089話 これからの関係
最初のジェットコースターから空中ブランコやコーヒーカップ、お化け屋敷、プラスしてまたジェットコースターと色々遊びまくり、お昼を挟んでまた遊び、気付けば空はオレンジ色に変わり始めていた。
閉園の時間もそろそろ近い中、俺とエドの年長者二人は歳のせいもあり色々グロッキーな状態だった。マジで長時間はきつい……歳感じるわ……。
それはともかく、今の時間的にアトラクションに乗れるのはあと一回くらいだろう。となれば、乗るものはほぼ決まっているようなものだ。
「んじゃみんな。最後はあれに乗るぞ」
俺は園のどこからでも見えるくらいに大きい観覧車を指さす。
夕暮れ時の閉園間近に観覧車に乗るのはド定番だろう。というか、遊園地の締めが観覧車的なところがある。
まぁ修学旅行とかで言った時はずっと一人だったから観覧車に乗ったのも一人でだったけどな。一人って結構楽しいんだぜ。黙々と写真取れるし感傷に浸りやすいしな。
「あれなら俺でも普通に乗っていられそうだ」
「僕達の方は」
「なんでもいいよ」
『あれ乗ってないから乗るー!』
「子供達も大丈夫そうなので観覧車に乗りましょうか」
「そうだね。最後くらいはゆっくりしていこっか」
俺の提案は満場一致で既決されて観覧車に乗る為、みんなで観覧車へと歩みを進めた。
観覧車の元へと着くと、俺達と同じような考えの人達なのだろうという人達がちらほら見えていて、中にはカップルもいたりした。やはり観覧車はどこの世界でも定番らしい。
「じゃあ乗る組はどうする? この人数だと二組くらいに別れないと乗れないぞ」
「それなら、私とエド、あとは双子で一緒に乗るよ。多分そっちの方がいいんじゃないかな?」
『わたしはフィーとカナタと一緒に乗りたーい!』
「ほらね? 双子ちゃんもそれでいいかな?」
「「うん」」
「じゃあそれで決まりだね」
リーンの仕切りによって素早く組が決まった。
俺とフィーとカヤの組と、エドとリーンそれから双子の組になった。
交流を深めるのならバラバラの組の方がいいのかもしれないが、これでみんなが納得しているのならこれが一番だろう。
ちなみに、意見を言っていないエドは色々とたじろいでいて変だったし、同じく意見を言っていないフィーはカヤに抱きついていた。
フィーはいつもの事だから眼福なだけだったが、取り敢えずエドが面白かった。エドがあそこまで焦った表情になるなんて何があったのか気になるところだ。
「じゃ、また後でね。双子ちゃん行こ。ほらエドも」
「あ、あぁ」
リーン達は先に観覧車へと乗り込んでいった。後でエドに何があったのか聞いてみよう。
「俺達も行くか」
「はい」
俺達も観覧車へと乗り込む。
ゆっくりゆったり登っていくこの感覚がとても久しぶりであり、少しの感動を覚えた。まさかこの世界で遊園地に来ると思わなかったしな。
『わぁ〜登ってるよ〜』
「そうですね……落ちたりしないんでしょうか?」
「あーそれ俺も思うわ。揺れたりした時に落ちるんじゃないかってハラハラする」
俺は軽くゴンドラを揺らしてみせる。やはり、少しの恐怖心とちょっとした興奮が心を満たす。まあ端的に言えばちょっと楽しい。
「ひゃ……っ! もうっ! 突然揺らさないでくださいよ! 怖いじゃないですか!」
「フィーの『ひゃ……っ!』なんて初めて聞いたな……女の子らしくていいと思うぞ。この調子でフィー本来の可愛らしさを出していこう。最終的にはフィーの部屋に入っても大丈夫なくらいに――」
「――カ ナ タ さ ん ?」
「嘘です冗談ですなんでもないです。なのでその拳を降ろしてください」
馬鹿な事を言ってフィーに怒られてしまった……。でもまぁ普段のフィーが可愛くなってしまったら、それこそフィーに好意を寄せる人が増えるかもしれん。それは何となく嫌だな。今の関係が壊れるのは辛いものがある。
「って言ってもこれからの関係は誰にも分からないんだけどな……」
「これからの関係ですか?」
「うん。今の俺達ってちょっと関わりの深い家主と居候って感じじゃん? でもそれって俺が出ていくかフィーに出ていけって言われた時点で解消される関係で、繋がりがほぼ無くなるって考えたら、この先は分からないなって思って」
実際、俺とフィーは一つ屋根の下、一年以上も一緒に暮らしてきて、それ以上にもそれ以下にもならずにずっと同じ関係性を保ってきた。
でも、俺はフィーの事が好きだし、なんなら彼女にしたいし結婚したい。もしその気持ちをフィーに伝えて拒まれでもしたら、今の関係性は一気に崩れてしまうのではないかと思っている。
今の居心地のいい関係性が崩れてしまうのはとても恐ろしい。俺が一人で生きていける術を手に入れていても、フィーがいない生活は考えられない。
カヤだってフィーがいないと悲しいし寂しいだろうと思う。カヤはとても素直な子で嘘はつかない。もし、フィーと別れないといけないなんて言った日には泣いて泣いて泣きじゃくるだろう。
俺はゴンドラの窓から見えるオレンジ色に光る街並みを見ながら少し黄昏れる。今の関係を保つか、今の関係が崩れるとしてもその先の関係を求めるか。そんな選択を今までに経験したことがない俺には到底選べないだろう。
「カナタさんは……カナタさんはこれから先に何を求めますか」
「そうだな……俺はみんなが幸せでいられる未来を求める」
フィーがどう思っているのかなんて俺には分からない。ずっと気になってはいるのだが、それを聞いた時に求めていた答えじゃなかった時が恐ろしくて聞けない。やっぱり俺はヘタレらしい。
「じゃあ俺からも。フィーはこの先に何を求める?」
「私は……分かりません……。そもそも、私は未来を求めていいような人間ではないんです。何もかもが嫌になって全てを捨てて逃げ出した私の様な人間は……」
フィーは俯き加減で小さくポツリと、けれど俺にはギリギリ聞こえるくらいの声で。初めて聞いたフィーの弱音。ずっと抱えてきた重圧を隠してきたフィーの強さは相当なものだ。
けれども、勝手かもしれないがフィーが助けを求めている様な気がした。今までは俺に迷惑を掛けまいと黙ってきたのかもしれないし、思わず出てしまった弱音だったのかもしれないが、それでも、これがきっかけで今の関係から何かが変わるかもしれない。
例えそれが俺の求める関係でなかったとしても、多分俺は満足するのではないかと思う。今の関係が壊れるとしても、どんな形であれその先に進めるのなら……。
「……俺はフィーに全てを拾われたんだ」
俺のその呟きに俯いて見えなかったフィーの顔が露わになる。フィーの大きく開かれた緋色の目は湿っていて、夕焼けに照らされてキラキラと輝いていた。
俺はその目を見返して優しく笑いかける。
「フィーの過去に何があったのかなんて俺には分からないけど、もしフィーが何もかもを捨てて逃げ出してくれなかったら俺は拾ってもらえなかった。だからって言うと変だけど、俺はフィーには過去にとらわれるだけじゃなくて、未来にも生きて欲しいって思ってるよ」
「卑怯……ですよ……そんな事を言われたら許される訳もないのに許された気になっちゃうじゃないですか……」
「俺、時々思うんだよ。人生の半分以上を一人で生きてきた過去とこの世界に来て人と関わって生きてきた今。どっちが本当の意味で生きてるって言えるんだろうって。フィーもそれと同じだ。全てを捨てて逃げ出した過去と弱音を吐いて過去に負い目を感じる今。どっちがいいかなんて選べない。だろ?」
「……はい」
「じゃあさ。どっちも肯定してやればいいんだよ。俺の場合だったら、一人で生きてきた過去も人と関わってきた今も、どっちも俺が生きてきた証で、今の俺を形作る要素なんだって」
「過去も今も……肯定する……」
「そう。そしたらあとは未来を夢見て生きていける。幸せな未来に出来たらって思えるんだ」
「でも私は……」
「勿論無理にとは言わない。でも、押し付けがましいとしても、フィーには幸せになって欲しいって俺は願ってるから」
あわよくば、フィーの幸せな未来に俺がいてくれたら……なんて。そんな事言えたらいいのに。俺にはやっぱり無理だ。
俺は自分の不甲斐なさを隠すようにゴントラの外を眺める。ゴンドラは天辺を過ぎたあたりで、少しづつ降下を始めていた。
「……カナタさんはどうしてそんなに私の事を考えてくれるんですか?」
フィーは外を眺めていた俺にそんな質問を投げかけてきた。
ここでビシっと『好きだから』って言えばどうなるのかなんて考えつつ、結局言えない自分を嘲笑って俺は答える。
「そりゃあ、恩人だし、フィーも俺の事を考えくれてるって思えるから」
「それが私の許されたいって思う不純な動機だとしてもですか?」
「動機がなんであれ、俺の事を考えてくれてるなら俺にとっては嬉しい事だ。今まで一人ぼっちだった俺にとってはな」
一人ぼっちの時は誰も俺の事を頭の片隅にも置いてくれていいなかった。先生ですらそうだったのだから、敵も味方も何も無いただの無関心を向けられていた。それの辛さに比べれば、不純な動機なんて事ない。
「変な人……ですね」
フィーは目を細めてはにかんだ。夕焼けでライトアップされたその姿を見てドキッとしながら、俺は胸を張る。
「今更気付いたのか? 俺は世間一般的に見たらかなりの変人なんだぞ」
「ふふっ。本当に変な人。でもそんなカナタさんだからこそ私は……」
少し含みのある言い方で気になったが、フィーは最後まで言わなかった。
今の関係と"今"の関係。ほんの少しだけ本音が聞けただけだけれど、何か変わったところはあるだろうか。
俺は観覧車から降りるまでずっとそればかりを考えていた。
◇◆◇◆◇
先に観覧車へと乗り込んだ四人はエドとリーン、クロロとクララの二人ずつに別れて座っていた。双子はゴンドラの窓から見える景色に釘付けになり、目を輝かせていた。
「な、なぁリーン。話を聞いてくれ」
「ん? どうしたの?」
エドは観覧車に乗ってからというものそわそわとしていたが、意を決してリーンへと話しかけた。話の内容は『そういう仲』というリーンの発言についてだ。
「あの時の発言は本気で言ったことなのか?」
「あの時って言うと二回目のジェットコースター乗ったあと?」
「そ、それだ」
「じゃあ本気だよ。それがどうかしたの?」
「どうかしたのって……いやそれよりも本気って……」
エドは自分から改めて確認したのだが、答えを聞いて顔を赤らめて恥ずかしがる。
そんな様子を見たリーンはクスッと笑った。
「そんなに急がなくてもいいのに。やっぱりエドは真面目だね。そういうところ私ずっと前から好きだよ」
「んなッ!?」
「あはは、改めて言うと恥ずかしいね。でも本当の事だよ? 私を助けてくれたあの時からずっと……」
「…………」
伏し目がちに言うリーンにエドは何も言えなかった。自分がリーンと出会った時の事を思い出し、なんて言えばいいのか分からなかったからだ。
「パパとママはあの時死んじゃったけど、私にはエドがいたから生きていけたんだよ。好きにならないわけないよ。でもね、この気持ちがエドを困らせる事も分かってるんだ。エドの過去を知ってから特に……ね」
「いや……それは……」
「エドは優しいから。子供の私をずっと見てくれたの知ってるよ。でも私はエドに大人の私を見て欲しいの」
リーンは胸に両手を当てて柔らかく言った。その姿がエドに今までの子供のリーンではなく、大人のリーンである事を認識させた。
「リーン……変わってないようにみえて、とっくに変わってたんだな」
「うん。エドのおかげだよ」
「それは喜ばしい事だ」
エドはやっと方の荷が降りたかのような感覚に包まれた。今までの努力が無駄ではなかったとそう感じていた。
「じゃあ、もう子供扱いは出来ないな。…………こっこれからは大人のリーンとして接して行くことにするっ」
「ホントに……?」
「あ、改めて聞くな! 恥ずかしいだろう!」
これがエドなりに出した答えだった。回りくどい回答だが、長年共に旅を続けてきたリーンにはそれが精一杯考えて出してくれたものであることに気付いていた。
リーンはぽろぽろと涙を流す。悲しみの涙ではなく嬉しさからくる涙である。
「な、涙が止まらないよ……」
「ほら、これを使え」
エドはポケットからハンカチをだしてリーンに手渡し、ありがとうと言うリーンの二人の姿は今までと変わらないものであったが、二人の間では確かに違う、先に進んだものになっている。
多少の変化は二人しか知り得ないもので、初めての事に戸惑いながらも新たな関係に期待を膨らませていた。
「「恋? 恋人? 分からない……」」
ゴンドラから降りたあと、双子はそんなことを呟く。
エドとリーンは話に夢中で気付いていなかったが、途中からそれを双子が見ていた。その双子が恋や愛を知るのはまだまだ先のこと。
次話からまた話が進み始めます。ようやく描きたい所がかけるので楽しみです。
それでは、次回もお会い出来る事を願って。