あぁ、いや、あぁぁっ……」


 ボロボロと嗚咽とともに涙が流れる。


 信じたくない。そんな現実を見たくない。


 どんなに否定したってそれはもう起こってしまったただの現実。変わることの無い現実なのだ。


 「私は、ただ……愛されたかった……お父様に……それなのに……っ」


 「愛される?お前が?お前には生きる価値もない。お前のような出来損ないが()()と同じなはずがない。安心しろ。直ぐに後を追わせてやる」


 「うっ、うぅ………ああああああああああああ!!!!!!」


 気がつけば声を荒らげてただただ泣き崩れていた。


 その数日後。父の宣告通り、私は死刑にされた。

 父にとって都合のいい言い訳をつらつらと聞かされ、私はギロチンの前に立った。


 こんなにも心は曇天なのに、空は気味が悪いほど快晴だった。


 私の人生はこうして呆気なく終わりを告げた。





 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 悪夢にうなされガバッと勢いよく起き上がる。

 ベッドの周りには、突然気絶した私を心配してくれていたであろうメイドのリディが泣き顔で立ちすくんでいる。

 鏡には長く真っ直ぐな赤い髪と瞳を持つ小さな少女が冷や汗をかいている。


 一体どういうことだろう。

 先程処刑されたと思ったのに。


 この鏡に移る少女が幼い頃の自分だと気づくのに少しの時間がかかった。

 つまり私は過去へ戻ったということだろうか。

 それとも今まで見ていたものが夢なのだろうか。


 徐々に体温を取り戻していく体とともに夢の鮮明な内容が思い出されていく。


(処刑、父に? 嘘でしょ。私は、死ぬの?)


 止まらない思考がついに限界を迎え頭からプスプスと煙を出しているようだ。

 しかしそんな忙しい私の頭とは裏腹その泣き顔をいっそう酷くしたリディが飛んでくる様に抱きついてくる。


「ひ、ひひひひ、姫"様"あ"あ"あ"あ"あ"あ"!! ご無事で何よりですうぅぅぅぅぅぅ!! いきなりお倒れになった時は心臓が止まるかと思いました~っ!!」

「リ、リディなの? 本物? 本当のリディ?」

「? はい。私は姫様の専属メイドのリディでございますよ?」


 彼女は私の問にキョトンと首を傾げて答える。

 リディは私が処刑される前に私を庇ったことで先に殺されてしまった。

 だからなのかもしれない。こんなに自然に涙が出てくるのは。


 誰もが私を死んで当然というよな目で見てくるその光景は酷く居心地が悪かった。

 生きた心地がしなかった。結果、死んだけれども。

 そんな私をリディは最後まで庇ってくれていたのだ。本当に命尽きるその瞬間まで。

 感謝しきれてもしきれない。


「ところで今、私は何歳(いくつ)かしら」

「姫様本当に頭打たれたんじゃ……」

「違うわよ!?」


 心配気味に見つめられ今にも医者を呼んでしまいそうな勢いだったので、無理やり答えだけを聞いてリディの行動を制止する強硬手段に出ることにした。


「で!私今何歳なの!!?」

「ひ、姫様は八歳でございます!」

「は、ハチ~~!?」


 予想以上に若く戻ってしまったみたいで目を丸くして驚く。

 八歳と言えばまだ社交界デビューもしていないような時期だ。


「お父様………」


 そう呟いたのは無意識で、私自身も言葉にした後に気がつきハッとして口元を抑えた。

 リディは隣で肩をビクッと揺らしその単語に怯えるような姿勢で強く拳を握っていた。


「リディ?」

「あっいえ、その………陛下は」


 リディの反応を見るに、やはりお父様は来ていないようだ。


(大丈夫。もうあの時のように傷つくことも無い。私はもう大丈夫)


 向けられた冷たい目に背筋が凍るような感覚が走る。

 きっとまだ私の心は不安定なのだろう。こんな姿をリディに見せれば優しい彼女は心配してしまう。


「リディ」

「はい、どうしましたか?」

「まだ少し頭が混乱しているみたいだから、一度一人にしてもらえるかしら」

「で、ですがっ、つい先程おきられたばかりですし、姫様になにかあれば……」

「大丈夫よ」


 震える声を絞り出す彼女に、やはり心配させてしまった、と申し訳無い気持ちになる。


 御歳21歳のリディは私が生まれた瞬間からこの宮殿から離れた邸で世話をしてくれている母のような存在。

 本当のお母様は病死なされたのでもうこの世には居ないけど、今までリディがいてくれたおかげで寂しくはなかった。



 パタンと扉が閉まると同時にベッドから起こしていた上半身を再びベッドへと真後ろに倒れさせる。

 天井は最後に見た時よりも遠く、伸ばした手のひらはふくよかで小さいもので、本当に八歳の子供に戻ってしまったのだと実感する。


「夢、にしてはリアルよね。それに状況があまりにも似すぎている」


 生まれた瞬間に母が死に父に見捨てられた皇女だということ。

 王城からは離れ隔離された別邸に住んでいること。


 そして何より父に愛されないこと。



 もしも本当にあれが現実ならば、このままだと私は十一年後、死ぬ。確実に。


「シェリア・フローシス。今私が八歳だから七年後に父が養子へ迎える私の義姉となる存在」


 父に見捨てられたことにようやく気づいた今ならば、あの少女を恨む必要など存在しない。

 七年後、あの時と同じように父に城へ招かれシェリアの存在を紹介されたとしても何も感じはしないだろう。


(いがみ合うだけ無駄なのよ。結局は私だけが罪を被るのだから)


 私の方がずっとずっと長く父と繋がっていたのに、けれど初めから父の私への愛情などなかった。

 無償で父に愛されるその存在が憎くて嫉妬して、でも我慢して、笑顔を作って。


 結局この気持ちは届くことなどなかった。初めから届くはずなどなかったんだ。


(今は父の愛情なんて欠片も欲していない。私には邸のみんながいるから)


 ふと思い出したのはついさっきの出来事。

 私の無意識に発した「お父様」の一言に過剰に反応したリディの姿。

 リディはまだ私が父の愛を信じていると思っているのだろう。それが届くはずもないとわかっていて、それでも私のことを思うと何も言えなくて、そんな葛藤をずっと何年も何年も心に溜め込んできたのだろう。


「私は知らぬ間に大切なものを全て道ずれにしていたのね」


 今更謝ったところで過去は変えられない。

 折角貰った人生をやり直すチャンス。

 今度こそリディや邸のみんなを()()を護る。


「絶対処刑なんてさせない」


 思い出せば、私が処刑される理由なんて取ってつけたようなものだった。

 正式な皇女として幼い頃から積み重ねてきた淑女としての知識。

 それが義姉のシェリアよりも上だった。


 シェリアには女神からの加護、つまり()()としての素質があったそうだ。

 全ての人を救い、導く天性の力。

 だからこそ父は引き取り、王位をシェリアへと譲渡した。


(だけど、それには実の娘であり王家の血を引く私が邪魔だった)


 処刑された理由なんてこんなものだ。

 まだ何かあるようだったけど、詳しくは私も分からない。

 牢にいる時は誰も知らないと言っていた。教えてくれると思っていた訳では無いけれど。


 よく考えてみれば私別に殺されなくても良くない?遠くの方へ追放するとか……それはそれで嫌だけど。

 え、ダメなの? うちの国の皇帝、殺人鬼ですか?


(なんか思い出すとイライラしてくるわ)


 ふぅーと深呼吸。すってーはいてー。落ち着きを取り戻しゴロゴロと左右に体を揺らす。


(これまでの事の整理は大方終わったから、今度はこれからすべきことを考えましょう)


 と言っても処刑された私は父に愛されることを求めたからこうなったのだ。殺された身としては今更愛されたいなど言語同断。

  父への愛を求める為に再びあの悲劇を繰り返そうとは到底思えないことだ。



(だから今回の二度目の人生は絶対に、そう、ぜっっったいに自由に生きてみせるのよ!

 最悪外面さえ良くしていれば……ゴニョゴニョ)



 体を起こし、チラッと窓の外を眺めると城下町が見える。我が帝国の帝都─セントラル─だ。


(そういえば街に全然行ったことないっけ。初めて行った時はいつも平民の子達が楽しそうに走り回ってて……羨ましいな)


 私はこんなところで一人。友達を作りたくても出来ない、いやそもそも相手がいないのだ。

 私の脳は突然孤独を意識し始めた。寂しいと悲しいと訴えるように悲痛な叫びを上げている。


「私も平民になれば何にも縛られずに自由に生きられるのこしら……

 ──あ、そうよ。そうすればいいじゃない!よしっ……!」


「姫様~リディです。紅茶をお持ちしました──


「私、平民になるわ!!」


 思わず立ち上がって天高くに宣言した私の傍らで、扉を開けたリディがガッシャーン音を立ててとティーカップを床に落とす。


「リディ。暫くは一人にって──

「姫様が平民になるなんてっ、一国の皇女がっ、どういう事ですかっ!? 私に至らぬ点がおありですか!? 直します!!直しますから~っ!」


 両肩を掴み前後に容赦なく揺らすリディ。

 専属メイドとしてその行動はどうかとおも思うが、日頃お世話になっているので大目に見る。


 半泣きのリディが落ち着くまでゆらされ続けようやく開放されたのはそれから五分くらいであった。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 ゆらされ続けてこちらも頭が痛い。フラフラと揺れるからだを椅子の背もたれで支える。

 私が休んでいる間、リディは手際よくティーカップの後処理をし終え床は何も無かったかのような輝きを放つ。


「姫様。先程は取り乱してすみません」

「それは大丈夫。リディいつもそうだから」

「……ゴホン。それではお話を戻しますが、姫様は平民に憧れておいでなのですか?」


 コクリと頷く。リディはまた苦い顔をしたけれど私は本気だ。

 昔から一度決めたら最後までやり遂げる癖みたいなものがある。リディもそれを承知でそれ以上追求しないのだと思う。


「あのねリディ。なるべく今日のことは口外しないでもらいたいの。特にお父様には」


 あの人の事だから興味なんて欠けらも無いと思うけど、万が一平民になりたいことがバレたら皇国の恥として処刑、なんてことも有り得そうだから。

 リディは素直に頷いてくれた。

 その後は色々と話し合った結果、リディも協力してくれるのとのこと。

 もちろん人生二回目だとかそんな話はしていない。した所で困惑するし信じられないだろうし。


「姫様。何だかお変わりになられましたね」

「? そう、かしら」

「以前と違ってマイルドになったというか、上手く言えないのですけど、距離が縮まった気がして嬉しいです」

「! ええ、私もよ」


 やり直せる。

 そう確信して笑顔を向ける。


 一つ変わった未来。また明日、変え続けて私は幸せになる。



 神様。私は欲張りですか?

 それでも許して欲しい。

 私に()()()を与えてくれた誰かがいるのなら、自分も家族も守りたいと、未来を変えたいと言う強欲な私を許してください。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 その後、リディとは一度目の人生を含めた今までの分の距離を詰めるように長く、気がつけば夕方まで話していた。

 平民になる為にするべきことは山のようにある。

 でも今だけはぐっすり寝てもいいよね。


 久しぶりにふかふかのベッドで眠る心地良さを感じ瞼を閉じる。

 今度の人生は絶対に失敗しない。

 自分と自分の大切な人のために生きていく。

 そう心に刻みながら眠りに落ちた。


『絶対に護るから───』


 枕元に立つフードを被った誰かから告げられる言葉は夢の中へと消えていき、最後まで気づくことは無かった。





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