076話 ははっ……そんなのってないぜ……
という訳でマリリン先生に連れられてやってきたのは第一演習場。演習場と言うだけあり、演習をするには持ってこいの地形をしている。ここ第一演習場は、最も基礎的な平野をモデルに作られているらしい。
第一と言うだけあって演習場は他にもあり、第二演習場は森や山、第三演習場は岩肌・・・、っと続いている。中には魔人との市街戦を想定し『街を作った』という演習場もあるらしい。
結局何が言いたいのかと言うと『めっちゃ土地持ってんな』って事。こんなの地球にいた頃でも聞いたことはない。むしろアニメや漫画の非日常の世界の出来事でしかなかった。
俺の今この状況は地球人からすれば非日常的なのだろうが、俺はこの日常に慣れているので非日常とは言い難い。よって、非日常な俺の日常にそれ以上の非日常を突きつけられているという事なのだ。
いやー、何言ってるのかさっぱりだ。訳分からん。
とりあえず、マリリン先生に連れてこられた数ある演習場の中でも、一番オーソドックスな第一演習場で適正テストなるものを実施するのだ。
そこで『適正テストとは何ぞや』と思うかもしれないが、所謂、俺が小中学生の時にやった体力テストの魔法版のようなものだ。とは言っても、魔法には個人差があり能力を統一的に見ることはほぼ不可能に近いので、やる事と言ったら『自分に適した魔法属性の調査』、『現状でどれだけの魔法が使えるのか』の二つ。
しかし、近接メインで戦っている人も中にはいるので、そういう人には『近接戦闘のレベル調査』を実施するそうだ。
どの調査にも専門の職員が就くらしく、マリリン先生は生徒の総括と監視を務めるらしい。考えてる事が分かってしまうマリリン先生は監視に持ってこいなのだ。
ともかくこれから適正テストを行う。いよいよ俺の才能を開花させる時が来たようだ。
「最初はこの俺、勇者になる男だ! お前達は俺がどれだけ勇者に相応しいか見ていろ!」
「ではその勇者さん。この水晶玉に手をかざして下さい」
魔法属性の調査担当の職員が持ってきたのは、台座に嵌った透き通る程に透明な水晶玉。大きさは俗に言う占い師が使う水晶玉と同等だろう。
「なに? それだけでいいのか?」
「実はこの水晶玉はアーティファクトでして、手をかざした者の魔法の潜在能力を見る事が出来ます。炎なら赤、水なら青、風なら緑、土なら黄に光り輝きます。他にも、回復魔法しか適正がない場合は白にこれら以外の適正がある場合は黒に輝きます。また、輝きが強い程強力な魔法を扱える適正があります」
「ふーん。まあいいや。とりあえず手をかざせばいいんだろ?」
「はい」
「じゃ……」
スッとライトが手をかざすと水晶玉が眩く光り始め、周りから感嘆の声が上がる。
光の色は黒。雷魔法と言っていたし当然と言えば当然なのだが、驚くのはその光量。黒い光はほとんどライトを包み込み彼がどこにいるのか分からない程に輝いていた。
「……こんなものか? もう少し輝くと思っていたのだが……」
「いいえ、過去最高に輝いていましたよ。勇者さん。あなたの魔法はとても強力なものの様ですね」
「まあ当然だな! なんてったって勇者になるんだからな。ほら次、ディーネやってみろよ」
「……ライトが言うなら」
ライトに手を引かれて水晶玉の前まで連れてこられたディーネは、ライトの言いなりに手を翳す。
すると、ライトの時よりはだいぶ光が弱いが、またもや黒色の光が水晶玉から放たれ始める。どうやらディーネという少女も特殊な魔法属性の持ち主のようだ。パートナー同士でこんなにも存在感を放つのはこの二人だけだろう。
「ま、結果は分かっていたけど当然だな! でもちょっと光が弱いか。落ち込むなよディーネ」
「……ライトがいればそれでいい」
「うんうん。俺達最高のパートナーだもんな!」
「うん」
なんか若いっていいな。青春って感じがする。惹かれ合う男女。抱くのは同じ想い。一生添い遂げたいという願い……うんうん。いいな、そういうの。
俺なんか、引いていく級友。抱くのは無関心。一生話したくないという願い。そんなのがありありと伝わってくる青春だった。いや、青春ですらないな。どっちかって言うと真冬だ。
まあ、そんな事は置いといて、ライトとディーネに続いて次々に冒険者達が手をかざし、自分の力を確認していく。
「やっぱり僕は白だけだったかぁ。ティファはどうだった?」
「聞かなくても分かるでしょ」
「まあね。じゃ次行こうか」
と、もうそろそろ俺の番だな。自分になんの適正があるのか楽しみで仕方がない。
「僕、黒だった」
「私、黒だった」
「「…………次」」
例の双子の順番が終わり、待ちに待った俺の番。
だが、何が出るかワクワクしながら水晶玉に近付いている時だった。
「カナタく〜ん。ちょっと来てくださ〜い」
マリリン先生に運悪く呼ばれたのだ。
なんと間の悪いこと。先に水晶玉に手をかざしてもいいが、一度先生に目をつけられた俺が先生の呼びかけに即座に答えなかったらどうなるか分かったもんじゃない。
俺はワクワクから一転。何を言われるのかバクバクしながらせんせいの元へと向かった。
「マ、マリリン先生……なんの御用でしょうか……」
「いえいえ、そんなに大したことじゃないですよ〜。ただ、ちょっとカナタくんを連れて行かないといけない場所があってね〜」
「連れて行かないといけない場所?」
「うん、学園長室。学園長が直々にカナタくんと話がしたいって仰られてね〜。ほら〜、目上の人には逆らえないから〜」
「が、学園長が俺と? 会った事もないのに何を話すって言うんだ……」
「さぁ〜? でも、その時の学園長はいつにもまして怖かったなぁ〜。ちょっと泣きそうになっちゃったからね〜」
しくしく……と可愛く泣き真似をするマリリン先生。けどまあ、泣き真似とかいい歳して――
――グハッ!?
は、腹をグーで殴ってきただと!? ま、まさか俺の思考が読まれていたのか!
「……ひ、卑怯ですよ?」
「な〜んの事かさ〜っぱり分かりませ〜ん」
ぐっ……白々しく惚けるとか本当に教師なのかこの人……日本だったら確実に体罰で裁判沙汰になってるくらいの威力だったんだぞ。
くそぅ……勝ち誇ったような顔をして……! 仕返しだ!
「…………折角、魔科学の選択科目取ろうと思ったのに、こんなんなら他のにした方が……」
「ま、待ってぇ〜! お腹をパンチしたの謝るからそれだけは待ってぇ〜!」
「な〜んの事かさ〜っぱり分かりませ〜ん」
「……うぅっ……うわあぁ〜んっ! 男の人にいじめられたぁ〜! うわあぁ〜んっ!」
いきなり大声で泣き始めたマリリン先生。なんだなんだと周りの人がこちらを見始め、仕舞いには完全に俺が悪いという雰囲気に。
くそぅ……口元が笑っていやがるぜ。マリリン先生はとんだ悪女だな。本当に魔科学受けるの辞めようかな。
「――っ!?」
「あ、反応しましたね。さっきのは冗談でしたけど、今のは本気ですよ?」
「ご、ごめんなさいでした〜っ!」
泣き真似を止めて速攻土下座に移行するマリリン先生。この人マジで良く分からん。
「そ、それだけはご勘弁下さい〜っ! 今までやってきて一人も受けてくれる人がいないんです〜! だから辞めないでぇ〜!!」
「…………はぁ。辞めませんからとりあえず顔上げましょう? ずっと一人で辛かったんですよね? 俺も一人の辛さは知ってますから……よく頑張りましたね」
本当に誰からも見向きもされない辛さって分かるだろうか。それが一日などではなく一年以上のスパンの辛さ。徐々に自分が生きている意味が分からなくなってくる恐怖と、死んでから本当に誰の記憶からもいなくなってしまうという恐怖が一緒くたになって襲いかかってくる。
これの何が辛いって、次第に心が痛みに慣れてしまって何も感じなくなってくる事だ。俺の場合、家族とは普通に接していられたからまだ良かったが、マリリン先生は泣くぐらい辛かったらしい。
「カナタくんはいい人です〜……これからも末永くよろしくお願いします〜……」
「あ、いやぁ……末永くはちょっと……」
「…………末永くよろしくお願いします〜」
「……………………ほどほどにお願いします……」
無言の圧力って怖い。思わず『はい』って言いそうになったわ。
これ以上話していると泥沼に入りそうなのでここは一時退散した方がいいだろう。
――エド、どうだった?
――土と意外な事に風にも適正があった。
――私も水と他に炎に適正があったよ。これは頑張らないとね。
――そうだな。では次にいくぞ。
……丁度魔法属性の調査も俺を除いて終わったみたいだしな。
「じゃあ先生! また後で!」
「あぁ……カナタく〜ん……」
俺は捕まる前に逃げた。それはもう人生で一番のスタートダッシュを切った自信がある。
とりあえず、先生からは逃げれたのでさっさと自分の潜在能力を確認しよう。フィーも待たせてるみたいだしな。
「君で最後ですね。では手をかざして下さい」
「…………」
俺は水晶玉に恐る恐る手をかざす。
「…………?」
しかし何も起こらない。
「あれ? 壊れて……はないみたいですね……もう一度手をかざして見てください」
「はい……」
そしてもう一度水晶玉に手をかざす。なんなら水晶玉を掴む勢いで手を出した。
「…………」
しかし何も起こらない。
「…………」
「…………」
「これって……」
「……魔法適正ゼロです」
「ゼ、ゼロ? ゼロって無って意味の……」
「……はい。そのゼロです」
「マジかよ……」
結果。俺には魔法を扱う能力はゼロという事が判明した。いや、生活魔法は使えるから皆無って訳じゃないが、それ以外は仕えないのだろう。
というか、良く考えれば魔力総量から考えて、通常の魔法を放てる魔力がそもそも足りてなかった。だって生活魔法三回で魔力尽きるんだぜ。そこら辺の子供でも十回は使える。
「……何も起こらないなんて初めての事です。が、頑張って生きてください……」
「ははっ……そんなのってないぜ……」
俺が失意の涙を心の中で流していると、隣に人間になったカヤがてとてとと寄ってきた。
『わたしもやりたーい!』
「カヤも? ほらやってみ。多分凄いことになるから」
『うん!』
そしてカヤが手をかざす。
すると何が起きたか、当たりが真っ暗になり何も見えなくなった。時折、赤や青、緑、黄色になりカヤの姿が見えたりするが、ほとんど黒。つまり、カヤは最強の魔法属性持ちだった。
『おぉー! おもしろーい!』
「こ、これ以上はアーティファクトが壊れてしまいます!」
「カヤ、壊れちゃうって。これで終了」
『はーい』
「な、何なんですかこの子。今までこんなの見た事ないですよ? 周りを完全に真っ暗にするなんて聞いたこともないですし……」
「そこら辺は聞いても分からないと思うのでスルーしてくれるとありがたいです」
「は、はぁ……」
困惑したような表情の職員さん。まあ無理もない。寧ろ困惑したような表情で済んでいるだけマシな方だ。
もし俺が職員さんの立場だったら完全に頭がおかしくなっているところだな。あまりに非現実的で信じられないって騒ぐかもしれない。この職員さんは冷静な様で良かった。
何がともあれ、これでとりあえず魔法属性の調査は終了だ。俺は無し、カヤはありすぎて分からんという結果になった。
『おもしろかったね〜! もう一回やっていい?』
「ダーメ。ほらフィーが待ってるぞ」
『はーい』
俺とカヤは待っているフィーの元に急いだ。
フィーがさっきのを見ていた様で何があったのか問いかけてきたので、カヤがうんぬんかんぬんと言ったところ『カヤならまあそうなるような気がしていました』と冷静に答えてくれた。
カヤに絶対の信頼を置くフィーはさすがだ。
「それで、カナタさんはどうだったんですか?」
「…………無色」
「無色って言うと……」
「魔法適正ゼロってことらしい……」
「あ、え、えーっと……なんて言えばいいか……」
「うん。その気持ちだけで十分だから大丈夫。フィーの方はどうだったんだ?」
「私は案の定、炎と風の適正がありました。輝きもそこそこだったので、悪くはないって感じです」
「さすが。伊達にスライムを蒸発させてないな」
「はい! 私の誇りですから!」
「んじゃ、次行くか」
「はい!」
「カヤも行くぞー」
『はーいっ!』
そうして、走って俺の方に突っ込んでくるカヤを胸で抱きとめ、その足で『魔法をどれだけ使えるのか』というテストの場所を目指したのだった。
まあ、俺には全く関係のないテストなんだけどな。
奏陽は魔法使えません。主人公として最弱をいきます。というかもはや一般人よりも弱い。現状ただただ不運と悪運で乗り越える感じです。これから奏陽も強くなるといいですね!
それでは、次回もお会い出来る事を願って。