欠席
いつもの席に座っている君がいない。
冬子は、その席をしばらく眺めていた。
クラスメイトの一人が騒ぐ「あれっ?碧は?」そして、また誰かが囁く「なんか風邪で休みだってよ」「マジで?凄い雨だったもんな」あれこれとクラスが騒いでいると、担任が教室に入って来た。
「え~、碧くんは風邪でお休みだそうだ。さぁ、出席を取るぞ」
合図で皆、静かになる。
そして、何事もなく授業が始まる。
放課後、冬子は教室に残っていた。
何も用事はなかったが、帰る気になれなった。しばらくして席から立ち上がる。取り巻きの一人が教室に入って来た。
彼女の名前は、相馬ジュリ。髪の短い美しい女性だ。
「冬子様、お迎えにあがりました」
彼女は礼儀正しくお辞儀をする。
「ジュリか……」
少しの間を置いて、冬子はジュリを見た。そして、思案した。
「聞きたことがある」
「はい。なんなりと」
表情を動かさずジュリは答える。
「お前、猫を知っているか?」
「はい。たしか、ネコ科ネコ属に分類されるヨーロッパヤマネコが家畜化されたイエネコに対する通称である。人間によくなつくため、イヌと並ぶ代表的なペットとして日本をはじめ世界中で広く飼われている。との認識です。近年は、絶滅に近しいらしいですが。それがどうかしましたか?」
「私は猫を人間以下と認識していた。そもそも見たのもはじめてだ」
「左様ですか。私も下等生物と思っております」
ジュリは涼しい顔で答えた。
「だが、どうやら彼らはアレをそうは思わんようだ」
「というと?」
「アレを彼らは庇護対象として見るらしい」
「そのようですね、ペットというくらいですから。でも、それが何か?」
「たとえばだな、私達の感覚ならアレはゴミか何かだ。しかし、彼はそうは思わないらしい。しかし、私はその猫とやらに遭遇して邪魔だと思い蹴ってしまった。ジュリ、どう思う?」
「はい。ゴミなので何とも思いません」
「質問を変える。彼らの感覚だとどう思う?」
「はい、信じられませんね。最低です」
「…………そうか」
冬子は頭を抱えた。
「もしだ。そのうえ、アレを水路なんかに落としたらどう思う?」
「はい。冷酷非道だ。と思います」
冬子は思わず、机に自分の頭を叩きつけた。
ちょっと、道の端にどけようとしただけなのだ。子猫があまりに軽く、自分の脚力が思ったより強かったのだ。ああ、落ちたなくらいの気持ちだったのに。
冬子は、その時の彼の青ざめた顔を思い出す。
「どうかされましたか、冬子様?」
「なぜ誰も教えてくれなかったのだ」
それを最悪のタイミングで見られてしまったとは最悪過ぎる。
あんな雨の中視界も悪く、霧も濃いのに周りに人がいるなんて思わなかったのだ。
「申し訳ございません」
「もういい」
淡々と冬子は言う。もはや、心は穏やかではなった。
「帰る」
「はい」
先頭を切って歩く冬子にジュリは静かについていく、廊下にでると他の親衛隊が待っていた。
「またせたな」
「とんでもございません」
男が一人前に出てお辞儀をする。
「すまないが、お前に用事を頼んでもよいか?」
「はい、おおせのままに」
すっかり熱も引き、食欲も出てきた。
「ハルちゃん、ただいま」
その声に僕はオリオンと立ち上がる。
「キャッフードも買ってきたよ」
「おお、妹よ。ありがとう」
顔色を見て、安心したかのように妹は笑う。
「あとね、ハルちゃん。玄関の前に鞄と折り畳みの傘が置いてあったよ」
「えっ?」
玄関に僕は飛び出す。
そこには鞄と傘があった。
「本当だ」
それは、あの日投げ出した僕の物だった。
「なぜ?」
触ってみると、濡れた鞄は乾かされ綺麗に拭かれていた。教科書も思ったよりしわになっていなかった。折り畳み傘も拭いてあり、丁寧にたたまれていた。
雨の中誰かが拾ってくれたみたいだ。そして、わざわざ自宅まで届けてくれたのだ。僕は美しく優しいクラスメイトの姿が脳裏に浮かんだ。
「ねぇ、ハルちゃん。誰が届けてくれたのかな?」
妹がひょっこり顔を出す。
「たぶん、僕の好きな人だよ」
僕は、柔らかく微笑んだ。