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第五章 消され往く真実 2



【ロワール・高台】




 今日の疲れで皆が早く寝静まっても、なんだか心がざわついて眠れない。気分転換に散歩に出てあてもなく歩いていると、リリィクに連れられて来た覚えのある高台に来ていた。


「おや、そちらも眠れないのかい……?」


「あ、ああ……」


 月影に照らされ、大き目の岩に腰掛けて空を見上げている先客がいた。彼女はリリィクの妹ということらしいが、どうにも話し辛いというか、その感覚で話してはいけないような気になる。


「あらためて自己紹介しておこうか……。ココ・バーゼッタ、今はそれでいい……」


「霧原勇人だ、よろしく……」


 駄目だ、妙に緊張してしまう。なんなんだろう?声や体つきは幼い感じなのに、話し方や仕草はすごく落ち着いているように感じる。


「緊張しているね……それも仕方ないか、こちらがどういう存在なのか気になって仕方がないと言ったところかな?」


「ああ、失礼だとは分かってるんだが、どうにもリリィクの妹というには違和感がありすぎて困惑してる。」


 単刀直入に疑問をぶつけてみればフフッと軽く笑われた。昼間は目深に被っていたフードが少し上に上がっていて奇麗な真紅の瞳と輝くような銀髪がこちらの目を奪う。


「良い疑問だ。ただし、こちらのこの状況はリリ姉さんが深く関わっているからね……迂闊に話せないのがもどかしい所だ……」


 また制約関連か……正直ちょっとうんざりというか、リリィクは一体どれだけの人を巻き込んでいるのか単純に気になってきた。


「……うん?何だいその表情は……そうか、疑問だらけなんだね。だから前に進めなくて少し苛ついてる……そうだね?」


 岩から降りて俺の前に立ち、少し下の方から真っ赤な瞳で覗き込んでくる。何もかも見透かされているような感覚がする。そうだ、確かに苛ついている。リリィクのことだけじゃない、自分のこともまだ分からないうちに色んな事が起こりすぎて、解決してきてはいるのにそれ以上の事が起こって本題の解決の糸口が見えない。


「リリ姉さんの制約に関してはこちらと……うん、こちらの姉さんが深く関わっている。」


 こちらの?リリィクみたいにいちいち引っ掛かる表現をするんだな。それだけ重要な事柄ということなんだろうか?


「うん、すまないね……わざと苛立たせるような表現をしているわけではないんだよ。そこだけは分かってほしい……」


「うっ、すまない。」


「どこまで話していいのか分からないけど、うん、これぐらいは構わないだろう……リリ姉さんに制約を掛けたのはこちらとこちらの姉さんだよ。リリ姉さんの依頼でね。けれど突発事象で細かく条件を決める前に急遽掛けなければならなかった事がここまで事態を大きくするとは思わなかった……追い打ちでまさか魔道砲君がこちらに来ることになるなんて想定外だったよ。」


「制約を掛けたのか?リリィクの依頼で?だったらその解き方も……いや、そう簡単な話じゃないんだな?」


 掛けた本人が居るのに解けていないということはそういうことだろう。


「察しが良くて助かるよ……条件の提示はリリ姉さん、術式の構築はこちらの姉さんがやっていてね。こちらはサポートに徹していたんだけれど、そうもいかなくなってね……。結局不安定なままの制約を得意でもないこちらが掛けることになってしまった……。もう解除するには条件を達成するしか方法がないけれど……」


 値踏みするようにじろじろと見られる。そうか、制約を掛けたということは解除の条件を知っているということだ。


「まあ、恋愛というものは個々人の問題、首を突っ込むだけ野暮というものだけれど……」


「俺の心は決まっているつもりだ。だけど、思い出せない自分の事が引っ掛かって前に進めないんだ。」


「うん、進まなくていい。流石に制約で二人が死ぬ所は見たくないからね……。通信途絶の前にリリ姉さんから大概のことは聞いていたけど、記憶を取り戻す算段はあるのかな……?」


「ああ、まずは父さんに昔の事を聞いてみようと思ってる。」


 父さんがこっちに来るまでの俺の事は知っているはずだ。今唯一の希望といってもいいかもしれない。


 ……が、何故かココは首を横に振る。


「それはこちらも聞いてみたことがあるよ……。しかし、ちょうどその頃彼は向こうでやっていた仕事が忙しくて家に居なかったんじゃないかな?」


「なんだって……」


 思い返してみれば不定期に仕事が忙しいと言っては長期間家を空ける事があったが、まさかその期間が被っていたのか……。


「いや、しかし、話は聞いてみるべきだと思うんだが……」


「……そうか、それは……うん、大事なこと、なのかもしれないね……」


 妙に歯切れの悪い答え方だが何かあるんだろうか?


「うん……魔道砲君……ユウト君、そちらは霧払いの使徒に話を聞くべきだ。そしてそこで君自身について深く知らなければならない。……それを受け入れられなければ、きっとリリ姉さんも救えない……そういうことだと肝に銘じておくといい……」


「あ、ああ……」


 そんなに重要な事があるのか?俺自身に関して?そう聞き返そうとしたが、鋭く攻めるような瞳に睨みつけられて押し黙ってしまった。俺が知らなければいけないこと、自分の記憶以外に何かあるというのか?またしても疑問だけが増えてしまった。


「さあ、疲れも溜まっているだろうし今日はもうおやすみ……。歩いて帰るのが面倒なら転移魔法で送ろうか……?」


「いや、大丈夫だ。歩いて帰るよ。」


 少し考え事もしたい。俺は踵を返すとカスタードの屋敷へ向かって歩き出す。


「……やっぱりちょっと待ってほしい!聞きたいことがあった……」


「聞きたいこと?ああ、俺で答えられることなら……」


 呼び止められて振り返ると、彼女はフードを脱いでこちらを真っ直ぐに見つめていた。その頭には二本の立派な角。フードの突起は飾りじゃなくてこれだったのか。もしやこれを隠す為に彼女はフードを?


「森で……森で姉さんに会わなかったかい?これと同じ角を持った……今は小さな人形だけど……」


 頭に角の生えた……人形……?たしか森の入り口と賢者様の所で助けてくれた人形がそんな姿だったか。名前はたしか……


「……ルーデロッテ?」


 その名前を口にした途端ココの口元が綻ぶ。


「……ああ、そうだ……その名前……姉さんは元気にしていたかい?」


「二度、助けてもらった。……あとアリスが掴んで風呂に沈めてた。」


「風呂!?……まったく、あの子もなかなか無茶な事をする……。でも良かった、元気にしているんだね……」


 人形が姉さん……いや、きっと何かがあって人形にされたということだろう。確かあの時アリスが何か言っていたような……


「アリスに話を聞いたのかい?……ああ、それはそういうことになっているだけだよ……。その方が対外的に話を通しやすかったんだろうね……。さっきも言った突発事象が大きく関わっているけど……この件に関してはミューに預けておこうか。あの子は人の記憶を読めるし、読み取った物を見せることも出来たはずだからね……。そちらがリリ姉さんと向き合う過程で避けられないことでもある。最後はこの出来事と向き合っていくことになるから……」


「また、疑問だけ増えていくのか……。」


「今のユウト君では耐えられないかもしれない……まずは霧払いの使徒に話を聞くことからだ……」


 今の俺に耐えられない、そんな話があるんだろうかと思ってしまう。特にここ最近はとんでもないものばかり目にしているし体験しているつもりだ。もう大概の事ならすんなり受け入れられそうな気もするが……


「君自身に深く関わっているんだよ……だからまずは自分の事を知ってほしい。そうでなければ疑問だけが増えてしまう……真実ですら疑ってしまう……」


「……分かった。」


 そう言うしかなかった。それに早く知りたいのは自分の中の焦りだとそう気付いてしまったから。記憶は自分自身で取り戻すと誓っておきながら、何か手掛かりがあるとそこに心が捕らわれて焦ってしまう。これじゃいけないな。


「ゆっくりでいい、でも急を迫られた時は人の手も借りるといい……。全てを一人で背負えば潰れてしまう……その道を選ぶ覚悟なんて君はしなくていいと思うよ……。さあ、今度こそおやすみだ……転移魔法で帰ろう……」


 夜風で頭を冷やしながら帰りたかったが、もう既に影に引き込まれている。まったく、俺の周りには強引な人間が多すぎる気がするな……


「……影の中は孤独な世界。でも、誰か居れば声は届く……。ユウト君、こちらの……私の名前は『ゼディリア・ルアココ』……ストラーの実験によって生み出された鬼人族、その中でも龍種の力を持つ一人。人形になってしまった『ゼディリア・ルーデロッテ』の妹であり、そして今は紅蓮の姫君リリィク・バーゼッタの妹、ココ・バーゼッタ……そう覚えておいてほしい……」


 漆黒の中で響いた言葉は、何故かいつか自分が居なくなっても忘れないでいてほしいと訴えかけているように聞こえた。彼女の気だるそうな話し方がそう感じさせただけかもしれないが、俺は彼女の事をしっかり覚えておこうと思った。

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