第五章 消され往く真実 5
「あはぁ、お久しぶり。えっと、名前なんだっけ?」
「アントラメリア!?何故君がここに?……そうか、トーマが気を利かせてくれたんだね。いや、しかし君を迎えに寄越すのは些か違和感が……」
「メリアにもよく分かんないよ。気付いたらここに居たの。」
「まあいい、何にせよここから出るのを手伝ってくれるとありがたい。」
「いいよ、ほら、手を出して……」
「手?まあ、構わないが……」
捕らえられている焦りからか何の疑問も抱かずに無防備に檻の隙間から手を差し出す。彼女には一つの目的しかない。当然、助けるなんてことはあり得ない。彼女はいつも犠牲者を捜しているのだから。
「それじゃあ引っ張るね。」
「えっ?君は一体何を……ッ!!」
思い切り引っ張られて油断していたパーキュリスが檻にぶつかって顔をしかめる。が、彼女は意に介さずに引き続けている。体が通るような広さはない。このままでは間違いなく腕を引き抜くまで止めないだろう。
「や、やめたまえ!君は一体何を!?」
「あはははは!ねえ、このまま腕を引き抜かれたぐらいじゃすぐは死なないよねえ?折角だからもう片方の手も出してよ。両方引っ張って腕が千切れるのが先か、身体がスライスされて出てくるのが先か見せてよ!」
「訳の分からない事を!冗談じゃない、その手を放したまえ!」
「あはぁ、メリア達は仲間だよね?そうだよね?だったらさあ、そろそろ仲間として新しい死に方をメリアに見せてよ!」
トーマに呼び出されて何度か顔を合わせたことはあるのだろう。仲間というには深い仲でもない気がするが、一応は同じ目的に向かって行動をするという取り決めぐらいはあったはずだ。
しかし、お互い会った時には抑える役がいたからこそ彼らには被害がなかったのだということに今更パーキュリスは気付き、迂闊に救いを求めた自分の行動を悔やんでいた。
「そうか、ヒナマリアス……香手が君を……」
アントラメリアは止まらない。両手を引っ張るのは諦めたのか檻に足を置いて踏ん張り、より力強く片手を引き抜くべく力を込め始めていた。
「ほら、ほらほら!早く抜けてよ。そうしたらそこに抜けた手を突っ込んでどうなるか見てあげる!」
「冗談じゃない!私はまだ……ッ!」
実の所、彼を処罰する必要性は全くない。我々の名を騙ったからといってこちらに実害などあるはずもない。これはただの見せしめだ。我々の力を彼らに見せつける、ただの茶番にすぎない。
当然、彼がこの程度で我々の側に付くとは思えないが。
「ねえ、まだ?まだ?まだまだまだぁ?あはははははははぁっ!!」
これは本当に異常だな。ここまで壊れてしまっていては我々の目指す均衡も崩れるだろう。ここで使わせてもらったことは仕方ないとして、いずれは淘汰の波に呑まれて消えてくれることを切に願う。
「くうっ、放したまえ!私はここで死ぬわけには……死にたくない……」
「まだ平気なんだ?うん、うんうん!いいよぉ!」
じっくりと引っ張る力を強くしているのだろう、パーキュリスの顔がより一層苦痛に歪んでいくのがわかる。未だ千切れないところを見るに、人の身体というものは意外と丈夫なのだと改めて感心させられる。
「まったく、そちらを助ける気は全くないわけだが……」
何処からか声が響き、それと同時にアントラメリアの影の一部が剣へと変化してその腕を斬り落した。なるほど、最初にたどり着いたのは影使いか。
「あ……あ……?メリアの腕が……?」
「た、助かっ……ぶぇっ!!」
影の中から姿を現すと、ついでと言わんばかりに格子の隙間めがけて全力で拳を繰り出しパーキュリスの顔面を殴り飛ばす。どうやら閉じ込められていた間の鬱憤は晴らしておきたかったらしい。
「ふう、これでも貴重な情報源だ……後で洗いざらい全てを吐いてもらうとしよう……」
「あは、あはははは、すごい!すごいよぉ!腕が斬られるとこんな風に痛くてこんな感じに血が溢れ出てくるなんて!細切れになるのと違ってこれもいいねぇ、あはぁっ!」
「……はあ、変わりないな。どこから入り込んだのか知らないけれど、ここから出て行ってもらうとしよう……。影よ、我が言霊を溶かし込み、虚ろから現へと繋ぐ扉を開け!」
「何するつもりかな?……ねえ、君の顔見覚えがあるなっ!あはぁ、誰だっけ?ああ、ああ、そうそうそうそう、角が生えたのの妹だ!」
「思い出してもらわなくていい、影に呑まれて大人しく……うっ!…………ここから立ち去ってほしい……」
一度口元を押さえて軽く咳き込んだようだが、何事もなかったかのように影の中へとアントラメリアを押し込んでいく。どうやら転移魔法でここから弾き出すつもりらしい。
「ココ!」
「これは一体!?」
「ああ、もう片付く……。影よ、我が言霊を溶かし込み、現を貫く槍となれ……シャドウ・ランス!」
影が詠唱に呼応して槍と化しアントラメリアの腹部を貫き影の奥底へと押し込んでいく。
「ああ、これも持っていくといい……」
落ちていた腕を影の中に投げ込むと同時にその身体は影の中に消えて行ってしまった。行き先は……洞窟の森側の入り口か。ほどなくしてトーマ達に回収されるだろうからこれで一件落着だ。
そうであればここで我々のやることは終わりだな。ココ・バーゼッタ、予想外の戦力補強になるかもしれないと期待していたが……
「ココ、手袋が真っ赤ですよ、大丈夫ですか?」
「うん、あの男の顔面を思いっきり殴った時に噴き出した鼻血でも付いたかな?それに、あの女の腕を斬り飛ばした返り血でも……」
その血が誰のものでもなく彼女自身のものであることを隠し通すつもりか。これではこちらに引き入れるわけにもいくまい。
「うぁ、アイツ死んだりしてないよね?」
「呻いてるし大丈夫だとは思いたいが……」
「ふん、気絶しているだけだな。」
解決したというのに賑やかになってきたな。そろそろ我々もここから退散するとしようか。
「む、通信機が……」
封鎖を解いた瞬間通信が繋がったようだ。ミューとあの女が安否の確認をしている声が響く。あの女、今はアルシアと名乗るあの女、あの時余計な事をしでかしてくれなければ世界の均衡を保つ為の我々が存在する必要などなかったものを。
さて、これで彼らは進むことが出来る。我々は再び姿を隠し世界の監視を続けるとしよう。
「リカステドラータ様、大変です!」
「どうしたの、そんなに慌てて?」
さあ、前へと進め。
「岩が……あれだけたくさんあった岩が、突然無くなってしまったんです!」
ああそうだ、我々の存在についてだが、より念入りに痕跡は消去しておいた方がいいだろう。具体的には彼以外から我々が存在しているということを忘却させておきたい。周囲一帯も既に操作はしているものの、より強固にしておいた方がいいだろう。
「これは……全員私から離れるな!檻の中のもこっちに引き摺り出せ!」
感付かれた?更には局所的に防いでみせたというのか!?……まあいい、一帯の記憶操作は完了した。これで我々はほぼ完全に居なくなったわけだ。
しかし、我々が干渉できない警戒対象、か。だが、今はまだ発展途上、慌てて対処する必要もない。現状は様子見でいいだろう。
我々が今優先すべきは霧原勇人の経過だ。常に監視を怠らず、進む様を見せてもらおう。いずれ彼がエーテル特異体となった時にまた会おう。その時を我々は……私は楽しみにしているよ。




