095話 絶対に守ります!
謎の襲撃が発生する前、カナタが一人森の中で迷子になっていた時に遡る――
私はエドさんと共に拠点へと戻っていた。山菜もある程度採取する事ができ、運の良いことにエドが猪一匹と遭遇し無事仕留める事が出来ていた。
これなら今日一日は何をしなくてもお腹いっぱい食べる事が出来ると思う。クロロくんとクララちゃん、それとカヤにはしっかり食べてもらってすくすく成長をして欲しい。
「フィーさん。一つ聞きたい事があるのだがいいだろうか?」
「はい、なんでしょう?」
エドさんから話しかけてくるのは今回が初めてだ。
「君はどこかの貴族生まれだったりするか?」
「……何故です?」
「随分砕けてはいるが、時たま振る舞い方や言動から少しだけ気品を感じる事があってな。間違っていたならすまない」
「いえ、そんなことはないです。冒険者である私が貴族と間違えられるなんて嬉しいものですよ」
「そうか」
エドさんの質問に少しだけ驚いた。彼は長い事旅をしていたとリーンさんから聞いていた。もしかしたらその中で、エドさんは貴族の人と関わるような仕事があったのかもしれない。
むしろ、貴族の人の振る舞い方や言動を知っているならその可能性が高いと思う。今度リーンさんに聞いてみよう。
「でも、どうしてそれを私に?」
エドさんは少し考えて、それからの私に教えてくれた。
「……いつかのエクストラパークでカナタがフィーさんと出会った経緯を教えてくれてな。しかし、あまりに突拍子が無さすぎで、もしかしたら虚偽なのかもと思ったのだ。もし、気品を感じさせるフィーさんが貴族ならばカナタは付き人か何かで、カナタはそれを悟らせないための嘘をついたのではと勘ぐったのだ」
「ちなみにカナタさんは何と?」
「『カヤが連れてきた』とか何とか言っていた」
「それ、本当のことですよ。ただ少し言葉足らずですね」
私は忽然と現われたカヤに興味を惹かれて着いて行き、その結果カナタさんと巡り合った。それについてカヤは、私が魔人語を話す事が出来る事を知ってカナタさんの為に私を連れていった、と言っていた。
なので『カヤが連れてきた』と言う発言はほぼ当たっている。が、正確に言えば、『カヤが私を見つけて、私とカナタさんが出会うように狙って行動した』といった感じだ。
魔人語のところを特別な事情と置き換えて、その事をエドさんに伝えると、納得のいったような表情になった。
「そういう事だったのか。全く……カナタは言葉足らずがすぎる」
「カナタさんは所々適当な人ですから。変なところで達観している時もありますが、ほとんどは人生を心の底から楽しんでいるように見えますよ」
それから、カナタさんは変な事に巻き込まれやすい事や、良く女性に好意を向けられる事などについて話をしながら拠点へと戻った。
拠点では留守番をしていたリーンさんと双子が川から食料を調達するために魚釣りをしている最中だった。
「今戻りましたよ〜」
「おかえり〜」
「「おかえりなさい!」」
私が戻ったことを伝えると釣りをしていた三人は一度切り上げて、私達を出迎えてくれた。
「エド、収穫の程はどうだった?」
「ほれ。猪一頭を狩ってきた。これならある程度は食に困らないだろう?」
「うん、そうだね。じゃあ今日は猪肉の串焼きにでもしようかな」
「一人で六人分は疲れるでしょうから、私も手伝いますよ」
「ありがとフィーさん。じゃあお願いするね」
と、ここで双子があることに気付いて、首を傾げながら私とエドさんの服を引いて呟くように言った。
「カナタは」
「どこにいるの?」
そう言われたエドさんは、忘れてたと言わんばかりに目を見開いて、きょろきょろと辺りを見回していた。ちなみに私の方は、拠点へと戻って来る時にいなかったのを知っているので、カナタさんがいないのには気付いていた。
でも、カナタさんと一緒にいたカヤもいなくなっていたので、カナタさんとカヤが二人でいるなら大丈夫だろうと思って気にせずにいた。
けれども、今思えばカナタさんを一人にしたのはまずかった。何故ならカナタさんは変な事に巻き込まれやすいから。今頃何か生死に関わる大変な事件に巻き込まれている可能性もある。
カヤが一緒にいるなら大丈夫だとは思うけれども、あのカナタさんだ。カヤともはぐれないとは限らない。
あぁ、こんなことを考えていたら気が気で無くなってきた。全くもう……カナタさんは心配ばかりかけるんですから……。
一応私が、双子に質問されておどろおどろしているエドさんに変わってカナタさんは迷子になったと伝えた。
すると、双子は『そっかぁ』と言った後、『探しに行かなきゃね』とため息混じりに言った。この時だけは、双子の精神年齢が本来の年齢よりも高く見えた。
と、そういうこともあり、もう一度私とエドさんで森の中へと潜り、カナタさんを探して来る事になった。
「じゃあカナタを探して連れてくる。すぐに戻れるとは思っていないが、なるべく早く戻ってくる」
「うん。猪肉に串を刺しながら待ってるね」
「……絶妙に反応に困るな」
「ふふっ。いってらっしゃい。気を付けてね」
「あぁ、いってくる」
エクストラパークで恋仲に発展した二人は日に日に恋人らしくなって、見ているこっちが何故か嬉しくなる。それはカナタさんも同じようで、毎回のようにエドさんをからかってはアドバイスを送っている。
「じゃあ私もいってきますね。クロロとクララはリーンさんの言うことをしっかり聞くんですよ?」
「うん」
「分かった」
そうして私とエドさんは再度森へと踏み出――
――ズドーンッ!!
――そうとした瞬間に、近くで規模の大きな戦いが起きたかのような音が響き、地面が揺れた。冒険者をやってきてまだ二、三年くらいだけれども、その音で何かよからぬ事態が起きている事は分かった。
その事は、この場にいた全員が勘付く事が出来き、場の空気が一瞬で変わった。
「エドとフィーさんはカナタさんを探しに行かずにここで待機してもらいたいけど、どうかな?」
リーンさんは有事に備えるためにそう言う。しかしエドさんはそれに反論をした。
「カナタを見捨てると言うのか? 俺は今まで危険な目に合ってきた人を救う為に冒険者をしてきた。それは今もこれからも変わらない。だから悪いが、リーンの言うことは聞けん」
「でも……」
「…………」
エドさんは意思は曲げないと言わんばかりにただリーンさんを見つめていた。
そんな二人を見て双子はおろおろとどうしていいか分からないような様子になっていたので、私はエドさんとリーンさんに助言した。
「カナタさんなら心配ないはずです。今のカナタさんにはきっとカヤがついてますから」
「しかしカナタならカヤともはぐれている可能性があるのではないか?」
「それもないとは言いきれませんが、きっとカヤはカナタさんを守ってくれています。なんて言ったって、あの二人は、二人で一つですから!」
私はカナタさんが良く言う事を真似して言った。すると、エドさんは大きな溜息と共に諦めたようで、リーンさんの元へ向かっていった。
私もエドさんに続いて、おろおろしていた双子の所へ向い、二人の頭を撫でてあげた。
少し空気が和んできたところで、先程の音について話し合うことにした。今、その音の発生源を見ると土煙のようなものが登っているのが見える。また、その他に二つ程同じように土煙が登っているのを確認した。
三箇所同時なんてただ事じゃない。私達はそう結論づけた。
次にどうすべきかを話そうとした瞬間に、奥の草むらから『カサカサ』と何かが草むらを通っているような音が聞こえてきた。私達は厳戒態勢をとり、何時でも戦闘に入れるよう身構える。
――カサカサ……カサカサッ……ヒョコ。
「ミャ?」
「……カヤ? カヤじゃないですか!」
反応が遅れたけれども、そこから出てきたのは紛れもなくカヤだった。あの黒く美しい毛並みは間違いない。
カヤは『ミャ〜ン』と鳴きながら私の胸へと飛び込んできた。それと同時に人間の姿へとなり、私の背中に腕を回してくる。
あぁ……なんて幸せなんでしょう。このまま溶けて死にたい……
……じゃなくて! なんでカヤだけが……?
「カヤ、おかえりなさい」
『ただいまー♪』
「カナタさんは一緒じゃないんですか?」
『一緒だよー。わたしの後ろに……あれ? いないよ?』
「置いてきちゃったんですね……どうしましょう」
カヤが帰ってきたのは言いものの、カナタさんとはぐれてしまってはカナタさんの身の安全が保証ができない。どうにかしないと……
「カナタは今どの辺にいるのだ? 俺が迎えに行く」
『うーんとね。あっちの方かな? そんなに遠くないよ』
「分かった」
エドさんはカヤが一人で帰ってきたのだと分かると、カナタさんを探しに一人で行こうとした。
「エド、待って! 私も行く! その方がいい!」
リーンさんはもう止められないと分かっているのか、今度は自分からついて行くと言った。パートナーとして今まで行動して来たのだから、一人で行かせるよりは一緒に行った方がいいと言う判断をしたんだろう。
「……そうか。ならばリーンも行くぞ」
「うん」
必然的に私は双子を守るために留守番する方向になった。カナタさんは二人に任せよう。
私がそう思った時、腕の中にいたカヤがエドさんとリーンさんの元へと勢いよく飛び出していった。カヤは勢いをそのままに、二人を捕まえて地面に転がる。
なんでそんな事をしたのか私には分からなかったが、カヤがある一点をずっと見つめている事で何かが起こったのだと分かった。
「フィーお姉ちゃん」
「あれ見て」
双子が私の服を引き、先程カヤが突き飛ばす前にエドさんとリーンさんがいた場所を指さして言った。言われたようにそこを見た私は、息を呑むしか出来なかった。
「なんで、あんな事に」
そこの地面は何かで押しつぶされたかのように凹んでいた。もし、あのままカヤが二人をつきとばさなかったら、大惨事になっていたかもしれない。
――あーあ。バレちゃったなぁ。
私が戦慄していると、カヤが見つめていた場所からカナタさんのものではない、誰かの声が聞こえてきた。
そして、その声の主は森の奥から姿を現す。
「まさかバレるとは思ってなかったなぁ。そこの女の子すごいね」
ぱちぱちと手を叩きながら出てきたその人間は、私達とは違い、頭に角を生やしていた。頭に角を生やした人間なんて一つしかない。
「魔人……? 魔人がなんでここに!?」
私が狼狽えたえて言うと、その魔人は愉快そうに笑って答える。
「さっきの男もそうだけど、それを聞いてもすぐに死ぬんだから無駄だよね。僕、無駄な事はしな――ん? あれれ?」
魔人は私の顔を見て話を途中で切り、何かを考え始める。
スキだらけの今が攻撃するチャンス。私はすぐに火の玉を作って今出せる最大のスピードで魔人に向けて飛ばした。
が――
「もー、人が考え事してる時に魔法放つなんて非常識にも程があるって。そのせいでもう少しで思い出せそうだったものが全部飛んでったじゃないか」
魔人は何の苦もなくその火の玉を消滅させた。体を動かすこと無く、全く微動打にせずに。
「はぁ……また後で考えよ。さて! 君達はさっきの男と違って冒険者ぽいし、早めに殺しておくよ。それが僕の使命だしね」
ザッ、と魔人は地面を踏み鳴らして近づいて来る。
ただひたすらに笑顔を振りまきながら。
その魔人は殺す事を己の喜びとしか感じていないようだった。
私はみんなの前に立ち、そして叫んだ。
「みなさんは私が絶対に守ります! 私の命を掛けてでも絶対に! それが私が今しなければならないことだから!」
「ふーんそっか。じゃあ君から殺すね」
魔人は大きく手を振りかざし、私の方に目線を配った。その目に嫌な予感がした私は力一杯に横に走り出した。
それと同時に魔人は地面に手を叩きつけるかのように振る。すると、先程まで私がいた地面に大きな手形が出来ていた。
今のであの魔人は何かの魔法によって、攻撃している事が分かったけれども、それがなんなのか、どうして手形が出来るのかは分からなかった。
「あちゃー、逃げられたよぉ……なーんちゃって」
『フィー! 危ない!』
「――えっ?」
私の目には何が起こったのかは分からなかった。急にカヤが私の目の前に現れたかと思うと、カヤ空気を切り裂いたように見えた。その瞬間、私とカヤの両端の地面に大きな穴が空いたのだ。
『フィーはわたしが守るもん!』
「えぇー!? 嘘でしょ!? 僕の魔法が見えてるの? てか、いつの間にそんなところに?」
魔人はわいわいと騒ぎながらそう言う。どうやら私はカヤに救われたらしい。多分カヤがいなかったら、私はとっくにぺしゃんこになってた。
「嘘でしょぉ……でも、まぁいいや。その方が楽しめるし。じゃ、あらため――えぇーもう終わりー? これからだったのに。え? それはやだ。帰る」
殺気が止んだかと思うと、独り言を始めた魔人。誰かと会話をしているように見えるけれど、その話し相手は周りにはいない。
けれど、独り言の内容から私達は見逃されるようだった。
「じゃ僕は帰るよ。また、今度ゆっくり相手してあげるから待っててね。バイバーイ!」
手を振りながら、その魔人はその場から消えた。魔力感知を使っても気配は感じない。それは既に近くにはいないという事だった。
私はその場にへたりこんだ。手も足も出なかった。カヤがいなかったら死んでいた。
私には大切な人を守る力が足りなかったことを突き付けられたようで、ただただ悔しかった。
『フィー……大丈夫?』
「大丈夫ですよ。大丈夫……」
私は心配そうにしているカヤの頭を撫でる。
周りのみんなも少しづつ緊張が解け始めた時――
――カサカサ……
また、草むらが揺れる。先程の魔人の後なので、私達は一気は戦闘態勢へと入り、すぐにでも攻撃出来るようにする。そして出てきたのは――
――カサカサ……ヒョイ!
「フイー……やっと戻ってこれた。いやぁ全く災難だったわ。頼りになりそうなリトは案外使えなかったしな」
『うるさいわ! 妾は外に初めて出たのだ! 物珍しいのは当然であろう!?』
――血まみれになったカナタさんと、そのカナタさんと親しげに話す謎の女性だった。
次から奏陽メインに戻ります。そして、多分話も進むんじゃないかと思います。というか、進んでくれ……。
それでは、次回もお会い出来る事を願って。