報告と協定
定期報告を終え部屋に戻る。北の魔人の進行か。我々魔人は常に人間と争いその勢力を伸ばそうとしている。それは魔人同士であっても例外ではない。
「あぅーー」
「お前は呑気なものだな」
「へー、それがイリスの言ってた人間の赤子ね」
「ベールバティか」
「ずるいよ、マリオン様だけそんな玩具もらってさ」
「マリーの事か?」
「名前まであるんだ、その玩具、僕も人間飼いたいなぁ、マリオン様良いでしょ?」
「お前の言う飼うとは、ただ壊すのを楽しむだけであろう」
「へへ、バレちゃった?でもマリオン様もその為に飼ってるんじゃないの?」
「ふむ、そうだなマリーの処遇についてはまだ曖昧なところが多い」
「ふーん」
ベールバティは、ひょこっと膝の上に座ると足をパタパタさせながら不思議そうにマリーを見つめる。
「こいつ、マリーだっけ?視覚が殆どないね」
「ゼルもそう言っていたな」
「それと免疫力も低い、その代わり聴力が人にしては高いかな」
「そう言えばお前には相手の力を見抜く能力があったな」
「まぁね、ふぁー…なんか眠くなってきちゃったよ」
そう言うとベールバティは、膝の上で寝息を立て始めた。
ベールバティはまだ80歳程か、それでもその力を認め俺の側近のうちの1人に任命した。人間で言えばまだ8歳と言ったところか。
こうしていると子供と変わらないのだがな、その力を1度ふるえば一帯は焼き野原になるだろう。
マリオンはぽんぽんと、ベールバティの頭を撫でる。
「むにゃむにゃ、マリオン様ぁ」
~人間の国 北東レイズ王国~
「申し上げます、北の魔人が再び動き出しました」
「何だと!!?、奴らめ見境なしに村村を焼きよって」
「このままでは我がレイズ王国に到達するのも時間の問題かと」
「むぅ、逃げようにも我が国の背後には東の魔人の領域がある。迎え撃つしかないのか」
「しかし、奴らの軍は死を恐れぬ死者の軍勢、戦場で兵が死ぬ度その数を増していきます!」
「何か手はないのか」
「他の国に援軍を求めるのは如何でしょうか?」
「既に使者は送ってある、しかし、回答は何処もNOだ」
「我が国は見捨てられたのか…」
「いっその事、東の魔人に協力を促してみては」
「馬鹿な、それこそ無理だ。奴らは自分の利益になる事しか考えておらぬ、ましてや今でこそ動きはないが、東の魔人はかつてあの勇者すらも葬った凶悪な魔人だぞ!」
「ならば、我々に協力する事の利益を与えてみるのは如何でしょうか?上手く利用すれば、この戦況を打開出来るやもしれませぬ、どの道このままでは間違いなく全滅します」
「うむむ、分かった早速使者を送れ」
「っは」
「マリオン様、レイズ王国の使者を名乗る者が、無礼にもマリオン様に会いたいとの事ですが、如何しましょうか?」
「使者だと?一体何用だ」
「何でも我々と協定を結びたいとか、人間の分際でおこがましい、従属の間違いではありませんか」
「分かった、俺の前に連れてこい」
「!!しかし、宜しいのですか?下賎な人間等この神聖な魔人城に連れ込んで」
「よい、暇潰しにはなろう、奴らが何を言い出すのかいささか興味があるぞ」
「分かりました、では連れてまいります」
~魔人と人間の領域の境界~
「バラン様ほ、本当に大丈夫なのでしょうか、魔人との協定など…」
「まぁ、ワシらは生きては帰れぬだろうな」
「そ、そんな!!」
「ワシら2人の命で国が救われるなら安いもんじゃ、お主もあの国には家族がおるのであろう?なら覚悟を決めるのだ。どの道この協定が上手くいかねば家族も皆死んでしまうからな」
「…はい」
突如黒い穴が出現し、その中から魔人が1人現れる。見た目こそ美人だが、その放たれるオーラは人間のそれとは明らかに違っていた。
「どうも、初めまして下等なる人間達、わたくし、貴女方を案内するのを任されましたイリスと申します」
「ご丁寧に、私は…」
「あぁ、そちらの自己紹介は結構、人間の名前など覚えられませんので、それよりマリオン様がお待ちですどうぞこの中へお進み下さいませ」
イリスと名乗る魔人は不気味な笑みを浮かべ、2人を穴に入るよう促した。その穴は何処までも暗く、まるで地獄へと続く道のようだったが、今の2人に拒む理由などどこにもなかった。
「こ、これは」
「信じられません」
穴を潜ると一瞬だった、先程まで森の中に居たはずが、気がつくと目の前に大きな城が立っていたのである。2人は何が起きたのか分からず顔を見合わせる。
「はいはい、さっさと中にお入りになってくださいませ、あまりモタモタしていると、その足ブッタ切ってしまいますよ?」
「っひ」
「申し訳ない、さぁアルク行くぞ」
バランは足のすくむアルクを引っ張りながら、その城へ入っていく。
「グルルルル、ニンゲン、人間の匂いがするぞ」
「殺す、コロス」
物陰からは、恐ろしい魔物の囁きが聞こえてくる。少しばかり上手くいけば國に帰れるかもしれない、僅かにもそう思っていた2人はその瞬間諦めざるを得なかった。しばらく歩くと目の前に大きな門が現れる。それは何をするでもなく勝手に動き始めると広い部屋へと道を開いた。その中央には椅子がありそこに1人の魔人が腰かけている。2人はその瞬間その魔人がここの主だと直感した。
「マリオン様、使者を連れてまいりました」
「御苦労だったなイリス、下がれ」
「はい」
イリスはそう言うとまるで煙のように姿を消した。
「さて」
椅子に腰掛けた魔人はギョロリと赤く鋭い目をこちらに向ける。それから数秒2人を見つめると、ようやく話し始める。
「貴様達は一体何用で俺に会いに来たというのか?」
「これはマリオン殿、会えて光栄でございます。私は北東にあるレイズ王国の使者、バランと申します。こちらは従者のアルクです」
「社交辞令などよい、要件を述べよ」
「はい、実は北の魔人の事はご存知でしょうか、奴らは見境なしに村村を焼き、次第にその勢力を南下させて来ております。後数日もすれば我らのレイズ王国へと進行してきます」
「それで?」
「そこで、お願いがあるのです。我らレイズ王国と協定を組んで北の魔人を押し返して欲しいのです」
「アハハハハ、笑えるねそんな冗談を言いにわざわざ死にに来たのかい?」
ベールバティは空からゆっくりと着地するとクスクス笑いながら喋り始めた。
「だってこんな楽しいショーはないでしょマリオン様、なんでわざわざ僕達魔人が人間と手を組まなきゃいけないのさ、力ない者が滅ぶのは当たり前、北の魔人に滅ぼされるのならそれは運命というしかないでしょ、ウフフ」
「確かにベールバティの言う通りだ、協定を組んで我々に何の得がある?」
「レイズ王国は丁度北の魔人とマリオン殿が支配するこのバルド森林の境にあります。そのレイズ王国が滅べば北の魔人はすぐにでもこのバルド森林に進行してきましょうぞ、その前に奴らを追い返せばこの森を汚す事もありません、それにレイズ王国にはレアメタルが掘れる場所がいくつかあります。その場所を北の魔人に占領されては、こちらにも被害が及ぶのではないでしょうか?」
「もし、我々と協定を組んでくださるのであれば、レアメタルの掘れる場所を一定量お譲りするとの王のご命令です」
「アッハハハ、君たちは魔人が何たるかを分かってないね、そんなもの協定を結ばなくても奪っちゃえば良いだけじゃない、僕たちがレイズ王国を滅ぼして占領すれば解決さ」
やはり駄目か、駄目元での交渉だったが案の定魔人との協定など成立しようはずが無かったのだ。そもそも話が通じるような相手ならば、この数千年の歴史の中で人間と魔人が争い合う事なんてなかったのだから。
交渉と言うのはお互いの力が釣り合ってないと行えないものである。ましてや弱者が強者に交渉するなどそれこそ無理な話であった。それでも今のレイズ王国が生き残るためにはそれしか無かったのだ。
ベールバティという魔人はまるで品定めをするかのように2人の周りをグルグルと歩きながら時おり笑みを浮かべるのだった。アルクは震えが止まらなかった。死を覚悟して来たとはいえ、生きたいという衝動と絶対絶命のこの状況に抗うことが出来てはいなかった。
「お前たちの国はこの森の近くの村も含まれるのか?」
「!、はい北の魔人の境界からこのバルド森林の境界までは含まれまする」
「そうか…イリス」
「はい、マリオン様」
「出撃の準備をしろ」
「!!」
「明日、レイズ王国へ向かい北の魔人を迎え撃つ」
その魔人から放たれた言葉は魔人側にも人間側にも信じられない一言だった。
「おぉ、我々と一緒に戦って下さるのですな!」
「勘違いするな、戦うのは俺達であって、お前達はただ眺めていれば良い、雑魚がいても邪魔なだけだからな」
「マリオン様!!」
「まぁ聞け、人間の言い分にも一理ある。この森を奴らの腐臭で汚したくない、それにお前達もそろそろ戦いに飢えてきているだろう?ただ弱者を駆逐するだけではつまらんだろう。魔人相手ならば、久々に本気を出せるのではないか?」
「確かに、さっすがマリオン様!!僕はそれでいいよ」
「時に人間よ、バランと言ったか?一つ条件がある」
「はい、なんなりとお申し付け下さい!」
「そのレアメタルの鉱山とは別に、この森の近くにある村を一つ頂く、それで手を打ってやろう」
「申し分無い内容でございます」
「ふむ、では早速この話を持ち帰り、王とやらに知らせるが良い、明日、我々も向かうとしよう」
「有り難きお言葉、感謝いたします!」
2人の使者はまさか帰れるとは思っておらず、魔人のその言葉に感動すら覚えた。
「マリオン様本当に宜しいのですか?この事が他の魔人に知られればどうなるか分かりませぬぞ」
「ふん、どの魔人が攻めてこようとも全て返り討ちにするまで、ゼルお前も少し心踊っておるのではないか?」
「ふふふ、流石マリオン様お見通しですか」
「イリスに伝えよ、俺とイリス、ベールバティの3人、それとAランクの魔物を数百揃えよ、城の守りはゼルとドラクに任せる」
「っは、仰せのままに」
~レイズ王国~
「なんと!!使者が、帰ってきただと」
使者を送った人間も、まさか帰って来るとは思ってはいなかったようだ。
「国王、只今戻りました」
「して、バランどうだった?」
「っは、東の魔人は我々との協定に賛同しました。その対価として鉱山と村を一つ要求してきましたが、国が滅ぶ事に比べれば安いものかと、明日こちらに出向くようです」
「うむ、良くやった!」
国王は興奮した様子で椅子から立ち上がると手を打った。
「しかし、まさか魔人と組むことになるとは、各国の非難は免れませぬぞ」
「国が滅べば何もならぬ、なりふり構っている状況では無いのだ。すぐに出迎える準備をせよ」
「っは!!」