生き物係
机に頼まれた教科書や資料を置く。
「サンキュウ、蒼。助かったよ」
「いえ」
「ところで、お前の部活に入ってなかったよな?」
若い担任は、めちゃくちゃ笑顔で僕の顔を覗き込んでくる。
「嫌な予感がする」
「おいおい、蒼。口に出てるぞ」
「生き物係?ですか?」
「そうだ。お前、頼まれてくれないか?」
僕はその頼み事に首を傾げた。
何故ならここは進学校だ。
そんな僕の表情を読み取ってか、担任は慌てて説明する。
「あっ、いやね。もちろん、うちの学校は進学校だ。それはわかってるって、ハムスターの世話をしろって言ってるんじゃないぞ。勉強が一番だ。だが、日本政府の方針でそういう機会に触れ合うのはどうかと?実験的にデータが欲しいそうだ。そう、たとえば。花を育てたりだ。学校に使ってない花壇あっただろう?ちょっとやってみてくれないか?形だけでいいんだ」
なんてめんどくさい。
家で勉強した方がマシだ。
「花なんて咲かないですよ」
「わかってるさ。それでも頼むよ?」
僕は渋った。
「内申点を二割増し」
「やります」
二つ返事で引き受けた。
「よっしゃ」
担任はガッツポーズを作った。
「いや、助かるよ。何人か声かけたんだんけど断れちゃって」
そりゃ、僕みたいな普通の人でなければ難しいだろう。内申点を、高額の寄付でサラッと買ってしまう者も多い学校だから。
「ちなみに、クラス委員にも声を掛けたが断られた」
僕はドキッとした。
「断られたんですよね?」
僕は平静を装って聞く。
「そうそう。勉強に専念したいそうだ。まぁ、ていのいい言いい断り文句だな」
よかった、と僕は心の中でホッと呟いた。
呟いたのに。
あれ?????????
場面は戻って、花壇の前に立ち尽くす僕は思った。
なんでいるの?????????
神崎冬子???????????
二人揃って動かない。気まずい沈黙が流れる。
「スコップ持つわ」
先に口を開いたのは、神崎さんだった。
「い、いや。僕が持つよ」
まさか、このスコップを渡した瞬間に撲殺??????
そんなわけないよね????
よね????
「じゃあ、さっさと終わらせようか」
ハルは、不自然に笑った。
うん、そうだ。
早く終わらせて帰ろう、家に。
「担任の話は詳しく聞いてないわ。碧くんに聞くようにと言われたの」
「そ、そう」
神崎さんは、いつもより淡々と冷たい感じだった。
「花を植えて育てるんだよ」
「花を?」
僕はからポケットから球根を出して、彼女に見せる。
「これはね、チューリップの球根だよ」
「チューリップ?」
なじみのない花かもしれない。
僕はそう思って、空中に指で四角形を書いた。
薄いブルーの膜が出来て画面になる。
「スレイブ!チューリップの画像」
画面には美しい、赤、黄色、ピンク、色とりどりのチューリップが映る。
「これが、チューリップ?」
「そうだよ、これを今から育てるんだ」
僕は花壇に座って、軽く土をならしてスコップで穴を掘った。球根をその中に置いて、手で土をかぶせる。その様子を不思議そうに見ていた。
「君もやる?」
彼女は静かに目を伏せた。
「やらないわ。手が汚れる」
それはツンなやつだな。うん。
あの雨の日の神崎さんを思い出す。
「そうだね、それがいい」
そして、僕は残りの球根も埋める。
作業が終わって、やることがなくなった。
「嫌だったら。生き物係は僕がやるから大丈夫だよ。神崎さんはクラス委員で忙しいと思うから」
少しばかり彼女の眉が吊り上がった気がした。
「碧くんは私がいると嫌?」
冷たい声で彼女が言う。
ああ、そういうこと。神崎さんは僕のこと見張っているのか。
「嫌じゃないよ」
そういうことなら、彼女の好きにさせておこう。
だって、僕は誰にも言わないもの。
「なら、明日も来るわ」
そう言って、神崎さんは鞄を手に取って帰って行く。
「あっ、神崎さん」
呼びかけると彼女は立ち止まってくれた。
「あとね。雨の日、あの日、叩いてごめんね」
気まずそうに僕はぎこちなく謝った。
いままで、冷たい空気をまとっていた神崎さんは、僅かに僕に微笑んでくれた。
ような気がした。
だけかもしれない。