ブルースター
青色の小さな花。
名前は、ブルースター。
「綺麗だね」
透明なガラスのポットに一輪の花が揺れている。
「そうかしら?」
「ブルースターって言うんだ。僕はこの花好きだなぁ」
ハルは微笑みながら花に語りかけた。
白く明るいケースの中には、花の標本が丁寧に並べられていた。ガラスの中の培養液の中でだけ咲く、儚く脆い美しい花達。
何十年か前には、普通に地面に生息していた。それほどに地球の環境が悪化したということだ。大人達の後始末を押し付けられたような、この世代は厳しく辛い時代を歩く。僅かな希望という光を探しながら。そして、握りしめる小さな幸せを失くさないように前をむく。
「あっちにチューリップもあるよ。見に行こうよ」
「ええ」
神崎さんと僕は静かに展示場を散策する。
「なんか、学校と違って楽しいね」
「どうして?」
「なんか学校だと人目があるから。神崎さんともっと話がしたいけど、君は学校のクイーンだから」
「クイーン?たしかに、そうね。学校だと私も常に気が張っているわ」
歩きながら僕は尋ねる。
「人気者だもんね。注目されるから?」
いつも羨望の眼差しを向けられて、気がぬけないだろう。神崎さんほどの人なら。神崎さんの横顔は、何か考えているようだ。
「木を隠すのは、森だと思っている」
「えっ?」
考えていたこととは違う答えが戻ってきた。
「日本のことわざでもあるだろ?だから私は学校にいるんだ」
今度は、僕が考える。
「神崎さんは、将来この国の役職につこうと思ってこの学校に入学したんじゃないの?」
「碧くんには、申し訳なく思っている。私はもっと利己的な考えのもとここにいる。言うなれば、学校は敵地だ」
「敵地?とは?」
「あの学校は、日本で最も高い教育水準の名門校だ。それならば、私達の高い知能も目立たない。と、思っていたのだが。なんにせよ、学校が一番安全だ」
「でも、学校が敵とは?」
どういうこと?
「たとえるなら、我々は反政府組織のような者だ。よもや、私達がそんなところにいるわけがないという考えのもと入学した。情報にあえて近い場所を選んだ。身を守るために」
僕は呆然と神崎さんを見た。
「よくわからないや」
淡々とした表情で、神崎さんは目を伏せた。
「だな。よくわからないままでいい」
僕は立ち止まった。
「なんで、僕にそんな話を?」
「冗談よ。そんなに真剣に受け取らないでくれ」
「えっ、冗談なの?」
「冗談じゃなかったら、どう思う」
青い瞳が僕を見る。海の底のように深い。
「僕は信じるよ。でも、冗談だというならそれでもかまわないよ」
神崎さんは少し下を向く。
「君はいい人だな」
「そう?」
「そうだよ。会ったときからね」
そして、顔をあげる。その表情は、とても美しかった。
「私もいつか君のようになりたいものだ」
「えっ、僕?」
「私の心は酷く冷たいから。星を見て綺麗だと思ったり、花を見てそれが好きだと言ったり。私にはよくわかならい感情だ。でも、そんな君がとても羨ましい」
きっと、僕と君はとても遠いところにいる。
きっと何億光年も離れていて、触れることも出来ないくらい。
「君が好きだと言った。あの青い花、いつか私も綺麗だと思えるようになりたいな………」
それでも、君は僕に歩み寄ってくれた。
どれほど勇気がいっただろう。だから僕も君に歩み寄っていく。
「じゃあ、僕はそのいつかをずっと待っているよ」




