第六章 ロワールを発つ
第六章 ロワールを発つ
約束したわけではないが、いいだろう。あんなものが出てきてしまった以上話しておいて損はないだろうからな。
我々は「干渉」、そして「調査」と「結果」、この世界を維持するために作られた管理システム。……そうであるはずだった。
「調査」が世界の流れを見、我々「干渉」が手を加え、「結果」がそれらを記録していく。
世界が終わりを迎えれば、どうすればその時点を超えられるかを試していく。要因は様々だったが、ある時から一人の男へと集束していることに気付いた。それがストラーだ。どんなに繰り返してもアレを超えることは出来なかった。無限にも思える時が過ぎ去って、やがて神は、神を名乗る者達はこの箱庭遊びに飽きてしまい世界を放棄した。我々三つの勢力に後始末を任せて。
我々はそれでも必死に打開策を探した。我々は管理だけが生きる意味、つまり世界が終われば我々も終わる。天上の意思が去った今、我々の存在意義を書き換えられる者は存在しない。いや、残滓の力では可能かもしれないな。現にあれの支配下にある我々の一派は完全に別物と言っていい。
我々には派閥がある。大きく分ければストラー派とミュー派ということになるだろう。他にも細々した物も当然いるが、突発事象での声掛けにはどちらかに付いて来るような物だ。
しかし、今回残滓共が使役していた物は完全に我々から乖離している。呼び掛けにも応じず黙々と世界への干渉を続けていたのには流石に我々も戦慄させられた。おまけにあっさりとエーテル特異体に変えたりされては困る。あれは我々にとって重要な事なのだ、勝手に人を作り変えられては自然な流れなどあったものではない。……自然な流れであれば特異体自体も必要ないのではないか?それではストラーに太刀打ちできまいよ。
「調査」について話そうか。初めに言っておくと、この世界の現状を作り上げたのはあれのせいだ。もともと「調査」も我々のように統一の意思に基づいて行動する群体だった。それがあれ一つに集約されたのにはミューが大きく関わっている。
ストラーの存在で終焉が確定してしまった世界で、時が経つにつれてようやく現れ出したストラーに対抗出来得る者、それがミューだ。とはいってもその可能性に我々が気付くまでは彼女も十四歳のあの時に命を落とすか、生き延びてもいずれかの時点でストラーに殺されてしまっていた。
おそらくは繰り返す世界を眺めるだけでは解決できないと思っただけではない、自ら手を差し伸べたいとでも思ったのだろう。「調査」の中に生まれたたった一つのイレギュラー。全ての「調査」を取り込んで掌握し世界へと干渉してしまった。そのおかげで世界をループさせる機構が壊れたわけだ。
そう、もうこの世界を巻き戻すことは出来ない。
だからこそミューに龍死草を撃ち込まれた時には流石に慌てた。今でこそ安定してきてはいるものの、一時期は本当に消えてしまうかと思ったものだ。修復に時間は掛かったものの、現在ほぼ完全に近い仕上がりにはなっている。記憶も昔馴染みに接触することでゆっくりと戻っていくだろう。我々との親睦性が極めて高い、ストラーに対抗するためだけに発生した特異点のような者だ。無駄にするわけにはいかない。
我々については特に言うことはないだろう。人知を超えた現象から日常の些細な現象まで、常に我々が傍に存在していると思っていればいい。
「結果」は……アレは特殊だ。何とも説明しづらいが、我々に比べれば人間に最も近いとも言える。熱狂的に終わった世界を集めては傾向を分析したり、時には混ぜ合わせて無邪気に遊んでいるような存在だ。確かにそれらが我々の活動に役立ちはしているが、出来ればアレとは長く関わりたくはない。好き勝手にやらせておくのがいいだろう。それに、世界が終るまでは人間が関わることもない、忘れてしまっていい。
さて、天上の意思か。正しくはその残滓に触れた者共、そう言っておくべきだろう。そもそも存在していた神とも言える者達は先程も言ったように去ってしまっている。立つ鳥跡を濁さず……で去って行ったと思っていたわけだが、今回リクシーケルンと名乗る者共が出てきたおかげでそうではなかったと分かってしまったな。それも事象書き換えが可能なほどのものを残していたとは、全くの予想外だった。
しかし、一帯を封鎖し認識や記憶を弄るほどのことはやってのけたわりに、そもそもの元凶であるストラーの存在を弄らない点から考えて、特異点の根本に干渉できるほどの力は残っていなかったのだろう。あれを打倒しなければ世界が終る故、我々と目的は同じはず。
だが、そのやり方が大きく違う。おそらくミューに頼らず全ての人間の中から候補者を選定してエーテル特異体に変容させ手駒とするつもりなのだろう。無謀だ。一体どれだけの数が必要だと思っているのだろうか?いや、数だけ集めた所で個々の力が伴わなければ一つずつ潰されて終わっていくだろう。ストラーとはそういう存在だ。そして、それに対抗出来得るミューもまた普通ではない。我々は彼女に世界の存続を賭けているのだ。
さて、ざっくりと話してみたものの理解できたかな、霧原勇人。
「……ああ、話が壮大すぎて何となくだけどな。」
それでいい、本来であればこうして話せるようになるにはもう少し時間が掛かる筈だったのだ。突発的とはいえエーテル特異体を経験させてしまったことは我々の落ち度でもある。
「どうしようも出来なかったんだろう?気にしちゃいない。」
ふむ、よくよく観察してみれば成程といったところか。
「何か納得するような所があったか?」
ああ、我々との親睦性の高さだ。ミューには劣るが悪くはない、その秘密は出生にあるか。聞きに行くのだろう?自分の事を父親に。
「ああ……リクシーケルンみたいに無理矢理教えようとはしないのか?」
それは自然な流れではない。自分の事が知りたければ自分で知るのが当然だ。我々はその道程において力を貸すだけの存在だよ。そうして干渉するだけ。より良い世界へと導くのは人の動きだ。
「そうか、じゃあもう一つだけ聞いておきたい。」
いいだろう、何でも言ってみるがいい。
「エーテル特異体は何のために生み出した?」
ふむ、やはり自然な流れではないからな、そこは気になるところだろうな。簡単な事だ、我々が世界に干渉するには人を介さねばならない。その上で節目ごとに起こった出来事を記憶し継承していく存在が居ると動きやすい。ミュー一人ではどうしてもカバーできない部分をどうにかしたいという面もあるがな。少々歪みは生じているのかもしれないが、出来るだけ時間を掛けてじっくりと見極めているつもりだ。
ああ、我々でも何故か解決できない問題もある。エーテル特異体となってから長く時が経った者や急激に我々との親睦性を高めた者は、どういった訳かミューの様に漆黒の髪と真紅の瞳に変貌してしまう。我々の根底にあるイメージが彼女なのだろう。これだけはどうしても払拭出来ない、呪いのようになってしまっているな。
誤解のないように言っておくが、特異体は永遠ではない。パーキュリスを見ただろう?あれの様に親睦性をカットされてしまえば普通の人間に戻ることもある。我々はあまり手放すことはないが、ストラー側の我々は手駒という感覚が強いようだ。役に立たないと判断すれば即座に手放す。だからこそ力で上回りさえすれば倒すことが出来るとも言えるわけだが……
「まあ、そう簡単にはいかないな。」
当然だ。その為に自己鍛錬は怠らぬ事だ。それが我々と人とを結び付ける最も重要な要素にもなるのだから。
さて、もう夜も明ける。最後に一つだけ重要な事を伝えておこう。我々の側ではストラーの居場所を掴むことは出来ていない。向こう側の隠蔽が凄まじいのだ。故にいつ何処で本物が現れるか分かったものではない。常に警戒して進め。今回の件でストラーを名乗る者がいる以上無関係を貫くとは思えない。何らかの形で確実に、事の中心にいるお前に接触してくるはずだ。気を付けておくといい。
「ああ、肝に銘じておくよ。」
それでは接続を切ろう。いずれまた会話をすることもあるだろう。
…………
………………
……ふむ、お前も納得できたか?
「ふん、したくはないが概ねな。」
お前とはいくらでも話す機会がある。これからはもう少し情報を与えてやるとしようか。
「気に食わないな、その上から目線。だが、それがエーテルなんだろう。その点にだけは目を瞑ってやる。だが、一つだけ言わせてもらおうか。」
言いたいことは沢山あるだろうに一つだけとは謙虚だな。
「煽るな、一々癪に障る……。一つだ、勝手に私に世界を背負わせるな!それだけだ。」
それは我々に言うな。大元は調査の成れの果てのせいだ。あれが真っ当に動いていれば世界を繰り返す機構も壊れなかった。壊れたのがそれだけで良かったとも言えるが……。今、正常に時が進んでいる状態は奇跡に近いのだぞ?
「ふん、その事については彼女にだって言いたいことはある。だがな、結局の所私という存在に目を付ける者がいなければこうもならなかった訳だろう?最初に目を付けたのは誰だ?」
……少し眠るといい。
「都合が悪くなると逃げるか……。いいだろう、先程話す機会がいくらでもあると言ったのはそっちだ。これからいくらでも問い質してやる……」
………………接続、切断を確認。
そうして我々に敵意を持っておいてもらった方がやりやすい。彼女を動かす原動力は憎しみと怒りだ。ストラーに対するもの、我々エーテルに対するもの……我々としてもそこをそれ以上増やすのは忍びないと思うものだ。
最初に彼女の可能性を見出し固執するようになったのは、他の誰でもない調査の成れの果てなのだ。調査の役割を超えて情報を集め、遂には世界を壊すに至った元凶。無理矢理構築した肉体の終わりが近いようだが、あれがこの先どうなってしまうのかは皆目見当がつかない。ストラーの研究所に居た時、特に彼女と仲が良かったのだろう?ならば我々がそこを乱すのは本意ではない。経過を見守るだけだ。




