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第二章 束の間の休息に 5

「で、何でこんなことに?」


「僕に聞かれても困るよ。」


 ゼオとカスタードを連れて帰って俺の部屋で二人に何があったか聞いた後、今後どう動くか話し合っていると不意に襖が開かれ案内の人達が俺達を大宴会場に連行していった。


「あ~、ごめんね。すっかり忘れてたけど、お客様が来たらとりあえず宴会をするのがこの人たちの楽しみでさ。」


 自由すぎるだろうこの国は……彼女の権限は一体どこにあるんだろうか……


「せっかくなんだし今日は楽しもう、ね!」


 あ、これ彼女自身もノリノリなやつだ。さっきまで泣いていた人物だとは思えないな。


「皆、飲み物行き渡ったかな?それじゃあ……乾杯っ!」


「ぐぇっ!なんで僕に抱き付くんだい!?やめたまえよ!さっさと離れたまえよ!」


「うおおおおお乾杯!」


雄叫びをあげながら乾杯し始める人々、ゼオに抱き付いたまま一気に酒を飲み干していくカスタード。なんだこれ怖い……。あとちょっとゼオがうらやましい……。


「んぅ~……よしっ!ゼオくん成分も摂取したし、ちょっと皆の所に行ってくるね!」


「そのまま帰ってこなくても僕は平気だからね。」


 そんなこんなで始まった宴会は開始早々から異様な盛り上がりを見せ続けていた。あまりにも騒然としていて誰が何をしゃべっているのかもわからないぐらいだ。俺は歩けないゼオと隣同士で座り、出された料理を黙々と消費していく。周りの雰囲気にのまれてかいつもより酒が進むのが早い気がするが、まあ大丈夫だろう。……リリィクは訳あって物凄く静かだ……。


 それからしばらくはいろんな人が挨拶に来てくれて軽く会話をしたりしていたが、そのうち皆それぞれで盛り上がり始めて正直混ざれないなと思ったので静かに眺めたりしていた。


「やれやれ、大層な盛り上がりだね……。ところでユウト、飲んでるかい?」


「ああ、まあ、ぼちぼち。」


「そうかい?見た感じ僕に比べて全然勢いがないみたいだけれど。」


 こいつ水でも飲んでるんじゃないのか?さっきから物凄い勢いで色んなものを飲んでる気がするんだが……


「んにゃあ、ゼオくん、撫でて撫でて!」


「はいはい、じゃあこの魚でも食べたまえよ。」


 まったく会話になってないが魚をもらったカスタードはご満悦で去っていく。酔ってはいるが一応全体を見て回っているつもりらしい。というか、ゼオがここまで冷静に対処するのも違和感すごいな。もしかして飲むと冷静になるタイプなんだろうか?


「リカステドラータ様がこの上なく嬉しそうにしている記念、乾杯!」


「うおおおかわいい!乾杯!」


「んにぇ、君達ってホントに!」


 混沌としすぎている……。本当にこの国は大丈夫なんだろうか……。


「なんだかんだで皆から慕われてるみたいだし、いいんじゃないかな?そんなことより、僕は君のその状態を羨ましく思う反面、大変なんだろうなとも思うんだけど、実のところどうなんだい?」


「何のことやら……」


「はぁ、開幕で酔っ払って君に甘えまくった挙句に膝枕で寝てる姫様に気を付けながら飲み食いしてる状況のことだよ。」


「ぶっちゃけ、幸せの極みかな、と。」


「……だよね。」


 リリィクはお酒に弱かった。それもとてつもなく。


「あんなに君に甘えまくる姫様なんて初めて見たよ。」


「ああ、俺もだ。」


「……その様子だと目が覚めてからの姫様がどんな反応するか気になってしまうね。」


 最初の乾杯をして、少し飲んだだけだったと思うんだが……


「まるで猫みたいだったよね。」


「ああ、最高だよもう。正直、胸の鼓動が収まらない。新世界の体験だと思う。」


「君も相当酔ってるね……」


 周りの勢いに乗って結構飲んだからな。ちょっと言動がおかしくても仕方ないだろう。


「お前が強すぎるだけだ。普通はこうなる……はず。」


「あんまり嬉しくない強さだなぁ……」


 だから、話しながら何杯飲んでるんだよ!?……いきなり意識失ったりしないよな?


「あ、そろそろかな……ユウト、その魚いらないならもらっていいかい?」


「構わないけど……そろそろ?」


 何のことか分からないがゼオが俺の皿に残っていた手付かずの魚を回収していく。


「こっちの猫が帰ってきそうなんだよね。……ほら、来たよ。」


「んにゃあああ、ゼオくんなぐさめてなぐさめて!」


「はいはい、じゃあこの魚でも食べたまえよ。」


 先程と同じようにカスタードに魚を与えるゼオ。たぶん魚が嫌いなわけではなく、単に猫みたいににゃあにゃあ言いながら来るから与えてるだけだろう。さっきしっかり食べてたし。


「さっきも魚だったじゃん!」


「これはユウトから貰った魚だからさっきのとは違うよ。」


「……………………ダメじゃん?もう!んぅぅぅ~、ゼオくんっ!」


「うわぁっ!」


 カスタードに抱きつかれてそのまま倒れ込んでいく。ちっ、うらやま……爆発すればいいのに……あ、いや、そうなると俺も爆発するのか……。


「むぐっ……ぷはっ!なにさりげなく姫様の髪撫でてるんだよ。とりあえず僕の上からカスタードをどかしてくれたまえよ。窒息しそうだよ……」


「……爆ぜろ!」


「なんでさ!?」


 そんな立派なものに押しつぶされておきながらどかしてほしいとか贅沢すぎる……あ、リリィクの髪ってやっぱり触り心地いいな……


「君も大概だよ、まったく……」


 結局ここからさらに数時間騒ぎは収まることもなく、カスタードはゼオにくっついたままだったしリリィクも気持よさそうに寝息を立てたまま起きなかった。深夜、ようやくお開きになった頃には俺達の酔いはすっかり醒めていた。




 完全に寝てしまった二匹の猫を眺めながらどうしようか考えていると、案内の人に声をかけられた。……いや、何人かに名前を聞いてはみたんだけど、その都度「我々は案内のものです」としか言わないんだ。何かこだわりでもあるんだろうか?


「せっかくなので温泉にでも入られては?副団長とリリィク様は我々に任せて頂いて、バスラ様には、そうですね二人補助を付けましょう。さ、ご案内します。」


 半ば強引に案内されて温泉に入ることになった。なんか森の中でも入ってた気がするが……。


 体を洗って俺が湯船に浸かる頃、ゼオが抱えられて俺の横に沈められた。もちろんそのまま溺れることはなく、ゼオが水面に顔を出したのを確認すると、補助の人達はそそくさと立ち去って行った。きっと上がる頃にはまた来てくれるんだろう。


「まぁ、飲酒後の入浴ってあんまりよくないらしいけどね。」


「入ってから言うなよ……」


 さて、今日も本当に色んなことがあったな。特にゼオは脚のことやカスタードの件もあったしだいぶ疲れているはずだ。


「そういえば、床下では聞こえ辛かったんだけど、カスタードとは幼馴染みなんだってな。何で先に言ってくれなかったんだ?」


「うん、これ言うと絶対怒られるから言いたくなかったんだけどまぁいいや、僕すっかり彼女のこと忘れてたんだよね。それこそ洞窟の出口辺りまで!」


「お前……」


 最低だな。という言葉は呑み込んでおいた。


「顔に出てるよ。まぁ、間違いなく最低なんだけどさ。でも、何故か彼女には嫌われるどころか気に入られちゃうし、不思議なこともあるもんだね。」


 ごまかすように言っているが、きっと照れ隠しだろう。宴会の時の様子や会話から判断するのもあれだが、どうやらカスタードは小さい頃からゼオのことを一途に想い続けているらしい。まったく羨ましいというかなんというか……。


「何を言っているんだい。君と姫様だって似たようなものじゃないかい?」


「ああ、言われてみればそうだな。俺がその頃の記憶を失ってるのが大きな違いか……」


「えっ、君それって……」


「そういえば話してなかったか?まあ、どんな要因で欠落してるか分からないんだが、それを取り戻すのも俺の目標の一つなんだ。」


「ふぅん、まぁ、頑張りたまえよ。」


「興味なさそうだな……ま、そんなものか。」


 肩まで浸かって空を見上げてみる。高地だからだろうか、星が奇麗だ。


「何が悲しくて男二人で星空を見上げないといけないんだろうね?」


「そういうこと言うなよ……」


「まあ、実際この状況で女性と二人きりになったとしたら、僕等の場合慌てふためいて何もできないんだろうけどね……」


 悲しいが同意せざるを得ない。


「でもお前、カスタードに密着されてる時も相当冷静だったし、彼女とならいけるんじゃないか?」


「冗談はやめたまえよ。君から見たら余裕そうに見えたのかもしれないけれど、僕もう全てを捨て去る気持ちで心を無にしていたんだからね。」


「なんでそこまでして……」


「え、じゃあ君は僕があの場でお酒の勢いということにしていやらしく彼女を触ってしまっても良かったとでも言うつもりかい?」


「いや、駄目だな、うん、そこまでしないと耐え難いものがあったんだな。お前はよく頑張ったよ。すごいよ。」


 なるほど、やはりアレはそれほど凶悪なものであったか……


「君ってさ、姫様と居る時はこういう話にまったく興味がないように思えるけど、実際のところそんなことないよね。」


「まあな、リリィクとはこういう話はしないからな。なんか怒られそうで……」


「あぁ、わかるよ。君の視線がカスタードの胸部に釘付けになってたとき、彼女すごい睨んでたからね。」


 ああ、睨まれてた。あれはすごい怖かった。


「流石に睨まれるのに慣れたくはない。今まで通りでいくさ。」


「僕は今まで通りにはいかないからね。なるべく密着されないようにして、駄目な時は心を無にしてやり過ごすよ。」


「何でそんなに距離を置こうとするんだ?」


 向こうが仲良くしたいみたいだし、ゼオ自身も別にそれが嫌そうには見えないんだが……


「いや、考えてみたまえよ。つい先日まで姫様を口説いてた男がさ、いざ幼馴染に再会したと思ったらその想いに応えてましたって状況になるんだよ?流石にそんなに軽い男に僕はなれないよ。ちゃんと彼女のことも見ていけるようにならないといけないしさ。なにより、まだやらなくちゃいけないことが沢山あるからね。」


 たしかにそうだ。俺達はまだ何も解決できていない。


「……うぅん、まあ、分からないでもないかな……。だが正直なところ、その建前を除いてはどう思ってるんだ?」


「建前って……まぁいいけどさ。そうだね、そりゃあいい子だと思うよ。真っ直ぐに僕のことを見てくれるし、可愛いし、やわらか……魅力的だし。」


「今、やわらかいって言ったか……?」


「……気のせいだよ。ともかく、嫌いなんかじゃないよ。僕が個人的に今の自分じゃ釣り合わないと思ってるだけさ。せめて、彼女を守れるぐらい強くならないと。」


「そうか、頑張れよ。」


 ここに来るまでにだいぶ強くなってると思う。再会は確かに急だったかもしれないが、意外と早くいい所に落ち着いていきそうな気がするな。


「ところでユウト、君は……」


「んぇっ、ゼオくん温泉入っちゃったの!?アタシがお手伝いしようと思ってたのに!」


 ゼオが何か言い掛けたところで遠くからカスタードの声。どうやら目覚めて状況を把握したらしい。


「あ、これは嫌な予感だよ。さっさと上がってしまおう。」


「そうだな。」


 ここに突撃されたら大変だ。俺が立ち上がると、どこで様子を窺っていたのか補助の人達がスススッと駆け寄ってきてゼオを運んでいく。……本当にこの国の人達は、いや、この屋敷に居る人達は謎だらけだ。


 俺が脱衣場に入る頃にはゼオはもう完璧に仕上がっていた。この素早さ、学べる部分があるかもしれない……と、どうでもいい事を考えながら身体を拭いて服を着る。


 明日は継承戦についての話し合いがあるはずだ。俺達は同席するわけじゃないが、この国にしばらく滞在する以上関係ないとは言えないだろう。俺達に手伝えることがあれば積極的にやらせてもらおう。


「んぁ、ゼオくん!アタシが運ぶ!」


「い、いやいいよ、やめてくれたまえよ……」


「えへへ、役得役得。」


「僕は無心、僕は無心、僕は無心……」


 廊下から聞こえてくる声……うらやましくなんてないからな?


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