077話 学園長のお名前って……?
魔法適正を調べ、次に魔法をどれだけ使えるのか、近接戦闘がどれだけ出来るのかのテストに二組全員が移った。それは俺も例外ではないのだが、何分『魔法適正ゼロ』で『一貫して防御』の俺はどちらのテストを受ける意味がない。基本戦うのはカヤとフィーで、俺はブレーン的な存在だからしょうがないと言えばしょうがない。
先に魔法適正を調べていたクラスメイトは既に何人かがテストを受けている。試験官は五人いて、それぞれ一人ずつ相手になるといった感じだ。
各々が全力でテストに臨んでいるが、その中でもやはり一際目立つのが勇者を目指しているというライトだろう。
ライトは魔法剣士のような戦い方をしている。持ち前の雷魔法を剣に纏わせ、試験官と鍔迫り合いに持ち込んだ瞬間に試験官の剣を介して電撃を撃ち込むといった器用な戦い方をしている。
この戦い方でいい所は、電撃を流した時に咄嗟に武器から手を離す事だろう。もし離さずに一度後退したのなら、次は鍔迫り合いを避けるためにライトの攻撃を避けなければならないという厳しい戦いになる。
ライトが勇者になるというのもあながち間違いではないような気がする。相手が雷に対して対策を練っていなかったらライトはほぼ無敵だろう。
対策として簡単なのが絶縁体を使っての攻撃になるか。魔法で対抗するなら不純物が全くない真水だな。元々水は絶縁体であり水が電気を通しているのは中にある不純物のせいであるから、それを取り除けば、雷にだって対抗出来る。
まあ俺には無理な話なんだがな。
「やっぱりどの人も目を見張るものがありますね。ライトさんも然る事ながら、エドウェントさんやリーンさん、ティファさんも高い戦闘力がありますね」
「俺的にはクロロとクララの双子が気になる。双子と戦った試験官が困ったような落ち込んだような風になってるのが凄い不思議」
「確かに……なにがあったんでしょうか?」
「さあ? 双子に聞いてみるのが早いだろうな。まあ今はテスト中で聞けないけど」
「ですね…………あぁ、私大丈夫でしょうか。クラスメイトを見ていたら少し自信が無くなってきました……」
珍しくフィーが萎んでいる。大方、今まで出会ってきた冒険者の力量とクラスメイトの力量の差に驚いているんだろう。井の中の蛙、というのは言い過ぎかもしれないが、今まで周りに凄いと言われてきたのに、自分と同じかそれ以上に強い人が居たのかと思うと自信がなくなるのも頷ける。
だが、俺としてはフィーがクラス一番だと思う。ライトも強いがそれ以上にフィーの魔法に適うものは居ないだろう。
特に殺傷能力の高い『閃光爆弾』。少し時間は掛かるものの当たれば一撃必殺。カヤがフィーの援護に回ればほぼ無敵だ。
それでなくても、高威力の魔法を放てる上に無詠唱なので、剣士に接近させる隙すら与えない。もう最強なんじゃなかろうか、と思うほど。
「フィーはカヤと並んで最強の名を得るに相応しい冒険者だと俺は思ってるから、自信持ってテスト受けるといいぞ。多分試験官も驚くから」
「そうでしょうか……でもカナタさんが言うなら間違いありませんね。じゃあ私行ってきます」
「おう、頑張れ。俺、このテストを受ける意味なくてパスする予定だからカヤを連れていって遊んでやってくれ」
「そうなんですか? まあカヤと一緒に遊べるならその方がいいですけど」
『遊んでいいの?』
「大いに遊んでこい! あ、でもフィーの言うことはしっかり聞くんだぞ?」
『はーい!』
カヤは右手を上げて元気に返事をする。今日はいつもより窮屈な時間を過ごしていたから、こうやって遊ばせた方がストレスもなくていいだろうとの判断だ。
それに平野をモデルに作られているならフィーも監視がしやすいだろうしな。って言っても、フィーは監視じゃなくて一緒に遊ぶだろうけどな。
「じゃあ、カヤ連れて行きますね」
「おう」
『行ってきまーす!』
「行ってらっしゃい」
フィーとカヤは二人で手を繋いでまずは試験官の所に行った。だが、一つのテストに少々時間が掛かり、まだどこも空いていないのでその時間で遊ぶようだ。待ち時間の有効利用が素晴らしい。
「さて、俺もこの空き時間で用事を済ませるか」
俺は二人を見届けてから、再びマリリン先生の元へと戻ってきた。学園長室に連れて行って貰うためだ。
「マリリン先生――」
「カナタく〜ん! おかえりなさい〜! ご飯にする〜? おふ――」
「――はいはい。そういうのは先生には向いてませんし、ご飯もお風呂もましてや先生も要りません」
「ひ、ひど〜い……ちょっとくらい乗ってくれてもいいのに〜……」
「そんな事より、今から学園長に会いに行く事って可能ですよね?」
「今からぁ〜? 大丈夫だと思うけどテストは〜?」
「まあ俺は受ける意味無いですからね」
「そういう事なら今から連れていくよ〜」
「じゃあよろしくお願いします」
俺はマリリン先生の案内で今から学園長に会いに行く事になった。
当の学園長は何か俺に話があるらしい。全く接点も何もないのに学園長は俺に話があるなんて、何かやらかしてしまったのかと思うのだが、俺に思い当たる節は何一つない。
そもそもの話、俺はこの世界に来てから一年間はフィーの家から買い物以外で外出をしていない。所謂一般人と言っても差し支えないくらいに影が薄い。まあ、何度かハプニングがあったりしたがそれでも有名になるほどではなかった。
俺が冒険者になった後だって、大きなできなかったと言えばゴブリンの大進行くらい。そんなので俺に目をつけるなんて、新しい星を見つけるくらいの確率だろう。
というか、あの入学式での学園長の感じから見て、俺とは正反対の人だと思うのだ。人を守りたいという思いは一緒なのだが、やり方がイマイチ好きになれないというか、気に食わないというか。まあそんなところだ。
俺とはしては、戦争を起こさずに穏便に済ませたい。相手が攻めてくるのならそれ相応の理由があるはず。憎しみだけで攻めてきているのなら話は別だが、そんなことをしていたら国として回らないだろう。だから、まずはお互いに話し合い理解を深めるべきだと俺は思う。
その上で、道が交わらないのなら気は進まないが戦争をすればいいと思う。お互いの事を理解した上での戦いなら俺も何も言えない。お互いの信念を掛けて戦えばいいと思う。
こんなの俺の理想だし、叶うはずもないけどな。
そしてワープゲートを中継して歩く事十分。一際豪華な観音扉の前に着いた。いかにも学園長室っぽい。
「着きました〜ぁ。ちょっと待っててね〜?」
マリリン先生は俺にそう言うと、扉を四回ノックする。流石のマリリン先生も礼儀は弁えているようだ。
「学園長〜。カナタくんを連れて参りました〜」
――そうか。彼を迎えよう。そなたは職務に戻れ。
「はい〜。それでは失礼致します〜」
マリリン先生は俺に『後は頑張ってね〜』と小声で言ってから戻っていった。何を頑張ると言うのだろうか。そもそも頑張る程の何かが起きるのだろうか。
……なんか面倒臭い事になりそうだ。
――ガチャ……
観音扉の片側が開き、中から学園長が出てきた。
「君が『カナタ』か?」
「はい、今年入学したカナタです」
「そうか。君がカナタか……立ち話もなんだ。中に入るといい」
「では失礼します」
学園長に言われるがまま学園長室に入る。
学園長室は豪華な観音扉からは想像出来ないくらいに普通の執務室だった。ちょっとお高いものを使っているのだろうが、どこにでもある普通の執務室にしか見えない。
「……どうかしたか?」
「いえ、普通だな、と思って……」
「学園が出来た当初は観音扉のように豪華だったが今は普通が過ごしやすいのでな」
「意外と庶民的なんですね」
「私も人だ。偶にはそういう気分にもなる」
世間話をしつつ、学園長に促されてソファに座る。
なんとこのソファ。めちゃくちゃふかふかなのだ。めっちゃ高いソファだということが瞬間的に分かってしまうくらいには、座った感覚が心地いい。
庶民的かと思ったら全然違った。これで庶民的だと思っている学園長とか金銭感覚が麻痺してるとしか思えない。
俺がふかふかのソファに驚いている中、学園長はテーブルを挟んで向かいの同じくソファに座る。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
き、気まずい。なんという地獄の空間なのだろうか。こんなにも沈黙が気まずいのは地球にいた頃以来だ。
何を話せばいいのか分からない。そもそも俺は呼ばれた側であり、何かを話さないといけないような立場ですらない。
誰かこの地獄を何とかして欲しい。
「……君は――」
何とかして欲しいという俺の願いが通じたのか、遂に学園長が口を開いた。
だがしかし、それは俺の予想の斜め上を行く事態の始まりだった。
「君は本当に人間か?」
「…………はい?」
「聞こえなかったのか? 君は――」
「ちょちょちょ! ちゃんと聞こえてますから! いきなり過ぎて意味が分からなかっただけですから!」
「そうだったのか。では何故そう感じたのか一から説明しよう」
「よ、よろしくお願いします……」
いきなりの『人間か?』発言には流石の俺もちょっと訳が分からなくなった。正直、この学園長の頭は大丈夫なのかと思ってしまった。
まあそれくらいには呆気に取られた。
「ではどこから話そうか……君の存在を知った時からでいいだろうか?」
「ぜひそこからでお願いします」
「うむ、では語ろう。まず私が君の存在を知ったのは、アイゼンブルクでゴブリンの大進行が起きたという報告を受けた時だ。報告の中にはハピネスラビットというパーティと共に、ソロで活動している魔法使いのフィーと、同じくソロで魔物使いのカナタという冒険者が立役者としているとあったのだ。このカナタは君の事で間違いないのだろう?」
「はぁ……確かにアイゼンブルクに居てゴブリンの大進行には関わりました。立役者かと言われると分かりませんが……恐らくは間違いないかと」
「うむ。そこで魔物使いと言う、恐らく世界で二人目の戦い方を見出した奇妙な存在である君を私は見つけたのだ」
「二人目? という事は俺以外にも魔物使いがいたんですか?」
「いた。私も直接見た事はないがな。何せそれは二千年も前の事であるからな」
「二千年も前ですか……」
二千年って言えば種族間での戦争が起こっていた時期だ。そんな時に魔物使いなんていう戦い方を見出した奴がいるとは驚きだな。そいつとはいい友達になれそうだ。
「そう。この世界にいる人なら誰でも知っている死神という人物だ」
「……えっ?」
「驚くのも無理はない。死神について伝承に残っているのは、世界の復興に貢献したという事だけだ。だが、各国の王達にだけ『死神は魔物使いであり、無類の強さを誇った』と伝えられてきている」
「そんな事が……」
まさか友達になれそうだと思った人物が伝説に残っている死神だとは思いもよらなかった。俺とはやることなすことの次元が違うから友達になったら劣等感をバリバリ感じそうで嫌だわ。
「さらに、死神は『世界が荒廃したならば、私は再び現れる』と言って忽然と姿を消した」
「…………なるほど。言いたいことが何となく分かりました。俺がその死神だと言いたいんですね?」
「そうだ。そう感じる根拠はそなたが魔物使いであること以外にも、支部長を瞬殺出来るという所にもある」
「ん? 何のことですか?」
「君は一度、アイゼンブルクの支部長を瞬殺しているのだろう?」
「…………あ! あの時か!」
確かにフレッドと階級を上げるために戦わないといけなかった事があった。あの時はふざけていてすっかり忘れていた。
「実はアイゼンブルクの支部長はこの学園の卒業生だ。その卒業生を瞬殺するなどこの学園の教師の一部しか不可能なのだ。だが君は学園の卒業生でもないのにそれをやり遂げた。これだけで十分な理由に足る」
「……でも、俺が死神だとしたら辻褄が合いませんよ? この世界は荒廃してませんし、そもそも俺が死者を蘇生出来ません」
「…………そうなのだよ。もしかすると私の勘違いなのかもしれない。だが、君の存在が偶然のものだとは思えないのだ」
「そう言われても……」
「まあいいだろう。君の事はこれから気にかける事にしている。何かあれば私が君の元に出向こう」
「マ、マジすか……ほどほどにお願いしますよ……」
「君がそうして欲しいのならそうしよう。ではカナタ君。これからもよろしく頼むよ」
そう言って学園長は右手を俺の方に差し出した。所謂握手と言うやつだ。
俺はその手を握り、とりあえずよろしくすることにした。
「はい。えっと……学園長のお名前って……?」
「そういえば入学式でも言うのを忘れていたな。今はステラと名乗っている」
「では、ステラ学園長。これからも程々によろしくお願いします」
そうして俺はステラと言う名の学園長と奇妙な関係になった。今後また変な事件に巻き込まれそうで嫌だが、こうなってしまった以上仕方がない。覚悟を決めて運命を受け入れよう……。
今回は隔日投稿出来ました! 何となく達成感を感じています。これがスランプ脱却なのか!?
とは言え今回がたまたまかもしれません。また頑張ります。
それでは、次回もお会い出来る事を願って。