簡単なお仕事
雨がシトシト降っていた。
それは、濃い霧が立ち込める憂鬱な日だった。
「冬子様は?」
神室聖は誰もいない資料庫で、相馬ジュリに話しかけた。
「一人で帰られてた。たまにはそうしたいそうだ」
「お前こそ、任務はどうしたんだ?」
「俺は、祐希に頼んだ。スレイブの件で忙しいんだ」
相馬の顔が曇る。
「大丈夫なのか?」
「大丈夫もなにも?猫の餌くらい届けられるだろう?」
「そうだといいがな。ところで、スレイブはどうだ?」
「順調だとも。本当は奴らの細胞があれば簡単だったのだが」
「そうもいかんだろう。人をむやみに傷つけられない」
杜撰に縛られた資料の上にジュリは腰をかける。
「どう思う?」
問いを投げかける。
「何がだ」
「我々の今後だ。冬子様は、この地で余生をおくられるつもりかもしれないと思ってな」
「そうだな。でも、それの何が悪い。冬子様がそうしたいのなら、我々はついていくまでだ。個人的には、まだ諦めきれないのが本音だかな」
「それもそうだな。お前は両親は良い方だったから。叶うなら会いたいだろう」
「叶うならな……」
神室は手静かにジュリを見る。
「出来ることなら、復讐もしたいがな」
「わからないでもない。仲間を殺され、故郷を奪われた。私も時折考えるさ。しかし、武器もない。連絡手段もない。ましてや、船がない。戦おうにも、手も足も出ない。ここを安住の地として、生きていくのも悪い選択じゃない」
相馬は天井を眺める。
「確かにな。それに、いまがあるのも冬子様のおかげだ。こうやって呑気に学生をやっていられる」
「まあな…」
神室がため息を吐いた。
「ところで、スレイブについて聞いてもいいか?私はまだよく理解していない」
相馬が訊ねると、神室は指を空中を四角くをなぞる。
すると、うっすらブルー画面が現れる。
「世界共通認識の情報思念体だ。日本は僅かに加盟が遅れ、運用に手間取っているとのことだ」
「スレイブか……。まったく遅れた文明だな」
「これが、この星の最先端技術だ。だが、なかなか恐れ入るぞ。DNA適正データーが、巧妙に組み込まれている」
「どういうことだ?」
「優秀な者にしか扱えない代物になっている」
「使えない者はどうなる?」
「環境汚染の酷い星だ。使えない人間は段々と切り捨てられていくだろうな」
「なんとも不憫だな」
「そうだな」
神室は窓の外を見た。
「どうした?」
「いや、あいつ遅いなと思ってな……」
「猫の餌を運ぶだけの簡単な仕事だったな」
「ああ」
「だが、誰かに見られたりしたら困るぞ。ましてや、本人。碧ハルに見つかってしまったら、そこから冬子様のご指示だと推察されてしまうのではないか?」
「そうならないように、交代でこっそりやっているだろう。我々がそんなミスをするとでも思うか?」
「それもそうだな」
「だが、あいつも我々の端くれだ。心配ない」
その瞬間、二人の間に微妙な空気が流れた。
そんな重苦しい空気を吹っ飛ばす勢いで、資料庫のドアが開く。
バァァァン!!!!!!!
「顔を見られてしまった!!!!!」
祐希が勢いよく入って来た。
「どうにかしてくれ、神ぶぅろ????」
そして、勢いよく神室も祐希の整った顔を潰す。
「お前は、馬鹿なのか。毎度毎度、俺はお前のドラ〇エモンじゃないんだよ。ええ!!なぁ!!!!おい!!!!!」
そのやりとりをジュリは頭に手を当てる。




