シンキングタイム
冬子は教室に残っていた。
恋人と一緒に。
そこには、恋人同士の甘い時間はない。重苦しい沈黙が流れている。机に座りながら冬子はやっと口を開く。
「なぜ、呼ばれたかわかっているわよね、祐希?」
「なんのことかわからないな、冬子」
「私のクラスメイトの碧ハルくんの頬が腫れていたわ。なぜかしら?」
「なんだ。そんなことか。冬子に近づく悪い虫は、俺が追っ払ってやってるんだ」
悪びれもせずに祐希は答える。
「それに、前に同じようなことをしたときは何も言わなかったじゃないか」
「そうね。あのときに注意すべきだったわ」
鋭い瞳は冷たく祐希を見据える。
そして、冬子は机から立ち上がった。
ゆっくりと、窓際にいる祐貴に近づいて両手で彼の頬にのばす。
「冬子?」
「それとね、祐希?二人っきりの時はなんて言うのか、忘れたの?」
冬子は顔を近づける。
「えっ?」
祐希は、冬子が静かに怒っていることに気が付く。
「冬子様と呼べと言っただろ」
「!!!!!!!!!!!!!!」
気が付いた瞬間、冬子の頭突きが炸裂した。
教室に鈍い嫌な音が響きわたる。
よろめいた祐希の制服ごと首を掴んで、そのまま腹に膝蹴りを喰らわせる。
「いっ!!!」
思わず言葉を失い、祐貴は床に崩れた。
「ふ、冬子様。申し訳ございまん。お許しくださいませ。ち、ちょっと待って下さい。マジ痛いです」
思わず祐希は腹を抱えてタンマをかける。
「当たり前だろ。本気で殴ったからな。肋骨へし折られなかっただけマシと思え」
「あっ、はい。慈悲深きお言葉有り難うございます」
「祐貴、お前の使命を言ってみろ」
「冬子様に近づく者を倒すことです」
冬子は眉を吊り上げた。
「違う。祐希、しばらく私の視界から消えてろ」
こんなに怒る冬子を、祐希は見たことがなく。青ざめた。
「お許し下さいませ」
教室のドアを壊れるほど強く閉めて、冬子は出て行ってしまった。
長いこと床に転がっていると、耳元に足音が聞こえる。
「なんだ。また、冬子様に怒られたのか?あれほど口を出すなと言ったのに」
祐貴はそのままの姿勢で唸る。
「出してない。手は出したけど」
「そうゆうところが、冬子様を怒らせたんだぞ」
「あら、この子。目から水出してるわ」
その足音は神室聖と相馬ジュリのものだった。
「もう。なんでいっつも俺ばっかり怒られるんだよ」
ゴロンと祐希は仰向けになる。
「それは、お前が馬鹿だからだ。お前の使命を言ってみろ」
寝ころんだ姿勢のまま祐希は答えた。
「冬子様に近づく者を倒すことだ」
「違う」
呆れたように神室は言った。
「冬子様の彼氏を演じつつ、冬子様のお命をお守りすることだ」
祐貴が顔を向ける。
「そうなのか?」
「そうなのか?じゃないだろが」
「前に、遠坂とかいう奴をボコッた時はなんなに怒らなかった」
相馬はしゃがんで、祐希をたしなめる。
「碧ハルは、クラスメイトで同じ係なのよ。冬子様は彼を気に入っていらっしゃる様子なのだ。余計なことをするな」
「なぜ、教えてくれなかったんだ」
「それは、お前が放課後に遊んでばかりいたからだ」
神室は少し眉を吊り上げる。
「もう、いいから。目と鼻から出てる液体を止めて、起き上がりなさい。女子生徒の憧れの的が、そんな姿で寝ころんでいたら幻滅されるわ」
「本当にな。一体、お前はそれはどういった原理なんだ?」
「不思議ね。私達は、涙など流したりしないのに」
「なんだよ、二人とも。俺だって大変なんだぞ。好きで彼氏やってるんじゃないよ。神室、お前がやればよかったじゃんか。それか、相馬が」
「私は生物学上、女だから無理だ」
「俺は、参謀だから忙しい。それに顔も運動神経もお前の方が良い。適任だ」
「うっ……」
「目から水止めろ」
「冬子様に近づくなと言われてしまった」
「とりなしてみるさ」
「私も冬子様をなだめておくわ。だから、しばらくは冬子様に近づかない事ね」
「わ、わかった」
「味方が少ない現状だ。お前のようなものでも、離脱されると困る」
ジュリが念押しする。
「離脱とかないよ。いまさら何処に行くんだよ」
「それもそうだな」
「まぁ、いつまでも落ち込むな。スレイブの実用を急げとの事だ。お前のDNAデータを少し搾取させてくれ」
神室はピンセットを取り出して、淡々と祐希に聞く。
「酷いぞ。お前等、言ってることが本当に酷いぞ」
「馬鹿を言うな。お前が、感受性が高すぎるだけだ」
神室が哀れみの目を向ける。
「祐希、我々も忙しいのだ。早く細胞を渡しなさい」
目から水を出しながら、キッと祐希は睨む。
「人でなし……」