第六章 ロワールを発つ 4
次の日、小さなお客さんがやって来た。
「お久しぶりですね、勇人様。姫様もお変わりなく。」
守護龍の娘、アルトラだ。どうやら守護龍からここで起こっていた現象について調査するように言われて来たらしい。
「珍しいですね、守護龍様が貴女を外に派遣するなんて。」
「はい、私も少々驚いています。こうして外に出るのは……もしかしたら初めてなのかも知れません。ですが、そのおかげで私から会いに行くという約束は果たせましたね!」
ほんの少しのやり取りだったけど覚えててくれたのか。幾分か表情も明るくなったように見える。調査のついでに気分転換も出来るといいな。
「んぇっ!何この子可愛い!!」
「初めまして、リカステドラータ様ですね?私、守護龍の娘のアルトラと申します。」
「よろしく!はぁ~かわいい……ねぇねぇゼオくんっ!」
「はいはい、それ以上何も言わないでくれたまえよ……」
何かを期待してゼオの方を向くカスタードだったが、呆れた顔をしたゼオに目を逸らされて膨れ始めた。とりあえず目につかない所でいちゃついてくれ。
アルトラは俺達の話を聞きながら各所を回っていく。時折空中に手をかざしては周囲のエーテルを回収、分析等をしているようだった。
「リクシーケルン、ですか……。父様からも聞いたことはありませんね。天上の意思、そんな存在がこの世に存在していたなんて俄かには信じ難いですが、そういう存在であれば今回の事も納得が……」
今回の事……どうやらリクシーケルンは最後に周囲一帯の記憶を操作していたらしい。ミューの近くに居た俺達は彼女が防いでくれたおかげで影響は出なかったが、歩けないために離れた場所に居たゼオは影響を受けてしまったらしく俺達の話と食い違う部分が出来てしまっている。
「ところで、伽の守人もこちらに居ると聞いたのですが……」
「ああ、今は社の方に居るよ。通信機が繋がったからか、雷龍と一緒に賢者様と話をしているみたいだ。ココと父さ……霧払いの使徒も一緒に居るはずだ。」
「そうですか。ではそこは最後にするとして先に調査を終わらせてしまいましょう。他に行っていない場所は……」
「調査とは少しずれてしまいますが、高台に行ってみませんか?息抜きも必要でしょう。」
「うん、行こう行こう!」
カスタードはずっとアルトラを抱えて歩いている。移動する主導権は彼女が握っていると言ってもいいだろう。戸惑いながらも頷いて、揺られていく姿は可愛いものだと思った。あ、いや、俺にそう言う趣味があるわけじゃなくて、ただ純粋に子供は可愛いなと、いやいや、彼女の正確な年齢は分からないんだけれども一応見た目の年齢で判断して……あっ、違うそういう趣味があるわけじゃ……
「ユウト、一人で百面相してるのは見てて面白いなとは思うけど、僕の車椅子を押すのを疎かにしないでくれたまえよ。彼女たちからどんどん離されてる。」
「おわっ、すまん。」
ゼオはとりあえず壊れたままの車椅子に乗っている。かなりの速度でパーキュリスにぶつかったらしく、フレームは歪んで変な音を立ててはゆらゆらと前進していく。
「綺麗……」
彼女たちに追い付いたところでアルトラの感嘆の声が聞こえてくる。ずっとあの神殿に籠っていてはこういう景色を見るのはさぞかし新鮮だろう。おそらく無意識に伸ばす手は調査の為じゃなく、この景色を手に納めて忘れないようにしたいという風に見える。
「あっ、鳥!あの鳥は何ですか?」
アルトラが指差した遥か上空に数羽の鳥が旋回して飛んでいるのが見える。
「うわぁ、すごい!あれは御嵐鳥だよ!」
「ミアラシドリ、ですか。ここではよく見られるんですか?」
「いやいや、アルトラちゃんは運がいいよ。大きな嵐が去った後にしか見られないって言われてる希少な鳥でね、普段は山の上の人が立ち入れない場所に居るみたいなんだ。アタシも片手で数えられるぐらいしか見たことないかな。」
その鳥は光を反射して輝いているように見えた。しばらくの間俺達はその光景を黙って見上げて、それぞれのこれからについて思いを馳せていたように思う。
「吉兆なんだ、あの鳥が見られるのは……だから、きっと皆にいい事があるよ。」
御嵐鳥が山頂の方に消えていくまで見送ってから、最後の目的地である社までアルトラを連れて行こうとした時、彼女がそれを遮った。
「カスタード様、一度降ろしてもらえますか?やっておきたいことができましたので。」
そう言って地面に降りると、トコトコとゼオの前まで歩いて来て軽くお辞儀をする。
「えっ、僕に何か……?」
「動かないでください、すぐ終わりますので。」
すっと両手をゼオの脚にかざすと、淡い光が脚全体を包んでいく。
「これは……っ!?」
ほんの数秒、光が収まると少し様子を見てからゼオに向かって手を差し伸べる。
「手を取って、こちらへ……」
「えっ?……えっ?」
言われるがままに手を取って身を乗り出したゼオの足が地面に触れる。そのまま崩れ落ちることはなく、後ずさるアルトラに合せて数歩前へと進んでみせた。
「ゼオくん……!?」
慌ててカスタードが駆け寄る。俺とリリィクは何が起こったか少々把握しきれずに成り行きを見守るしかできなかった。
「脚が……動く!これは君が……?」
「はい、普段はこういうことはあまりしないのですが、とても素晴らしいものを見せて頂いたお礼です。」
そういえば誰かが守護龍の娘以外に他人の傷を癒せる奇跡のような魔法を使える者はいないと言っていたような気がするな。まさか、ここで使ってくれるなんて思ってもみなかったから驚きはしたが、正直ゼオの事をどうするかは悩んでいた所だしありがたい。
「ありがとう、これで僕も気兼ねなくユウト達に付いて行くことが出来るよ!」
嬉しそうに言うゼオの横で、カスタードだけが複雑な表情をしていた。
ああそうか、彼女は容易にここを離れるわけにはいかない。団長が居ない今、ここをまとめていかなければいかないのは彼女なんだ。もし、ゼオの脚が折れたまま、ここから先に付いて来るのが困難ならここに留まらせることも考えていたわけで、歩けるようになったということは彼女は置いて行かれる形になってしまう。
「ゼオくん、良かったね!じゃあ、今夜はお祝いの宴会でも……」
「いや、流石に遠慮したい……」
そう言いながらカスタードに何やら耳打ちしているのを俺は見逃さなかった。
「うん……」
直後に嬉しそうな表情になるのを隠さないカスタード、何でこうも二人の事になるとゼオが優位に立つのか今でも信じ難い……
「勇人、二人の事は当人達に任せましょう。」
「ああ、そうだな。」
あらためて社に向かおうとしたところで向こうから人影が近付いて来るのが見えた。
「あれは、父さんと……」
「ココですね。」
「おーい、カスタード!ちょっと来てくれ!」
「んぇ、アタシ?」
戸惑いながらもカスタードが駆けていく。俺達もそれに続いた。




