第三章 暗躍 6
【バーゼッタ城・王の間】
パーティ会場に結界で封じられていたガルオム王は、あまりにも自由に振る舞い過ぎてトーマの野郎を本気で怒らせたために王の間にその身を移されていた。あの野郎曰く兵糧攻めらしいが王のことだ、どうせ何か隠し持ってるだろう。
「おー、お前が来るなんて珍しいな。監視でも命じられたか?」
表情には出さなくても警戒心剥き出しだな。まだ王には俺達がトーマを倒す為に動いていることを悟られてはいないようだ。だが、今まではそれでも良かったが、あの野郎の動きを大体把握できている今なら状況も違うだろう。
「いえ、なんとなく、王の調子はいかがなものかと。」
「なんとなくで様子見か?それにしちゃあ緊張してるじゃねぇか。」
それは一応周囲を警戒してるからだ。あの野郎は今クィン・デッドの回収とアントラメリアをなだめるのに必死のはずだが、誰か監視に残しているかもしれない。
「ん、何だお前、もしかして監視がいないか警戒してんのか?そんな心配しなくていいだろ。奴はいつも詰めが甘い、自分の行動に常に最高評価を付けて動いてるのさ。そのぐらい知ってるだろ?」
「ええ、ごもっともです。ですが、念には念を……」
「……大事な話か?奴に聞かれたくないんだな?いいぜ、お前とはまともに話したことがなかったからな。」
察しがいいな、だがそれが助かる。結界のギリギリまで来ておもむろに床に腰を下ろすガルオム王、俺にも座れと言わんばかりに合図してくる。こうして一対一の状況になるのは初めてだが、なるほど普段はふざけているように見えても人のことはしっかりと見ている。
「ちょっとはリラックスしろ。お前、ユウトの幼馴染みなんだってな。単刀直入に一つだけ聞いとく、お前はあいつと敵対するつもりか?」
随分と核心を突いて来る。俺の方はあの野郎に気付かれないように話す内容も吟味して色々考えてきたというのに、これじゃあ考えてくる意味なんてなかったな。
「それは、ありません。俺はいつだってあいつの味方ですから。」
「そうかい、それだけ聞けりゃあ充分だ。ユウトのやつお前のことで相当悩んでたからな、どんな奴かと思ってたがこれなら信頼してもよさそうだ。奴がいない時にコソコソ会いに来たってことは、お前の目的も奴だな?」
「……重ね重ね察しが良くて助かります、王よ。正確には彼女の目的、ですが……」
入口付近に待機させているナナの方をちらりと見やる。
「彼女も俺達の幼馴染み、ただし誰にもこの世界に来た事を察知されずに姿を変えてトーマの元に潜り込んでいました。機械人形の記録にも彼女の名前はありません。」
「なんだそりゃ?ここに機械人形がいたら質問攻めだぞそれ。あー、あいつには迂闊に話せねぇな……気を付けとこう。まあ、トーマの奴を倒そうとしてるってんなら信じてやれんこともないが、うーむ……」
当然悩むだろうな。流石にここまで伝えて即信頼されてしまったんじゃこっちが不安になってしまう。
「ガルオム王、こちらで雇っているラトラのキサラギが現在ワイズマン隊と合流しています。本来は勇人を追い掛けていたのですが、アントラメリアに遭遇しそうになったため後退した所で偶然鉢合わせたようです。こちらのことは伝えずにバーゼッタの現状を把握しに来たとだけ伝えています。」
王はこちら側のメンバーは大体把握していると聞く。アントラメリアの名前にもすぐに反応を示した。
「なっ、アントラメリアが動いてるのか!?冗談だろ……リリ達は無事なんだろうな?」
「襲撃はされたようですがなんとか振り切って現在ロワールに到着している模様です。ただし、ロワール周辺に謎の現象が起きていてこちらでは洞窟を進むことができません。その為キサラギには一旦追跡は中断して情報交換と出来得る限りの支援をするように要請してあります。」
洞窟を進もうとしても戻ってきてしまう。一体誰の仕業か知らないが面倒な事をしてくれたもんだ。こちらとしてもロワールの状況は確認しておきたかったというのに。
「ワイズマン隊に被害は?」
「……一名、アントラメリアに……」
「そうか、分かった。ひとまず礼を言っておく、ありがとな。しかし、そこまで動いてもらってロワールに行けないんじゃ現状出来ることはないな。奴の捜索は続けさせるが……ところで奴はどこに行ったんだ?」
「クィン・デッドとアントラメリアの回収に、何人か連れて行ったようです。」
「逆に殺されるんじゃねぇか?」
「『撃喉』と『香手』を連れて行くのは確認しています。特に香手がいれば問題なく回収してしまうでしょう。」
「『ドラグアグニル』と『ヒナマリアス』か……ますます動き辛くなるな。」
当然、ワイズマン隊にはなるべく近付かないように伝えてもらっている。特に香手のヒナマリアスはアントラメリア並に厄介だ。絶対に捕捉されないようにしなければ。
「ということは、ロワールはパーキュリスか?」
「そのはずです。事前に潜入して動いていましたから。」
賢脳のパーキュリス、持っている知識の量は尊敬に値するほどだが、それを鼻にかけて傲慢の塊。いけ好かない男だが充分に仕込みをしてから動く慎重な面も持ち合わせている。強敵には違いないが、勇人、負けるなよ。
「ともかく、お前たちがしっかり動いてることは分かった。だからこそまだ奴には知られないようにしないとな。ワイズマンにだけでも知らせておきたいところだが、これはもう少し状況を見てからにしよう。」
「ありがとうございます。おそらくロワールでパーキュリスが負ければナナを向かわせることになります。その辺りで全員が合流出来れば最善かと。」
「ああ、そこは任せる。どうせ俺はここから出られないからな。」
握手の代わりに一度お互いに頷き合う。これで少し地固めが進んだな。
「あー、あと一つ聞いときたいんだが、城下町の皆とか傀儡の魔法掛けられてる奴らとかはどういう状況なんだ?」
「城の貯蔵庫のものを少しずつ拝借して食料だけはなんとかこっそり届けています。怪我をした人に関しても医療用品を届けてあります。傀儡の魔法に関しては不明な点が多いものの、最低限人間的な生活を送るように動かされているようで命の危険は今のところ無いかと。」
機械的な動きだが食事はするし風呂にも入る。トイレにもちゃんと行ってるようだし、正直なんでここまで生存や衛生面にまで気を配った魔法を掛けて操っているのかは分からない。
「あー、あいつ潔癖症なんだよ。昔戦った時も異様に奇麗な所で戦わされたんだぜ?あとは肝心の時にしっかり動かせるように管理してるつもりなんだろう。しかし、本当に機械人形の言った通り命までは奪わないで追い詰めていこうとしてるみたいだな。俺への復讐だけが目的だと思ってたが、一応ストラーの復活に対しても熱心に動いてるのか。関心はしないが。」
何はともあれ王とだけ話をすることが出来た。これで後は勇人がパーキュリスを倒してロワールの支援を仰ぐことができれば盤石だ。全ての準備が整ったらバーゼッタを奪還してトーマを倒す。これで俺達の目的は達成される。そう簡単にいかないことは分かってはいるが、何としてでもやり遂げなければ。
「よし、じゃあ俺は飯食って休むとするかな。」
食事?たしかに何か用意してるだろうとは思っていたが一体何処に……
「玉座の下には緊急時用の第二貯蔵庫が広がってるのさ!というわけで、またな。」
そう言いながら玉座をずらすとそそくさと貯蔵庫に入り込んでいく。まったく、本当に抜け目がない王様だよ。
ナナと合流して部屋を出る。そういえば機械人形はいなかったな。ソリ・アリと盛大にやり合ってスペアの身体を全部使い果たしたと聞いたが、残骸を集めて修復でもしてるんだろうか?ともかく居なかったのは幸いだった。ナナが彼女のことをひどく警戒しているからな。彼女はとてもよく頭が回る、それ故にこちらの動きを察知されるかもしれない。誰かに気付かれる度にトーマにバレる確率も上がる。リスクは減らしていきたいしな。傀儡兵士が反応しないのも妙だ、警戒はしておいてもいいだろう。
「あの、龍弥様……」
「今は大丈夫だぜ。」
「……うん、龍弥。ちょっと勇人達のことが心配。ロワールの方に感じた事のない気配があるの。あれはきっとエーテルじゃない。」
「エーテルじゃない?」
「うまく言えない。エーテルだけどエーテルじゃないの。そんな感じ。伝わらないね。ごめんね……」
「漠然とした感じなんだな?だが、今調査に向かうわけには……」
「うん、勇人達を信じて待つしかない。それが分かってるから、もどかしいね。」
エーテルだけどエーテルじゃない……勇人、お前達は一体何に巻き込まれてしまったんだ?




