096話 やべぇ事になってるんだけど……
「フイー……やっと戻ってこれた。いやぁ全く災難だったわ。頼りになりそうなリトは案外使えなかったしな」
『うるさいわ! 妾は外に初めて出たのだ! 物珍しいのは当然であろう!?』
一度死ぬというアクシデントを乗り越えて、道中にこれはなんだあれはなんだと聞いてくるリトを『この非常時に何言ってんだ』と窘めつつ、ようやく拠点へと戻って来る事が出来た俺。
この俺に対する異常なまでの不運は一体なんなのか。全く……今日はとてつもない厄日だな!
まぁそんな事はどうでもいい。最終的に幸運だと思えればそれでいいのだ。つまり、終わりよければすべてよし。今まで不運だった分、これからの俺には何かしらの幸運が待っているはず。
まずはカヤを見て和もう。多分カヤと一緒にフィーもいるはずだからそこで癒し成分を補給する。完璧だ。
俺は期待を胸に、みんなへ意識を向ける……が、俺が最後に見た拠点へとは大きく異なっていた。主に、地面が大きく凹んでしまってる。
それに加えて、みんなの様子から何かあったかのような雰囲気が出ていて何が何だか分からないことになっていた。
「うわぁ……なんかやべぇ事になってるんだけど……何があったんだこれ?」
『この地面の痕……カナタを殺した者がやったものと似ている』
「マジか! それはやべぇな! みんな無事か!?」
俺はそこにいる人の数を数える。いなければならない人数はフィーとカヤ、クロロとクララ、エドとリーンの計六人だ。
「ひーふーみーよー……四人!? 足りねぇ! 誰だいないのは! 双子か! 双子がいないぞ!?」
「「僕(私)達はここだよ」」
「うぉ!? 何も無いとこから急に出てきた!? え、なんで!? ――じゃなくて! みんな無事だよな!?」
「落ち着いて」
「みんな無事」
「お、おう。すまんちょっと深呼吸するわ……」
俺は落ち着きを取り戻すために大きく息を吸って……
「――ゲホッ! ゴホゴホッ!」
むせた。
いやぁ、マジで落ち着きってなんなのってレベルでわたわたしてるわ。みんなの目が可哀想なものを見るものになってるし。
いやでも、むせたのはまたまただし、しょうがないよな。むしろあれだけ焦ってたのにむせない方がおかしいよな。うん。俺は悪くないな。
『カナタ……お前はとことん残念なやつなのだな……さすがの妾も擁護のしようがないぞ』
「リト。人間は偶にこうなることもある。覚えておくといい」
「何を言っているんですかカナタさん……こんな時まで適当な事言ってるとバチが当たりますよ…………でも無事で良かったです」
俺があたふたわたわたしているうちに、フィーがカヤと一緒に俺の近くに来ていた。フィーは俺がいつも通りで呆れているのと、無事で良かったとほっとしている二つの感情が顔に出ていた。
まあ端的に言えばいつも通りという事だ。俺はこんなにも落ち着きがない状態だがな。
「フィーも無事で良かった。で、この地面のへこみ具合は一体何があったんだ? もしかして頭に角が生えた人間の仕業? あとそれと、双子はどこからどうやって出てきたか知ってる?」
「い、一気に言われると困ります……ので、今から皆さんで状況確認をしたいと思います。私にもカナタさんに聞きたいことが幾つかあるのでちょうどいいです」
そういうことで、この場にいる全員で集まり、情報の統合を行うことになった。これは俺としてもありがたい。俺がいない間に一体何があったのかを正確に知ることができるはず。あとはまあ、俺がみんなにその都度話さなくても良くなるというのもある。
なんにせよ、この話し合いで明らかにすることは双子がどうやって現れたかだな。あれが今日一番の謎。
「それでは私達の方で起こったことから話します。私達はカナタさんとはぐれてから、すぐにここへ戻ってきました。それから少し時間が経った時、大きな音が響き、紆余曲折を経て魔人と戦闘になりました。その魔人の謎の能力によって窮地に陥りましたが、カヤに助けられました……その時の戦痕がこの穴です」
フィーは空いた穴を見て下唇噛んでいた。余程悔しかったのだろう。そして俺は穴を開けたという魔人を知っているかもしれない。
「その魔人さ、なんか子供っぽさがなかったか?」
「な、なんでカナタさんがそれを……?」
「いやまあ、俺も遭遇したんだよ。その魔人と。俺は隠れてたから見つからなかったし、この状況をみると正に九死に一生を得たって感じだな。でもまあみんなに何事もなくて良かった。カヤが守ってくれたんだろ? 偉かったな」
俺はカヤの頭をわしゃわしゃと撫でてあげた。
『えへへー。わたし頑張ったー!』
笑顔が可愛いカヤを見てほっこりしつつ、嘘をついてしまった事に少し罪悪感を覚える俺。本当は遭遇して死んでしまったのだが、それをみんなに言えるはずがない。余計な混乱を招くだけだろうしな。
ただ、事実を知るリトには目線で話を合わせろと訴えておいた。あらかじめ言っとけよみたいな目をされた。けど、結局了承してくれるリトさんマジいい人。
「あのー……私からカナタさんに聞きたいことがあるんですけど……そちらの女性は一体どちら様なのでしょうか?」
フィーは目線をリトに移して、どうもと頭を軽く下げた。
「……一言で言うと、この女性は事故で強制的に契約をしてしまった精霊って事になるが、詳しい事はリトに聞いてくれ」
『丸投げとは良い度胸しておるな。しかし、妾が説明しなければ分からないことも多いか……よかろう妾について話せるところは話す事にしよう』
「……えっと、よろしくお願いします」
フィーは居住まいを正して、真剣に話を聴く姿勢になった。エドやリーン達も精霊と聞いてから何か真剣みを増していた。
『妾は炎を司る四大精霊。名はなかったがカナタにリトと言う名を貰った。今ここでこうしておるのはカナタに無理矢理契約されてしまったからということになるな。して、契約をしたからには妾はカナタと子孫を残さなければ無くなったのだ。全く……急すぎて妾も頭がついていかんわ』
あぁー! 言わなくていい事まで言ったぞこいつ! 子孫を残すとかそんな意味深な事言わなくていいのに! うわぁ……みんなの方向けないわ……絶対白い目で見られるもん。
「おい、カナタ」
ほーら! エドがいつもより重い声で俺を呼んでるし! うわぁ……やべぇ……殺されるんじゃないだろうか……。
俺はエドの方をチラ見して、それからゆっくりゆっくりとエドを方に顔を向けた。しっかりと面を向かって見たエドの顔は顔面蒼白でとりあえずやばかった。何がやばいって、エドが顔面蒼白にする事態にしてしまった俺の現状がやばい。
何を言われるんだろうか……。やっぱり強制的に〜の所とか、子孫を残す〜の所だろうだろうか……。死ぬ準備はできた。あとは死ぬだけだ……。
「カナタ……お前、四大精霊をそんなに雑に扱ってたのか……? なんて恐れ多い事を……」
「……えっ?」
「『えっ?』ではないぞ……? 四大精霊と言えばこの世界の守神であり、場所によっては信仰の対象なのだぞ。それを強制的に契約とは……」
なんて事をしたんだこいつはみたいな目で俺を見るエド。俺としても契約はするつもりはなかったんだがな……なんて言うか流れでそうなってしまったのだから仕方がない。
でも、エドがここまでいるとは四大精霊という存在はこの世界で大きな意味を持つらしい。今更ながらに事の重大さに気付いた。
「リト……お前って思ってた以上に凄いやつだったんだな。中身は俺達とあんまり変わらないのに」
『最後の一言は余計だ。だが分かっただろう。これが普通の反応だぞ。妾は偉大なのだ』
物珍しさに目を輝かせていた癖に何を偉そうにと思ったのは秘密にしておいて、取り敢えずリトの自己紹介はできたし、ある程度みんなに認識してもらえただろう。まあ四大精霊云々は気にしないでおこう。
「やっぱりカナタさんは変な事に首を突っ込んでいたんですね……命があって良かったですよ本当に……」
「本当にそうだよな。何せ、迷子になった時は熊の魔物に転がして遊ばれてたし。そのせいで服がこんなにも血で染ってしまったわけで……生きてるのが不思議なくらい」
その時を思い出して乾いた笑いが出てしまった。あの熊の魔物、なんで俺を転がして遊んだんだ……遊びに飢えていたのか……謎だわ……。
「……あ、そういえば一番聞きたかったこと聞けてなかった。クロロとクララが突然現れた理由を知りたい。あれが今のところ一番の謎」
俺は双子の方を見て尋ねてみた。すると双子はお互いに顔を合わせて頷きあい手を繋いだ。
「理由は」
「これ」
「おっ!?」
双子はそういうと姿を消した。その言葉通り、姿が一瞬にしてその場から消えた。
「これが」
「突然現れた理由」
「おぉ!」
あの時と同じようにまた突然現れた。これが指す意味は一つしか思い浮かばない。つまりは――
「――透明人間というわけか」
エドが俺よりも先に答えた。
「「うん。二人で完全。どっちかが欠けたら使えない」」
「そりゃまた特殊な能力だ。けど、視認されなくなるのは強いな」
双子は頷いた。やはり、その能力で何度も助けられて来たのだろう。幼くして冒険者として強くなれたもの透明になれるという戦闘では重宝しそうな能力のおかげだったわけだ。
だけど双子はあまり嬉しそうな顔はしなかった。むしろ何か悲しげな表情をしていた。理由を深くは聞けない雰囲気だ。子供なのにこんな顔をするなんて余程な修羅場をくぐってきたのかもしれない。
……よし! 今度双子の二人に元気になれるようなものを食べさせてあげよう! そしたら二人も子供らしさが出てくるはずだ。
その事を俺が双子に伝えようとした時、リトが俺の肩を叩いた。
『――向こうの方から誰かがこちらにくるぞ。もうすぐ姿を現す』
「マジか」
そしてその事をみんなに伝える前にその人間達は姿を現した。
「――ぅ、ぁっ」
彼等は全員ボロボロで、そのうちの一人は姿を現してすぐに意識を失った。
「ライト……ッ! しっかりしてライト……ッ!」
そう。彼等はライトのパーティ一行だったのだ――。
◇◆◇◆◇
魔人領のある場所に存在する薄暗い部屋。こそで三人程の人間の声が響いた。一人は不機嫌そうに、一人は面倒くさそうに、そしてもう一人は無関心にその口を開く。
「もぉー。折角楽しくなってきたところだったのにっ! なんで帰還しなくちゃならないの!? 久しぶりに手応えのある人間と戦えそうだったのに!」
「うるせぇよ。俺に聞くな。作戦を決めたのはザックヴァンニ様だ。文句があんならザックヴァンニ様に言え」
「ちぇ、無理なの分かってるくせにそんな事言うなんて、ベルは本当にクソみたいな人だよね」
「おいヴラド。てめぇみてぇな快楽殺人犯には言われたかねぇーんだよ」
「そもそも、メロの仕事が早かったせいなんだけど! 僕言ったじゃん! ゆっくりでお願いって!」
「確かに言われたけど、私はそれについて了承をした覚えはないわ。それに、ザックヴァンニ様は急いでおられらるのよ。その御足を引っ張るなど私にはできないわ」
「まぁそうだけど……そうなんだけど……うぅ〜! ああーー!! もっと殺りたかったなぁ!!」
三人はそれぞれ、重要な役割を与えられた主要人物である。
子供っぽい言動が目立つのは、強襲部隊隊長『ヴラドフィッツ』。若干十二歳にして人間を殺した数は三桁を越え、その殺し方から『不可視の圧殺師』の名がついている。
荒っぽい言動をしているのは、後方支援長並びに参謀長『ベルナモンド』。彼は貴重な魔法を持ち、その上、言動からは考えられない程に頭が切れる。その姿を見た誰かが鬼と奇策士を掛けた『鬼策士』と呼び始め、それが定着した。
合理的な考えで主を重んじた言動を取るのは、秘書官『メロヴィンス』。彼女もまた、貴重な魔法を持ち、戦闘において欠けてはいけないピースとなっている。『冷徹無慈悲の転送屋』と一部の人間には呼ばれている。
三人には二つ名がつくほどに戦果をあげており、また、それぞれが特有のカリスマ性を発揮する事で、部下達は彼等に対し絶対の信頼を置いている。
そんな三人の元にコツコツと足音を立て、ゆっくり近付いてくる人影があった。その者が通る先では全ての者が跪き頭を垂れ、まるで神を見ているかのように崇める。しかし、各長である三人だけは例外であった。
遂にその者が三人の前へと訪れると、先程の喧騒は止み、その者に対して手を胸に当てる敬礼を行った。
「この度の作戦、無事終えたか。心配は杞憂だったな」
「「「はっ! 勿体なきお言葉でごさいます」」」
三人は声を揃えて言った。
「してメロヴィンス。マーカーは予定通りに動いているな?」
「はい。予定通りに彼は私のマーカーを運んでくれています。自分が運んでいるとも知らずに」
メロヴィンスは『ふふふ』と妖しげに微笑む。
「ならば良い。全ては計画の通りに進行している。あと五ヶ月だ。五ヶ月後に我等の逆襲が始まる」
全ては彼等の掌の上。
何をしようともこれから起きる過去最大にまで発展する戦いは避けられない。
「――ヴラドフィッツ」
「はい」
「――ベルナモンド」
「はい」
「――メロヴィンス」
「はい」
「お前達を信頼している。頼んだぞ」
「「「承知致しました」」」
進み出した彼等は誰にも止められない。
物語は転機を迎えました! とか言ってみちゃったり。ですが、物語が進展するのは間違いないです。というか、そうでなくては私が困ります……。
それでは、次回もお会い出来る事を願って。