美しい花
神崎冬子。
高校二年の一学期に編入してきた生徒である。
その姿はまるで天上の人のごとく美しかった。淡い水色の透き通るような長い髪。綺麗な海のように深い瞳。絹のようになめらかで白い肌。すらりとして、それでいて女性らしい体つき。
成績は常に学年トップ。運動神経も抜群である。
とても同じ人間だと思えない。
はじめこそ嫉妬のような眼差しを僅かに向けられてはいたが、彼女は素晴らしい人格者でもあって誰も彼もが皆すぐに虜になった。今、彼女に向けられるのは、羨望、信頼、尊敬だけである。
そして、いつの間にか取り巻きのような者が現れはじめた。その取り巻きさえ、スクールカーストの上位に入るような美男、美女や頭のよい者ばかり。
それゆえ、中の下の下のような俺にはもうすでに手の届かない存在である。だが、幸いにも俺はクラスメイトという特権を持っていた。窓際の席から彼女をご尊顔を拝むことは出来た。そして、今日も今日とて俺はチラリと彼女の横顔を見る。
ああ、綺麗だな。
その夜。また、また遅くなってしまった俺は、コンビニでクッキーとホットチョコレートを買って家に帰った。予想通りに妹がソファーでくつろいでいだ。
「おかえり、ハルちゃん。遅い、遅いよぉ」
「ごめん、ごめん」
ホットチョコレートの匂いを嗅ぎつけて妹が近寄って来た。
「私の大好物のホットチョコレートだ」
「クッキーもあるぞ」
「よかろう許す。それで、また天体観測だったの?」
「うん。澄み切っていて綺麗な星空だったぞ」
そう言いながら俺もソファーに腰を掛ける。
「ところで今日はどうだった?」
「今日も星が綺麗だったよ?」
俺はうっとりと答えた。
「じゃなくて、ハルちゃん告白できたの?」
「勿論、できなかった」
僕は堂々と答える。
「ハルちゃん……」
「違うんだよ!取り巻きがすごく貫禄があってな。近寄れないんだよ」
「うそだぁ。そんなに?」
「そんなにだよ。まるで護衛のように張り付てるんだ」
「そうなの?」
「そうなの」
僕の言ってることは事実である。
「じゃあさ、じゃあさ。手紙にしたら?ラブレター」
「それなら、いいかも」
それなら硝子細工のような心の僕にもできそうだ。
「じゃあ、書けたら私が添削してあげるから」
「んっ?なんでだ?」
「それは、私が妹だからよ」
「そういうものなのか?」
「そういうものなのよ、ハルちゃん」
にっこり妹は微笑んだ。
うちの妹がそうだと言うのだから、そうなのだろう。
「振られるのに、何故添削を?」
「振られるにしても、最低限の振られ方であってほしいという妹心よ。だって、ハルちゃんはその人と同じクラスなんでしょ?変な文章書いて、こいつキモ!って思われたくないでしょ?」
「そんなこと言われたら、不登校になる自信あるな」
振られるのは仕方ないとは言え、虫けらを見るような目で蔑まれたら立ち直れない。絶対にだ。
クッキーを口に含んでいるのて甘いはずなのに、苦いような気持になった。
許せされるならこのままでいたかった。
好きなままで、幸せだった。
だけど、この好きはドンドンと膨らんでいった。他のことがいつか手につかなくなるのは、自分でもわかってた。
だから妹はいつも正しい。
許されないなら、この幸せを壊してしまおう。
心が壊れてしまうまえに。