086話 いるぞ?
「――紐解いていきましょう」
フェイミー先生が黒板へ『種族間戦争の真実』と書き綴る。
「先程も言ったように、種族間戦争の始まりは人間族と魔人族の二種族です。初めはよくある諍いだったようなのですが、次第に戦線は拡大して他の種族も巻き込み始め、世界規模の戦争にまで発展しました」
「――質問よろしいでしょうか」
「エドウェントさん。どうしましたか?」
「種族間戦争が起こっていた時代は、今現在よりも多くの魔法理論や魔法具が発達しており、絶大な効果を発揮するアーティファクトが流通していたと認識しているのですが、戦争が起こったのはそれらが原因であると考えてもよろしいのでしょうか?」
確かに、種族間戦争が起こった原因などはあまり聞いた事がない。いい質問だと俺は思う。
地球で起こった二つの世界大戦のきっかけは明らかになっている。記憶が定かではないが、大統領が暗殺された事だったり恐慌が原因だったりしていたはずだ。
種族間戦争もエドウェントの言ったように何かの技術的な問題があって起こっても何ら不思議では無い。
それに、戦争は一度起こってしまえば始まった理由がどうであり雌雄を決するまで続く。種族間戦争にまで規模が大きくなったのはそれが原因だと考えていいだろう。
「そうですね……互いに仲が悪く、何かを競ったり蹴落とし合ったりしている内に、相手自身に危害を加えてしまった事で小さな争いが始まった――とされています。……戦争はほんの些細な事が原因で始まっています。勿論、技術的な何かも原因の一つかもしれませんが、人が人である以上どんなきっかけであれいつかは戦争が起こっていたのではないかと私は感じています」
人が人である以上……なるほど深いな。どんな生き物の中でも、一番多彩な感情を持ち、他人を気にする事が出来る人間であるからこそ争いは避けられないということだろうな。
戦争と言うと規模が大きいが、喧嘩位の規模ならばいつもどこかで起きている事からもそれは容易に想像がつく。
「と、こんな感じでよろしいですか?」
「はい、大変感謝致します」
「他に質問がある人がいたら遠慮なく聞いてください」
間延びした返事がちらほらと上がり、フェイミー先生は『では続きを』と言って授業を再開する。
「――全ての種族を巻き込んだ戦争がもたらした世界への損害は計り知れません。アーティファクトを作る技術が失われ、終戦当時の人口は始まる前に比べ八~九割程度減った様です」
八~九割減は人類が滅亡するくらいにやばいことなのではないだろうか。それだけ人が減れば様々な技術が失われるのも頷ける。
「こうなってしまうと世界が回らなくなります。生活も満足に出来ず、飢餓で死ぬ人が増え始め、魔物の襲撃を受けて更に死んでしまう人が出てくるのです。残された人々の心の中には絶望が渦巻いていたことでしょう」
先生は俺達の方を向きながら戦争が終わった後の悲惨な事実を突きつけてきた。戦争自体も悲惨なものだが、それ以上に満足に生活が出来ずただ死にゆくのを待つだけというのは辛い事なんだと感じた。
「――しかし、世界にはまだ希望は残っていました。それが先程話した死神と言う存在です。死神がやった事は指して特別なことではありません。困っている人がいたから助ける。助けを求められたから助ける。世界がどれだけ壊れてしまっても、彼あるいは彼女だけはいつも希望を胸に人々を支え続けたのです」
この世界での死神という存在は希望の象徴のようなものなのだろう。伝説に残った英雄やヒーローと言っても差し支えない。
「死神は世界を回った後、忽然と姿を消しました。しかし、伝承や文献には死神は世界がまた荒廃してしまうような事があれば再び現れるとあります。ですが私は思うのです。再び死神という存在が現れる事が良い事なのか。私は死神が再び現れる事がない世界を作って欲しいと願っているのではないかと。みなさんも考えてみてください」
フェイミー先生はその後『自らの答えを尊重します』と言って、戦争に関する事が書かれた黒板の字をスッと消した。
そして、実際に戦争では何が起きていたのか、それぞれの領地では戦時中に何をしていたのかの詳細に入って授業は終わった。今後は戦争の事を詳しくやって行くようだ。
今回の歴史の授業を受けて感じた事は、戦争の悲惨さともう一つ。真の戦争の終了は死神が世界から姿を消した時からなのだろう。それまでは戦争に囚われた人達が多かったに違いない。
それを考えると、死神が何を考えて行動していたのか気になる。何故、死神だけが希望を持ち続けることが出来たのかも。
直接聞こうにも聞けないし、もしかしたら何も考えてなかっただけかもしれない。憶測だけどな。
「そう考えると戦争の真実って言うのも案外適当なのかも知れないな。戦争が始まったきっかけとか得に」
などと独り言を言いつつ帰りの身支度をしていると、前の席にいるクロロとクララが困惑しているのが見て取れた。
「「…………?」」
「二人ともどうかしたのか?」
「先生が何言ってるのか」
「全然分からなかった」
「あー、そういうことか……ちなみに内容をちゃんと理解したいか?」
コクリと頷く二人。
そりゃあ高校生が習うような授業内容を十歳の子供が理解するって言う方が難しいよな。どうしたらいいんだろうか。
「カナタさん、帰らないんですか?」
「いやな、クロロとクララが今の授業分からなかったみたいで。どうにかして教えてあげたいんだがどうにも……」
「なるほど……それは簡単にいきそうにないですね」
「やっほー、みんなも今から帰るのかな?」
俺達へ手を振りながらリーンがやってきた。リーンの後ろの方にはエドが着いてきている。
「リーンさん。あっそうだ、リーンさんは子供に色々教えて上げるのは得意な方ですか?」
「うーん。私はそんなに得意な方じゃないかな。でも、エドは君達の期待に添える位の事は出来ると思うよ」
「何の話か全く読めないんだが?」
「あれでしょ? 双子にさっきの授業を簡単にして教えてあげれないかって」
「リーンが言ったことが全てだな。どうだエド? 双子の将来の為に教えてあげることは出来ないか? ほら、クロロとクララも」
「僕達に」
「教えて下さい」
「「お願いします」」
これぞ必殺『エドの断れないような状況を作り上げる作戦』! 昨日の歓迎会でエドが子供には甘いことを知ってるから出来ることだな。それと、エドならきっと出来るだろうと思って。
「くっ……し、仕方がない。俺が双子の為に教えてやろう。この後俺の部屋に来い。茶菓子を食べながら復習しよう」
仕方がないと言いつつ、ちゃんと茶菓子を出す当たりほんと子供には甘いな。これがツンデレと言うやつか。
「「エドウェントお兄さん、ありがとう」」
「俺の事はエドでいい」
「「エドお兄さん」」
「……まあそれで良いか」
双子はエドにキラキラした目を向けている。良き良き。
「エド、ありがとな。俺達じゃ無理っぽかったから助かるわ」
「子供の未来の為と言われて断れるわけないだろう?」
「はは、だよな。だと思って言ったん……だ……」
多分、今の俺の顔『やべぇ……口滑らせた』って顔してるな。うん、自分でも分かるわ。
「ほう……やはりな。俺が断れない状況を作った訳か」
「うっ……さ、策士め」
「この程度の誘導に掛かる方が悪い。まあ、今回は別にいいがな。じゃ、俺は双子を連れて先に戻る」
エドは双子に一緒に行くかと声を掛けて、双子もコクリと頷き、そのまま三人は寮へと戻って行った。
「私もエド達と一緒に帰るね。じゃあまた明日」
「はい、また明日」
「エドによろしく言っといてくれ」
「うん。分かったよ」
リーンもエド達を追って小走りて帰っていった。
「リーンさんとエドウェントさんがいい人で良かったですね。あれなら双子ちゃんも安心です」
「そうだな。後のことはあの二人に任せて、俺達も帰ろう」
『……にゃ〜ぁん……むにゃむにゃ……かえるー……?』
「おう。帰るぞ」
『んー……』
カヤが猫の状態で抱っこして欲しいとせがんでくる事のなんと可愛い事か。横になって眠たそうに目をしゅぱしゅぱさせつつ、寝惚けながら手をこまねき、更には手をキュッと丸めるのだ。
これを可愛いと言わずしてなんと言おうか。いや、何も言えまい。可愛い。ただただ可愛い。カヤと一緒に転生して良かった。
「はぅわぁ……! 見てくださいよこのカヤ! なんて可愛らしいんでしょう! はぁ……本当に尊い存在ですねぇ……」
興奮し過ぎてちょっとおかしくなりつつあるフィーをよそに、俺はカヤを優しく抱き上げる。
『うにゃん……♪』
「ききき聞きました!? 『うにゃん……♪』は出会ってから初めての言葉ですよ! 耳が蕩けそうです……」
「当然俺も知ってるぞ。だからちょっと落ち着け」
知ってる俺も大概だが、まぁそれはそれ。表に出てないだけいいよね? 内心フィーよりも興奮してたけども。ってそれはおいといて。
とりあえず興奮気味のフィーを落ち着かせつつ、寮へと戻る。その途中も、眠ってるカヤの寝顔が可愛いだの、偶にキュッと丸く仕草に心を撃ち抜かれただの、と事ある毎にフィーが興奮していた。
まあ抱いている俺とか最もやばかったけどな。可愛すぎて声が出ないっていう体験してしまった。次は息が止まるんじゃね。
そんなこんなである意味慌ただしく寮に帰ってきた俺達。眠っているカヤをふっかふかのベットに寝かせて、フィーと二人余韻に浸る。
「はい、紅茶です」
「おう、ありがとな」
「「…………はぁ〜……」」
「「…………」」
余韻に浸ると何故か黙るよな。でもなんだがこの沈黙が心地いいんだ。まあこんな感じに気持ちがいいと感じる事が余韻なのかもしれないけど。
「今日も一日終わりましたね……」
「そうだなぁ……新しい体験出来て楽しかった」
「分かります分かります。応用魔法の時とかいつも何気なく無詠唱使った時の周り反応とか、初めてカナタさんが無詠唱で魔法を使った時の私に似てるなって思いましたし」
「あーあったなこんな事。あれってもう一年以上も前の事なのか。時間の進みは早いなぁ」
「なにおじさんみたいなこと言ってるんですか」
「まあ実際歳だしな……三〇過ぎだぞ。立派なおじさんじゃん」
「かくいう私も三〇目前ですし、そう言われるとそう感じてしまうんですけど……」
「フィーが三〇前か。なんか浮いた話はないのか? 誰々が好きになりましたーとか」
「そんなこと言うカナタさんこそどうなんですか?」
上手いことかわされたような気がする。まあ表情からしていないんだろうなってことは察せたしいっか。
という事で、とりあえずフィーの質問に応えよう。
「俺? 俺、好きな人はいるぞ?」
「――えっ? そうなんですか?」
「いやまあ……うん。誰とも付き合ったことは無いけど誰かを好きになることくらいはね」
「そう……ですか」
「まあ相手が俺に対してそういう感情を持ってないのは大体察してるからずっと秘めてるけどな。やだ、俺ってば乙女」
「ヘタレなだけなのでは?」
「そう思ったけど言わすにいたのに……ぐすん」
態々女の子っぽくしてから乙女って言ったのにどストレートに突っ込んで来るなんて、フィーはとんだ鬼畜さんだわ。
「泣き真似しても無駄ですよ。私には分かるんですから」
「……さすがフィー。伊達に長いこと一緒に暮らしてるだけあるな」
「ふふん。そうでしょう? ……でもそうですか……カナタさんは好意を寄せる人が……」
後半の方は紅茶を手に取って独り言のように呟いていたので聞こえはしなかった。でもまあ、俺くらいになるとなんて言ったのか察せるし問題はない。
気にしなくても、俺の好きな人はフィーなんだけどな。まあフィーはそういうのに疎そうだから気付かないだろうけど。
「あっ、もうこんな時間。夕飯の支度しますね」
「俺も手伝うぞ」
「ありがとうございます。では野菜を切って貰ってそれから――」
夕飯をフィーと一緒に作り、カヤとフィーと一緒に食べ、お風呂に入って、三人でちょっとだけ遊んでから寝る。
こうして今日も一日が幸せに終わった。
次はみんなで遊園地に行くはずです。あくまでもはずなので分かりません。出来たら遊園地に行って欲しいなって思ってます。
それでは、次回もお会い出来る事を願って。