君を思う
神崎冬子は立ち尽くした。
おそらく、あの手紙は私宛だったはずなのに。
そう思いながら立っていた。
なぜなら皆、そうやって冬子に思いのたけをぶつけるからだ。好きだ。愛してる。美しい。綺麗な言葉を散りばめて。その手紙は、捨てられたりもするが、たまに冬子の手に渡ることもある。本当は私がどんなものかも知らずにもてはやす。それを、眺めてこんなものかと思うのだ。
それでも、結果としすべてはてゴミ箱行きなのだが。
複数のの足音が近づいてくる。
「どうかなさいましたか、冬子様?」
彼女はそれに淡々と返事を返す。
「別に」
「手紙でしたら、私達が処分しておきますが」
冬子がまた恋文を貰ったと推測したのか親衛隊が声をかけた。
「手紙は貰ってないわ」
「そうですか」
それでも冬子は動かなかった。
「どうかされましたか?」
「問題ないわ。ただ欲しかったなって」
「手紙をですか?」
彼女は、少し驚きながら訊ねる。
「ええ、彼はなんて書いたのかなと思って」
冬子は顔をあげる。
「受け取ってどうされるのですか?」
「別に。きっとゴミ箱に捨てるだけでしょうね」
冷たい微笑を浮かべる。
「行きましょう」
「はい、お鞄をお持ちいたします」
大名行列のようにぞろぞろと親衛隊が冬子に続く。
歩きながら、やはり欲しかったと思った。
愛してるとか。好きだとか。美しいとか。誰もがもてはやす。
すでに聞き飽きた愛の言葉だが、確認してみたかった。
彼はあの白い紙にどんな愛の言葉を書いたのかと。
「やはり、惜しいことをしたな」
冬子は心の中で呟いた。
その日、ハルは星を眺めることもせず、足早に家に帰った。
「ただいま」
「ハルちゃん、おかえり」
いつものように明るい妹の声が聞こえた。短いツインテールが可愛い妹が出迎えてくれる。すごく嬉しかった。そしたら急に、泣きそうになった。
「ハルちゃん、手紙は?」
「食べた」
僕は短く答えた。
「えっ。なんで!?」
妹は驚いていた。
「ハルちゃん?」
妹が覗き込む。
「お腹いたい……」
「手紙なんて食べるから……」
「胃薬用意してあげるから、横になりなよ」
僕は、妹に手を引かれてリビングに入る。
「ハルちゃん?ハルちゃん?どうしたの泣いてるの?」
泣きながら、僕は泣いてないと言った。
「しょうがないよ。その人はきっとハルちゃんの手の届かない人だったんだよ。ハルちゃんのお嫁さんは、りこが見つけてあげる」
優しく妹は慰めてくれた。
「おお、妹よ」
でも、妹よ。覚えておいてくれ。
おまえにお婿さんが出来たら、そいつを僕は絶対許さないぞ!!!
「明日どうする?学校休む?」
「行く」
「ハルちゃん、えらい」
シクシクと泣いたあと、レンチンごはんを二人で並べて食卓につく。
「ハルちゃん、手紙もういっぺん書く?」
「もう書かない。でも告白しようと思う」
やっぱり俺は臆病で、この気持ちを未来永劫持っている自信がなかった。
「でも、すぐには無理かな」
「どうして?」
妹は聞く。
「俺の心の準備もそうだけど、取り巻きがいつも控えてるんだよ」
「ねぇ、いつも思うけど、その人はお嬢様なの?」
「違うと思う。普通の人だよ。でもいつのまにか親衛隊が出来てたんだよ」
「それは普通とは言わないよ」
フォークをまわしなら妹は言った。
「そんなすごい人にお兄ちゃんは恋をしてしまったのか」
哀れみの表情で僕を見る。
「いいだろ、だって………」
その先を僕は言わなかった。
誰だって恋に落ちるさ。
あれほど美しく、賢く、優しい人を見たことがなかったから。
あの美しい人はいったいどんな人を好きになるのだろうか?