白ヤギさん
彼女への思いを紙にしたためる。
「君はいつも星のように美しく煌めいています。あなたは僕の輝く星です」
短く書いたその文章を折りたたみ、封筒に入れた。
「やった、完成だ」
僕の声は弾んだ。
「ハルちゃん、それはおまけのおまけだよ」
「そうなのか?」
僕は聞き返す。
「そうだよー。長い巻物みたいなやつは却下でしょ。ちょっと、ポエマーみたいだけどもう許してあげる。低い成功率をあげるために、可愛い星さんのシールを私が貼ってあげるわ」
星のシールで妹は手紙に封をした。
「優しいな」
「妹だもの」
「よし、じゃあ今日はオムライスにしょう」
「わぁい。ハルちゃん優しい」
「お兄ちゃんだもの」
その日の晩御飯は、妹の好きなオムライスを作った。
チキンライスもうまく出来たし、卵も綺麗に巻けた。だから、明日もうまくいけばいいのに。振られるのはわかってる。でも、神崎さんに好きだと言う気持ちだけはちゃんと伝えたかった。
「ハルちゃん、明日頑張ってね」
「うん」
妹はオムライスを食べながら、俺に渇をいれる。
その日は穏やかに、ゆるゆる流れて放課後になった。
僕は少し早めに帰り支度をしていた。彼女の下駄箱に手紙をいれる作戦だ。鞄をゴソゴソしていると、クラスメイトと目が合った。あまり親しい人ではなった。たしかクラスメイトの……。
「なぁ、いまのって手紙?」
「えっ?」
こいつ話かけてきたぞ。
待て、名前が思い出せない。
「おまえ、なんだっけ?読みにく苗字の?えっと、誰?」
お前もか。
「あおいハル」
「ああ、そうだ。碧くんだよな。下の名前の方が呼びやすいな」
「じゃあ、ハルでいいよ」
「えっと、俺は」
「遠坂だろ?」
「あたりだ」
いましがた、思い出した。
「何か用か?」
「いや、それってラブレターってやつだろ?」
バレてるじゃん。
「笑いたければ笑ってくれ。じゃあ、さようなら遠坂くん」
僕は席を立つ。
「それって、やっぱり神崎さんだろ?美人だもんな」
完全にバレてる。
「でもな~。やめておいたほうがいいぜ。だってあいつ……」
ほっといてくれと口を開こうとするより早く罵声が飛んできた。
「遠坂、てめぇ。俺のポテチ食ったろ!」
「やべぇ」
脱兎のごとく遠坂は逃げた。
「はぁ」
なんか疲れた。
僕は足早に靴箱に向かう。彼女より先に辿り着かなければいけなかったから。
そこには人影が見えて、僕は思わず靴箱の裏に隠れた。複数人いる。どうやら、彼女の親衛隊のようだった。
彼らは靴箱を開けて、そこからたくさんの手紙を出していた。そして、近くのゴミ箱に捨てた。
「あっ……」
とても悲しい気持ちになって、ただただそれを眺めていた。
僕の手紙も遠坂に引き止められてなかったら、あのゴミ箱の中だった。
それを思うと、すごく悲しい。
そうか、俺は手紙さえ彼女に届けられない存在だったのか。
それでいて、告白する勇気もない。
それが、すごく惨めで悲しかった。
握りしめた手紙がクシャッと音を立てる。
もう帰ろう、そう思って方向を変えて振り返る。
そこには神崎冬子が立っていた。
なぜ?
「あっ」
そりゃそうだ。ここは彼女の靴箱の前なのだから。
「それ」
彼女は白い綺麗な指で僕の手を指した。
「えっ?」
「もしかして、私にくれるの?」
神崎さんは優しく微笑んだ。俺の手に握られたラブレターのことを言っているのだろう。
「これは……」
彼女が気を利かせて言ってくれたのだ。
だから、俺はそれを渡せばいいだけだった。だけだったのに。
俺はそれを口に含んだ。
なぜ?
いや、それは自分で自分に聞きたい。
「えっ?」
いつもどの角度から見ても完璧な美しい顔が、歪んだ瞬間だった。
俺はそのまま手紙をモシャモシャ食い始めた。
「碧くん?碧くん、何をやっているの」
そして、完璧な彼女が固まる。
「これは君のじゃないよ。僕のだから」
モシャモシャ言いながら、もはや何を言ってるか。たぶん彼女も聞き取れていないだろ。モシャモシャ食べながら、泣きながら僕は走り去った。
神崎冬子は、呆然と立ち尽くしていた。
そりゃそうだ。
でもいいんだ。
渡したところで、読まれた後にこの手紙もゴミ箱行きだ。
どうせ捨てられてしまうなら、あげたくない。
この気持ちを。
だから食べてしまいたかったんだ。
君を思うこと誰にも知られないように。
そう、君にも知られないように。