第三章 暗躍 2
「んぇ、洞窟内を進めない!?ホントに?詳しく話して!」
ちょうどカスタードからの報告が終わったところで、慌てて駈け込んで来た人が焦っているのか早口で話し始める。どうやら俺達が通って来た洞窟が通れなくなっているらしい。ふと、もしかして俺達のせいだったのかと思ったが、どうやらそうではないらしい。
「嘘ではないんです。ココ様の捜索範囲を広げるために洞窟内の探索も始める予定だったのですが、洞窟内を進んでいるといつの間にか入り口付近に戻っているのです。我々にも何が何だか……。」
捜索だけでなく障壁発生装置の破損状況も調べに行く予定だったらしいが、何度先に進もうとしてもいつの間にか全員入り口近くまで戻っているらしい。どこかに設置式の幻覚魔法が仕組まれているかもしれないと捜索班を複数に分けて距離を開けつつお互いを監視しながら進んでみても、誰も気づかないうちに同様に戻っているそうだ。
「うぅん、ひとまずおつかれさま。で、続行しても大丈夫そう?無理はしてほしくないから意見をお願い。」
「一応全員それ以外の異常は見受けられません。しかし、洞窟に入った我々だけでは正常な判断しかねます。一旦全員帰宅させて家族に様子を見てもらいたいと思います。そこで異常がなければ続行しても問題ないかと。」
カスタードはかなり悩んでいるようだ。直前に通信施設に潜入して情報を得てきたように自分が行くと言い出すかもしれない。流石に連続で危ない橋を渡るのはやめてほしいところだが……
「うん、わかった。そっちのことは任せるよ。ホントはアタシが行きたいって言いたいところだけど、継承戦のこともあるし我慢しなきゃ。ほんの少しでもおかしい所があったらどんなことでも報告してね。」
「はい、では失礼いたします。」
溜息を吐きながら頭を抱えるカスタードを見て、こういう風に勢い以外のこともできるんだなと思ってしまった。
「何その意外そうな顔。アタシだってちゃんと考えて動いてるんだからね。」
「そうなのかい?勢いだけで生きてると思ってたけど……」
「んぁっ、ゼオくんまで!」
しかし、洞窟に入れないということは俺達がここに隔離されてしまったとも言えるわけだ。切り立った崖を飛び降りるつもりなら行けないこともないだろうが、同時に命の保障もないだろう。それに、閉じ込めるのが目的ならもしもの対策もしてあるだろう。こういう時は原因を断つしかない。その原因の心当たりといえば一人しかいないな。
「リクシーケルン……」
「まぁ、あいつならやりかねないって気持ちは当然あるよね。でも、君達をここに閉じ込めるのが目的だった場合、外部からの可能性だってあり得ると思うんだけどな。」
「そうですね、今までがそうであっただけで敵が必ず一人で来るとは限りません。何か対策を立てられれば良いのですが……」
カスタードがその耳で聞いてきたようにリクシーケルンは俺達の敵で間違いない。情報を引き出しつつ倒すか無力化しなければいけないだろう。それはこれから話し合うとして、敵が一人じゃなかった場合についても考えていかないといけないな。現状、通信も出来ない、移動するのも無理……となればあとは外からは来れるという可能性に期待するしかないか。
「外から……誰か来てくれそうな味方に心当たりでもあるのかい?」
「特に……いや、一人だけいないこともないが……」
ふと、賢者様がミューをこっちに向かわせると言っていたのを思い出した。彼女が来てくれるなら心強いことこの上ないが、急に眠ってしまうことがあるのは不安だ。
「んぅ、なんか複雑?ひとまず難しい事考えるのは後回しにして継承戦についてもうちょっと詳しく話しておいてもいいかな?継承戦、というかその裏で動いてほしいことなんだけど。」
そう言いながら後ろに置いてあった大きな紙を広げる。これは通信施設の見取り図だろうか?
「さっき話したようにココさんが捕らえられてるのがこの通信装置の真上の場所につくられた光の牢獄。そして、発電装置がこっち。ケーブル類が全部牢獄の方に繋げられてたから、緊急停止装置を作動できればきっと止まるはず。ただ、その停止装置の位置が問題で……」
彼女が指差す先は入口から見て左に進んだ通路の先の更に奥、さっきの話では扉が出来ていて進めなくなっていたはずだ。
「うん、扉自体はすぐ開けられそうなんだよ。でも、あれだけの数で警備されてるし、音でも立てれば一斉に動いてきそうだったし諦めるしかなかったんだよね。流石にキリくんだと姿隠せそうにないしもっと大変そうだけど、頑張ってね。」
「ちょっと待て、俺が行くのか!?」
思わず大声を出してしまった。事前の打ち合わせもなくいきなり重要な役割を与えられれば誰だってこうなるだろう。
「勇人、落ち着いてください。カスタードも勝手に決定しないで、もう少し説明をお願いします。」
「えっと、アタシのプランだとキリくんしかいないんだよ、継承戦の間自由に動けるのってさ。アタシは当然戦うでしょ?ゼオくんは動けないし、リリちゃんは魔法に対する牽制でこっちに居てほしいじゃん?ロワールの人達が継承戦見に行かないのもおかしな話だし当然調査や捜索も試合中は中止。キリくんは強くなりたいみたいだから期間中はアタシが課した特訓を一人で勤勉にこなすじゃん?試合は見に来れないからやりたい放題だよ!」
いや待て、確かに戦闘訓練をしてほしいとは言ったが、俺一人で何かを黙々とやり続けるなんて聞いてない。そしてその上で発電装置を止めに行けと?しかも俺が抗議出来ないような理由まで考えられてる……。これはどう足掻いても断れないやつ……。
「うん、これは諦めるしかないよ。まぁ、僕は動けないから全く関係ないけど。……あぁ、残念だなぁ。僕が動けていればユウトに美味しいところを持っていかれることも無かったのになぁ。」
くっ、煽ってきやがる。こいつの場合動けないことに対する自虐も含んでいるから質が悪い……。
「わかった!わかったよ、俺がやればいいんだな?」
「わぁ、ありがとー。キリくんならきっとやってくれるとしんじてたよー。」
なんて心のこもってない……。どうせ断ってもやらせるつもりだったのが完全に見え見えじゃないか。せめてもっと心の内に隠してくれ。
「というわけで、地獄の……ゴホン、楽しい特訓メニューはこちら。後でちゃんと目を通して毎日こなしてね。」
なにやら長々と書かれた紙を渡された。
「……今、地獄って言ったか?」
「言いましたね。」
「言ったね。」
「それは言ったけど訂正してあげたじゃん?」
「それはどうもありがとうございました……。」
ざっと目を通そうと思ったが時間が掛かりそうだからやめた。部屋に戻ったらじっくり見るとしよう。
「キリくん、それ結構滅茶苦茶に書いてあるから本気で全部やらなくていいからね。やったら間違いなく一日で瀕死になっちゃう。」
そんなに恐ろしい物を渡すなよ……。
「冗談はこれぐらいにしておいて、発電装置の止め方も教えておくね。緊急停止装置を見付けてレバーを下げる、簡単でしょ?」
簡単すぎてそっちが冗談みたいなんだが、本当に大丈夫なんだろうか……。
「そこに行くまでが大変なんだろう?そういえば姿を隠すとか言ってたが……。」
「おっとストップ、そこから先は秘密だよ。あいつに対しての切り札になり得るとは思うけど、どこから情報が漏れるか分からないから、ごめんね。」
リクシーケルンに対して隠し玉を用意しているということだろうか?だとしたら言及しない方がいいんだろうな、気になるけど。
「キリくんなら加速の魔法で一気に奥まで突き進んで大丈夫だと思うんだよね。そもそも中に居るのが人じゃないから全員吹っ飛ばして大丈夫だし。」
「そう簡単にいけばいいんだがな。何かしらの仕掛けはありそうだ。」
わざわざ扉を作って隠してあるぐらいだ。きっと一筋縄にはいかないだろう。
「うん、そこが一番心配ではあるんだけど、なんとかその場で対応して切り抜けて。アタシもなるべくあいつをそっちに行かせないように試合を長引かせるからさ。」
俺一人で何かをするのは初めてだが、心を決めるしかない。
「ああ、きっと何とかする。」
今までだって何とかなってきたんだ。一人でだってきっと出来るはずだ。心の中でそう自分に言い聞かせる。
そこから更に継承戦の期間の動きについて話し合った。俺が動くのは三戦目。カスタードの実力については正直分からないが、彼女自身は負ける可能性なんてほぼないと言い切っていた。彼女の計画では、初戦は開始早々に勝つ、二戦目はギリギリまで粘って負けるか引き分ける、そして三戦目も時間一杯まで引っ張ってココ・バーゼッタの解放を待つ。その自信に満ちた顔を見ては、そう出来るんだろうなと思うしかない。当然不安がないわけじゃないが、当の本人が不安を微塵も感じさせない以上信頼して動くべきだろう。もし失敗したらなんて考えずに出来ることを全力でやろう。
話し合いが終わって食事までの間に一旦部屋に戻る。そういえば特訓メニューなんてものががあったな。一度目を通しておこう。
「どれどれ……」
そこには可愛らしい文字で馬鹿みたいな特訓メニューが書き連ねてあった。
「これは……うん、死にそうだな。……ん?」
しかし、その中で一部だけ、畏まった文体で「君の実力が知りたい。真剣勝負をしよう。今晩皆が寝静まったら玄関まで来て。」と書いてあった。
「……俺が見逃したらどうするつもりだったんだ?」
……きっと叩き起こしに来たりするつもりなんだろうな。しかし、実力を知りたい、か。真剣勝負なんてしたらあっさり俺が負けてしまいそうなんだが……まあ、やってみるしかないか。今まで戦ったことのないタイプだし、いい経験になるだろう。




