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感情というもの





 とりあえず昨日のことはなかったことにした。

 その日は、よく晴れて心地よい風が吹いていた。



 ハルは、なに食わぬ顔で生き物係として中庭を渡る。そして、今日も花壇の様子を観察する。しばらくすると、クラス委員の仕事を終えた彼女もやってくる。


 水色の長い髪はサラサラと風に揺れてる。歩く姿は、気品を纏っていた。長い睫毛に、深い瞳は吸い込まれそうになるくらい透き通る。

 二人はしばらく、何の変化もない花壇を眺めていた。

 

 ふと、彼女は口を開く。



「聞いてもいいかしら?好きってどんな感情だと思う?」

「えっ?」

 聞き違いかな?

 ハルは押し黙る。


 その沈黙の後。

「好きの感情とは?」

「ええ、」

 特にギャグではないようだ。

 どう答えようか。


「彼氏がいるでしょ?神崎さんが彼にに抱いてる感情だよ。それが、好きってことじゃなないかな?」

「具体的には?」

 凄く難しいな。

 ハルは悩む。

「たとえば、かっこいいとか。素敵とか。ずっと一緒にいたいとか?かな」

「生憎とそんな感情は持ち合わせていない」

 その瞳はどこか冷たい。

 あれ?祐希くん?????


「祐貴くんて、彼氏だよね?」

「そうだが」

 んんんんん?????

「あっ」

「どうしたの?」


 あっ、わかった。

 神崎さん、祐希くんと喧嘩したんだ。なるほどねぇ。

 だからこんなこと聞くんだ。

 よし。


「好きってね、凄く難しいんだ。でもね、神崎さんにもきっとわかるよ」

 ハルは神崎さんを励ました。


「そんな日が来るだろうか?」

「きっと来るよ」




 だって好きって、本当に難しい。

 好きって感情は。

 ほんとは、教科書に、書いてあればいいのにね。




 神崎さんは続ける。

「たとえば、ラブレターに」

「うん?」

「君は美しいとたくさん書かれてある。美しいと好きになるのだろうか?」

「そうだね。人は美しいものが好きだからね。でも、きっとそれだけじゃないと思うよ」

「私は好きという感情はよくわかない。そんなものは役に立たないと思うから」

「そうかもしれないけど、でも好きって勇気になるだよ」


 

 神崎さんは僕を見ながら、何故か不思議な表情をしていた。


 たとえば、僕は君のクラスメイトでいたいな。それで、ちょっと話したり。笑ったり。それだけで僕の心は満たされる。


「でも何故そんなこと知りたがるの?」

「知りたいだ。人が持つ感情というものが」

「神崎さんも一緒だよ」

 ハルは少し不思議に思う。


「私はふりをしてるだけで、本当の私は感情なんて持ってない。とても冷たく、冷酷なんだよ。まるで氷みたいだわ」


 綺麗な瞳。青い深い色に溺れそう。

 

「そんなことないよ。それにきっと春がくれば心も解けていくよ。だからそんなこと言わないで欲しいな」

 

「春なんて来ないだろう?」

「この地球にもいつかまた来るかも。そのために僕ら今こうやって頑張っているんだ」







「君は変わっているな。蒼ハル」

 そう言った神崎さんの声はとても優しかった。









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