第四章 紛い物の結末 4
「行ったか?」
着地した時の衝撃で警備が厳重になってしまったようだ。潜伏の効果はまだ解けていないが、こうもわらわらと動き回られると非常に身動きが取りづらい。
「よし……」
なんとか入口にたどり付いて扉を開く。
「嘘だろ!?」
その音に敏感に反応して一気にこっちに押し寄せてくる。慌てて中に入り込み通路の陰に身を潜ませたが、こうなると様子を見るしかできなくなる。
「いや、一気に行った方がいいか……?」
潜伏の効果が切れる前に行ける所まで行った方がいいだろう。幸いにも行き先には目的の扉以外の物がある様子はない。少し考えてから反対側の通路の壁へ小さな風の魔法を放って音を立ててみた。案の定そこへと殺到していく。……ザルだな。もう何発か更に奥へと放って誘導しておいてから扉を目指そう。
「皆無事だろうか……」
パーキュリスの使った魔法、相当な威力だったな。リリィクの障壁のおかげで被害は最小限に止められたとは思うが、魔道砲に匹敵するぐらいの威力はあったように感じた。……それを至近距離で受け切ったカスタードの硬化も相当なものだけどな。
「ここか。」
カスタードの言っていた扉はこれだろう。今度は音をたてないように慎重に扉を開けていく。予想に反して扉はあっさりと開き、簡単に中に入ることが出来た。……が、安心して気が緩んだのか閉める時に盛大に音を立ててしまった。
「うおっ!」
物凄い足音をたてて迫ってくるのが聞こえてくる。慌ててロックのような物を掛けたが大丈夫だろうか?
「…………静かになったな……」
扉にぶつかる音は一切せず、まるで何もいなくなったかのように静まり返ってしまった。わざわざ開けて確認することもないだろう。先に進もうと振り返ると
「またかよ……」
すぐそこにもう一枚の扉が鎮座していた。さっさと開けて進みたいところだが、どうやらそうもいかないらしい。扉の向こうから嫌な予感というか妙な気配がひしひしと伝わってくる。
「だが、ここで燻っているわけにもいかない、か……」
意を決して扉を開く。意外にあっさりと開いてしまった。
「何も……居ない?……あれか!?」
通路の遥か奥にレバーが見える。その隣の扉から発電施設に入れるんだろうが今は関係ないな。
「よし、加速して一気に……」
何も居ないからといって不穏な気配が消えたわけじゃない。手早く済ませてさっさと脱出しよう。
「風纏え、奔れ!アクセラレート!」
いつものように何の問題もなく加速の魔法は発動した。順調に速度は上がっていく。右手の壁が厚いガラス張りに変わり中の様子が見えた。目標まであと少し!
だが、突然天井が崩れ落ちてきて行く手を阻む。慌ててブレーキを掛けてなんとか激突は免れたが、これはいったい……
「フフハハハッ!残念ながらチェックメイトさ。そこで大人しくそいつの餌になりたまえ!」
パーキュリスの声が響き渡ると同時に天井から何かが這い降りてくる音が聞こえる。
「上に居たのか……」
ロックヘッドだ!まずい、前回は広い場所で、しかも三人で対処したから倒せたというのに、これでは……
「あの三人の動きは封じさせてもらったよ。時間で動けるようになるだろうが、今すぐここには来れまい。何かの見世物になればと思ってその空間を設けていたが、役に立ってくれたようで何よりだよ。流石に遊び過ぎたからね、そこで潔く死んでくれたまえ!」
その言葉に呼応するようにロックヘッドが襲い掛かってくる。
「くっ!風よ!」
最後まで詠唱している暇はない。咄嗟に加速の魔法を使ったがいつもより距離は稼げず、少し移動しただけで失速してしまう。焦っては駄目だ。なんとか隙を見付けて攻撃しなくては!
「フフッ、なかなか活きがいい、いつまで避け続けられかな?」
ガラスから見える発電施設の上方に大きな窓があってそこに人影が見える。あんな所から見物しているのか。攻撃をよけながらさり気なくガラスにも攻撃してみたが、効果があるようには見えない。ここをぶち抜ければ直接あそこまで魔法を撃ち込んでやれるのにな。
「なるほど、もしや君は洞窟でこいつの仲間に遭遇したのかい?危なっかしいけど動きの癖を知って避けているようだね。」
確かに戦いはした。だからって簡単に動きを見切れるほどの達人なんかじゃない。ただ単純に、こいつの動きが鈍いんだ。おそらくこの通路が狭いから動きづらいんだろう。おまけに俺が小刻みに加速しつつ逃げ回ってるから姿を捉えるのに時間がかかっているようだ。なんとかこの状態を維持しつつ一撃、確実にダメージを与えられれば好転するはず。隙さえ見付けられれば!
「なかなか粘るな……流石にこれ以上時間を掛けるわけには…………なっ!?もうここまで!?……そんな……まさか、君が!?」
急にパーキュリスの声が焦りを帯びる。だが、こっちの状況には一切関係がない。あいつが焦ったところで好転はしないし、むしろ悪かった。
「うぐっ!」
着地した場所が悪かったのか、それともある程度の感覚で狙われたか、何よりも向こうに気を取られたのが悪かったか、大きくしなった大蛇の尾が直撃して壁に叩き付けられる。衝撃で意識が遠のきそうになるがなんとか踏ん張って状況を確認しようとして、ああ、これはもう駄目かもしれないと思った。
「勇人!」
リリィクの声がした。そうか、あいつを追い掛けて来れたんだな。だが、その姿を確認しようにも眼前で天井に激しく頭を打ち付けるロックヘッドの姿しか見えない。すぐに天井が崩れて降り注いでくる。なんとか障壁で防いでみようとはしているが、如何せん量が多すぎるし重い。段々と床に押し付けられていく。更に叩き付けられる衝撃が何度も何度も襲ってくる。このまま食べやすいように叩き潰す気なんだろう。抵抗しようにも障壁が軋んでいる。もう数発ももたないだろう。
俺は、ここまでなのか……?




