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第三章 暗躍 4


【森・賢者の小屋】




「通信障害?エーテルが何かやらかしたのか?」


「いえ、そうではないようです。」


 アルシアが端末をいじりながら頭を悩ませている。あれから衛星の守護者との連携で勇人達の位置を把握できるようにしたらしいのだが、洞窟を抜けた辺りから反応が消えた上に一切の連絡手段が使えなくなったらしい。


 こういうことをするのはエーテルぐらいのものだろうと思っていたがそうでもないようだ。奴らも奴らで慌てふためいているのを感じる。


「エーテルも困惑していますか……いったいロワールで何が起こっているのでしょう?」


 世界を玩具にして遊んでいるのはエーテルとストラーぐらいのものだと思っていたが、これは何か違うな。


 前にも言ったかもしれないが、この世界では、おそらく元々この島があった星でもエーテルは人の感情に作用する不思議な粒子程度の認識しかされていない。私みたいに常日頃こいつらの声に曝されている身としては信じ難いものだがな。私はこいつ等にとって良い観測対象なんだそうだ。それ故に一生付きまとわれる、迷惑な話だ。


「ミュー、エーテルは何か言っていますか?」


「さあな、慌てているのは分かるが言語のチャンネルが繋がらない感じだ。」


 普段は偉そうに「早く記憶を取り戻して見せてくれ」とか言いながら高みの見物をしているのだから、こういう時こそ何が起こっているのか把握しておいてほしいものだ。


「困りましたね。エーテルが把握できていない事態はそうそう起こり得るものでは……」


 私の知っている限りではエーテルは万能だ。それ故に想定外の事態が起こることを常々願っている。だが、今回に限ってはそうではないようだ。事態を把握しきれないというよりは、願ってもいない想定外をぶつけられて困惑している感じだな。まったく、想定外に対して取捨選択までするのかこいつらは。


(可能性の問題だ。1でも可能性があるなら驚きはしない。これは0から訪れた事象だ。)


 ……何か喋り始めたな。少し黙って聞いておくか。


「エーテル、私にも話し掛けてくるなんて珍しいですね。それほど緊急の事態ですか?」


(世界の仕組みを知る者同士だ。お互い把握しておかねばな。ふむ、そうなると現状に至るまでを被験者に説明しておかなければならなくなるか?)


「……聞いておこうか。」


 人を被験者呼ばわりとはどこまでも高慢な奴らだ。まあ、付き合いも長い、慣れたものではあるがな。しかし、世界の仕組みとは大きく出たな。話し半分ぐらいで聞いていたいものだが、彼女も関わっているとなると詳しく聞いておきたいところだ。


(いや、今はまだ早いか。まずは今回のことについてだ。)


 期待させて焦らしてくるとは、中々に興味深い。


「そうですね、まずは何が原因なのか、推測でもいいので話してください。」


(推測でも仮定でもなく、これは確定だ。天上の意思、その残滓が関わってきている。)


 天上?神のようなものか?この世界にそんな者が居るとしたらエーテルがそうだと思っていたが、残滓……いったい何だというのだ。


「そんなまさか……あの時彼らは何も残さず私たちに丸投げして去っていったはずです。」


(だが、残っていた。うっかりかわざとかは分からないが、今それが干渉してきている。まったく、干渉は我々の役割だというのに……)


 ふむ、全く分からないな。神みたいなのがいて、いろいろ丸投げして去っていった?その時何かを残していて、それが今回の事態を引き起こしていると?


「ごめんなさい、置いてけぼりにしてしまいますね。」


「いや、構わない。どうせ解決のためには現地に行ってみるしかないんだろう?それには私が動くしかあるまい。だいたいの話が推測できていればそれでいい。」


 さっきからエーテルがそこに向かわせようと意識の底をつついて来ている。そもそも勇人達の所に行くのは決定事項だ、無駄に話し合わないでさっさと行きたいものだ。


(理解が早いのは助かる。さあ、向うがいい。)


「あまり急かさないでください。天上の意思が関わっているとしたら私達ですら全てを書き換えられて終わるかもしれないんですよ?もう少し対策を練りましょう。」


 何やら不穏な言葉が聞こえてくる。書き換える?私達が何かのデータみたいな言い方だが……


「いいえ、そうではありません。貴方達は間違いなく魂があって、間違いなくこの世界に生きています。私が言った全てというのは記憶の書き換えのことです。天上の意思を、その残滓であっても行使するならばそれくらいのことは造作もないはず……」


(お前たちがデータであるなら干渉などせんよ。だが、『調査』の成れの果てよ、ロワール周囲の状況は見たか?アレはもう残滓というレベルではない。場合によっては事象の書き換えすらやってのけるぞ。まったく、我々の知らないうちにとんでもない物が潜んでいたものだ!)


 珍しくエーテルが苛立っている。普段から世界に干渉しているくせに、他の存在が干渉するのは納得がいかないということだろうか?


(ああ、納得はいかんよ。さっきも言ったがそもそも干渉は我々の役目、ストラーにしろお前にしろ特異点というものは存在するが、なるべくは自然な流れのまま世界が存続していくことが重要なのであって、事象の書き換えで根本から変化させられては困る。『結果』の奴にも正しい情報が伝えられなくなるからな。)


 結果か、また新しい勢力が出てきたな。アルシアが『調査』、おそらくエーテルは『干渉』、まだ見ぬ『結果』、そして『天上の意思』とその残滓。世界の根本にはこれらが混じり合っているということなのだろうな。だが、アルシアもエーテルも今話すつもりはないようだ。後で詳しく聞かせてもらうとしよう。


 今はそれよりも勇人達のことだ。


「現状、ロワールはどうなっているんだ?」


(周囲から隔離された閉鎖空間になっている。入ろうとする者は無意識にその歩みを反転させられ外に出てしまうし、中から出ようとする者も同様に中に戻される、そういう状況だ。彼らがどういう状態に陥っているかはいまいち把握できない。中に存在するはずの我々との連絡も取れないのだ。)


「それでは、どうやって中に入るつもりなのですか?」


 一番の疑問点はそこだ。エーテルでも太刀打ちできないと言っているのに何が出来るというのだろう。


(お前たちには分からないだろうが、我々は先程から監視されている。おそらくは残滓、そしてお前の動きを一番強く見ている。)


「私の動きを、か?」


(そうだ。誘われている、そういう感じがするな。転送の力、解放してみるか?お前だけなら入っていけるかもしれん。)


 誘われているとあっては応えるべきなんだろうな。どれもこれも予測にすぎないのが癪だが、解決に近付けるなら試してみるしかあるまい。


「いいだろう、私も勇人達のことが気になる。ロワールに行ける可能性があるなら断る理由はない。」


「わかりました。ではこれを持って行ってください。」


 耳に掛けるタイプのイヤホンを渡される。通信機の一種だろうか?こちらが音を聞くぐらいしかできそうにないが……


(なるほど、音を拾う部分に我々が声を届ければいいのだな?ラトラの物か、新しい発明品だな。いいだろう、我々はこれからこのタイプの物に順応する。いつでも使えるだろう。)


 この世界の発明はこういう風にこいつらに認証されて使えるようになっていたのか……


「気を付けて、無事に帰ってきてくださいね。まだ昔のこと、ほとんどお話しできないのですから。」


「ああ、了解した。」


 エーテルの導きに従って転送のイメージを思い描く。うまくいけばロワールだ。たしか、バゼル、だったか?昔の私を知る人物がそこに居るそうだ。私が覚えていた名前の一つだ、私にとって重要な人物なのだろう。アルシアがそうであるように。


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