パラダイムシフト
満面の笑みで渡された袋の中には、パンや飲み物。ほかにもお菓子のようなものが入っていた。
「これは?」
「君のだよ」
私はその時、とても変な表情をしていたと思う。
「いらない」
「困ったときは、お互いさまだよ」
全く会話になってない。
「そうだ、向こうに公園があるんだ。そこで食べよう。人目もないし」
「君は馬鹿か。そんなことして、身ぐるみ剥がされても知らないぞ」
私は、少し警戒するように低い声を出す。
「それでも、いいよ。君が物を盗むよりずっといい」
その優しい表情に、私は頭を鈍器で殴られたような衝撃を受けた。
「困ったときは助けて合えばいいんだよ」
そっと私の手を掴んで、彼はゆっくり歩き出した。
「幻想だな。そんな考えは」
「そうだね。でも、できるかぎりそうやって生きてみたいよ僕は」
真っ暗な夜道。
街灯は、僅かにあるだけ。
それでも彼の歩く道はキラキラ光ってるように見えた。
袋からパンを一つ取り出して彼は食べる。そして、残りは全部私にくれた。
「好きなものを食べたらいいよ。あとで食べてもいいよ」
私達は、公園のブランコに腰かけた。
「外国の人?綺麗な色の瞳だね」
「そうか。まぁ、そうだな」
私は帽子を深く被りなおした。自分の顔が目立つというならば、隠しておいたほうがよいだろう。
「ところで、君は何を食べている?」
「メロンパンだよ」
半分に割った物を私に差し出す。
お腹は空いていない。ただ食料を盗もうとしたのは、さすがに、半年、一年何も栄養を摂取しないと死んでしまう可能性があったからだ。
「お金はないぞ」
私はまだ警戒を解かない。
「知ってる。僕が食べて欲しいんだ」
「そうか」
私はそれを手に取った。彼の顔色を見ながらパンを食べた。
「甘いな」
「メロンパンだからね。甘いものって幸せな気分になるからいいよね」
「こんなことをして君に特はないぞ」
「いいんだ。今日はいいことがあったから人に優しくしたいんだ」
残念ながら私は人ではないが、彼は知るよしもない。
「いいこととは?」
「要塞都市アトランティスに行くことが決まったんだ。そこで学校に入学時する予定なんだ。まだ先なんだけどね」
「がっこう?とは」
「勉学を学んだり、遊んだりするところだよ」
「学ぶ?それは誰でも行けるのか?」
「ちょっと、難しいかな。まず適性検査でランクを出さなきゃだから。でも可能性は誰にだってあるよ。君も受けてみなよ」
「そうだな。ところでその学校に行けるのが、何故そんなに嬉しいのか?」
彼はそこではじめて複雑そうな顔をした。
「授業料も免除される。いい成績を残したものはそのまま就職出来る。将来を約束されてるからね。本当は、地球を救うためとか言いたいけど」
「いや、いいんじゃないか」
「とても人間らしい。聖人君子じゃなくて安心したよ」
「でも、地球を救う仕事に就くのはほんとだよ」
「そうだな。それはいい。この星の空気は不味くてたまらんからな」
「だよね。僕が大人になる頃には、少しは良くなってるといいんだけど」
二人はそのまま黙って空を見ていた。
「ところで、君は何故困っているの?」
「そうだな。住むどころもないし、お金もない。この場所の知識も常識もない。何をすればよいのかわからない」
私は馬鹿だ。
なぜ話してしまったのだろう。
「そうだね、外人さんみたいだからね」
少し思案しているようだった。
「まず。僕の靴をあげるよ。サイズが合うがわらないけど。裸足だと目立つからね。あと、お金は手を持ちで良かったら僕のあげる」
「君は馬鹿か?」
真剣にそう思った。
「馬鹿じゃないよ。蒼ハルだよ」
「あと、役所に行って住民登録。それから、学校かな」
「学校というのはそんなに大事か?」
「この国じゃ、成人するまで働けないからね。学校の種類で給付金や奨学金も出るわけだしね」
「では、親がいないと話にならん」
「そうゆう人もいるから。身元保証人って制度もあるよ」
「そうなのか?」
「うん」
こんな我々の保証人になってくれるものなどあるのだろうか。
「なんとも生きにくい社会だな」
「まぁ、そうだね。でも少子化で子供は大切にされることが多いから保証人になってくれる人も多いよ。お金持ちの資産家とか。それで気に入った子供は養子したりとかね」
苦笑いしながら彼は笑った。
「そうか。じゃあ、迷惑ついでに悪いのだが。その学校とやらのシステムとこの国。日本と言ったか。この国のこと。あと、この国の権力者達のことを教えて貰えると助かる。君に何の特もないがな」
こんなにも図々しい私に、彼は一晩中いろんなことを話してくれた。なんというお人好しかと思った。
彼が楽しそうに話すのを聞きながら、私もそのアトランティスという都市に行ってみたくなった。そして、同じように学校に通えたらどんなに楽しいだろうと思った。
あの日の出来事を忘れたことなど一度もなかった。