第一章 強襲
からり からり
不吉な音を響かせて
死を求めて只管歩く
からり からり
幾星霜……
――魔道砲と陰の監視者――
第一章 強襲
起きてからあらためて見ると、休憩所の中は奇麗に掃除されていて備品も揃っている。食材も新鮮な物が置いてあるのを見るに、しっかり管理してくれている人がいるということだろう。
「まったく、ありえないよ二人とも。動けない僕を放置して仲良く寝てしまうなんてさ!」
本当に悪かったと思っている。だからこそリリィクは応急処置をしてくれているし、俺は朝食を作っている。
「こんな感じでよろしいでしょうか?」
「う、うん、動かせないぐらいにまでなってれば大丈夫だよ。ありがとう、姫様……」
照れているのか?と思ったがどうも様子が違う。何かリリィクに対して怯えているような……。何かあったのだろうか?機会があればこっそり聞いてみるかな。
「よし、出来たぞ。」
「では、朝食にしましょう。」
朝食を食べながら洞窟内部のことや、ロワールに着いてからの予定を立てることにする。
「勇人、洞窟の内部についてどのぐらいご存知ですか?」
「ああ、今は岩が凄いってことしか分からないな。」
「では、内部の状況について説明しますね」
洞窟内部には蛍輝岩と呼ばれる淡く輝く岩が大量に存在しており完全な暗闇になる場所は少ないそうだ。また、普段人が通る場所にはほとんど姿を現さないが、危険なモンスターも存在しているらしい。
「特に危険なのは『ロックヘッド』と呼ばれる大蛇ですね。」
「ああ、確かにあれは危険だね。王冠みたいにゴツゴツした岩の塊が頭から生えているんだ。」
気性も荒く、縄張に入ってしまった場合その頭を武器に激しく暴れて襲い掛かってくる。体長は成体の平均で十メートル以上、状況に応じて柔軟に動く鱗と強靭でしなやかな筋肉を併せ持っており捕捉されれば逃げることは容易い事ではない。また、ピット器官だけでなく視覚や嗅覚、聴覚も優れており、ありとあらゆる場面において確実に獲物を捉えて動く、ということだそうだ。
「この蛇の一番恐ろしい点は、岩を砕いて体内に取り込む性質上口内に堅固な歯を持っていることでしょう。」
一般的な蛇のように獲物を丸呑みするのではなく、その歯で噛み砕いて咀嚼する。もちろん岩だけを食べているわけではなく、基本的には肉食であるようだ。つまり、油断すれば俺たちも餌になりかねないということだ。
「群れで行動するわけじゃないんだけど、助け合うって概念はあるみたいでね。追い掛けられてる内に数が増えてたり、辛うじて退治した所に他のが駆け付けて逃げ切れなかったって話もあるから十分気を付けないといけないよ。」
とはいえ、基本的に人の通る道には簡易な防壁が発生させてあるそうで、うっかり道をそれない限り襲われる可能性は低いとのことで安心していいだろう。
「はい、ただし完全に気を抜いてしまわないでくださいね。」
「ああ、分かってる。」
それは昨晩嫌というほど味わったばかりだ。
「それから洞窟内での戦闘ですが、私たちの戦い方故の問題もあります。」
まずリリィクの場合、剣での攻撃はさして問題ないのだが、障壁魔法を使うと炎由来の為周囲の温度が上昇し、連発すると一気に高温に曝されてしまうこと。
そして俺の場合、高出力の魔法を使うほど狭い通路故に威力はうなぎ登りだが、反面空気が引っ張られて真空状態が生まれたり、また通路や出口に人がいた場合巻き込まれて吹き飛ばされる可能性があること。
どちらも極端な例かもしれないと思ったが、一応気に留めておこう。
おまけでゼオの場合、動けない。
「そういうのやめたまえよ……」
「洞窟についてはこのぐらいで良いでしょう。次はロワールに着いてからの事ですが、まずは賢者様に言われたように雷龍様にお会いしましょう。」
雷龍、ロワールを守護する者。そしてそれを護衛する守護気功団。彼らの協力を得られればバーゼッタ奪還へ近付けるだろう。父さんもそこにいるらしいしようやく会えるな。
「僕はココ様が心配だよ。式典には来てなかったし何かあったんじゃないかなぁ?」
「ええ、私もそれが気掛かりです。ともかく第一目標は雷龍様にお会いすること。ココは強力な影の魔法の使い手です。ですからきっと、余程の事がない限り大丈夫でしょう。」
連絡が取れないと言っていたが、もしかしたら余程の事が起こっているかもしれない。ともかく、何が起こっていてもいいように気を引き締めていかなければいけないな。
「よし、そろそろ出発しようか。」
「はい、行きましょう。」
使った物を片付けて、準備を済ませて、ゼオを背負って、いざ出発……したいんだが……
「僕の脚、邪魔だよね……?」
リリィクによってがっちり固定された脚は真っ直ぐピーンと伸びており、垂らせば歩くたびにぶつかり、臀部を腕で支える形にすると前に突き出してしまう。
「ご、ごめんなさい、私……」
「い、いや、何とかするから大丈夫だ。」
「気にすることないよ姫様、そもそも僕がこうするように頼んだんだからさ。さあユウト、しっかり運んでくれたまえよ!」
「はいはい、了解。」
洞窟内でバランス崩してこけたら追加で重傷を負わせることになりかねないから気を付けないとな。
「……君にはそもそもこけた時に僕を庇おうという発想はないのかな?」
そんなつもりはなかったが、悪い事を考えてしまっていた。気を付けよう。
「さあ、行きましょう。」
リリィクの掛け声に頷いて歩きだす。洞窟の入り口までの道のりで昨日話しそびれた守人……ミューのことを少し話した。二人とも納得のいかない表情をしていたが、俺は彼女の言ったことと賢者様の事を信じてみたいと思う。何よりも敵対しなくていいのならそれに越したことはない。
と、ここまで考えて引っ掛かることがあった。リリィクに少し話した時には気にもしなかったが、俺は彼女が方針転換すると言っていたのを直接聞いた覚えがない。だからと言ってただの思い込みとは違うような奇妙な感覚。考えたところで答えが出るわけじゃないが、どうにも気持ちが悪いな……