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第四章 紛い物の結末


  第四章 紛い物の結末







「おやおやおや、本当に一人で寂しく鍛錬に励んでいるんだね、君は。」


 今日は初戦の日。継承戦の舞台とは全く正反対の場所で試合に見向きもせずに無心で体を鍛えている俺の所に何故かリクシーケルンがやってきた。そもそもこいつは試合を見ているはずじゃないのか?


「いや、試合は終わったよ。まったく、あの小娘は容赦がないね。始まった瞬間に懐に潜り込んで一撃で場外だなんて面白味に欠けるよ、フフッ。」


 面白味に欠けてるのに笑うなよ、気持ち悪い奴だな。まあ、試合が終わったのなら皆もすぐにここに来るだろうし、それまで手を出されない限りは無視しといてもいいだろう。


「ところで君は何のためにそんな無様な鍛錬をしているんだい?おっと失礼、真面目に取り組んでいるのに無様なんて言ったら悪かったかな?」


 挑発に乗る気はない。が、本当に嫌な奴だな……。その辺に落ちている石ころでも投げ付けてやりたいが、カスタードだって堪えてきたんだし拗れない様にしないとな。


「別に構わない。俺自身、自分が格好良く生きてるつもりなんてないしな。汗水垂らして泥まみれになって鍛えることが無様だって思うならそれでいいんじゃないか?」


「なるほど、この程度じゃ動じないか。まあ、いいけどね。君がどんなに頑張ったところでルンナが勝てばそこで君の努力もおしまいだ。フフハハハッ!あの小娘が何を企んでいるかは知らないけど、この私がいる限り絶対の敗北なんて有り得ない!君も無駄な努力はやめて、さっさと降参するといい!なに、悪いようにはしない。姫様にはご退場願うけど、君はどうでもいい。全てを忘れて自由に生きるがいいさ、フフフッ、フフハハハハッ!」


 言いたいことだけ言って高笑いしながら去って行ってしまった。まあ、俺だけが試合を見に行ってないんだから気にはなるだろうな。更に言えば一撃で場外負けしたらしいし焦りもあったんだろう。俺が何かしようとしているんじゃないかと考えるのは当然、そう考えて様子を見に来てみれば丁度基礎中の基礎である筋トレの途中だったんで問題ないとでも思ったんだろう。


ちなみに実践的な訓練は夜中にやることになっている。カスタード曰く、姿を捉えるんじゃなくて気配を感じられるようになってほしいから夜の闇の中でやりたいらしい。おそらく半分は本気で、後の半分はリクシーケルンに見られないようにするためだろう。どのぐらいの効果があるかは分からないが、昼間に盛大にやるよりは見えづらくなるはずだ。


 そんな事よりも、一番の懸念は今日勝ったことによって宴会をするんじゃないかということだ。

そもそも昨日の段階で


「試合終わったらちょっと夜に向けて買い出しに行ってからここに来るから、それまで頑張ってね!」


と、満面の笑みで告げられていたんだから間違いないだろう。実際、遅い。俺は彼女たちが到着するまで細々と鍛錬を続けるしかないわけだ。


「宴会は遠慮したいな……」


「うん、僕も同意するよ。」


「おわぁっ!!」


 背後から不意にゼオの声がして口から心臓が飛び出るかと思った……。


「ああ、ごめんよ。でも、そんなに驚かなくてもいいんじゃないかい?」


「いや、お前一人で来るなんて思いもしなかったから……。」


 あの脚の状態でここに来れるとは思えない。振り返ってみると、成程、車椅子か。


「ラトラ製の自動車椅子なんだけどね、どうやら欠陥があったのをカスタードが『面白そうだから』って理由で引き取ってたらしいんだよ。」


「欠陥?そんな物に乗ってて大丈夫なのか?」


 ゼオは大丈夫と言って器用に操作してみせる。少し動かすぐらいなら何ともないんだそうだ。


「この右側の操縦桿を三十秒以上前進に倒し続けると際限なく加速していくらしいよ。彼女は一時期それで遊んでたようだけど。どうだい勇人、ちょっとどうなるか見てみたいから試してみたまえよ。」


「嫌だよ。」


 冗談じゃない。楽しそうに遊んでいるカスタードの姿は容易に想像がつくが、それを夢見て自分が操作するとなると、壁か、あるいは崖の下へ一直線だろう。……うん、興味がないわけじゃないが、今は大事な時期だ。全部片付いたらその時にこっそり貸してもらおう。


「うまくいきそうかい?」


「どうだろうな……付け焼刃みたいな鍛え方してるけど、全くの無為にはしたくないからな。精一杯やらせてもらうつもりだ。」


「じゃあ、心配はいらないね。諦めの悪い君の事だから失敗しても最後まで足掻くだろうし、絶対に良い結果をもぎ取れると信じているよ。まぁ、カスタードと姫様のことは心配しなくてもいいよ。二人とも強いし。」


 そしてゼオもいる。本当に心配する必要なんてないな。


「ああ、でも勇人。僕、姫様を守るのは無理みたいだ。」


 脚の状態から見て二人を守るのは無理、ということだろうか?それならリリィクに関しては防御魔法があるし気負わなくてもいい、と思ったんだが、どうやら違うらしい。俺の言葉を手で制し、首を横に振ってため息を吐く。


「……勇人、僕は見てしまったんだよ、森で君達が話しているのを……姫様が豹変する所も……だから、情けない話だけど姫様が怖いんだ。守らなくても自慢の魔法があるんだし僕が何かをする必要はないだろうって、なるべく関わりたくないなって思ってしまうんだ。最低だよね……」


「そうか……」


 あの場面を見られていたのか。だからリリィクに話し掛けられた時に様子がおかしかったんだな。


「ねぇ、勇人、君は何で姫様なんだい?あそこまで君に執着する彼女を何で君は受け入れられるんだい?何で追い掛けていられるんだい?」


「…………」


 何で追い掛けていられるのかなんて、好きだからとしか言いようがない。でも、それは人によって基準が違うし、うまく説明できないな。深く突っ込まれると俺だって疑問に思いそうだし……


「お前だってカスタードに……いや、ごめん。そうじゃないよな……」


「勇人、姫様のことをちゃんと知ろうとしないと駄目だと思うよ。姫様の制約のこと少しだけカスタードから聞いたけど、記憶が戻った瞬間完全に迷いがなくなることはないと思うしさ。」


「ああ……」


 ちゃんと、か……


「たしかにさ、一途に想われるっていうのは悪くないよね。僕だってそうだよ。でもさ、それだけじゃやっぱり駄目なんだと思うよ。その想いを大事にしたいなら、僕らもちゃんと自分と向き合わなきゃ。そしてちゃんと相手と向き合わなきゃ!」


 向き合う、か。たしかにいい雰囲気のまま、そのまま続けばそれでいいんじゃないかとは思っていたんだろう。制約のことも、なるべく触れないように話題を選んで避けてきたのかもしれない。命に関わる部分でもあるからデリケートなのは間違いないが、核心に触れないように少しずつ話をしていってもいいのかもしれないな。


「そうだな。ありがとう、ゼオ。」


「お礼なんてよしたまえよ。ほら……」


 ゼオが右手を差し出してくる。その手を取って固く握手を交わす。


「まぁ、偉そうなこと言ったけどさ、お互い頑張ろう!」


「おう!」



 それからしばらくしてリリィク達が大量の食材を持ってやって来た。どうやら宴会はしないようだが、カスタードが料理をふるまってくれるらしい。


「ああ、彼女は料理得意だよ。」


 さも当然のように自慢しやがる。かなり羨ましい……。


「んぇ、リリちゃんだって料理得意だよ!」


「カ、カスタード!恥ずかしいですから……」


 その言葉通り晩の食事はとても幸せな時間だった。さすがリリィク、食べるのが得意なだけあって味の方も見た目も申し分ない。カスタードの作った物とベクトルは違うが、これは負けてないだろう。


「勝負じゃないけどね。まぁ、お互い太らないように気を付けないと……」


 まったく同感だ。




 夜が更ければカスタードと特訓。


 そして朝が来て、鍛錬を繰り返しながら一日が過ぎていく。


 二回戦、カスタードは宣言通り時間ギリギリまで引っ張ってわざと場外に降りて負けたそうだ。


 最終戦前のインターバルも滞りなく過ぎていく。明日のことをもう一度確認して床に就く。少し緊張しているのか寝付くまでに少々時間がかかってしまった。





 最終戦の朝はいつもと様子が違った。慌ただしく駆けずり回る人たち、玄関から聞こえてくる怒号。


「ルンナ・リルケーが行方不明だ!」


 リクシーケルンの叫び声を聞きながら、皆を捜そうとしたところでカスタードに声をかけられた。


「あ、キリくん丁度よかった。リクシーケルンと話し合うからついて来て。」


「カスタード、それに二人とも一緒だったのか。」


 四人そろって玄関で喚き続けているリクシーケルンの所へ向かう。これから何か良くない事が起こる、そんな不穏な気配が周囲に漂っているように感じた。


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