第一章 強襲 5
【バーゼッタ付近・森】
「王からの指令が届いた。皆分かっているとは思うが、改めて任務について確認しておこう。」
ワイズマン隊長の言葉に休憩を取っていた兵士達が緊張した面持ちで耳を傾ける。
ここは森の外れ、バーゼッタからはそれほど離れていないが、勇人達が通った場所からは少々離れている。彼らは騒乱の折に脱出していたが、半数以上が傀儡の魔法により脱落しており思うように動けてはいなかった。
「やはり、ストリアに成り代わっていたトーマは幻影のようだ。我々の任務は本体の捜索だが、相手の動向は逐一とはいかずとも把握しておかなくてはいけない。王の見立てでは幻影を維持できるのは一体のみ。どこに現れるか分からないという点が一番厄介だろう。だが、事前の予兆なしで現れることはないと推測する。どんな魔法であってもエーテルの揺らぎは存在するからだ。」
「そこは我々がカバーします。」
一部の兵士達が声を上げる。彼らは感知魔法に優れる者たちなのだろう。ワイズマン隊長も頷いて「頼んだぞ」と声を掛ける。
「潜伏場所についてはこの森のどこかだという機械人形の分析結果がある。ガルマンドを先に落とし尚且つバーゼッタに攻め込んできた状況を見るに森の北方中心部付近、賢者様の小屋付近やロワール側はないと思っていいだろう。人数は減ってしまったがなんとか捜し出すしかない。三人一組で動こう。感知魔法が得意な者は各隊に一人ずつ、もし不安なら先に申し出てくれ。連絡手段は通信魔法の発動とラトラの通信装置、全員抜かりないな?……よし、組み合わせはこちらで決める。もうしばらくゆっくり休んでくれ。」
先程よりも些か張りつめた空気のようなものを醸し出しながら兵士達は休憩に戻る。
「ところで隊長、王からは何と?」
「ん?幻影の数と任務内容の再確認ぐらいだ。捕らえられて動けない状況だからそれぐらいしか伝えることが無いんだとさ。」
ついでに「全員生きて帰れ」と書いてあったが、もう既に一人犠牲になってしまっていたからか彼は伝えることはしなかった。
城を脱出してすぐのこと、森の奥から迂回して合流するルートを通っていた者数名からの通信が途絶えた。夜が明けて一人を除いて合流を果たしたが、恐ろしい物を見たのか震えが止まらず状況を確認するのに少し時間がかかってしまっていた。
端的に言うと、森の奥で彼らは拷腕のアントラメリアに遭遇し一人がその餌食になったということになる。刺して、切って、千切って、炙って……それでもなお抵抗し続ける様に彼女は強酸性の液体に浸して死の観測を続けた。なんとか助けようとしていた他の者達も、その状況と次の獲物だと言わんばかりに視線を向けられたことで完全に戦意を喪失、蜘蛛の子を散らすかのように逃げ出した。無我夢中で逃げた彼等が無事合流できたのは奇跡だったと言えるだろう。偶然バーゼッタの方に逃げたから助かった。ロワールの方に逃げていたら霧四肢と勇人達の戦いに巻き込まれていたかもしれないし、アントラメリアに追い付かれていたかもしれない。
「まさか、森の奥にあんなのが居るとはな……」
森の賢者・アルシアでさえ把握していなかった存在。もっとも彼女は森に住んでいるだけであって、森全体を掌握しているわけではないため知らなくて当然とも言える。エーテルの制御が出来ないほどに弱ってしまっている状態では感知や索敵の魔法を使うのすら難しい事なのだろうから……
「隊長、ラトラのキサラギと接触できたのは幸運でしたね。」
「ああ、彼の情報がなければ更に犠牲が出ていたかもしれないからな。」
情報がなければ捜索隊を編成してアントラメリアを追うつもりだったのだ。そうなれば一人、また一人と数を減らしていっただろう。
「しかし、あれが向かった先がロワール方面なのが不安でなりません。姫様やキリハラ殿はたしか……」
「ああ、だが今の俺達が助けに行っても返り討ちにあうだけだ。心配なのは間違いないが、彼等なら大丈夫だと信じている。防御魔法なら姫様に勝てる者はここにはいない。キリハラにも十分な訓練はしてやったつもりだ。何より彼には魔道砲がある。心許ないがバスラ・ゼオも同行している。きっと切り抜けてロワールに助力を仰いでくれるはずだ。それに、トーマの目があちらに向いているなら好都合、我々の最優先事項は奴の本体を捜すことだ。」
もう少し人員が残っていたなら勇人達を助けに向かわせることも出来ただろう。だが、今の状況、半数以上が脱落し、更にアントラメリアの狂気に触れてしまった者も多数いる状況でこれ以上人員を割くことは難しかった。彼らが無事帰って来た時にこちらの問題も解決できていれば全ては丸く収まる。そう信じて動くしかないのだ。
「さあ、悩んでいる暇はないぞ。俺達も全力を尽くす!」
ワイズマン隊長が気合を入れると、皆思い思いの方法でそれに続く。
組み合わせも決まって捜索へと赴く彼らを見ながら、我々が彼らに関して情報を共有するのはしばらく間を置いてからでもいいだろうという結論に至った。いずれまた事が大きく動く時に共有を開始したい。
さて、ロワールへ向かう方の彼らは果たして無事に辿り付いてくれるだろうか?舞台は既に整えてある。我々の中の私はメインキャストの到着をここで待つばかりだ。




