第二章 束の間の休息に
まずい。とっても、非常に、かなりまずい。僕はすっかり忘れていたことがある。いや、最近いろいろ大変だったからという言い訳は駄目だろうね。だって小さい頃の話だし。まあ、それでも偶然会うなんてことはないだろうと心のどこかで思い込んでいたらしい。非常に浅はかだったね。きちんと覚えていたなら、絶対に会わないなんてことがあり得ないって分かったはずなんだよ。だって、今のこの国に来たら絶対に会わずにはいられない。だって彼女は……
第二章 束の間の休息に
洞窟を抜けてロワールに着いた俺達は、出口付近にいた見張りの人達に連れられて非常に遅い歩みで各所を案内されている。歩きながらいろいろ質問されたが、別に不審者として扱われているわけじゃないらしい。この人たちが言うには、会ってほしい人がいるが失礼な物を見せてしまうわけにはいかないからゆっくり歩いてくれとかなんとか。うん、全く意味が分からない。
「確かに気になりますね。」
リリィクが俺の表情を見て呟く。
「……いや……うん、大丈夫大丈夫……」
ゼオは洞窟の出口辺りから一人でブツブツと喋ってる。骨を繋ぎ止めているスライムは問題なく付いているようだが、流石にずっと独り言を聞いているのは怖い。
ちょっとそこから意識を逸らす為に周りの風景を見渡す。町並みは和風で、どことなく俺の故郷・陽の守の国の昔の風景に似ている。
「おや、この国は初めてですか?何か珍しい物でも?案内しましょうか?遠慮せずに仰ってください。」
「あ、いえ、少し故郷の風景に似てるなぁ、と思っただけなのでそのまま行きましょう。」
何だか気になる物があればそこに連れていかれて時間潰しでもさせられそうだ。どれだけゆっくり行かせるつもりだよ。
「……よし、そろそろ良いだろう。」
「では、先に行って待ってます」
「ああ、頼んだぞ。」
何やらこそこそと耳打ちを始めるが、距離が近いからしっかり聞こえてしまう。聞こえないふりでもした方がいいんだろうか?なんて考えていたら一人が奥の大きな屋敷に駆け込んでいく。その直後、
「あああっ!何やってるんですか!?お客様来てるって言ったでしょう!?せめて着替えてくださいっ!」
「んぇ~、めんどくさいじゃん。誰が来てるか知らないけど、アタシはもっとゆっくりしてたいの。」
「バーゼッタから!リリィク姫様と!魔道砲使いの方と!あと、ガルマンドのバスラ様です!」
ドタバタと走り回る音と、何でもっと早く言わないの!?という叫び声。大層賑やかだ。
「あ、まずい、名前伝わっちゃった……いや、まだ名字だけだし僕じゃないと思って……おねがい……」
「ゼオ?」
ゼオの様子がさらにおかしくなっていく。流石に気になりすぎるので問い質そうとしたところで、残った人たちが少々ひきつった笑いを浮かべながら
「あ、あはは、多分もう大丈夫だと思うので行きましょう」
そう言って屋敷に入るよう促してきたので、一先ず後回しにして門をくぐる。どうでもいいけどかなり立派な門だなと思った。
「履物はこちらで」
「あ、大丈夫です。わかります。」
武家屋敷といった感じだ。玄関で靴を脱ぎ板張りの廊下を奥まで案内される。通された部屋の奥には女性が一人正座をして待っていた。
「よ、ようこそおいでくださりました?わわ、わたくし、ろわーるしゅごきこーだんのふくだんちょーをやらせていただいておりま……す……?おり……おりまする?……あってる?」
「あ、、皆様どうぞ気にせずにお入りください。こちらの今神妙な面持ちで挨拶の練習をされていらっしゃいますのが、我らがロワール近衛守護気功団の副団長を務めております『ロワーリア・リカステドラータ・ベイアード』様です。ほら、お客様ですよ。挨拶ぐらいちゃんとしてくださいよ副団長。」
こちらに気付いていなかったのか、部屋の中にすでに入っていた俺達を見て物凄く驚いた表情で案内の人を睨む。
「もう来てるじゃん!通す前にちゃんと言ってよ!」
「はあ、リカステドラータ様だしいいかなと……」
「んぁっ、なんで皆そうやってアタシのこと軽く見るかな!?あとカスタードって可愛く呼んでって何度も……あっ……ごめんね、すぐお茶持ってこさせるから座って座って。」
畳の上に座布団が敷いてある。俺は慣れているわけじゃないが、まあ、正座でいけるだろう。リリィクもその辺りは大丈夫のようだ。
「ぼ、僕は立っていようかなぁ……」
ゼオはそわそわして何故か座ろうとしない。
「ああ、まだ脚の状態が分からないからその方がいいかもな。」
「そ、そうそう、無理矢理くっ付けたとはいえ骨が砕けてたわけだし座るの怖いなぁって……」
人が気を使って脚の心配をしてやったのに、何か違う理由がありそうだ。妙によそよそしい。
「ふぅん、そう。じゃあ立っとくといいよ、ねえバスラさん。」
何やら不満そうな顔でゼオをじっと見ているが、顔見知りなんだろうか?
「まあ、それは置いといて、ロワールへようこそ。こっちも色々込み入ってて、実際そっちで何が起きてるのかとかぼんやりとしか把握できてないんだよね。詳しく教えてよ。」
俺達は軽く自己紹介を済ませ、城で起きた出来事から洞窟を抜けるまでの詳しい話を聞かせた。
しかし、この女性さっきまで寝てたんだろうな。髪の毛は一応サイドテールにまとめてはいるが、ところどころ寝癖の激しい場所がある。慌てて着替えたんだろう、襟も少々歪んでいる。
「ふむふむ、なるほどねぇ。だいたい把握したよ。あと、起きたばっかりで寝癖とか恥ずかしいからじっくり見るな!」
やっぱり寝てたらしい。手で必死に抑えながら話を続けようとする。
「襟も歪んでるよ。とりあえず一度直して来たまえよ。」
「おやぁ?アタシに指図するなんて……いいのかなぁ、バスラさん?」
「別に、君がだらしないままでもいいならそのまま続けたまえよ……」
ゼオは終始目を合わせないようにしている。絶対この二人何かあるだろ……
「後で問い詰めましょう……」
「ああ、そうだな……」
「何?内緒話?別にいいけど、こっちの状況も少し話しとくね。」
どうやらロワールも混乱の最中にあるらしい。そういえば機械人形が言っていたな、現在団長引き継ぎを巡って何か起こっていると。
「うちの団長が結構な歳でさ、後継者問題をどうするかでずっと前からもめてたんだよね。でも、少し前に雷龍様のお社に行く道で大きな落石事故があってね、団長が下敷きになって死んじゃったんだよ。そうなると緊急事態だし、一時的かもしれないけど副団長が継がないといけないじゃん?まあ、実力的にも流れるままにアタシになるもんだと思ってたんだけど、なんか妙なやつが出しゃばってきてさぁ……」
副団長は彼女ともう一人、合わせて二人いるそうで、周囲の評価やら実力の面やらでは間違いなく彼女がそのまま継ぐことになるだろうという流れだったそうだが横槍が入ったようだ。それがもう一人の副団長『ルンナ・リルケー』を推すリクシーケルンの一派、との事だ。
ガルバルトに聞いていたパーキュリスではないが、状況をかき乱そうとしている点から見て、もしかしたらこのリクシーケルンがストラーの刺客かもしれない。リカステドラータとリリィクはどうやら随分前から交流があるようだし彼女は違うだろう。そしてその彼女の話ではルンナ・リルケーはこのことには乗り気でないらしく、事あるごとにリカステドラータに譲ろうと意思を表明してはいるが周りの声を抑え込めないでいるらしい。気の弱い性格だそうだ。ルンナ・リルケー……一度話ができれば何か掴めるかもしれない。
「ところで、リカステドラータさん……」
「カスタードって呼んで。可愛く呼んで。」
「か、カスタードさん……?」
「さん付けないで、あと君はもっと気さくに話してよ。リリちゃんが堅苦しいのは分かってるから諦めてるけどさ。あんまり畏まられると肩がこっちゃう。元々肩こりやすい体型してるんだからその辺りは配慮してほしいじゃん?」
……そ、それは、その豊かな胸部関係の話でございますでしょうか?たしかにこれは……ここまでの立派なものであれば肩もこるだろう……ゴクリ……
「勇人、貴方……」
いかん、これはきっと顔に出てる!話を逸らそう。
「カスタード、俺の父さん、霧払いの使徒は何処に?」
「んふふ、顔真っ赤だよ?まあ、話逸らしたいみたいだし応えてあげようかな。使徒様は雷龍様のお社だよ、キリくん。」
「……キリくん?まあいいけど、出来ればすぐ父さんには会っておきたいんだが……」
ようやく近くまで来たんだ、一度は会って話しておかなければ気がすまない。
「ん~、キリくん、さっきのアタシの話聞いてた?落石事故があったって言ったじゃん?あれのせいで完全に通れないんだよね。まあ、お二人ともちょっとやそっとじゃ死にはしないからこっちも根気強く岩の除去作業は続けてるけどさぁ、なーんかおかしいんだよねぇ。リクシーケルンのやつ、何故かそれよりもアタシとルンナのどっちが団長になるか継承戦をするべきだとか言い出すし、それについて言い争ってたココさんは行方不明になるし……」
「ちょ、ちょっと待ってくださいカスタード。何かあったとは思っていましたが、行方不明とは……!?」
「んぁ、ごめんごめん、これを最初に言わなくちゃいけなかった。あの人、いなくなっちゃったんだよ、四日前の朝に忽然と。すぐに連絡したかったんだけど、通信装置も通信魔法も何故かまったく反応してくれなくてさ。何人かそっちに向かわせようとしたんだけど、そのタイミングでそっちも大変なことになっちゃったみたいで一先ず捜索優先にして派遣は保留にしてたんだよ。完全に外交問題なんだけど、もうホントに色んな事ありすぎて、皆頑張ってくれてるけど何にも解決しなくてさ……ごめん……」
はぁ、と長いため息。そのタイミングでさっきの人がお茶とお菓子を持って戻ってきた。
「あ、お饅頭~。」
「駄目です。」
カスタードが伸ばす手をピシャリとはたくと、俺達の前に丁寧に並べていく。
「どうぞ、お召し上がりください。リカステドラータ様はさっきまで串団子を食べながら寝ておいででしたので与えないでください。」
「は、はあ、いただきます……」
食べながら寝るって……串が刺さらないか?
「うわぁん、アタシだって食べたい!ずるい!」
その言葉は聞き届けられず、お茶を持って来た人はそそくさと退散してしまった。……この人本当に偉い人なんだろうか?なんだかガルオムよりもひどいような……
「勇人、心配いりませんよ。カスタードは出来る子です。」
「うんうん、リリちゃんはよく分ってるねぇ。お姉さんはとっても嬉しいですのでちょっとお饅頭分けてほしいなぁ……ってもう無くなってるじゃん!?はやっ!」
「はい、ごちそうさまでした。」
視線がこちらに動いて来るのが分かる。
「じゃあキリくん……はぁっ!?」
だが、すまない。俺も何かを察して素早く食べてしまっていたんだ。うん、とてもおいしかったです。
「ぐぬぬ、君達はなんて意地悪なんだ……アタシだって毎日団長の代わりに頑張ってるんだから少しぐらい労ってくれてもいいじゃん…………いいじゃん……」
そのまま土下座のような体勢で畳をバシバシ叩きだす。今度機会があったら何か差し入れしてあげよう。
「うう、とりあえずお腹すいたからここまでにしよう。誰かがここに泊まれるように準備してくれてるはずだから案内させるね。ゆっくりしていってよ。後でまたたくさん話そうね。」
「あっ、お話し終わりましたか?それではお部屋の方にご案内いたします。付いて来てください。あと、お食事はまだですのでもう少し耐えてください。」
案内の人は素早く部屋に入って来るとさっさと俺達を連れて行こうとする。ううむ、素早い。きっと外で様子を窺ってたんだろうな。
「ぐぇ~、そんなぁ……。いいよ、我慢する……ちゃんと我慢するからそこのさっきから一言も発してなかったバスラさんは残って。」
「えっ!なんで僕!?嫌だよ!」
「拒否したらご飯あげない。」
「では、後でお迎えに上がります。それでは……ほら、お二人とも早く早く。」
「あ、ああ……」
何でこんなに急かされるんだろうか?これじゃあ、あの二人の関係がますます気になってしまう。
「そうでしょう、そうでしょうとも!ご安心ください魔道砲殿、ささ、こちらに……あ、音は立てないよう気を付けてください。」
何故か床下に案内される。ここが泊まる所というわけじゃなさそうだ。俺の考えが伝わったのか、それとも最初からそのつもりだったのか分からないが、どうやらここでこっそり盗み聞きをしようということなのだ。暗闇の向こうには屋敷の前まで案内してくれた人たちも含めて結構な人数が控えていた。……この国大丈夫か?
「問い詰める手間が省けたということで……良しとしましょうか……」
リリィクは少し呆れたように呟きながらも俺の横で聞き耳を立てていた。




