夢じゃない
僕は白昼夢を見ていたのではないかと思った。
恐る恐る学校に来てみれば、いつもの学校の。いつもの教室だった。
遠坂に挨拶をする。「風邪かよ。ダセェな」と言われながら自分の席に着く。そして、教室には神崎冬子の姿もあった。
バチンッ。
電流が走ったような衝撃。
そして、彼女と目が合った。
「碧くん、おはよう」
「お、おは、おは、はよう」
動揺のあまり言えてない。
それを見ていた遠坂が、僕をプププと笑う。
「なんだよ、意識するなよ。どんまい」
「してないよ」
たた混乱してるだけだ。
彼女に、ビンダをかましてしまったというか、つまりは彼女に嫌われてしまったというか。何が何だかわからない。告白する前に振られたようなものだ。
「まぁ、クヨクヨすんなって」
笑いながら遠坂は俺の背中を叩いた。
気にしてない。
気になんかしてない。
僕はいつも通りだ。
そして、彼女はいつも通り過ぎだった。
いつも通りに学校の授業が始まり、いつもどおり終わった。
あまりにも、普通の日常。
神崎さんの様子が普通だったので、僕は考えた。昨日のあれは夢だったのではないか?そうだ、僕は白昼夢でも見ていたのかもしれない。うん。そうだ、夢だったんだ。
いやいやいや。
だったら、家にいるオリオンはどうなんだ?ってことになる。
「気になるよ」
本当は知りたかった。何故、神崎さんがあんなことをしたのか。何を思っていたのか。でも、僕と彼女はすごく遠くて。そう、ただのクラスメイト。だから、やっぱり聞けなかった。
「おっとと、そんなこと考えている場合じゃない」
僕は遠坂に頼んで、昨日の授業のノートを貸してもらっている。そして今、懸命にノートを写しているところだ。さすが、進学校だ。進みが早い。
家に帰ると妹もオリオンもいる。学校で残ってやった方がいい。そう思って僕はノートを書き写す。
それからどのくらいたっただろうか?
ノートに影が落ちた。
「んっ?」
見えない。そう思い、顔を上げた。
そこには、美しい少女が立っていた。
神崎冬子。その人だ。
ただ静かに僕を見つめていた。
「!!!」
驚きと共に僕は立ち上がる。
「か、神崎さん。なぜ此処に?」
彼女は喋らない。その深い青い瞳に僕を写す。
「クラス委員の仕事で遅くなったの?」
と、僕は口を開く。
「昨日……」
僕の心臓は跳ねた。
「昨日?」
彼女は静かに語りかける。
「昨日見たでしょ?」
それは無言の圧力のようだった。
「何を?」
白い絹のような指先が、ゆっくりと僕に伸びてくる。
何て言うのが正解なのかわからなくて、僕は後ろに少し後ずさった。
透き通る目が僕を覗き込んでくる。
「私が猫を水路に落としたところ」
ああ、やっぱり夢じゃなかったか。
「見たけど……。僕、誰にも……」
言わない。言っても誰も信じない。
何て言えばいいのか?
彼女に言うべき言葉が見つからなくて、僕はまた後ろに下がった。
その時。
ガタンッ!!!!!!!!!!!!
物凄い音がした。
それは、僕が教室の後ろのドアに叩きつけられた音だった。
彼女の細い指先が、僕の首を掴んで叩きつけたのだ。
「??????」
痛みよりも、混乱の方が大きかった。
わからなかった。状況がよく飲み込めない。
僕が言いふらすと思ったのか、それとも僕は後ろに下がり過ぎたので、逃げると思ったのか。
「もしも……」
重い沈黙がしばらく続き、彼女はやっと口を開いた。
「もし、昨日のことを」
僕の首にありえない力がかかる。
美しい少女は、そっと囁く。
耳元に。はっきりと、僕に聞こえるように彼女は言った。
「昨日のことを、誰かに話したら。あなたを殺すわ」
衝撃の言葉だった。