隠居
その日もハルは、花の世話をしに中庭にやって来た。
すると、そこには、小さなベンチの存在に気が付く。
「これは………」
「座ったらどうだ?」
神崎冬子は静かに微笑んだ。
「ベンチなんかあったっけ?」
「理事長に頼んで作ってもらったのさ」
「そんなこと出来るの」
「そんなわけはないだろう。立ってないで座ったらどうだ」
何か、ベンチに座ることを強く求めれた。
そして、その横に神崎さんも座る。
僕は一体どうすれば?
「話をしたいと思って、そう君と」
「なにも面白い話はないんだけどな」
いや、本当にどうすれば?
ハルは困惑する。
「じゃあさ、神崎さんのことって聞いてもいいかな?」
「どうぞ」
彼女は微笑む。
「そ、そう?なら………」
僕は、緊張しながら今まで疑問に思っていたことを聞いた。
「神崎さんって、なんでなんでもできるの?」
「なんでも?普通だよ。相馬ジュリも神室聖も祐希要も同じようにできるさ」
そうか、エリートはそれが普通なんだな。
ハルは妙に納得した。
「お嬢さまじゃないって噂は本当?」
「本当だ。私は学校付属の全寮制の寮に住んでいるからな。他の令嬢とは違う」
学校付属の寮といえば、僕の賃貸の十倍以上の金額だろう。お嬢様ではないがお金持ちなのか?そうなのか?
「お姫様?」
「そんなわけあるか」
「だよね。あっ、じゃあ。そろそろ選挙戦とかも考えてる?」
「選挙戦?なんだそれは?」
僕は困惑した。
「えっ?出ないの?だってクラス委員だよ」
今度は彼女が困惑した表情をする。
「クラス委員は、先生やクラスメイト達が薦めるから承諾したのだが?」
「だって、神崎さんがクラスで一番成績も運動も出来るから」
「いや、出来ることならやりたくはなかったよ」
「生徒会入りが決まれば将来安泰だよ」
「勝ちたくなんてない。私はたた平穏に日々を送りたいんだ。どこかの縁側でお茶でも飲んでいたいんだ」
「へぇ、意外だな」
僕はびっくりした。
「選挙戦って強制じゃないからね。嫌なら辞退できると思うよ」
「それは良かった」
「でも、神崎さんは勝ち組だからそんなこと思ってるって知らなかったな」
「そうかしら?意外と負け組の人生を歩んでいるのよ。負けて惨めに敗退したわ。だからもういいの。競争とか争いとか。そういうのはね」
どこか遠くを見て話す。
「碧くんは、勝ちたいの?」
「うん。ちょっとはね。僕はこの学校で頑張って、妹に将来いい暮らしをさせてあげたいんだ。そのために勝ちたいよ」
「その妹は幸せね」
「そうだといいんだけど」
僕は苦笑いを浮かべた。
「神崎さんは兄弟はいる?」
チラリと神崎さんは僕を見た。
「兄が一人」
「そうなんだ」
ベンチがあることで、いつもより長く、神崎さんと話しをした。
そう日が暮れるまで。
薄暗くなる帰り道、僕は思った。
神崎さんが、選挙戦に出ないということは。クラスポイントが得られないということだが、本人が嫌なら別にいい。クラスメイトもいい人が多いので、言及されることもないだろう。
でも、どうなると他のクラスか。
誰になるのだろう。
神崎さんの取り巻きは、神崎さんが出ないなら辞退するかも。
そうなると、旭稜楓だろうか?
彼女も神崎さんと同じく才色兼備。
なにより大財閥のご令嬢だ。
日本はエリートによるエリートのための国家になりつつある。凡人の僕は、喰らいつくに必死すぎて、ときどき泣きたくなった。




