068話 なんでお前達が?
アイゼンブルクの街にいる冒険者総員でゴブリンの猛攻を辛うじて防ぎ初め、三時間近くが経っていた。しかし、ゴブリンの数は一向に減っている気がしない。冒険者達はまるで無限に湧いて出てきているように感じ、精神的に辛い状況にある。
それに加え、三時間も休み無しで戦ってる事で疲れが溜まり、身体に傷を負うことも多くなってきている。
冒険者達の中には、もう駄目だと、勝てるわけが無いと、諦める初めているものが出始めている。ここままだと冒険者達はゴブリンの猛攻を防ぎきれずに、アイゼンブルクの街は確実に崩壊するだろう。
それはこの戦いにおいて冒険者達の支柱として活躍している、アイゼンブルク冒険者協会の支部長であるフレッドの脳裏にも何度か過ぎっていた。
彼は心が折れそうになっていた。しかし彼は、信じる者達や守る者達を支えにして折れないように必死に身体を動かし続けていた。
そんな彼に、心の支えが一つ増える出来事が起こる。
ゴブリン達の最後尾の更に後ろ。そこに『ハピネスラビット』の六人の姿があった。三日三晩休まずに人外の速度で走り続けた彼等は、この大事に駆けつける事が出来たのである。
しかし、彼等は良くない事が起きている事しか知らなかった。だから、目の前で起こっている事の意味が瞬時に理解が出来ない。
「おいおいマジか……何だよ……これ……一体どうなってんだよ」
「見れば分かるやろ! ゴブリン達が攻めてきてるんよ! 早くみんなの所に言って詳しい情報を聞かな!」
「どうやってだよ! ここから見渡す限りゴブリンなんだぞ!? これを突破するっつーのかよ! 無理だろそんなん!」
「無理でもやらないかんやろ!」
「そうは言っても、無策で突っ込んだら僕達が逆にやられるかもしれないですよ? むしろやられる可能性の方が高いと思いますよ?」
「おい、俺様がゴブリン如きに負けるとそう言いたいのか?」
「おいおい。こんな時くらいは言い争いはやめろよ…………はぁ……後で説教だな……」
目の前の光景を見てパーティ内に揺らぎが生じ不安定な状態になる事で、パーティメンバー同士での諍いが始まる。
しかし、そんな中でもただ一人、人々を幸せにするという芯のぶれない彼女だけが違った。
「みんな。そんな言い合いをしてる暇はないよ。私の勘が今すぐ戦えって言ってる。ここで私達が戦わなかったら、みんなが不幸になっちゃう」
普段はどこか子供っぽいリーダーであるイレーヌが一喝する。すると、先程の諍いも止み、パーティの雰囲気が柔らかく、されど、きつく引き締まる。
そんな雰囲気の中、彼女はこう続ける。
「私達の目標は世界を幸せて満たすこと。だから、今ここで不幸になる人を見過ごす訳にはいかないよね。いくよみんな。私達がみんなを幸せにするよ」
――みんなを幸せにするよ。
その一言で、六人は武器を手に取り、ゴブリン達との激しさを増していく戦いにその身を投じた。
◇◆◇◆◇
俺とフィー、カヤは地上に降り立つと、作戦通りに最前線で闘い続けているフレッドの元に駆けつけた。
「おーい! フレッドー!」
「この声は!?」
「こっちだこっち! あっ、やっぱゴブリンを倒す事に集中しろ! こっちは上手くやったから!」
フレッドはゴブリンを倒すのに必死だったので、とりあえずゴブリンキングを倒した事だけ報告しておいた。そうすれば今後のゴブリンの動きを見れば、フレッドも次にどう動けばいいのか分かるだろうと思ったのだ。
しかし俺はフレッドがいつも俺を優先することを失念していた。
「やっぱりカナタ君じゃないか! 無事だったんだね! で、君達がここに来たって事はゴブリンキングを無事倒したって事だよね! 私はやってくれるって信じていたよ! さすがだね!」
「おい! 来るなって言ってんだろ!」
フレッドは、問答無用で剣を持っていない方の手を振りながら俺に近付いてくる。何故こいつはこんな時に、こんなにも満面の笑みが出来るのだろうか。疑問だ。
「――って後ろ後ろ!」
こっちに向かってきているフレッドの背後にゴブリンが迫って来ていた。フレッドはその事を知らないようなので、俺が身振り手振りを使って必死になって教える。
「ん? あぁ、こいつね。知ってたから大丈夫だよ。それにしても、カナタ君はいつも優しいなあ! 私のこと嫌いだって言ってるのにこんなにも助けてくれるんだもんね!」
フレッドは軽口を叩きながら、後ろ手に持った剣をそのまま後ろに迫って来ていたゴブリンの腹に突き刺した。それに加えてその剣を横に薙ぐので、ゴブリンはそのまま地に伏せる事しか出来ない。
良くもまあ俺と話しながらこんな惨い事が出来るもんだ。いや、俺は会話してないけども。それでも、話しながらこんな事が出来るとは、冒険者としての年季が違う。
「じゃなくて! なんでこっち来るんだよ!」
「カナタ君達が呼んだから来たんだよ?」
「いやまあ、確かに呼んだけど……でもその後に来なくていいって言ったぞ?」
「え、そうだったの? ごめん、全然聞こえなかったよ」
「はぁ……まあいいや。とりあえず、ゴブリンキングは倒せたからその報告と、多分ゴブリン達は止まらないっていう情報を伝えておく」
「カナタ君達はさすがだね! やっぱり私の目に狂いはなかった! じゃっ、私はみんなにその事を伝えながら手助けしてくるよ!」
そう言ってフレッドは、目の前にいるゴブリンを切り伏せながら俺達から離れていった。あの調子でゴブリンを全部倒してしまうんじゃなかろうか、と思ってしまうくらいに疲れがないのはどういうことなんだろうな。
まあ、フレッドがいれば冒険者にとっては百人力だし、みんなの心の支えくらいにはなれるか。
「っしゃ、俺達も加勢するか」
「そうですね。じゃあ、広域に魔法を一発撃ち込んでもいいですよね。その方が早いですし」
「こらこら。もしかしたらゴブリン達の中に突っ込んで行った冒険者がいるかもしれないだろ? 特にフレッドとか」
「確かに……支部長なら敵陣に突っ込んだ方が殲滅力が上がりますからね」
「分かってくれたようで何より。じゃあフィーは、数匹同時位な感じでゴブリンを倒していって」
「はい!」
「ちなみにカヤは好きな様にしていいぞ。鬱憤溜まってるだろ?」
「うん! 好きな様にしてくる〜! おりゃおりゃあー!」
さすがカヤ。可愛い声を上げているにも関わらず、ゴブリン達を一撃必殺していっている。カヤの爪は凶器を超えている。この威力はもはや兵器と言っても過言ではないな。
一方、フィーの方はと言うと、炎の魔球を同時に何個も出して複数のゴブリン達をハイペースで屠っていた。制御が難しいのか額に汗が浮かんでいるが、それでも高い殲滅力は一級品だ。
で、俺はと言うと、毎度の事ながら盾で防御するしか脳がないんだよな。盾で防御すればゴブリン達が勝手に弾け飛ぶから簡単は簡単なんだが、ゴブリン達も学習し始めて、俺に攻撃をしてこなくなった。
それに加えて、俺に攻撃しようとするゴブリンが現れたとしても、周りにいるゴブリン達がそれを止め始める始末。
要するに、俺はこんな時に役立たずに成り下がってしまったのだ。別に盾を振り回してもいいのだが、今カヤが近くに居ないため盾を自分の手から離すのはやめた方がいいだろう。でなければ俺は確実に死ぬし。いやまあ、死んでも生き返りはするんだけれども。
「でも、痛いの嫌だしな……」
――オラオラオラァ!
「ん?」
俺が独り言を言っていると何処からか、やたらと騒がしい声が聞こえてきた。しかも、どこかで聞いたことのあるような声をしている。どこだったっけなぁ。
「――オラオラオ……あれ? カナタさんじゃないっすか?」
「ん? あ、お前はヴァン!?」
「いやぁ、やっと知り合いに会えた。で、何なんですかこの状況は?」
「あ、いや、それよりなんでお前達が?」
「質問に質問で返すのはよくないっすよ。でもまあうちのリーダーが嫌な予感が〜、って言うんで戻ってきたんすよ。そしたらこんな状況で」
ハピネスラビットのリーダーって言うと、あの子供っぽい性格をしてる女の子だな。思えば確かにあの子は第六感強そうだし、危険を察知出来るのかも。
で、その危険とやらを確認するためにここに来たらこんな事になってたってわけか。そりゃあこいつらには訳分からんな。
「手短に話すと、ゴブリンキングが部下を連れて攻めてきたってところだな。ゴブリンキングはもう俺とフィー、カヤで倒したから後は残ったゴブリン達を倒すだけ」
「そんなことになってたんすか。そういう事なら俺、全力を出してきますわ」
「お前なら秒間八匹くらいいけるだろ。頑張れ」
「うっす! じゃっ!」
ヴァンは来た方向に戻って行きながら、通り抜けざまにゴブリン達の頭を飛ばして言っていた。もしかすると、本当に秒間八匹くらいのペースかもしれない。俺、冗談で言ったのに。
で、結局俺は何も出来てない。マジでお荷物状態。俺のこと今必要あるのだろうか?
「――フンッ! ……他愛もない」
「あっ。あれは確か……ジンだったっけ? あいつほんと強いな。アックスを振り降ろした衝撃波だけでゴブリン死ぬんだもんな」
「――俺様が世界一だ。貴様等は俺様の踏み台になるのだ」
「……そういやハピネスラビットは個性が強いんだったな。まあ、それでもちゃんと殲滅出来てるしいいんだけども」
それに、俺がこんな事を思えるのはゴブリン達が俺には攻めてこないっていうのもあるしな。俺に攻めてこないという事は、誰かしらに矛先が向くわけで、それがハピネスラビットの誰かなら、それは嬉しい事だ。
「つーか。マジでゴブリンですら俺を無視するってヤバくね。そろそろ泣くよ……俺」
「――カナタさん、そんなところで何してるん? 突っ立ってるだけやと危ないよ?」
「次はリュネか。まあ、なんだ。俺、ゴブリンに無視されてるから危ないも何も無いんだよね」
「そうなん? ……確かにここには攻撃してけーへんな。カナタさん、ゴブリン達に何したん?」
「……何もしてない。ずっとゴブリンの攻撃から身を守ってただけ」
「…………元気だそな? いい事あるはずやから。ね?」
「そうだな……未来に期待……」
まさか年下に慰められるとは。それは別にいいんだけども、なんかすごく惨めに思えてくるのはどうしてなんだろ。俺の心が弱いせいか。そうか、そうだな。
「そういや、イレーヌとセネル、後クリフを見てないんだけど、アイツらもいるんだろ?」
「勿論おるよ。リーダーとセネルさんは二人で両サイドカバーしてくれとるよ。クリフはヒイヒイ言いながら支部長の補佐についとるね」
「両サイドをイレーヌとセネルだけで? 大丈夫か? 片方一人ずつってことだろ?」
「あん二人は、うちらとは別格の強さやし。フィーさんには殲滅力は劣るけど、それでも身体能力だけでゆーたらこの街でトップクラスやから大丈夫」
「リュネが言うならそうなんだろうな。じゃ、大丈夫か」
「そうやね。うちもそろそろゴブリン倒しに戻るわ」
「おう、気を付けろよ」
「カナタさんも気を付けてな?」
リュネはそう言うとゴブリンが群がっているところを目指して走り出して行った。リュネも、ヴァンに負けず劣らずゴブリンを殲滅していく。
あんなに速く走ったり、すれ違いざまに首を綺麗に飛ばしたり、どうやってやってるのかめちゃくちゃ気になる。
ただ、知ったとしても、それが俺に出来るとは思えないがな。
そんなことを考えていると、何処からともなく青い火の玉が俺に向かって飛んできた。飛んできたところが、元々盾があったところだったから良かったものの、盾がなかったら俺は確実に丸焦げだった。
「ったく。戦いになるとフィーは人が変わったみたいになるからな……なんていうか脳筋みたいに」
「それはちょっと酷くないですか?」
「あ、フィー! さっき俺に当たりそうになって危なったぞ!?」
「分かってますよ……だからこうして悪いなって思って謝りにきたんですから……」
「そうなの? まあ、次は気を付けろよ? 俺がフィーに殺されたってなったら、カヤがフィーを恨むかもしれないんだからな」
まあ、そんなことはないと思うけど、必ずそうはならないとも言いきれないからな。フィーにそうした危機感みたいなのを持って貰えば、注意力も上がって誤射も減るだろう。
俺は勝手にうんうんと頷いていたのだが、フィーが何も言ってこないのでおかしいなと思いフィーの方を見てみると、フィーの顔が青ざめていた。というかもう真っ青だった。
「……そんな……大好きなカヤに恨まれる……? いやだ……そんなのいやぁぁ!!」
「お、おい!?」
「全部、ゴブリンが攻めてきたせいだ! 全部殺してやるッ!」
落ち着きがなくなったフィーはところ構わず魔法を放ち始めた。俺は咄嗟にしゃがんで盾を出しているので被害は受けていないが、周りにいたゴブリン達は全て灰になって散っていった。
カヤに恨まれる想像をしただけでこうなるとは……ないとは思うけれども本当に恨まれたら、フィーは世界を滅ぼしてしまうのではないだろうか……。
今後、フィーには殺されないようにしようと誓った瞬間だった。
「はぁ……はぁ……」
「お、落ち着いたか?」
「はい……少し取り乱してしまい申し訳ないです……」
「ま、まぁ、ゴブリンの数を減らしたし、冒険者側に被害はないから結果オーライだ! やったな!」
――今のは一体なんなんだー!?
――ゴブリンの仕業かー!?
――こんな事出来るのは一人しかいねぇーだろ!
――……やっぱり、フィーさんこわぁッ!
「…………」
「…………」
「まあ、こんなこともあるさ……」
「……ゴブリン達に八つ当たりしてきます」
「お、おう。えっと……なんだ……程々にな?」
「はい。ほ・ど・ほ・ど、にします」
これは絶対程々にしないやつだ。でもまあ、戦い方なんて人それぞれだし、別になんでもいいよな。
そうして、各々がゴブリン達と戦い、アイゼンブルクの街とそこに住む人々を守るため戦いは八時間という長い時間を経て、ようやく終結した――。
これで一応ゴブリンとの戦いは終わりです。また、後一話程で一章も終わる予定です。
それでは、次回もお会い出来る事を願って。