073話 フィー?
ホールに入ってすぐの所に受付のようなところががあった。そこには幾人かの役員と二人の生徒らしき人が見える。
二人はそれぞれ猫耳、犬耳をしているのが外見的な特徴だ。後ろ姿しか見えないので、どんな顔をしているかは分からないが、背の高さからまだまだ幼い事が分かる。
「僕はクロロ」
と言ったほうが猫耳の男の子。茶髪で男の子にしては少し長めの髪をしている。体の線も細い。
「私はクララ」
こちらが犬耳の女の子。男の子と同じ茶髪で肩くらいまでの長さの髪てしている。この子は隣にいる男の子の手をキュッと握っている。
「――確認致しました。クロロ様とクララ様はこちらの札に書かれている席にお着き下さい。場所は向かって右の突き当たりを左に曲がればすぐです」
「「どうもありがとうございます」」
話している様子だと、まだまだ幼さが残る男の子と女の子の双子だ。だが、幼くてもここにいるということは、冒険者として学園に見初められる程の実力があるということだろう。
まあ、俺のように何か特別だったとかじゃなければだが。
しかし、あの子達は大丈夫だろうか。いや、大丈夫なんだろうがあの幼さじゃ手を貸した方がいいんじゃないか、という気になって仕方がない。
「――さん。カナタさん!」
「あ、あぁ、ごめん。ちょっとあの子達が気になってな……で、なんだっけ?」
「もう! 次は私達ですよ! ほら行きますよ!」
「ちょ、自分で歩けるから引っ張らないで!?」
「知りません! 全く世話を焼かせるんですから」
なんとオカン感の強い事か。まあこれも長い時間を共有してきた仲だから出来ることなんだけど。出会って初めの頃だったら、絶対俺を引っ張ったリしなかったもん。
「入学者でございますね? お名前を伺います」
「フィーです」
「カナタです――じゃなくて、とカヤです」
『むー! カナタがわたしを忘れてたー!』
「――それは万死に値しますね」
「そこまで言うか。つい癖で自分の名前しか出なかったんだ。というか、俺がカヤを忘れると思うか?」
「『…………思わない?』」
「なんだよその間。それと俺に聞くな」
会社員だったら自分の名前くらい日常的に言うはずだ。この世界に来てから俺がカヤの事まで同時に自己紹介するなんて此方一度も無かったのだから、ついつい会社員だった頃の癖が出てしまったのだ。
だからしょうがのないことなのだ。多めに見て欲しい。
「フィー様とカナタ・カヤ様でございますね。こちらの札に書かれている席にお着き下さい。向かって右の突き当たりを左に曲がった先でございます」
「「ありがとうございます」」
『おねえさんありがとー!』
カヤの全力スマイルを直で受けた受付の役員さん。もし、俺がそんなものを受けようなら、めちゃくちゃだらしない顔をするだろう。
だが役員さんはそんなカヤの笑顔にニッコリ笑顔を返して手まで振ったと思えば『お利口さんで偉い!』とカヤを褒めていた。
まさかあの精神を支配するカヤのスマイルをいとも容易く攻略するとは。この役員さんは間違いなくトップクラスのプロフェッショナルだ。
しかも営業スマイルって感じなのに一切それを感じさせない綺麗でな笑顔の作り方。鏡の前で何度も何度も笑顔の練習をしてきたのだろう。
俺は自らの仕事にプロ意識を持っている役員さんに敬意を払いながら、フィー達と共に札に書かれている席を探しに言われた場所に向かっていた。
突き当たりを左と言っても、突き当たりまでが思ったより長い。突き当たるまで結構歩いた気がする。
そして突き当たった所から左に向くと、そこには大きな扉があった。その扉を開けると奥にもう一枚同じような扉があった。丁度音楽コンテストのホールのような感じだ。
しかも二枚目の扉を開けるとそこも音楽コンテストのホールのような造りになっていた。やはり、地球と同じとまでは言わないが、結構似通った部分がここにはある。
ステージから離れるにつれて客席が高くなっていたり、さっきの扉のように極力光が入ってこないようにしたり。類似点は多い。
俺達の席は最後尾だった。周りには先に到着していた生徒がちらほら見える。だが、同じ方向にさっきの双子は俺達の席からでは見当たらない。恐らく前方なのだろう。
「この感じだと始まるまでもう少し時間かかるかもな」
「そうですね。私、こういう式典みたいな行事に参加するの久し――初めてなのでちょっと楽しみです」
「今、久しぶりって言いかけた?」
「楽しみすぎて言い間違えてしまったんですっ。察して下さいっ」
頬をほんのり赤く染めながら恥ずかしがるフィーがカヤと同じくらい可愛いです。こんなフィーを見られる俺って幸せ者だわ。
「あっ、カナタさんあれ」
フィーが何かに気付いたようで、いくつかある入り口のうちの一つを指差した。つられるようにそちらを見ると、ぞろぞろと人が入ってきてどんどん座っていく。
「うぉっ何であんなに人来てるんだ? 在校生?
入学式に在校生が参加するのか? 俺の時は在校生いなかったけど」
「でも在校生っぽいですよ。来てる服がみんな同じ制服ですから」
「在校生だとするとここで勉強をしてきた人達って事か。してるのとしていないのとでどれだけ差がつくのか気になるところだな」
「私は話を聞いてみたいですね。どんな心構えで勉強してるのか、とか、どんな事をしてきたのか、とか」
「まあ、接点があればだけどな」
俺は在校生を眺める。みんな冒険者のトップクラスの実力者である事は間違いない。か弱そうな女性やひょろっとしている男性でも確実に俺より強い。というか俺より弱い奴がいるのだろうか。
こんな俺が勝てるとしたら頭を使う事くらいか。地球での知識を持ってるし、多分だか数学と科学、化学はこの世界で追随を許さないくらいには出来るはず。この世界じゃ絶対に微分とか積分とかしないだろうし。
それ以外だったら負ける。歴史とか特に。地球の歴史知ってたってこの世界じゃただの妄想に近いからな。
『人がいっぱいになった!』
「在校生に紛れて新入生も結構入ってきたみたいですね。この分ならそろそろ始まると思いますよ」
フィーを横目で見るとずっとそわそわしている。それだけ楽しみなのだろう。こんなフィーを見ることは稀なので今のうちに脳内に永久保存版として残しておかないと。後で後悔しても遅いからな。
ということで、横目でフィーをガン見する不審者の俺が誕生した。
『フィーは何が楽しみなの?』
「そうですね……やっぱり、勉強出来るというのが嬉しいんですよね。偶にカナタさんから教えてもらってるんですけど、それじゃ限界がありますからね」
『フィーは勉強が好き?』
「はい、好きです。けど、勉強よりもカヤの方が好きですよ?」
『わたしもフィーが好き!』
そのまま抱き合う二人。いつもの事ながら目の保養になる。何故この二人はこんなにも絵になるのだろうか。これはもう絵画として後世に残しておかないといけないレベル。
俺は絵が描けないから誰かに頼むしかないな。機会があればいつか描いてもらおう。
と、俺が二人の絵画をみた未来の人達の反応を想像していると、照明が徐々に暗くなり始めた。ステージだけは照らされたままだが、最終的にはステージ以外の全ての照明が落とされた。
俺が物思いにふけっている間に人数が揃ったのだろう。今から式が始まる。
会場が静かになると、一人の男性がステージへ出てきた。結構歳をとっていて、髭が長くいかにも学園長という感じがする。
その男性がステージの端に立つと、こちらへ一礼する。
「これより、第二三三回グリム学園入学式を行います。初めに学園長から挨拶です」
式が始まったはずなのに、俺の左隣二つが空いている。前を見る限り全部埋まっているのに、ここだけが空いている。左隣三つからはいるのに……まあ分からない事を考えても仕方がないか。
それと、学園長ぽいのに学園長じゃなかった男性に驚きが隠せない。見た目で判断してはいけないって事が分かっても、やっぱり外見でしか判断できないからな。
それはともあれ、男性に呼ばれた学園長らしき女性がステージ上に出てきた。学園長と言うから結構歳をとったベテランなのかと思ったが、実際はフィーと同じくらいの歳に見える。しかも女性。
女性で、しかも若いのに学園長になるとは相当使える人なのだろう。そう考えると、何だかため息が出てくる。ため息と言っても、凄すぎて言葉が出ないみたいなものだ。
俺にため息をつかせる学園長はステージの真ん中へ来ると一礼も無しにこう言い放った。
「諸君! 諸君等は何故冒険者になった?」
仮にも冒険者の育成機関であるこの学園のトップがこんな事を言い出したのだ。
この学園に入学する者には衝撃が大きかったようで少しザワついた。かく言う俺も少したじろいだくらいだ。
だが、在校生達は『また始まった』と言わんばかりの呆れ顔をしていた。在校生にしか分からない学園長の顔と言うものがあるのだろう。
「有り余る程の金が欲しいからか? 名誉を我がものにしたいからか? 親しき人物を魔物に殺された復讐からか? ……そんな動機で冒険者になった奴は今ここで死ね」
――ザワザワッ……
いきなりの『死ね』という発言により一層会場がザワつく。新入生は驚きを、在校生はやってしまったと言う様子を見せながら。
ちなみにフィーは目を輝かせて学園長を見ている。ちょっと今日のフィーは何かとおかしい。
「――そして、また新たに冒険者になる理由を掲げ生まれ変わるのだ。それがこの学園に入学する条件だ」
学園長は少し間を置いて続ける。
「少し話をしよう。この学園が出来た経緯だ。誰もが知っている二千年前の戦争。世界は荒廃し多くの文化や技術が失われた。この戦争が最も影響を与えたのが種族間での関係だ。人間、獣人、ドワーフ、エルフ、龍人、そして魔人。この六種族は戦争以前は対立をしていた。だが現在は、魔人以外の種族は手を取り合い協力し合って生きている。今の平和は、奇しくも大昔の戦争のおかげと言うことだ。しかし、魔人だけは違った。現在でも戦争の事を根に持ち、ことある事に我々の平和を壊さんと企んでいる。二千年の間、魔人の都市に最も近いドワーフや龍人の都市は何度か襲撃されている。このように我々の平和を脅かす魔人に対抗するため、冒険者と言う職業が生まれ、中でも特に優秀な者に魔人と戦う為の戦闘スキルを磨いて貰おうとこの『グリム学園』が生まれたのだ」
つい先程までザワついていた会場が、今では学園長の声だけしか音がない状態になっていた。学園長のカリスマ性と言うか、使命に対する責任感というものを直に感じたからだろう。
「諸君等は選ばれたのだ。魔人に対抗すべき人材として、人々の平和を恒久的なものにする英雄として。――では問おう。諸君等は何故冒険者になろうと思うのだ? ……理由は一つであろう。金や名誉、復讐のためではなく、ただ一点。人々の平和を守るためだ」
静かな会場が熱を帯びるのを感じる。学園長の言いたい事はつまり、冒険者として生まれ変わるための新たな理由に『平和を守る』を掲げろというのだ。
それがこの学園に入学するための条件。それが分かったからこそ、学園長の言葉の意味を理解しそして学園長に惹かれるのだろう。
「学園側は、諸君等『冒険者』を全面的に支援する事を誓おう。学園にいる限り何不自由なく生活を送れる。その中で、諸君等がどう成長していくのか楽しみだ。では、検討を祈る」
学園長は最後にそう言い残して踵を返してステージから退場した。
すると、起こるのは学園長に対する惜しみない拍手。皆が皆、学園長の言葉を受け止め、共感することで巻き起こった拍手。気付けば俺も拍手をしていた。
けれどフィーだけは少し違った。フィーは少し青ざめた顔をしていて、拍手もぎこちない。
「結局――」
「フィー? フィー!」
「――っ! ど、どうかしましたか?」
「具合悪そうだけど大丈夫か? 職員に言ってきた方がいいか?」
「い、いえ! 大丈夫です。大丈夫ですから……」
「ならいいんだけど……」
フィーはぼーっと考え事を始めたようだった。一体どうしたと言うのか。先程まで目を輝かせていたフィーが嘘のようだ。
「次に、在校生代表挨拶を・・・」
そうして時間は刻々と過ぎていき、入学式は終わりを告げた。
この入学式は学園が存在する理由、俺達冒険者の使命、それらを知った入学式であり、俺とフィーとカヤの新たな生活の始まりを告げる鐘だった。
遂に学園生活の始まりです。スローペースで物語が進んできたのでようやくといった感じです。これから面白くなるよう頑張っていきます。
それでは、次回もお会い出来る事を願って。