たとえば
相馬ジュリは見てしまった。
教室から飛び出す少年の後ろ姿を。
あれは確か、冬子様のクラスメイト。
「冬子様」
暗くなった教室に入って、声をかける。
「ジュリか」
「はい。お待ちしておりましたが、遅いので様子を伺いにまいりました」
「そうか」
冬子は沈んだ声で返事をした。
「あの、少年?クラスメイトと何かありましたか?」
「特になにもない……」
「もし必要でしたら、処分しておきますが?」
「余計なことするな」
その目は全てが凍てつような暗く恐ろしいものだった。
ジュリは思わず跪く。
「申し訳ありません。差し出がましい真似をお許し下さいませ」
冬子は目を伏せた。
「よい。それより聞きたいことがる。帰りながら話そう」
「はっ」
姿勢よくジュリは立ち上がった。そして、冬子の鞄を持ち、僅かに離れて後に続く。
冬子は私案しながら言葉を選んだ。
「もしもの話なのだが……」
「はい」
「私の正体を気付く者がいたらどうする?」
「はい、殺します」
冬子は思案して、もう一度言葉を選ぶ。
「私の正体を怪しく思うクラスメイトがいたらどうする?殺す以外で」
「それは、複数でしょうか?」
「いや」
「でしたら、そのままに」
淡々とジュリは言う。
「なぜだ?」
冬子は眉を顰めた。
「冬子様は才色兼備で人望も厚く、クラス委員も務めてらっしゃいます。その一人が、何を言ったところで、誰も気にも止めないでしょう」
「そ、そうか。そうであるな」
「はい」
「心配になって問いただしたり、口止めなどといった行為は………」
「逆効果かと」
ジュリは冬子を見る。
「よい」
話せと冬子は諭す。
「たとえばの話ですが。冬子様のよう普段お優しい方に、突然に問い詰められたら恐ろしく思います」
「なぜだ?」
「冬子様はとても美しい顔をしてらっしゃるので、怖さが引き立つかと。その氷のような目でい抜かれれば、人は恐怖を覚え逃げ出したくもなるでしょう。それは、彼らには耐え難い苦痛でしょう」
「そうか?」
冬子は冷静を装いつつ、かなりの衝撃で動揺していた。
「では、すればよかったと思う?」
「何もしなければ、よかったのでは?」
そうだな。お前のいう通りだな。もう遅いじゃないか。無表情とは裏腹に、冬子は心の中で絶叫していた。
「なぜ止めに入ってくれなかった」
「はい、校門前で待機せよとのご命令でしたので」
冬子は黙る。
「だな……。すまない」
「いえ」
ジュリは、冬子を見る。
「たとえばの話ですよね」
「ああ、そうだったな」
冬子とジュリは二人で学校の廊下を歩く。
「その、たとえばなのだか。そいつに嫌われてしまったのならどうする?」
「どうしようもございません。我々の事情を理解してもらうことなど到底不可能ですから。彼とは距離を置いて、接するのがよいと思います」
「距離は置くべきなのか?」
「嫌われていますので、自然とそのようになります」
「そ、そうか」
動揺しながら、冬子は返事をする。
「たとえばの話だが……」
「はい」
「仲直りは出来ないものだろうか?」
「無理でしょう。冬子様は嫌われていらっしゃいます」
ジュリはそう言いながら、すれ違った少年の目は兎のように赤かった。
「冬子様」
「なんだ?」
「これは、たとえば話ですよね?」
「ああ、たとえばの話だ」
颯爽と冬子は道を歩く。
目の前には、ずらずらと親衛隊が並び、うやうやしく冬子を出迎える。
冬子は決めた。
彼には近づかない。
それは、優しい彼を傷つけた罰だ。
なぜなら、私は神崎冬子。
彼等を束ねるクイーンだ。
情けない顔などできるわけがなかった。