衛兵の手は届かず、少女の手が伸びてきた。すなわち僕は捕まらない。
「ハァ、ハァ」
息が乱れて汗が出る。
あのあと僕の「お尻を見せてください」発言を聞いて、困惑したユーニアが大きな声で叫んだ結果、衛兵を呼ばれた僕は急いで大通りを抜けるため、路地裏へと逃げ込んだ。
そして、頭を抱えた。
「うわぁーー!!! どうしよう!!!」
何言ってるんだよ! 僕は! あんな発言したら衛兵を呼ばれるのは当たり前じゃないか!?
走っている間に、効率的に回復魔法をかけようとした僕の、何が行けなかったのか考えた。
まあ…………、すぐに答えは出た。
「あの発言、問題だらけじゃないか!!」
リアンからパーティを抜けろと言われ数分後、まさか違う案件で頭を抱えることになるとは思わなかったよ。
このまま衛兵に捕まって身元が開かされることになったら……。
・・・
『なぁ、知ってるか? 勇者パーティの魔術師が変わったんだってさ』
『え!? そうなの!? 魔術師はずっと変わらなかったから、この先も変わらないと思っていたのに』
『どうやら、その魔術師が変わる理由になったのが、魔術師のセクハラ癖のせいらしいぜ』
『え、なに? どういうこと?』
『聞いた話によると、街で出会ったいたいけな少女に出会い頭"しりを見せろ"って迫ったらしい。そして、それを拒んだ少女に"俺は勇者パーティの魔術師だぞ。拒むならこの街からお前を追放してやる"って脅したみたいだ』
『うわっ、何それ!? サイテー!! 』
・・・
とか、他の冒険者から噂されたり……。
・・・
『ヴェント、私は聞いた。貴方が痴漢紛い……ううん、痴漢そのものの行動をしたと。私は軽蔑した。元仲間の貴方を。ううん、元仲間だと思いたくもない。私は消えてほしい。貴方に、この世界から』
『ヴェン。聞いたぜ。パーティから抜けろと言われたショックから、お前が狼になっちまったと。
いや、パーティを抜けさせることに賛同した俺達も悪いが、犯罪に手を染めちゃおしまいだろう! いいか、男が狼になる場合には時と場所を考えなくちゃならねぇ! それじゃ、どこにいけばいいのかって? 具体的には夜の歓楽街へいけ!』
・・・
とか、シェリーとジェイクから言われたり……。
・・・
『……お前をパーティから抜けさせたのは、正解だったようだな。……消えろ』
『いつまでそこにいるつもり? もう貴方は勇者パーティの一員……いえ、一般人でもないのよ? さっさと牢屋へ行きなさい。中級魔法までしか使えない犯罪者さん』
・・・
とか、リアンやあの勇者パーティに新しく入ってきたメイシャに言われたりするのだろう。
……悲しすぎる。……気まずすぎる。
勇者パーティを抜けろと言われて、とりあえず荷造りしたら街を出ようかと思っていたけど、出なければならない理由が増えたな。
「うん、とりあえず逃げよう! ……捕まったらいろいろ終わる!」
「ハァ……ハァ、……な、何が終わるのだ? ヴェントさん」
「!?」
突然聞こえた声に僕は跳ね上がる。
その声の主のところに目を向けると、そこにはユーニアがいた。
「なんでユーニアさんがここに!?」
あんな変質者のようなことを僕は言ったのに!
荒い息をしながら家の壁に手をついているユーニアに僕は問いかけた。
「はぁ……。ヴェントさんに用事があるのです」
下を向き息を整えた後、金の長髪を揺らし顔を上げたユーニアは、その翡翠色の瞳に真剣な色を見せながら、僕に言った。
「用事……?」
変質者である僕に用事……。
ハッ! まさか大人しく捕まってください。とでもお願いされるのだろうか。
もしそうだとしたら……。大人しく捕まろう。
しかし、それにしては少し不用心過ぎる気がする。
普通変質者を追いかけてそんなこと言えば、酷い事態になるかもしれない。
ましてやここは人通りの少ない路地裏。僕のような発言をした変質者を追いかけてきたら駄目な場所だ。
……うぅ……。自分のこと変質者、変質者と考えてたらだんだん泣きたくなってきた。
「ええっ……と。我のげぼk……じゃなくって、食りょ……でもなくって。ええっと……な、仲間になってくれ……あ、ください!」
「分かりましたっ!! 大人しく捕まりまっ……え!?」
……これは、どういうことだろうか。
変質者の僕に、顔を赤くし手を差し出した少女の考えは分からなかった。