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第一章 強襲 4

【洞窟の隠れ家】





「おっ、来たか。災難だったな、君達。しかし、あいつに狙われて生き残れたのは幸運だった。偶然とはいえあの蛇に感謝しないとな。」


 穴の奥には初老の男性がいた。その空間は洞窟でありながら完全に居住スペースに作りかえられている。真ん中では火が焚かれお湯が沸いているし、奥の方には蛍輝岩をうまく配置して作り上げられた農園のようなものも見える。上の方のくり抜かれた空間は寝床だろうか?焚き火を囲むように配置された岩の椅子には座布団のような物まで設置されている。


「君達のことはよく知っている。まあ、座るといい。お茶でも出そう。」


 よく知っていると言われて警戒しないわけにはいかないが、鋭い眼光に圧されて三人とも大人しく座ってしまう。


「最初に言っておくが、私は君達から見れば敵側に当たることになる。流体のガルバルト、トーマ達からはそう呼ばれているしストラーによって生み出されたのは間違いないが、あちらに与するつもりは毛頭ないから安心してくれていい。」


 そう言いながら差し出された飲み物を受け取る。さっきお茶と言っていたが、不思議な香りがする。ハーブとかその類の物だろうか?


「すみません、わざわざここまでしてもらって言うのもどうかと思うんですけど、流石にいきなり貴方を信じるのは難しいです。」


 俺はやんわりと警戒してますと伝えたわけだが、リリィクは最初から警戒心が漏れ出している。片手は剣をいつでも抜けるように添えてあるし、瞳の奥には炎でも灯っているようだ。ゼオは脚が痛むのか黙って俯いてしまっている。


「ああ、それは当然だ。まずはこちらが知っている情報を教えてやる。その後でいい、少しだけ話がしたい。」


 椅子に腰かけ、俺の目を見ながら話してくる。確かに情報は欲しい。この人が敵側の人間だというのなら尚更だ。


「わかりました。情報を聞いてから判断、でいいですか?」


「それでいい。少なくともあいつについては聞きたくなくても教えておかないとこの先苦労するだろうからな。」


 あいつはしつこいんだ。そう言って心底嫌そうな顔をする。おそらくメリアと自称していた女性の事だろう。


「あいつは『拷腕のアントラメリア』。死にたがりのまま死ねない身体になってしまった女さ。狂ってたのは元からだがな。」


 拷腕のアントラメリア、普通の人間であった時から他人や動物等目に付く生命体全てを死の観測に費やした女。だが、その死に様を自分に試す前にストラーに捕らえられ、龍種創世計画の一環として実験対象にされたことで死ぬことができなくなった。


「死ねなくなったことで、より一層あいつはおかしくなっていった。地下の牢獄に捕らえられていた私達は毎晩誰かが襲われ、絶叫し、そしてか細くなって消えていく犠牲者の声を聞き続けていた。」


 その頃から骨を収集するようになった。武器として使うのは勿論、一つ一つの死に様を思い出してはひとしきり笑ったり、ひどい時にはそのまま高まった感情を抑えるためにそれを使って自分を慰める。


「気持ち悪い……」


 ゼオが素直な感想を呟く。俺もリリィクもそう思っていた。


「そりゃそうだ、誰だってそう思う。だが、さらにもう一つ言えば、あいつは死んだ直後のものを、どんなものであろうと必ず食うぞ。曰く、そうやって死の状況を取り込むんだと。」


 そうやって取り込んだものを基に、同じ状況を自らに試す。当然死ねないので不機嫌になり暴れる。そして、落ち着いたらすぐに次の獲物を探して徘徊し始める。


「おそらく、今回ここに現れたのも偶然だ。普段は森の奥の誰も立ち入らないような場所で動物やモンスター、時には迷い込んだ人間を襲っているが、昨晩は君達が霧四肢と戦ったことで結果的に強大な雷が落ちた。そこをふらふらと見に来て、たまたま洞窟に向かう君達を遠目に見たから追い掛けてきた、といったところだろう。厄介なのは一度目を付けたら絶対に逃す気はないところだな。」


 あんなのにこれから付きまとわれるとか勘弁してほしい。今回はここに逃げ込めたから助かったものの、次も逃げ切れる可能性はほぼ確実にゼロだ。


「ロックヘッドに叩き潰された程度じゃピンピンしてるだろうな。さっき聞こえた這いずる音もあいつが蛇を引き摺ってきた音かもしれん。まあ、あいつがここに入ってくることはないだろうから安心するといい。あいつは周囲を丹念に観察したり的確に判断を下す能力が低い。そして、ひどく高揚しているか苛ついている状態では一つのことしかできない。少し冷静になっても出来てせいぜい二つだ。次に出会ってしまったらそのことを少し意識しておくといい。」


「明確な弱点とかは無いんですか?」


「残念ながら無い。興奮させるか怒らせるかして隙を作るしかないが、当然攻撃も苛烈になるだろう。だが、そうしなければさっきのように退路を断たれて嬲り殺しにされる。思い出してみるんだ、君が障壁を前面展開から球体展開に切り替えた時あいつは対応できなかっただろう?」


 あの時はギリギリ間に合ったことしか頭になかったが、言われてみればわざわざ一旦攻撃を全部止めて切り替えるよりも、牽制は残しつつ横から襲い掛からせた方が確実だったはずだ。


「あいつに関して教えてやれることはこれぐらいだな。」


 ガルバルトが一息ついてお茶をすする。それにつられて俺達もお茶を飲んでいた。


「おっ、ようやく飲んだな。どうだ、悪くないだろう?そこで育てた物を調合して作っているんだが一人じゃどうしても消費しきれなくてな、少し分けてやろう。」


 立ち上がって部屋の隅にある保存庫のような物を漁り始める。あそこに茶葉が入っているのだろう。飲んでみて感じたのは、たしかに悪くない香りだということだ。緊張していた精神を解きほぐしてくれるような感覚がある。そう考えながらもう一口。リリィクもゼオも気に入ったようだ、同じように口に含んで


「まあ、あれがなんの植物か分からんが、食べれる物だし問題はないだろう。」


 全員一斉に噴き出した。


「ハッハッハ。すまんすまん、冗談だ。ちゃんと一般的に流通しているものを栽培しているだけだから安心してくれ。」


「ケホッ……笑えない冗談はやめてくださいね。」


 リリィクがうっすら涙を浮かべながら不機嫌そうな顔をする。


「いやあ、涙目で凄んでも可愛いだけだぞお嬢さん。」


 笑顔で受け流しながら拳程度の大きさの包みを手渡してくる。本当に怪しい植物じゃないんだろうか?疑いつつ断るのも悪いなと思って受け取ってしまった。


「ここで育てられるのは限られた植物だけだがよく育ってくれる。もちろんこれだけで生活は出来ないからな、足りないものは夜の間に出掛けて調達するのさ。少し訳あって日光を浴びれないものでね。ついでに、ああ、そうだ、休憩所の管理も私がやっているんだが、どうだ?快適に過ごせたか?」


「えっ、あ、はい。ありがとうございます。」


 お礼を言いつつも、ふと口にした日光を浴びれないということが気になってしまう。そう言った類の話はごまんとある。元々そういったものに興味があるからか、そこだけが妙に心に引っ掛かるというかなんというか……


「あ、あの、すみません。失礼かとは思うのですが、どうして日光を浴びれないんですか?」


 なので聞いてみることにした。


「ええ、私も気になります。」


「ぼ、僕は特に……」


「ハッハッハ、まあ、それも情報だな。いいだろう。一先ずはこれを見てくれ。」


 スッと右手を差し出す。それは瞬く間に形を失うと、水のようになって地面に滴り落ちていく。滴り落ちた場所にはゲル状の物体が蠢いていた。


「これは、スライム……でしょうか?」


 リリィクが剣を引き抜きそろそろと突いてみる。切っ先が触れた瞬間、切っ先ごとズブズブと飲み込みだすのを見て慌てた様子で剣を引き抜いた。


「ああ、見ての通りだよ。ただし、普通のスライムとは違う。構成する分子の大きさや構造をある程度自由に変えることが出来るし、極限まで小さくなれば人体ぐらいならば容易く透過出来る。私の全身はこのスライムに変化しているんだ。」


 スライムが右手の形へと戻っていく。ただ、これだけでは日光に当たれない理由にはならない。なにせ水辺の近くに生息していることが多いスライムは昼でも夜でもお構いなく活動しているからだ。


「なに、さっきも言ったように私達はストラーの実験体だった。この身体にされた時に色々といじくり回されてな。たぶん面白そうだとか興味深いとかそういった理由だと思うんだが、日光に当たると蒸発していくという単純でいて恐ろしい呪いじみたものをエーテルで身体に刻みこまれたのさ。更に言えば夜間もそれほど遠くに行けるわけじゃない。日光を見るだけでも目が焼けてしまうものでな。完全に日光が入り込まないこの洞窟以外にはどうしても移動し辛いものがある。」


 やれやれと言った感じでため息を吐く。どれだけ長い時間をかけてここの生活基盤を作り上げてきたのだろうか?その苦労を思い返しているようでもあった。


「まあ、悪い事だけじゃない。この身体をうまく使えば、傷なんかは簡単に塞ぐことができる。それに……。」


 そう言ってゼオの足を指さす。


「やったことはないが、変化させる具合によっては骨を接ぎ合わせることも出来なくはないだろう。……やってみるか?」


「えっ!?き、急にそんなことを言われても……」


 不意に話を振られたゼオが慌てふためく。流石にやったことがないのに試されるのはたまったものじゃないだろう。


「なに、私自身も初めて試すんだ。急な申し出でもあるし、もちろん断ってくれてもいい。」


ゼオの事だ、当然断る……と思っていたが、


「……やって、もらえますか?」


 これには俺もリリィクも驚いた。が、ゼオの決意を固めた表情を見て茶化すのは止めた。


「二人ともそんな顔するのはやめたまえよ……まあ、いつもなら怖いし無茶しようとは思わないのは確かだけどさ。僕だっていつまでも足手まといなのは嫌だよ。少しでも可能性があることなら、出来ることはやっておきたい……」


「よし、決まったな。ただし、何度も言うが本当にやったことはない。どんな事が起こるか分からないから覚悟しておけよ?」


 ゼオは無言で頷く。俺たちも黙って事の成り行きを見守ることにした。


「脚を破壊することだけは絶対にしないからそれだけは安心してくれ。だが、もしかしたら激しい痛みが生じるかもしれん。それでも大声だけは絶対に出すな。ここであいつに気付かれたらどうしようもないからな……」


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