088話 事実は小説よりも奇なり
「「わあぁ……」」
『おっきー!』
エクストラパークへとやってきた俺達。子供組はエクストラパークの大きさに目を輝かせ、そわそわと楽しみにしているのが分かる。
入場する前だと言うのにこれ程の大きさと言うのは大人の俺でも結構圧倒される。中々に立派なものだ。
みんなして圧倒されている間、早めに現実へ帰ってきた俺は入場するために入場券を買いに行く事にした。ちなみに俺とフィー、クロロとクララは入場券なしで大丈夫。いるのはカヤ、エド、リーンの三人だ。
「俺が入場券買ってくるから、みんなはゲート近くで待っててくれ。すぐ行くから」
声をかけたことで現実へ戻って来たみんなは返事を返してゲート近くへと向かっていった。
俺は受付へ出向いて、人数分の入場券を買う。計三万程度。俺達が貰ったチケットはここで入場券と引き換えになる。
もちろん、全ての入場券には全乗り物フリーパスも付いているので三万なんて微々たるもの。そもそもここにいる冒険者は三万くらいなら軽く稼げる。ま、俺には無理だけどな!
無事入場券を買った俺はみんなの元へ戻り、全員に入場券を手渡した。
「じゃ、早速入るけど、その前に注意事項。子供組――カヤ、クロロ、クララは逸れるといけないので大人の誰かと一緒にいる事。大人は大人らしい行動を取ること。分かったら入って良し!」
「「分かったっ」」
『はーい!』
子供達は元気よく手を挙げて返事をする。
うんうん。見ているだけで気持ちがいいな。
「カナタも大概子供に甘いと思うのだが……?」
「俺は心配性なだけだ。お前のように子供優先にする訳じゃないからちょっと意味が違うな」
「でも、カナタさんはカヤに甘々じゃないですか?」
「そりゃあカヤだもん。甘々になるよな」
「じゃあエドの言ってる事もあながち間違いじゃないんじゃないかな?」
「…………確かに。限定的ではあるが甘いかもしれない」
カヤの話を持ち出されたらそういう他ないな。自分でも甘々だという自覚はあるからな。まぁ甘々になってしまうものはしょうがない。だって可愛いんだもの。
「というか、私から見ればカナタは万人に甘いと思うけどね。人が良いっていうか親切っていうか」
「リーンがこう言っているのだ。間違いはない」
「聞いた限りだと、俺って親戚の親切なおじさんぽくね? 既におじさんって言われても違和感のない歳だし」
「言い得て妙だな。よっ、おじさん。最近髪の毛薄くなってきたか?」
「現実的な話はやめてくれっ!」
「「ねぇ、早く行こ?」」
待ち遠しくてうずうずしていたクロロとクララがエドとリーンの手を引いてそう言った。
すると手を引かれた二人はそうだなと笑い返して、リーンは園の中に向かい、エドは俺に向かってニヤッと笑った。
「すまなかったな。このおじさんが足止めして来たんだ。もう大丈夫だから行こう」
エドはクロロの手を引いて、唖然とする俺をよそに全ての罪を俺に擦り付けたまま園の方へ向かっていった。
「エドの奴め……覚えてろよ……」
「ほらほら、カナタさんも早く行きますよ。カヤがうずうずして仕方がないんですから」
俺は一つため息をついてカヤとフィーと三人で園の中へ入る。今日は休日という事もあり、多くの人が楽しそうに遊び歩いていた。
「カナタ、双子が待ちくたびれていたぞ」
「へいへい。それはわるーございました。で、どれから乗る?」
エクストラパークは現代の地球で言う遊園地と同義であり、アトラクションもそのまま似ている。例えば、最もポピュラーなジェットコースターから観覧車、他にもメリーゴーランドや空中ブランコ等様々なものがある。ちなみに動力は全て魔石で補っているらしい。
それと、多分大きさでいえば日本で夢の国を謳っている遊園地と同じかそれ以上だ。
「それは双子がもう決めてるね。えっと、確かあれだったなか?」
リーンがそう言って指差した先は、『キャー』だの『ファー』だの叫び声が聞こえてくるジェットコースターだ。
よく見ればそのジェットコースター。なんと後ろ向きに進んでいるではないか。しかも途中で一回転を三回挟むという鬼畜仕様で乗っている時間がとても長い。一回五分はくだらないな。
うわー、マジヤバい。何がヤバいって超ヤバい。実は俺、ジェットコースター苦手なんだよなー。ヤベー。
「あ、あぁ、いや。その、なんだ。あれだあれ。そうあれだ」
「カナタさん……動揺が隠しきれてませんが……怖いんですか?」
「ばっ! そそそそんな訳っ! これはあれだ! むむ武者震いってやつよ!」
「ふ。怖いのならそこで待っていろ。おこちゃまカナタくん?」
「ほぉ、足が生まれたての小鹿のようにぷるぷるしてるビビリのエドにしてはよく言うじゃないか」
「なんだと?」
「なんだよ?」
「「二人とも行くよ(行きますよ)!」」
「「あぁー!」」
雄叫びを上げながら、俺はフィーに、エドはリーンに引っ張られて列に並ぶ。大の大人が年下の女性に引っ張られているのを見た周りの人は爆笑していた。泣いてもいいだろうか。って言うかもう涙流れてたわ。うわーん。
ちなみに子供達は居てもたってもいられなかったようで先に列に並んでいて俺達の前にいる。期待で胸が一杯って言うような表情をしていて、並んでいるだけなのにとても楽しそう。
それから数十分後、俺達の番が回ってきた。係員に促されるままにコースターへ乗り込み、発車寸前までバクバクいっていた心臓は、発車してからの下りで一気に止まった。
で、気付けば終わっていた。本気で意識が飛んでたのは生まれて初めてだ。思い出そうとすると……うっ……頭が……。
「「おもしろかったッ!」」
『グルグルしてたとこが好きー!』
「そうですね。前が見えない分次どちらに行くのか分からないハラハラもあって楽しめましたね」
「この分ならまた乗っても楽しめそうだね。まぁ大人の男達はもう無理そうだけど」
「「…………うぅ」」
子供達が元気なのは分かるが、どうして女性陣までそんなに元気なんだ……こんなの不公平ではないだろうか。
「くっ……俺とした事がこれくらいでへばるとは……おぇっ。お、思い出しただけで嗚咽が」
「エド……吐くならちゃんとお手洗いに行けよ? 係員さんに迷惑かけないようにな……」
「分かっている」
エドは片手を口に当て、リーンの肩をトントンと叩く。
「……俺、少しお手洗いに行ってくるから子供達任せた」
「うん。分かったよ」
エドはそう言うと素晴らしい速度でお手洗いへ駆け込んで行った。今頃、便器に向かって口からキラキラと何かを出していることだろう。
俺は意識飛んでた分の記憶がないから楽だが、どうやら体は覚えているようでぷるぷると体が震えている。
「「もう一回乗りたい!」」
『わたしもわたしもー!』
「じゃあ行きましょうか」
「男二人はそこで見てるだけの方がいいよね。私達は行ってくるから、カナタはエドがお手洗いから帰ってきたら私達はジェットコースターに乗りに行ったって言っておいてくれないかな?」
「……おぅ。任せとけ」
フィーとリーンは子供達を連れてもう一度ジェットコースターの列に並んだ。
ふぅ……なんて元気だ。俺には連続なんて到底無理だわ。
俺はぐったりと椅子に座りながらエドが帰って来るのを待っていた。偶にカヤがこっちに手を振ってくるので、それに振り返すとカヤが天使の如き微笑みを返してくれる。何これ幸せすぎて死ねる。
そんな事を何度か繰り返していると、ようやくエドが帰ってきた。
「よう。遅かったな」
「あぁ。迷子の子供を係員に預けていて遅くなった。後、風船が飛びかけた子供を見かけたから風船を取ったり、怪我して擦りむいた子供のために手当したりしてた」
「本当にエドは子供のためならなんでも出来るやつだな。まぁそういうところがエドの良さだと思うぞ」
「……まぁそうだな。子供の為……だからな」
エドの言い方は何か他の意味が少し含まれていたような気もするが、俺はエドと出会ってまだ一週間そこらだ。付き合いの浅い俺が聞ける事じゃないだろう。
俺はエドを気遣いつつ、話題を変えた。
「そう言えば、エドはどうやってリーンと出会ったんだ? エドって二人で旅するよりも一人で旅をするって感じだけど」
「そうだな……俺とリーンが出会ったのは八年前、俺が二〇歳、リーンが一七歳の時だ。俺はその時から冒険者をしていて、色んな地域を放浪していたんだが、その途中で出会ってな。その後、色々あって懐かれてしまって、俺は何度もダメだと言ったのに旅についてこようとするものだから仕方なくって感じだ」
「懐かれるって、思春期の女の子に何したんだよ」
「お前が想像しているような事は何もしてない。ただ、少しだけ自立が出来るように手を貸しただけだ。料理を教えたり、ちょっとした生活術を教えたりな」
「ふーん。ま、そういう事にしとくわ」
「今のは事実だっ! 後でリーンにも聞いてみろ! 同じ回答が返ってくるはずだ!」
「はいはい」
エドは恐らくリーンと出会う前から子供に優しかったんだろう。でなければ、思春期の女の子とかいう一番面倒な時に自立のために色々教えたり出来ないだろう。
まぁ何故、そんな時から自立のために教える必要があったのかは聞かないでおこう。理由は人それぞれだからな。
「そ、そう言うカナタはどうなんだ。フィーさんとどうやって出会ったんだ?」
「俺か? 聞いて驚くなよ。一年と少し前、カヤが連れてきた」
「――はぁ?」
素っ頓狂な声をエドが上げた。まぁその気持ちは分からなくもない。俺だって『はぁ?』ってなる。
「まぁ俺にも色々あってなー。金もない、住む所もない、働けないのないない尽くしで、どうするか悩んでた時にカヤが連れてきたんだよ」
「お前……苦労してたんだな……」
「だろ? で、まぁ初っ端フィーの前でゲロ吐いて、色々尋問されてから、一緒に暮らすって事になった」
「――はぁ?」
はい。二度目の『はぁ?』をいただきました。今回の『はぁ?』は『えっ、なんでそんなことになるの?』って言う感じの『はぁ?』だな。一度目とニュアンスの違う同じ言葉を引き出した俺はさぞかし変な人だろうな。
「俺には理解が出来ないのだが……」
「どこが? ゲロ吐いたのに一緒に暮らせるようになった事? それともカヤが連れてきたってところ?」
「全部だ!」
「それはそれは。まぁ事実は小説よりも奇なりって言うし、変な事もあるって」
「……自分で変と言っていれば世話ないな」
事実、俺は異世界に転生してるしな。本当に事実は小説よりも奇なりだ。
だけど、人間ってなんだかんだ言って適応するから凄いよな。生命の神秘ってやつか。
「まぁお互い色々苦労してるみたいだし、苦労話に話を咲かせてみるか?」
「やめろ。俺はまだそんな話に花を咲かせるような歳ではない。お前と違って髪はまだまだフサフサだしな」
「おい。それは言ってはいけない事だぞ。俺にも子供に接するような感じで優しくしてくれよ……」
「無理だな」
「即答かよ……」
こうなったら、態と子供っぽく振舞うという奥義を出すしかないな。
「うわーん。エドおじさんがいじめるーっ! うわーん」
俺は泣き真似をして、エドとの距離を縮める。
「おい! その変な子供の真似をやめろ! 気持ち悪い!」
「うわーん。気持ち悪いって言われたー! うわーん」
さらにエドとの距離を縮めて行く。距離的にいえば拳二個分しかない
「や、やめろ! 近付くな!」
「うわーん。エドが――」
「――お待たせしま……お邪魔しましたー!」
「うわー! フィー待ってくれ! 誤解だ! 誤解なんだぁ!」
まさかあんな所をフィーに見られるとは……恥ずかしすぎて死ねる。てか、本当に恥ずかしい……穴があったら本当に入りたい。そして誰か俺を埋めて。
俺は恐らく、顔から火を吹いているかのように顔を真っ赤にしている事だろう。だが、それよりもフィーの誤解を解くことが先決だ。
そうして俺はフィーを全力で追いかけて行くのであった。
◇◆◇◆◇
「はぁ……なんなんだあいつは」
カナタが誤解だと言ってフィーを追いかけている頃に、エドウェントはため息をついていた。自業自得で恥ずかしい思いをしているくせにやけに楽しそうなカナタをみて、どうにも理解が追いついていなかった。
「ふふ、楽しそうだねエド」
「はぁ? どこをどう見たらそんなことが言えるんだ」
隣に座ってきたリーンに楽しそうだと言われてエドウェントは否定をする。しかし、リーンはそんなエドウェントを見て笑みをかえした。
「自分で気付いてないかもだけど、笑ってるよ。……良かったね」
「…………はぁ。リーンだけには適わんな」
リーンがそういうのだからほぼ間違いないのだろう、とエドウェント自分に言い聞かせた。
そして、『良かったね』という言葉に自分だけが分かる何かが込められていて、その意味を含ませる事が出来るリーンにエドウェントは隠し事は出来ないなと感じる。
「ふふ。あの時から私はずっとエドだけを見て来てるからね」
エドウェントの目を見つめて、ころころと笑いながら言い放つリーン。そんなリーンの様子にエドウェントはたじろぐしかなかった。
「うぐ。そ、そういうのは親しき仲になった男に言うものだぞ」
「私とエドはそういう仲にはなれないの?」
「――そ、それは……」
冗談めかして言っているはずなのに、どこか真面目そうで。今まではそんなこと意識していなかったのに意識してしまって。エドウェントはどう答えるべきか悩み吃った時、
「おい! エド! お前もフィーの誤解を解いてくれ! 俺じゃフィーに追いつけないし、話もろくに聞いてもらえない! 頼むー!」
カナタが必死になってエドウェントへ助けを求めてきた。それを見たリーンはクスッと笑う。
「ほら行ってきなよ。友達が待ってるよ」
「ああ、そうだな」
エドウェントは答えを出さなくて良かったという安堵と共に、心の中にある何かが変わったような気がした。そして次に顔を合わせる時、どんな顔をすればいいのか悩みのつつ、カナタと共にフィーを追いかけていくのであった。
次も遊園地で遊びます。そろそろ奏陽とフィーの間に変化があっても……まあなるようになりますね。
それでは、次回もお会い出来る事を願って。