緊迫
口は、開くが音が出ない。
頭が真っ白になる。
でも、彼女を止めなくちゃ。僕は声を張り上げる。
「あっ、あの!!!!!!」
とにかくしぼりだせ。
「なっ!なにしてるんでんですか!!!!!!!」
時間が止まったように静かだった。
柵の向こうの少女は、翡翠の瞳を僕に向ける。
「モブか……」
旭稜楓は僕に構わず、足を前に踏み出す。
いや、それは酷いだろ。
「いや、ハルです。碧ハル」
慌てて僕はフェンスに駆け寄る。
「神崎冬子さんと同じクラスの碧ハルです」
ギッと急に睨みつけられた。
「知ってるわよ。なんか、あんたウロチョロしていましたものね。死ぬ前にあの女の名前なんて聞きたくなかっわ」
「ええええええっ。じゃあ、やっぱり飛び降り自殺!!!!!!!」
彼女は僕に向き直る。
「ええ、そうよ。なにが悪いの。勝負に負けたとあっては、末代までの恥さらしだわ」
「えっ、そんなことで?」
ハルは、一瞬足を止める。
「そんなこととは何よ」
「えっ、いや。そのくらいのことでとは。いやでも、自殺はよくない。ご両親が悲しむよ」
ハルはゆっくりフェンスに手を掛ける。
「なによ。そのくらいとは」
「旭さんは、一度負けただけだよ」
ハルはゆっくり話し出す。
「ここの学校の人は恵まれているからわからないだろうけど、この学校。この街から出れば、みんな負けてるんだよ。信じられないかもしれないけど。僕だって、たくさん負けた。でも、一度も勝てないような人達もいるんだよ。それは生れや、境遇とか。僕は、たまたまチャンスがあってこの学校の人達と同じ立場に立っているだけなんだ。だから一度、負けたくらいで死にたいなんて言わないで。ここにいる人達はね、この国の未来を背負う大切な人材なんだから」
そんな風に話すハルを旭は睨みつける。
「あなた、何フェンスに登ってますの?」
「いや、危ないから旭さんにこっちに戻ってきてほしくて」
「嫌ですわよ」
「考え直そうよ。神崎さんは、凄いんだ。負けたって、誰も笑ったりしないよ。また勝負したらいいじゃない、ね?」
ハルは高いフェンスをまたぐ。
「そ、それは。そうかもしれませんが……」
「僕はこのまま死んでしまうほうが、かっこ悪いと思うな」
不器用に笑うハルの顔を旭はしばらく見つめていた。
「ま、まぁ。あなたが、そんなに言うな……」
「あっ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
旭の頭の上で、うわずった声が聞こえた。
「ちょ、ちょっと、何やってますの!!!!!!!あなたが落ちてどうしますの」
旭は鬼の形相で、力の限りハルの腕を掴んでいた。
「足が、滑っちゃて。ごめん、僕あんまり運動神経よくなくて」
「じゃあ、助けに来なくていいんですのよ!!!!」
「ご、ごめん」
片方の手は、フェンス。
もう片方はモブ。
内心、二人は青ざめていた。
「け、携帯」
ハルは宙ぶらりんになりながら、ポケットを探す。
「どうしましたの?」
「きょ、教室に忘れちゃったみたいだ。あの、旭さん僕のこと引き上げられそう?」
「正直、少しきついですわ」
「なら、僕のうっかりだから。手を放してもらっていいよ」
「冗談でしょ。死ぬわよ」
「その代わり、僕には妹がいるんだけど。最後に愛していたと伝えてくれないかな」
「重い」
「えっ?僕?」
「いいえ。とにかく離せませんわ。あたなの妹に恨まれそうです」
「いいよ。離して。旭さんまで落ちゃうよ」
「いいえ。離しませんわ。もうすぐ昼休みが終わる。私の親衛隊が探しにくるかもしれませんし。ここで、手なんて離したら旭家末代までの大恥ですもの」
旭は気合を入れ直して、ぐっと耐久戦に備えた。




