第三章 暗躍
舞台を整え、その時を待つ
我々は全にして個
ここに居る我々の中の私が
静かに干渉しよう
しかし、それはただの戯れ
今の彼らには到達できぬ境地
全てを決めるのは彼女だ
この世界はそのように動かなければならない
そうしていかねばならない
そう、それが残滓を拾った私と
繋がってしまった我々の使命
第三章 暗躍
「リクシーケルン、どういうことか説明してくれるよね?」
継承戦について話し合いが行われるはずだった場所、今ここにはアタシとルンナとリクシーケルンの三人しかいない。一緒に来るはずだった人たちが、今朝になって軒並み体調の不良で動けなくなったんだ。
「フハッ!昨晩散々飲んで食べて騒ぎ通したそうじゃないか!それでは来れなくて当然、私が何かしたと疑うのがそもそも間違いなのでは?」
アタシ達だって馬鹿じゃない。今日の参加予定者はアタシ以外宴会に参加させてない。こいつがどういう手を打ってくるか分からないから、だから、あらゆることに対処できるように手を打ってきたつもりだった。でも、先手を打たれてしまったみたい。
「いやいやまったく、大事な話し合いの前日に宴会なんて実に浅はか!ああ、想い人の突然の来訪に浮かれてしまったのかな?フフッ、いやいやいや、恋する乙女とは斯くも愚かなものか……失礼、言い過ぎだったかな?」
「まともに話し合いをする気がないなら継承戦は撤回してね。アタシ、今一番大事なのはお社への道を復興させることだと考えてるんだから。」
挑発に乗る必要なんてない。そもそも継承戦をしたいと言ってるのがこいつだけなんだから、
撤回してくれたところで特に影響なんてありはしないはず。……えっと、いつもこいつに付いて回ってる謎の集団はどうなんだろうね?アレらについてはホントに得体が知れない。
あれ……?そもそもこいつっていつからこの国に居たんだっけ?なんだか妙だ。小さい頃にはいなかったはず、それは間違いない。最近はココさんと口論が絶えなかったから記憶に強く焼き付いてるんだけど、それ以前が曖昧だ……。何か魔法でも使われたかな?
「それは困る。継承戦はやってもらわねば。」
「なんでそこまでこだわるの?そんなにこの国を手に入れたいの?」
「国を手に入れる?フフフハハハハッ、これはこれは恐ろしい事を仰る!私はただルンナ・リルケーが後継者に相応しいと思っているだけだよ。ねえ、そうだろ?」
ルンナはただただオロオロしてるだけ。ホント、一番困っているのはこの子だよね。性格的に強く言いだせないのが欠点だけど、この子自身の実力はアタシと大差ないほど洗練されてる。だから、こんな奴殴り飛ばしちゃえばいいんだなんて思うけど、でも、その結果何をされるか分からないから迂闊に動けない。
「もういいよ、まともな話し合いが出来ると思ったアタシが馬鹿だった。条件は覚えてるよね?確認するけど、場所は参道下の模擬戦舞台を使う、一戦十五分、全三戦で先に二勝した方の勝ち、場外は一敗、一日に一戦のみ、毎回一日の準備期間を挟む、これでいい?」
向こうがまともじゃないならこっちだってまともにやり合う必要はない。この条件を何の疑問もなく飲むのなら、後は考えているように動くだけ。
「ああ、それは昨日のむと言ったからね。手のひらを返したりはしないよ。まあ、何か考えでもあるんだろうけれど、全部無駄になるさ、フフッ。」
「日程はどうするの?早く始めたいって言ってたよね?」
「最速でいくと明後日、それでいこうじゃないか。構わないだろう?」
アタシもルンナも黙って頷いた。この子もちゃんと覚悟を決めてくれたみたいで一安心。せっかくやるからには全力で掛かって来てほしいしね。……うん、一応全力でやるけど、まともにやる気がないのはごめんね。先に心の中で謝っておこう。
さて、話し合いが終わればここに残る必要なんてない。ルンナには悪いけどあんなのと一緒にはいたくないしね。
「……皆、うまくやれてるかな?」
継承戦をするからと言って他の問題を投げっ放しにするわけじゃない。相変わらず除去作業は遅々として進まないけど継続していかないといけないし、ココさんのことも何かしら手掛かりを見つけないと。あいつが何かしてるのは間違いんだけどね。
ゼオくんの脚を歩けないようにしてしまったこと、ゼオくんも言ってたけど何らかの魔法なのは間違いないみたいだ。もしそれが間違いないならリリちゃんの前で一度発動させてしまえば阻止できるかもしれない。もっともアタシ達がその魔法で行動不能にならなければ、だけどね。
「アタシもやれることはやっておくからね……」
誰に言うわけでもなかったけれど、そう小さく呟けばやる気が湧いて来るように感じた。やれること、ある程度の聞き込みはもう済ませてある。後は怪しい場所の調査かな。自分の国に怪しい場所があるなんてどう考えてもいい気分じゃないけど、それを嘆いてる暇なんてない。
目星は付けてある。通信施設、そこにはココさんがいなくなってから急に使えなくなった通信装置とそれを維持するための発電装置がある。リクシーケルンのやつがあそこは危険だからと言って封鎖してしまったけど、どう考えてもおかしいからね。ホント、あいつは分かりやすい行動してくれるから助かるよ。うん、罠の可能性は、もうそれしかないって言うぐらいそうだけど、まぁ、手っ取り早く調べるには自分で行ってみるしかないじゃん?ゼオくんと一緒に行ければ最高なんだけどね!
「うわ、何かいっぱいいる……」
通信施設の入口を遠巻きに眺めてみると、いつもあいつが連れてる謎の集団達がしっかり警備しているのが見える。あれって気の流れも見えないからきっと人間じゃないんだろうね。だとしたら迂闊に攻撃するとどんなことになるか分からないから困り物だ。
「じゃあ、ちょっとやってみようかな。……陽炎纏いて我が身を隠せ、風前、吹き消えぬ蜃気楼、とこしえの幻、その目を欺きたまえ……」
これはちょっと恥ずかしくてゼオ君にも言えないけれど、私は魔法を使える。あの頃にリリちゃんに対抗しようとして必死に色々な物を練習したから。特に防御魔法だけは負けたくない一心でひたすら練習したけれど、結局アタシが出来るようになったのはちょっとした障壁を展開させることだけ。ある程度研鑚してみても伸び代がないから他の何か役立ちそうな方法を探っている時にふと、身を隠せたりしたら便利かもしれないと思い付いて頑張ってみたのがこれ。少しサボりたい時とかにとっても重宝してる。ちなみに、人前で魔法が使えることを公言してないし、人に見せたのも昨日のゼオくんが初めてだからうまく使ってアイツを出し抜けたらなぁ、と思ってる。……あ、ゼオくん気付いてたみたいだけど何も言ってこないよね。もし聞かれたらちょっと説明するの恥ずかしいな……
姿さえ隠せば中に入るのは簡単だった。鍵が掛かってるわけでもないし結構ザルだね。
「んぇ、何これぇ……」
入るとすぐに左右に分かれ道、ここは変わりない。右に行ったら階段を上って通信設備の制御室、上らなかったら備品倉庫なんかがある。基本的に関係者以外立ち入り禁止の部屋が多い。問題は左に行く方。こっちに行くと発電機とか通信機を防護ガラス越しに見学できる場所があって、更に奥に行くと発電関係の制御室があるんだけど、何故かそっちの方の警備が物々しい。これは行ってみるしかないじゃん、ってことで細心の注意を払いながら進む。
……うん、怖い。だって、この人たち微動だにしないでずっと突っ立ってるんだもん。いや、人じゃないってるのは分かってるんだけど、そういう問題じゃないよね。顔は覆面で見えないし、少しでも刺激を与えたら変身でもして襲ってくるんじゃないかな?なんて考えまで浮かんでくる。それぐらい不気味で恐怖感を煽ってきてる。
「あれ?こんな所に扉が……」
こんな所に扉なんて無いはずなんだけど……。ここから先は側面ガラス張りのゾーンに入るはず。そこまで行ければ一応状況の把握が出来るんだけど、これはちょっと無理かな。
諦めて引き返していると入口から誰かが入ってくる音がした。そのまま制御室の方に行くみたいだ。潜伏の魔法、効果時間が不安だけど……ちょっと後を付けてみようかな。
「フフッ、居心地はどうだい?動けない貴女がそこに居るというのはこの上なく気分がいいね!」
開けっ放しの扉から身を乗り出さないようにして聞き耳を立てる。あぁ、やっぱりリクシーケルンか……。
「苦労して作った光の牢獄さ。じっくり堪能してくれているようで私も嬉しいよ、フフフハハハハハッ!まあ、そこに居るんじゃ話も出来ないだろうけどね。」
少し身を乗り出して中を確認するべきなのかな?潜伏効果があるうちは見付からないと思うけど、それでもちょっと不安だ。もしかしたら看破されるかもしれないしもう少し独り言を聞いていよう。
「まったく、影の魔法だか何だか知らないけれど厄介だよ、貴女は。ほんの少しでも自分の影と体が接触していればどんな影でも操り放題、質量を持たせて攻撃だってしてくる。でもそこさえ封印してしまえば手も足も出せない!今その中で全てを剥ぎ取られて光に曝されている貴女の姿を拝めないのは非常に残念だが、みすみす勝ちの一手を逃すわけにはいかないからね。そこでストラー様が復活するまで歯痒い思いをしていたまえ!」
なるほど、ココさんに対して勝ち目がないのは分かってるんだ。どんな手を使ったのか知らないけど、不意打ちですら影で感知して止められるあの人を捕らえたってことは、相当厄介な魔法を使ってくると見ていいかな。ただ、あの時もそうだったけど、どういう呪文を唱えたのかが分からない。そういえばキリくんたちが洞窟でエーテル特異体の人に襲われたって言ってたな。もしその人みたいにこいつがエーテル特異体で、呪文なんか唱えずに魔法を行使してくるとしたら……ホント厄介だよ。それだけは勘弁してほしいな。
「フハッ!まずはあの生意気な小娘を黙らせて、その後我々の力で紅蓮の姫君や魔道砲も潰してしまおうじゃないか、フフフフハハハハハハハハハハハハッ!」
あっ、まずい。高笑いしながらこっち来る。隠れる場所ないじゃん!やばいやばい潜伏頑張って!
「ん、誰か居る……?いや、気のせいかな。あの小娘の周りに潜入が出来そうな優秀な人材はいなさそうだし、まあ気にしなくて大丈夫だろう、フフハハハッ!」
ぐぬぬ、馬鹿にしてくれるね!皆ふざけてるようにしか見えない人たちだけど、とっても優秀なんだからね!
「まぁ、普段はアタシがぐうたらしてるとこしか見せないからね。そこだけ見ててくれてるなら、いくらでも足元は掬えるよ。」
あいつが去っていたのを見届けてからそっと呟く。アタシ、隠れて努力はするけど絶対人に見られたくないからね。まぁ、アタシが日中怠け続けてる間は世界は平和ってことじゃん?うんうん、そういうことそういうこと!
さて、せっかくだしもう一仕事してから帰ろうかな。あの光の牢獄とやらを解除できればお手柄だよね。きっとゼオくんも褒めてくれるよ。
「あっ……駄目じゃん……。」
意気揚々と突入して気付いてしまう。目の前に溢れかえる機械、制御装置なんだろうけど、無闇にいじったらまずいよね?うん、マニュアルがあれば問題ないけどさ。こんな所にそんな物があるなんてことはないわけで……。発電装置の電源を落とせればいけるかな?でもそうなると発電関係の設備は左の通路の奥だし、あの扉を開けないといけないし……。ひとまず見える範囲で情報収集だけでもしとかないと。
「んぅ、あれが光の牢獄かな?」
防護ガラスの向こうの空中に見たことのない装置が固定されてる。いつの間にかあんなものを作るなんて、随分手の込んだことをしてるんだね、あいつ。たしかにココさんの動きを封じとなると何かしら手の込んだことをしないと無理なんだろうけどさ。
「何か撮影できるものでも持ってくればよかったかな?」
一通り見て回って覚えられる範囲のことは覚えられたはず。一旦帰って皆にも伝えておかなきゃね。




