クイーン
昼休みの教室は、ざわついていた。
購買からに戻ると遠坂と目が合った。彼は窓枠にもたれ、空をみながら昼食を取っていた。向こうもこちらに気がつく。
「やるよ」
パンがいきなり空中を舞う、それを僕はキャッチした。
「いいの?」
「こないだの詫び」
返したいところだがその通りだ。僕はパンの争奪戦の敗北者だった。ありがたく頂くことにする。
「有難う」
素直にクリームパンとサンドイッチをいただく。
「借りは返すよ」
「きにすんな。それより珍しいな、いつも弁当だろう?」
そうなのだ。考えていたら珍しく寝坊をしてしまってたのだ。なんとか妹にはおにぎりを持たせたが、僕の分まで作る余裕などなかったのだ。
「座れよ」
ちょうど、遠坂の隣人は外出中。食堂か屋上かは知らないがいなかった。
僕は素直にその席に座って、昼食を取る。
「どうだった?」
神崎冬子のことだろう。
「振られそこなった。これから振られるところだ」
「忠告してやろうと思ったんだが、余計なお世話だったな」
「そうだな。あいにく手遅れだ」
僕は静かにサンドイッチを食べた。
「俺も告白して振られたんだよ」
「はっ?」
僕は遠坂をはじめてマジマジと見た。
「いや、だって美人だろう?スタイルもいいだろ?」
「それで、好きになったのか?」
「好きかどうか聞かれるとそうなのかもな?まぁ、とにかく美人がいればお近づきになりたいと思うだろ?でも、あれは無理だわ」
「なんで?」
素朴な疑問だった。
「顔だけの女だと思ってたんだよ。それが男顔負けの運動神経、学力、その他諸々。あっという間にトップの座に君臨しやがった。あんなすごい奴だとわかってたら手を出さなかったぜ」
「ほら、クイーン様のおでましだ」
「クイーン?」
「あいつのあだ名だよ。みんなそう呼んでる」
知らないのか?と怪訝な顔で相手を示す。
そこには彼女がいた。
神崎冬子だ。
ちょうど教室に戻るところだろうか、廊下を歩いている。その後ろには控えるように親衛隊がついて歩く。
「見ろよ、あの親衛隊のメンバー」
「なに?」
「学校でも、選りすぐりの優等生達だ。将来有望。未来の国の官僚候補ばかりだぜ」
「そうなの?」
ただポカンと僕は聞いていた。
「あのそうそうたるメンバーを束ねるのが、神崎冬子。ただ者じゃないってこと。この学年のクイーンだ」
「クイーン……」
小さく僕は呟いた。
世界が違いすぎて、告白する勇気がくじけそうだ。
その日、僕は公園のベンチで夜空を眺めていた。
神崎冬子は、昨日僕が奇行に走った後もかわらずに優しかった。特に何も話したわけではないが、クラスメイトとして笑いかけてくれた。
「クイーンか……」
手が届かないな。
満天の空の下で僕は決めた。
告白はやめておこう。
たとえこの気持ちで潰れそうになることがあっても、彼女とのクラスメイトとしての関係を壊したくない。そう思えてきたんだ。
「心の中がぐちゃぐちゃする」
もう笑ってくれ。
とんだピエロだ。
家への帰宅途中に俺はコンビニに立ち寄る。
恒例のスイーツコーナーを物色する。シュークリームにプリンにスフレ。ゼリーにティラミス。生チョコやロールケーキもある。今日はどれにしようかな?
経済的には、それほど裕福ではない。だが、これくらいの贅沢は許されるべきだと僕は思う。僕には、好きなことが二つある。
綺麗な星を眺めるが好きだ。そして、妹に美味しいものを食べさせてあげるのが好きだ。妹の嬉しそうな顔を見ると、嫌なことでもどこかに行ってしまうんだ。
「よし。今日はスフレにしよう」
チーズの香りいっぱいのふかふかのケーキだ。
「そして、あとは妹への言い訳だな。うん」
お会計を済ませてレジ袋を持ち、僕は足早にコンビニを後にする。
玄関を開けると、妹のいつもの声が聞こえた。
「ハルちゃん、おかえり」
「ただいま、妹よ」
神様どうか、このささやかな幸せだけは壊れませんように。