約束
「はぁ・・・」
自分の部屋の窓を開けながら、私は溜息をつきつつ、夏が来るんだなぁとしみじみ思う。
また6月にもなっていないというのに、真夏のように暑い。
時はまだ5月。
窓の焼けたような熱さに憂鬱さを感じながら、腕で汗を拭う。
私、藤堂結華は、中学生になってから約1ヶ月が経ち、学校での居場所は見つけたものの、家では灼熱級の暑さのする自分の部屋で引き篭もるしかないという酷い立場にいる中学1年生だ。
私が暑くて暑くてたまらない部屋で引き篭もるしかない理由は、ただ一つ。
「親」だ。
家の1階のリビングなら、エアコンもついていて快適・・・だが、いつも私を忌む親がいるというのがデメリットだ。
それに対して2階の、私の部屋。
親がいないという点では優れているものの、そこにはエアコンがないのだ。
それぞれ、メリットとデメリットがある。
そんな中で、私は「自分の部屋」という選択をした訳だ。
他の人なら、どちらを選ぶだろう。
まぁ、それは人それぞれとして。
私が、そこまでして親のいない場所に行きたい理由。
それは、「妹と比べくれて忌まれる」からだ。
妹の麗華は、頭も良くて優しくて、運動もできて、親からも可愛がられる存在・・・
いわゆる、「優等生サイドの人間」だった。
親は私と妹を何度も何度も比べた。
それでも、私が妹に愚痴を吐くことは、一度もなかった。
それに、妹は私のことを何度も何度も、心配してくれた。
私は、「大丈夫」と言って愛想笑いをしてたっけ。
―――麗華は、丁度1年前の5月、亡くなった。
病気だった訳でもない。自殺した訳でもない。
そう、事故だったのだ。
私は事故で亡くなったという連絡を聞いた瞬間、崩れ落ちるような感覚に陥った。
それから数日、私は泣いた。
そしてそれから、葬式が済み、落ち着いて、家族がまだ沈黙に陥っていた頃。
親は私のことを、今まで以上に忌み嫌った。
そのことに、私はすぐに気付いた。
だって、今まで酷く比べられて、忌まれたんだもの。
その時は、大きな絶望感があった。今まで以上に、心にぽっかり穴が開いた感覚―――。
「・・・こんなこと考えてても、仕方ないっか」
私はそんな風に独り言を言って、さぁ、勉強しようというように机に向かい始めた時だった。
「お姉ちゃん」
どこからか、声がした。
まさか、とは思った。きっと、疲れているから幻聴が聞こえたんだ、と自分に言い聞かせた。
でも―――
1年前のあの日以来、会っていない妹の姿が、私の後ろにあった。
「・・・へ?」
私が間抜けな声を出すと、麗華はにこりと微笑んで、「私だよ」と言う。
「だって、麗華・・・麗華は・・・・」
震えた声で、私は言う。信じられない。麗華が、妹が―――そこににこりと微笑んで、そこにいることが。
「あのね、お姉ちゃん。自分でも、なんで姿が見えるようになったのか不思議なの。
お母さんとお父さんのとこに行ってみたけど、私には気付いていないみたい。
つまり、お姉ちゃんだけに見えるってこと」
嬉しいような、寂しいような、そんな声音で語る妹の姿に、私はただそこに立って、黙っていた。
「あっ、その、えっと・・・お姉ちゃん、念のために聞くけどっ、聞こえてる?」
あわあわとそんなふうに私に聞く妹に、私は涙ぐんでしまう。
「うん・・・っ、聞こえてるよ・・・」
やっと声を出すと、麗華は「よかったぁ・・・」と安堵する。
「・・・え、っと。私もどうすればいいのかわかんないけど、前から、お姉ちゃんのことみてたよ」
何か言いたげなことに気付いた私は、妹の話に静かに耳を傾ける。
「・・・やっぱりお姉ちゃんは、つらかったんだね、苦しかったんだね・・・
ごめんね・・・っ」
涙ぐむ妹に、私は声も出さずふるふると首を横に振る。
麗華のせいじゃないよ、と―――。
「お姉ちゃんは、我慢強いんだね・・っ、私がね、お姉ちゃんに伝えたいのは・・・」
震えながら息を吸い込む音がして、私はまだ涙をたらす。
「・・・無理せず、誰かに頼ってみて? そうすれば、きっと、楽に・・・なる、から」
泣きながら、「私じゃ、なんにもできないから・・・」と、また笑う妹に、私は「そんなこと、ないよ・・・!」と、否定する。
「・・・今までね、私はダメなんだってずっと思ってた。けど、今麗華が言ってくれた言葉で・・・っ、気が軽くなった気がするの」
思ったままに、本心を伝える。
「・・・麗華に、心配かけないように・・・お姉ちゃん、頑張るから・・・見守っててね」
泣きじゃくりながら、私も妹と同じくらいの笑顔をみせる。
「・・・お姉ちゃん・・・!」
そして、私は妹の手を持ち上げ、自分の小指と結びつける。
「・・・約束、するね。麗華」
「・・・! うんっ、私も、絶対お姉ちゃんのこと、見守ってるから・・・っ」
麗華と「約束」すると、麗華の姿が段々薄くなってきていることに私は気付いた。
「・・・麗華?」
麗華は、寂しそうな目をして自分の体を見つめた。
「・・・ごめんね、お姉ちゃん、そろそろ、時間みたい・・・。」
私は、麗華にいってほしくない。
けれど、仕方ないことだと、私は悟っていた。
「・・・そっか。そっちにいくのは、もう少し先になると思うけど、私、麗華の分までちゃんと生きるね」
「・・・うんっ!」
麗華は、今までで一番の笑顔をみせる。
「ありがとう、お姉ちゃん」
「・・・ありがとう、麗華・・・っ」
そう言った瞬間、麗華はとうとう完全に私の目の前から消えてしまった。
でも、悔いはない。
だって、麗華と、大切な妹と―――
「約束」、したんだから。
5月なのに暑いですね~。みなさんどうお過ごしでしょうか。
熱中症にならないように気を付けてくださいね。